IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
がたりごとりと車体が揺れる。窓の外は相変わらず草木だらけで、時たま土砂崩れ対策の
例の少年──ミノカワが現在この更識の私有地の一つである山にいるらしいのだが……およそ人が住める場所ではないというか、手入れされているのか怪しく思えるレベルだ。
「気持ち、悪い……」
「あ、エチケット袋あるんでそれ使ってください」
「止まる、ってのは……」
「日が暮れちまいますよそれじゃあ。ただでさえ複雑な山道だってのに、そうなったら下山する自信ありませんよ」
運転手さんはルームミラー越しにこちらをチラ見しながらカーナビと格闘している。表示される道を見つけるのすら一苦労なのだ。
そんなこんなで危うく吐きそうになった頃ついに目新しい景色が見えてきた。相変わらずの緑の中、煙を上げる山小屋がポツンと1つだけ建っている。
「彼だけじゃ、ない、の……?」
「一応ここの持ち主……私の伯父が住んでいます。変わり者というか、他の更識と馬が合わないんですよ」
そんな会話をしながら車から降りて金属を研ぐ音が聞こえるそこへと私たちは進む。その中に入れば、ちょうど例の少年が白髪交じりの老人から刃物を受け取っている最中だった。
「よぉ、
「ん……あぁ、
「いやいや、そんな物騒なもんじゃなくてな。三乃川に用があって来たんだ」
「……俺に?」
少年がこちらに振り向き相変わらずの目つきでこちらを見てくる。逃げたくなる私に対して、運転手さんはずかずかと近づいていく。
その表情は相変わらずあの胡散臭い笑顔で、彼も不審に思っているのかただでさえ怖い目付きが更に鋭くなった。
「この人がお前に会いたいって話でな。名前分かるか?」
「────誰だ、あんた?」
「……え」
質の悪い冗談だと一瞬思ったがミノカワ君の表情は真剣そのもの。どうやら本当に私のことを覚えていないようだ。
それに気づいた運転手さんは眉間を触りながら、彼とくっつく寸前まで距離を詰めて会話を始めた。
「確認取るぞ。お前は昨日何をした?」
「更識の依頼で亡国の基地を潰しに。MIAは誰もいなかったからそのまま爆破処理だったな」
「……その途中で誰か助けたよな? 思い出せるか?」
「…………確か、女性だった。
そこでミノカワ君は言葉を止め、私の方をじーっと見つめてきた。そして近寄ってきて、手を握ったり顔を近づけたりしてくる。
なんだか犬みたいな仕草だなーなんて思っていると、やっと思い出したのか運転手さんの方に体を向けた。
「なるほど、俺はこの子を助けたのか」
「……ったく、対人記憶の鈍さはいつになったら治るんかね」
「無駄に
「…………人間としてどうかと思うぞ、それは」
呆れ気味に彼は言い放つ。それにしても『無駄』とは……知り合いそっくりなら覚えていてもいいだろうに。というかあの時の私の気持ちを返して欲しいぐらいだ。
「ったく、女の扱いが下手だなお前さんは……。何人も会ってきただろうに」
「そのほとんどは敵だ、爺さん。思い出せるのは片手で数えられる程度だが」
「そうかい。ところでそいつの具合はどうだ?」
「そうだな…………」
ミノカワは私から離れ、手に持った刃を見定めるように眺めた。どこかの博物館で見た刀よりもかなり分厚く無骨なそれが、ISを弾き飛ばした槍の穂先であることは間違いないだろう。
「その……なんで、片刃……」
「む、よく気づきましたな
「峰のある形にして、ついでに厚みも持たせてる──だろ?」
「あ? おいこらてめぇ、俺の説明を取るんじゃねえ!」
お爺さんが青筋を立てながら運転手さんに嚙みつく。しかし彼はそれに怯むどころか、更に神経を逆撫でするようなことを言い放った。
「こういうのは要点だけ伝えりゃいいんだよ。無駄に話を長くするな爺」
「無駄だと!? 大体てめぇは昔から大事な部分をすっ飛ばしていきなり結論を──」
大人の二人は私たちをよそに口喧嘩を始めてしまい、どうすればいいのかわからなくなった。少しだけ考えて、どうしようもないと結論づけた私はミノカワくんの方に近づく。
「この前、の、お礼、したくて……」
「……は?」
「助けて、くれた、し……その、私のこと、ちゃんと、気に掛け……」
「あー…………分かった。どうすればいい?」
彼は大人たちに話を振った。いつの間にか取っ組み合いにまで発展していた彼らは一旦それを止め、こちらを向くと口をそろえてこう言った。
「「女の誘いにはちゃんと乗っとけ!」」
「……やっぱり家族だな、あんたら」
翌日、私と三乃川*1君は例の運転手さんに連れられて、ある場所を訪れた。
大規模ショッピングモール『レゾナンス』。食べ物は洋・中・和、その他にも様々なレジャーを兼ね備えたそこであれば、彼のニーズに完璧に応えられる……と思ったのだが。
アパレルに連れて行けば「こういう派手な服はいらん」と入店を拒否。ゲームセンターに誘ってみても「うるさくて落ち着かん」と一分も経たずに退却。
苦し紛れで寄った工具売り場では「これを使えばもっとあいつらを……」なんて物騒なことをブツブツ呟き始めたので慌てて離脱。
──といったように、目論見が外れまくっていた。強いて言えば本屋はお気に召したみたいだが、結局何も買わずに戻ってきてしまった。
「ど、どうしよ……」
「あ~……あいつ、ずっと亡国やそれ以外のろくでもない奴らと戦うだけでしたからね。好むとしたら……静かで落ち着いた、刺激の少ない場所ですかね」
「そ、そんなの、ここにある、のかな」
運転手さんとひそひそ声で相談する。彼の挙げた条件に合致する場所がここ一帯にあるのか頭を捻っていると、いつのまにか三乃川君がいなくなっていることに気づいた。
「あ、あれ?」
「あんの馬鹿、一体どこに……っていたー!」
運転手さんがビシッと指さした数十m先の小さな店の前に彼はポツンと立っていた。慌てて近づいていくとそのお店はボードゲームを取り扱っている場所のようで、三乃川君はなんの変哲もないただのトランプをじーっと見つめている。
「……あれ、欲しい、の?」
「…………あぁ」
コクリ、と三乃川君は小さくうなづいた。相変わらず犬みたいで……こう、色々とそそられる。
そんな邪念を振り切りすぐさま運転手さんも連れてきて三人で入店し、彼が一番興味を持った無骨でメタリックなデザインのトランプを買った。
帰りの車の中で三乃川君はそれをすぐさま開封し、一枚一枚の絵柄をじっくりと見ながら何度もシャッフルを繰り返す。どうやら気に入ってくれたようで、かなり嬉しい。
しばらくして、かなり小さめの寂れた一軒家にたどりついた。一見すると空き家にしか見えないそこに彼は住んでいるようだ。
「ふぅ、到着っと。にしても、それどうすんだ三乃川?」
「遊ぶ」
「いや遊ぶって、一人じゃ……」
「手慰みにはなる」
カードを箱から出したりしまったりを繰り返しながら、三乃川君は目もあわせずに言葉を返す。手に入れてからまだ一時間も経っていないのに、その動作はマジシャンもかくやと思うほどに洗練されている。
そしてそのまま家の扉を開こうとした彼を、私は思わず引き留めた。
「そ、その!」
「……なんだ」
「こ、今度! 遊びに来ていい、か、な……?」
「…………まあ、問題はない。だが何故だ?」
小動物のように首をかしげる彼を見て、ついに私の中のナニカがぶつんと音を立てて千切れた。
全く。あんなに強くて無慈悲なのに、どうしてそんな微笑ましい仕草をするのだろうか。もっとその姿が見たい、構って可愛がりたい。そしてなにより──
そんなドロッとした感情に突き動かされ、自分の物とは思えないほどに素早く体が動いて彼を抱きしめその首筋に唇を重ねてしまう。
数秒ほど経って顔をどかせば、そこには虫刺されのような赤いリップマークがくっきりと刻まれていた。
「……なんだ、これ?」
「え、ちょ、簪様ぁ!?」
「────あ、その、ご、ごご、ごめん!!」
全力で後ろを向いて走り車に乗って、扉を思いっきり閉める。あんな、大人向けの過激な小説で出てくるようなことをするつもりは無かったはずだ。
だけど、人間らしくない彼がわずかに見せた隙を私は見逃せなかった。そこに付け込むのが絶対に良くないことだと思いながらも、私の脳裏にはこれからの彼との付き合い方がいくつも浮かんでくるのだった。
・山小屋の更識
『更識』の中でも主に武器作成を担っていた家の出身で、凝り性かつ気難し屋なので現在は他の一族とは離れた場所で過ごしている。
筆が暴れたら簪の行動力が増加してた件。小説とかもそれなりに読んでそうなのでこうなった。
引っ込み思案でたまに強気、そんな感じ。