IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
日が沈んだ頃、俺は簪の整備室でニカンドラの修理を行っていた。
打鉄の浮遊盾──自己再生する便利素材製──を3枚重ねた胴体装甲は零落白夜のせいで内2枚が溶断。最後の一つも表面が歪んでいる始末だ。
「全く、とんでもない能力に目覚めたもんだな」
「これ、首とか、だったら……」
「それは無いな。あいつのことだ、基本は肉体を傷つけない場所を攻撃するさ」
今回のこれは咄嗟の動作だったからで、意図してではないのだろう。とはいえ、焦らなかったかと言われれば首を縦には振れないのだが。
ちなみにバーナーウイングの方は綺麗に両断されていたものの、亡国製の武器は大体が既存パーツの寄せ集めなため、整備課から譲り受けたジャンクを用いることで簡単に直すことができた。
「……山嵐、どう、だった?」
「間違いなく強い…………が、また使うのは勘弁したいな。まだ頭痛がする」
「……そんなに、かな? 私が試射した、時は、大丈夫だった、けど」
「そりゃ簪ならな……」
普段からおどおどしている彼女だが、伊達に代表候補生に選ばれたわけではない。その情報処理能力は下手な機械よりもよっぽど上で、単純計算を山ほどやるようなシチュエーションには持って来いの人材だ。
対して俺は、あくまで『一定の制約下における最適解を導くこと』が得意なだけ。パズルや謎解き、シミュレーションゲームに向いてるタイプと言えるだろう。
「ああいう、最適解が相手の動き次第でコロコロ変わる状況は苦手でな」
「……亡国機業、は?」
「んー……マップと敵配置が最初から分かってるダンジョンを攻略するようなもんだ。正解は手足の指で足りる」
「……ふーん」
よし、装甲の修理は終了。次は武器のメンテナンスだ。
拡張領域にインストールしてあるものをずらーっとコールし、今回使ったアサルトライフル『AK203-SP』を手に取る。
なかなか大層な名前に聞こえるが、実際は対IS弾を装填可能にしただけの簡易改造品に過ぎない。
「…………やっぱり、小さいね、それ」
「そうだな。ISサイズにスケールアップしたモデルもあるが、あれは取り回しが悪いからな」
「……けど、弾丸、大丈夫、なの?」
「なんだかんだAKだ。今のところ故障はしてない」
……試合の後、こいつに気付いた山田先生にこっぴどく叱られたがな。曰く『メーカーの想定外の組み合わせでの使用は危険すぎます!』とのことだが、あれだけ大きいと整備も面倒なのだ。
そんなことを考えながら銃を分解。各部の損傷具合を確認しながら清掃し、再び組み立てる。近代化銃特有の無骨な黒一色の見た目はやはりいいものだ。
「……ん。誰か、訓練して、る?」
「…………確かにそうだな。見に行くか」
「い、いい、ね。一緒に、行こ……」
一通りの整備も終わったので、俺たちは息抜きとして整備室からアリーナへと移動することにした。
素早く宙を舞う半透明の仮想ターゲットに照準を合わせ、引き金を引く。訓練出力のビームはど真ん中を打ち抜き、同じことを他のターゲットにも繰り返す。
数少ないわたくしの心休まる時間であるはずのIS訓練。だけど今日は、一向に気持ちの昂ぶりが収まらなかった。
(どうして、どうしてあんな結果に!)
しかし問題は──三乃川鉄也。あの目付きの悪い小柄な男。そいつが乗るIS──しかもあからさまな旧世代機──に手も足も出ずに負けるなんて!
(──悔しい)
人一倍努力を重ねてきたはずだった。両親を事故で失い、その隙をつけ狙う輩から家と事業を守り抜き、その一環として代表候補生にまで上り詰めた。
なのに、なのに──負けるはずのない、そうなってはいけない試合だったのに!
「行きなさい、ブルー・ティアーズ」
仮想ターゲットを先ほどの5倍にまで増量。動きも複雑化させたそれらを背部から展開したレーザービット4基で撃ち抜き、時には逃げ場を封じてからエネルギーライフルのビームで仕留める。
3年前から何度も繰り返してきたそれは効率化しており、本来は10分を想定した内容も3分の1以下で終わらせることができる。
しかし、しかし──
(──
ミサイルビットも合わせた計6基とライフル、計7つの射線を自在に操るのがブルー・ティアーズというIS。
そして尚且つ、そのラインは直線以外も描ける
(……『フレキシブル』)
射撃を自在に湾曲、収束、拡散させる神業。出来るはず……出来ねばならないそれを、わたくしは一度も起こしたことがない。
もし使えれば、織斑一夏に圧勝できただろう。一切の反撃を許さず、歯牙にもかけずに。そして三乃川鉄也にも──
(──勝てました、の?)
分からない、分からない。果たしてあの男は、レーザーに当たるだろうか。それを避けた先でビームに穿たれるだろうか。
全ての訓練を終わらせ、宙に浮きながらそんなことを考えている時のことだった。
「いいものを見せてもらったぞ、セシリア・オルコット」
「──なっ!?」
観客席から投げかけられた声。慌ててそちらを振り向けば、件の少年が相変わらずの無愛想な顔をこちらに向けていた。
その横に座るやたら大柄な少女は目を光らせていたものの、わたくしは彼女に気づかず怒鳴り声を上げる。
「あ、あなた! わたくしを嗤いに来ましたの!?」
「…………は?」
「そうでしょうね! 地位も実績もない凡骨に……時代遅れのフルスキンに負けて! 本来の戦い方もできない代表候補生なんて!!」
「……勘違いだ。俺はお前を笑うつもりなどない」
表情筋をピクリとも動かさずにそう返してくる三乃川。纏う気配にも剣吞な感じはなく、なんだか怒りを削がれてしまう。
「ビットもそうだが、射撃の精度はいい。少しブラフを混ぜればより効果的だろう」
「……はい?」
「今のところビームに対する有効な防御手段は、精々が装甲のコーティング程度だからな。実質的に出し得みたいなもんだ」
「ダシトク、とは──って、なんであなたにそんなことを言われなければなりませんの!」
何かがおかしい。彼は織斑一夏と同じく一般人のはずだ。最新技術の塊たるBT兵器の運用について語れるはずがない。
「あとはそうだな。一夏との試合を見せてもらったが…………あんた、
「──そう、ですわね。大気の状態、BTエネルギーの共鳴率、弾道及び相手の機動予測、あとは……」
「なるほど、多すぎるな」
「…………え?」
わたくしと同じ気持ちなのだろうか、三乃川の横の少女も驚きの表情を浮かべている。
彼女に「それぐらい、普通、だよ……?」なんて言われながら、彼は続きを話し始めた。
「ビットとライフルの連携は実にいい。だが、その最中あんた自身が的になるのが致命傷だ」
「……どうしろと?」
「思考を効率化しろ。イメージインターフェースは一から百まで考えなくても働く。その
「…………はぁ」
なんだかよく分からない理論である。もっとデータや数字に則った考えを聞かせてほしい。
そんなわたくしの内心に気付いたのか、三乃川は少しだけ──ハイパーセンサーでやっと判別がつくほど──口角を吊り上げながら語りを続ける。
「いいか、人間の脳は思考に全リソースを回すことはできない。呼吸や拍動を常に制御しているからな」
「……ですわね」
「それ以外の諸々も含めて、『考えられる』のは大体半分ちょっとが関の山だ。だから、余計なリソースを使用することは避けるべきってわけだ。ISは思考に頼るところが大きいしな」
「……確かに」
言われてみれば、自分がこうやって飛んでいるのだってPICをIS経由で思考制御しているからだ。
──そしてふと気付く。今この瞬間、自分は大気について殆ど考えていない。ましてや気温や湿度のことはほぼ0さ。
「分かってきたか。ISは意外と優秀だ。マニュアル操作でもそれぐらい漠然としたイメージで機能する」
「……なるほど。ということは──」
「「ビットについても応用できる」」
ピッタリと言葉が重なってしまい少し恥ずかしくなる。それは彼も同じようで、小さな瞳に照れくささが浮かんでいた。
その雰囲気が気に入らないのか、大柄な女子がこちらを睨みながら文句を垂れる。
「……そっち、ばかり、ずるい」
「あらあなた、しっかり喋れましたの?」
「…………三乃川君に、負けた、くせに」
「それ言ったらライン越えですわよあなた!?」
思わずビットとライフルを観客席の方に向けてしまい────次の瞬間、ぞっとするような威圧感が三乃川から発せられた。
シールド越しにコールした槍を向けられ、攻撃されるはずが無いのに震えが止まらない。脊髄に氷の針をねじ込まれたかのような恐怖感を覚える。
「──冗談でも、武器を不用意に人へ向けるな」
「…………わ、わかりましたわ」
「ならいい。……というか、そろそろ門限だ。帰るぞ簪」
「ほ、本当、だ……織斑先生に、怒られ──」
がちゃり。二人の背後にあるドアが開く。彼らが恐る恐る振り向けば、そこには青筋を立てた
「ほう、貴様ら。こんな時間に密会か?」
「い、いま帰るところ、ですから! だからその、出席簿、だけは……!」
「……更識たちはまあいい。問題はオルコットだ」
「へ?」
彼女に鋭い目で射抜かれ、戸惑い、そして気付く。アリーナの使用時間を表示していたタイマーが、既に13分以上オーバーしていたのだ。
「お、おほほほほ……わたくしとしたことが、ついうっかり」
「早くこっちに来い。なんなら私が行くぞ?」
「いえいえいえ、今すぐに向かわせていただきますわ! 先生の手を煩わせるなんてもってのほかですもの!!」
慌ててBピットに移動してISを解除。スーツ姿のまま彼女たちの元へと向かい────その後、炸裂音が3回アリーナに響き渡ったのは言うまでもないことだろう。
※主人公は待機形態で例のアプリを視界に表示しながら会話をしてます。
次回は学園の日常を描く予定。食堂とか食堂とか食堂とか。