IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
1/25追記:後半を改変しました。
「なあ鉄也、どうすりゃいいかな……」
「俺に聞かれても困るんだが」
クラス対抗戦まで一週間を切った頃。アリーナの更衣室で着替えながら一夏と雑談をしていた。
「箒もセシリアも、なんで鈴が怒ったか教えてくれないんだ。もう頼れるのはお前しかいないんだ! 頼む!」
「…………」
彼は勢いよく頭を下げるが、いったいどうすればいいのだろうか。凰自身からどんな約束をしたかは聞いてあるが、てんで意味が分からない。
あいつの家が引っ越す前は中華料理屋をやっていたことを踏まえると『これからもお店に食べに来て欲しい』というニュアンスになりそうだが、だとすると一夏の言葉に怒った事実と食い違う。
「無銭飲食の宣言と勘違いした、とか?」
「いやいや、それは流石に無いだろ。というかあいつはお店だとウェイターしてたし」
「ああ、そういえば……」
彼女が父親に料理を作らせて欲しいと文句を言い、その都度「お前にはまだ早い」と突っぱねられていた風景を思い出す。
実際、学校の調理実習であいつと組まされた時は、やたらと可食部を無駄にするような切り方をしてたので途中から俺が包丁担当にされたはずだ。
「味はいいけど、見た目がなー……」
「確かに、何故か味だけは完璧だったなあの肉じゃが」
教科書の挿絵からは外見も分量もかけ離れた代物だったのにである。ちなみに一夏は両方ともちゃんとした物を作り、弾は味が濃すぎると班員から不評だった。
「まあ、悩んでいてもしょうがないだろう。第一試合であいつと戦うのは確定事項だからな」
「それなんだよなー……機体の情報とか出回ってないのか?」
「あるにはあるが……少なすぎる」
ISを保有することを認められているアラスカ条約加盟国には定期的な情報公開が義務付けられているものの、中国は規定を満たすかどうか怪しいほどの量しか明らかにしていないのだ。
これについて欧米諸国は非難しているものの、特に声がデカいアメリカやドイツといったIS強豪国が似たり寄ったりな状態なので、中国のスタンスが変わることはないだろう。
「名前は
「……どんな武器かってのは?」
「空間に作用する、としか説明がない。つまり不明だ」
「ひ、酷えな……」
表情を引き攣らせる一夏。さもありなん、こんな書き方では戦略を組み立てることなんて出来るわけがない。
「公式試合に登録できる以上、操縦者をピンポイントで攻撃する等のルール違反は不可能なことは確かだ」
「……それ、俺の雪片ってどういう判定になるんだ?」
「単一仕様能力は特殊過ぎて裁定に含まれない。だから、お前の得物は単なる頑丈で切れ味のいい近接ブレード扱いだ」
「…………うーん、なんかむしろ悔しいな。千冬姉の武器がそんな風に扱われるなんて」
そう呟きながら彼はISスーツを鞄から取り出す。女性用と違って上下に別れているそれは、しかし普通の服と比べて物凄く着づらいのだ。
「ひ、引っかかる……!」
「…………
「そ、そりゃ勿論! ……自己申告で」
「おい」
間違いなく原因はそれだろう。一夏のブツは修学旅行の大浴場で見たことあるが──例えるなら、ピストルのサイズ比べをしていたらカービンが乱入してきたような感じだ。
普段そっちのネタで盛り上がってた男子たちが、あまりの大きさで逆に静かになったのは記憶に強く焼き付いている。
「カバーがあると言われてたんだから、正確な数字を教えないとそうなるだろ」
「だからって、普段から10後半ってのは……その、アレだしさ?」
「……まあいい。さっさと着替えろ」
俺の方もスーツを取り出して足を通す。
そうして大体同じタイミングで着替え終わった俺たちは、第三アリーナへと移動するのだった。
Aピットのすぐ手前まで来てドアセンサーに触れようとし──中から聞こえる物音によって手が止まる。
一夏がこちらを訝しむが、俺はそれを無視して特殊合金製の扉に耳をくっつけた。
「きさ……どうやって……に──」
「なに……あたしだ……いち……しゃよ」
「あな……にく……でしょう……じょうだ……やめ……」
(…………うわあ)
声色からして箒とオルコットと凰だろうか。女三人寄ればなんとやと言うが、こうして壁越しでも険悪な雰囲気が伝わってくるレベルだ。
流石にこの空気に入りたくはないと考えていると、何を思ったか一夏がセンサーに自分の生体情報を読み込ませたので扉が開いてしまった。
「おわっ!?」
「だれよ──って三乃川と一夏じゃない。遅かったわね」
「あ、ああ。なんで鈴がここに?」
「…………ってて、吞気に話しやがって」
危うく地面とキスをする所だった。そんな俺を気にも留めず、二人は会話を続ける。
「一夏。反省した?」
「へ? なにが?」
「だ、か、らっ! あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょうが!!」
「いや、そう言われても……そっちが避けてたんじゃねえか」
怒鳴り散らす凰とは対照的に、どこか冷めた様子の一夏。……なんだか嫌な予感がする。
「あんたねぇ……じゃあなに、女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」
「おう。なんか変か?」
一瞬の間も置かずに彼はそう言い返す。さっきまで凰と険悪だった二人は、その発言に何故か「「うわぁ……」」とドン引きしていた。
「……ああ、もう! とにかく、謝りなさいよ!」
「だから、なんでだよ。約束覚えてただろ」
「──あっきれた! まだそんな寝言いってんの!? 意味が違うのよ、意味が!!」
「…………?」
一夏は小さく首を傾げてどこか遠くを見る。なにかくだらないことを考えている時の仕草だ。
「あったまきた! どうあっても謝らないっていうわけね!?」
「そうは言ってないだろ。説明してくれたら謝るさ」
「せ、説明したくないからこうして──」
「──一夏に従え、凰」
そう言い放った瞬間、水を差された彼女は俺の方をギロリと睨みつけてきた。まるで虎のように獰猛な目つきだ。
「あんたは関係ないでしょ、三乃川!」
「お前の説明じゃ、百人が聞いて百人が理解できないだろう。それじゃ謝っても意味がない」
「うっさいわね! 分からないのはあんたたち朴念仁ぐらいよ! 間抜け! アホ! 豆粒ドチビ!」
「…………うるさいぞ、貧乳」
イラつきをそのまま口に出した瞬間、場が凍りつく。俺の身長を貶してきたのだから体のことを言及されても文句はいえないだろう。怒りで無駄に回転がよくなった頭で言い訳をつらつらと並べる。
──しかし、事態は思ったよりもまずい方向に向かったのだ。
まず最初に凰が右腕にISを展開し、それを即座に壁に向ける。そして拳の先が一瞬揺らぎ──嫌な予感を覚えた俺も左腕を部分展開し、PICの力場を生み出すイメージを脳裏に浮かべた。
1秒にも満たないやり取りの結果──凄まじい爆発音と共に部屋全体が衝撃でかすかに揺れる。何が起こったのか分からないであろう俺たち以外の三人が目を白黒させる最中、彼女は怒気を孕んだ言葉を漏らす。
「い、言ったわね……。言ってはならないことを、言ったわね!」
「それはお前もだろうが」
互いの感情の昂ぶりを示すかのようにISアーマーに紫電が走る。一触即発の雰囲気だったが、落ち着きを取り戻したらしい一夏が間に挟まってきた。
「ちょ、ちょっと待てよ二人とも! ISの無断展開はルール違反だぞ!?」
「先に展開したのはそこの中国代表候補生だ」
「……ちっ。ほんの一瞬だけどそうね。でも、部屋に被害は出てないからちょっとした注意で済むと思うわ。それよりも……」
ISを収納した凰はこちらにずかずかと歩み寄ってくると、額同士がくっつきそうなほどに顔を近づけてこちらにガンを飛ばす。傍から見たら縄張り争いのように見えるかもしれない。
「三乃川、あんた対抗戦出なさい。一夏のついでに叩きのめしてあげるわ」
「断る。俺にとってのメリットが──」
「四組代表の代わりに出ればいいわ。万が一……
「むっ」
言われてみればそうである。三組は量産機での参戦だから勝てるものと仮定すると、俺は一夏かこいつに勝ちさえすれば良いのだ。
それに、学食のデザートには簪が好きな抹茶味のパフェがある。かなりの値段を誇るそれは彼女でも中々注文出来ない程だから、これがいつでも食べられるようになったとすれば喜ぶこと間違いなしだろう。
俺は凰から少しだけ距離を取って質問に答える。
「……提案に乗ってやる。
「はぁ?」
「そのISの特徴である空間圧作用兵器。その正体は空気……いや、衝撃を打ち出すものだ。名付けるなら『衝撃砲』といったところか?」
憶測交じりで放ったその言葉は、どうやらかなり正解に近かったらしく彼女は思わず目を丸くしていた。
「……なんなのあんた。なんで武器種名まで当てられるの?」
「当てずっぽう……とまでは行かないが、大体勘だ」
「ふうん…………ところで、どうやってそれを防いだかも教えてくれる?」
凰の鋭い視線がこちらを突き刺す。断ると言えばそれまでだが……対抗戦に出るという発想を与えてくれたのだから、少しぐらいサービスしても大丈夫だろう。
「PICを応用して力場を平面上に展開した。さっきぐらいの威力の物理攻撃ならこれで大体防御が──」
「ま、待ってください! PICを機体以外の場所に、任意の形状で作用させたというのですか!?」
「うぉっ!?」
いきなりオルコットが近づいてきたので思わず後ずさる。彼女はそのまま俺の肩をガシッと掴むと、額に浮かんだ汗も拭わずに興奮のまましゃべり始めた。
「いいですか! まずPICは未だに動作システムが解析できておらず飛行以外での使用は極めて困難とされていて、その分野だけでも毎年少なくないインシデントが──」
「長すぎんだけど。要点だけ言って……なんとかさん」
「セシリア・オルコットですわ! とにかくですね、鉄也さんのそれは
「…………ふむ」
言われてみれば、こういった技法を扱う敵とは戦ったことがない。亡国が基本的に機体改造か異常武装の後付けが主体だったというのもあるが、オルコットの言葉を踏まえるとそもそも危険すぎるのだろう。
彼女が俺から離れて他の女子二人に説明しに行くと、今度は入れ替わるように一夏がやってきて耳打ちしてきた。
「なあ鉄也、それってもしかして例の……」
「ああ、空中縮地……加速するやつで使った技法だ。さっきは思いつきで試してみたが、意外と上手く行った」
「…………ちなみに失敗してたら?」
「壁にでかい穴が空いてただろうな」
そうなったら間違いなく全員で織斑先生にシバかれていたので、どうにか防ぐことができてよかった。……ついでに新たな欠点も発覚したが。
通常、ISを装着していても操縦者はその重量を感じ取ることはない。それは言わずもがなPICの恩恵であり、ISの従来兵器を上回る機動力の要とも言える。
そして先ほど力場を盾として利用した瞬間に大体20㎏以上の重さが左腕を襲ったのだ。それはつまり、自機以外にPICの出力を割くと機体重量が実質的に増加してしまい連鎖的に機動力の低下を招いてしまうということである。
(……なるほど、好き好んでこれを利用するやつがいないわけだ)
思った以上に使い勝手が悪そうなことに少し落胆するのも束の間、ピット内のスピーカーから大人の声が流れてきた。
『Aピット内の生徒へ。これ以上のピット滞在はアリーナの潤滑な利用において障害となります。……さっさと出ないと始末書よ!』
「うえっ、そんなのあり? それじゃあたしはこの辺で。…………一夏、三乃川、逃げるんじゃないわよ!」
凰はそう言い残してささっとピットから出ていく。一夏の「どこに逃げるんだよ」という呆れ声を聞きながら、残された俺たちはそそくさとアリーナに移動して訓練を始めるのであった。
鈴音の右手を止めたのも力場のやつです。名前はまた今度に。
一夏は造られた理由的にアレが大きくされてそうだと思いました。