IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
「その、凰、さん……?」
「さっさと答えてよ、
その声はどこまでも冷たく、首筋に刃を突き立てられたような恐怖を漂わせる。
さっきまで昔話をしていた人とは思えないほどの変わりようだった。
「三乃川の動画を見たけど、あれが初心者は無理があると思わない? いくら油断してたからって、代表候補生があんなにあっさり負けるわけないじゃん」
「……」
「へぇ、隠すつもり? けど──」
伸ばした指が縮んで拳になり、同時に凄まじい衝撃が叩き込まれる。
押し倒されているせいでそれの逃げ場はなく、悲鳴をあげそうになったのをどうにか堪えた。
「~~~っ!」
「あれ、意外と耐えるじゃん。じゃあ今度は──」
「っ!? だめ、そこはっ──」
おへそから少し下、ちょうどスカートのゴム辺り。
慌てて彼女の手を払おうとしたが、拳を形作る方がずっと早かった。
「ぃ゛っ゛! ぎ゛ぃ……!?」
「効くでしょ、これ?
さっきと違って吐き気はない。だけど、体の深い所を直線殴られたような感覚のせいで思考が鈍る。脳みそが必死に『逃げろ』と命令を発するけど、起き上がるどころかまともに動くことすら難しい。
そうして悶える私のことを、凰さんはうっとりとした表情で眺めていた。
「さいっ……てい……」
「質問に答える気になったかしら?」
「ふざ、けるな……!」
「あっそ。もう一回やっとく?」
小さな手がさっき殴られた場所を押してきた。それだけの刺激で体は反応してしまい、呼吸が荒くなる。そしてまた指先だけの状態に。
…………あの感覚が、もう一度? 嫌だ、怖い、されたくない──
「──やめ、て……。なんでも、言う、から……」
「……ふん。最初からそうしておけばよかったのに。それで、三乃川はいつからISに乗ってるのか教えてくれる?」
「…………私と、知り合いに、なるより、前。具体的な、のは、分から、ない」
「ってことは、少なくとも六年以上かしら。もはや国家代表クラスね」
右手でスマホを器用に取り出した彼女は、フリックでパパパッと入力する。その間も馬乗りかつもう片方の手で下腹部を抑え込まれているので、身動きがとれない。
「あとはそうね。あの機体の出所は?」
「知ら、ない……」
「はぁ? 更識が子飼いの情報を把握してないとかあるの? 寝言聞かされても困るんだけど?」
凰さんの表情が一気に冷める。スマホを私の横に置いて、空いた手を振り上げ──
「……あれ?」
「そこまでだ、凰」
ガチャリと扉が開かれ、左腕にISを展開した三乃川君が入ってきた。その目は私がオルコットさんに銃を向けられた時よりずっと鋭いもので、静かに怒りを滲ませている。
「どうやって気づいたの? ここ全部、防音なんだけど」
「……一つ、俺は耳がいい。二つ、お前が部屋に帰ってないと同室に聞かされた。そして三つ──」
彼は私に視線を移し、軽くため息を吐いた後に続きを口にした。
「──姉というのは、妹の一挙手一投足が気になるものだ」
「…………は?」
そこで問答を切り上げ、三乃川君は左腕を引きずりながらこっちに歩いてくる。
凰さんは逃げようとするが、振り上げた右手がそのまま宙で固定されたように動かない。
「どうなってるのこれ!? 三乃川、あんたの仕業!?」
「それ以外の可能性があると思うか、馬鹿が」
ベッドにたどり着いた彼が黒い巨腕を持ち上げると同時に凰さんの手が落ち、鋭いマニピュレータの先端が彼女の首に軽く食い込む。
「…………はは、負けか。このまま殺すの? テロリストたちみたいに」
「──質問だ、凰鈴音」
「……えっ?」
「お前がこんな手段を取った理由は、
聞き慣れない言葉を発した三乃川君の表情は、どこかいつもより悲しげだった。
「中国のIS関連の事情を教えろ?」
夕食のすぐ後。紅茶を飲みながら、目の前の生徒会長は首を傾げる。その手には『理由』と書かれた扇子がいつの間にか握られていた。
「なんで私に聞くのかしら? 中国の秘密主義はあなたもよく知ってるでしょう?」
「そうだな
そう呟いた瞬間、カップを握る彼女の手がピクリと震えた。すかさずそこに追撃をする。
「中国とロシア、その蜜月の関係は誰しも知るところだ。その片割れにおける権力者の一人なら、事情もよく知っているんじゃないか?」
「…………はぁ。これから口にするのは独り言よ」
会長はそんな前置きをしながら、ゆっくりと話を始めた。
「中国は女尊男卑に染まらなかった数少ない国の一つ。ISで女性の『価値』は上がったけど、『地位』は実質的に落ちたと言えるわ」
「……ほう」
「その象徴の一つが、数年前に設立された特別収容所……IS適性を有する訳ありの子たちを各地から二束三文でかき集めて、徹底的な教育を施す場所」
「IS学園……とは違うか。俺たちを除けば、ここに来るのは任意だしな」
適度に相槌を挟み情報を咀嚼する。にしても収容所とは……。
「その施設で彼女たちは大まかに九つのグループに分けられて、別々の場所で訓練漬けの生活を送らされる。見た目のせいで『
「一昔前にあった違法建築の名前が使われるほど、か」
「訓練の成績がよければ上位のグループである程度の自由、悪ければ下のグループに落とされ食事すら困難な日々。完全なる実力社会よ」
「…………それは」
惨い、と言わざるを得ない。この仕組みを考えたやつは鬼か悪魔の生まれ変わりだろうか。
「最上位グループは全て代表候補生とされ、その中で最も強い子が専用機を与えられる仕組みなの」
「……まさか?」
「凰鈴音だったかしら。日本から来た
「…………あいつが、そんなことを」
そんな馬鹿なと思うと同時に、納得もしてしまう。
見た目通りの少食だったあいつが何故あんなにも速く食事を終えられたのか──
「その後、三ヶ月かけて彼女はガウロンの序列一位に。専用機も手に入れた」
「……早いな」
「しかも、そこからIS学園にやってくるまで──彼女はただの一度もトップの座を失わなかったの」
「…………なんだと?」
代表候補生同士による熾烈な争いがあったことは間違いない。それを経ても、凰は最強のままだったということなのだろうか。
「──独り言はこれでおしまい。とりあえず、彼女のことは警戒すべきね。大方、あなたや織斑くんの情報目当てでやってきたのだから」
「……親友、なんだがな。頭の片隅に置かせてもらうさ」
「あと、もしかしたら簪ちゃんの方に接触する可能性もあるわ。その時は──」
「…………
その会話を最後に、俺は生徒会室を去るのであった。
「──なんだ、あれのこと知ってるんだ。それで、どうすんの?」
「…………」
凰の目がこちらを覗き込む。恐怖も、悲しみも、そして怒りすらない空虚。そんな感想を彼女に抱く。
「……み、三乃川、君」
「……簪?」
「その、えっと……彼女、酷いことした、けど。悪い人じゃ、ないと、思う」
「…………なんでだ」
俺の質問に赤い瞳が左右に揺れ、しかし途中でそれが止まってこちらを射抜いてきた。
「織斑くんとの、約束。凄く、懐かしい感じ、だった、よね?」
「……」
「まだ、好き、なんだよ、ね?」
「…………そりゃ、そう、だけど」
凰の頬に朱色がさす。……確かに、こいつの一夏への執着は昔となんら変わっていない。
「だったら、これ、なかったことに、しよ? それなら、彼と、もっと一緒に──」
「──いい提案だ、簪」
ISの腕をクローズし凰を自由にする。彼女は馬乗りを止めてベッドの隅へと移動した。
そしてこちらに疑いの目を向けてくる。
「……なんで」
「お前が一夏の元からいなくなった時、あいつは酷く落ち込んだ」
「──え?」
「あいつは寂しがり屋なんだ。親しい人と別れることを、望みなんざしない」
中三の日々を思い返せば、一夏の表情にはいつも寂寥が見え隠れしていた。それは受験が近づくほどに大きくなり、そのせいで季節外れの風邪をひいたほどだ。
「だから、俺はお前を許す。凰鈴音ではなく、織斑一夏のために」
「……なにそれ、馬鹿みたいじゃない」
「お前に関わる物事なんて、これぐらい馬鹿馬鹿しいのが丁度いい」
「……ほんと、いけ好かないやつ」
聞き慣れた悪口は今までで一番暖かい声色をしている。
きっとこれは、決して最良の手ではないだろう。だが最善であるに違いない。俺はそんな確信を持てたのだった。
IS世界って色々ろくでもないし、中国ならこれぐらいの外道行為してそうという発想からこんな回になりました。ついでに一年弱で専用機持ちになった理由付けもかねてます。
次回、唐変木の主張