IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
クラス対抗戦がアクシデントによって台無しになった翌晩。あたしは怒りを湧かせながらある場所を目指して歩いていた。
(……ここね)
たどり着いたのは第4アリーナ横のこじんまりとした整備室。明かりのついているそこを勢いよく開くと、目的の人物──簪が驚いてこっちを振り向いた。
「だっ…………あ、凰さん。こんばんは」
「こんばんは……って、そうじゃないそうじゃない。あんた、なんで三乃川んとこに見舞いに来てないわけ?」
──あたしたちを庇って無人機の最後っ屁を食らったあいつは、その後すぐアリーナに入ってきた突入班のISに抱きかかえられて治療室に搬送。
そこで灰色の機体から引き剝がされて諸々の処置を施され、今は昏睡状態で保健室の一角を占有している。
一夏やセシリアはもちろん、彼の同室らしいのほほんさんという女子も訪問済みだ。なのに、一番親しい間柄であろう彼女だけは顔を出すどころか心配する素振りすら見せていない。
「のほほんさんから聞いたわよ。あんた、あいつにアリーナで助けてもらったんだって?」
「う、うん! 閉まってたシャッターを、一気に壊して、避難できるように──」
「だったら! あいつの所に行って! その感謝を伝えなさいよ!」
思いきり詰め寄ってそう叫ぶも、簪はとぼけた表情を浮かべている。それに対して更に怒りが増すのを感じながら、あたしは更に言葉を続けた。
「いくら三乃川が強いからって、死なないわけじゃないのよ!? あいつだって、傷ついて、ボロボロになって、それで──」
「──ちょっと、黙って」
「むぐぅ!?」
大きな手のひらで口を覆われ無理矢理止められる。こちらを見下ろしてくる彼女の表情はどこか不満げだ。
「三乃川君は、大丈夫。私と一緒の時、だって、何度も酷い状態で、帰ってきた。けど、いつも元通りに、なってまた、戦うの」
「んーっ! ん-っ!!」
「──三乃川君は、ヒーローだから。泣きも笑いもしなくて、最後には勝つ。どんなに傷だらけになっても、ずっとずーっと、戦い続ける」
「つ……!?」
簪は至って真面目な雰囲気でそう語り、目はキラキラと輝いている。
……だけど、あたしはその姿に恐怖していた。アニメやマンガみたいなフィクションじゃなく、あいつは現実にいる人間だ。
そいつを『ヒーロー』なんて呼んで、そのうえ傷つくことを実質的に肯定するなんて。
「私は、そんな三乃川君が、大好き。わかるよね、凰さんなら?」
「ぷはっ……ふ、ふざけんじゃないわよ!! もしあたしがあんたなら、あいつが死にに行こうとしたら──」
「……三乃川君は、死なないよ?」
「………………は?」
こいつは、目の前の女は、何を言っているんだ? 三乃川が死なない?
一気に沸いた怒りのままにその面をぶん殴ろうとして──止まる。
「?」
「──なんて目、してるのよ」
どこまでも澄んでいる、しかし同時にぞっとするほどの澱みも秘めているそれは、盲信と盲愛に塗れていて。
きっと、あたしがどんなことをしても彼女には一切響かない。それを無理矢理にでも分からせるような目だ。
「……その、通知、来てるよ」
「…………そうね。なにな──」
取り出したスマホの待ち受け画面にはメッセージアプリのアイコン。その横に一夏の名前があって、続く文章は──『鉄也が目を覚ました』という、シンプルなもの。
言葉を一瞬失ったあたしは、気づけば簪の手を引いて部屋から飛び出していた。
「えっ、ちょっ、なに……!?」
「わざわざ聞くんじゃないわよ! あいつの面拝みに行くの!!」
保健室に着いたら、どんなことを話そうか。とりあえず状態確認してから、次にあの灰色の小さなISについて──いや、それより前に昔のことを話したい。
弾の店は今も人気なのかとか、数馬のなんたら同好会は結局どうなったのかとか。考えれば考えるほど、内容がどんどん湧いてくる。そのせいか、あたしの移動速度はますます上がっていくのだった。
ふと、仰向けの状態で目が覚めた。無意識に使用した加重縮地による全身の痛みは何故か消えていて、ともすれば羽根のように軽いと感じられるほど調子がいい。
ひとまず起き上がって見渡すと、辺り一面暗闇の中。足元は薄く水が張ったような感じで、靴底で叩くと波紋が広がる。同時に自分が何故か制服姿なことに気付き、少し困惑しながらも歩き始めた。
(……静かすぎる。まるで何も無いみたいだ)
空虚とでも言えばいいのだろうか。どれだけ速く走っても足音は全く鳴らず、地面を殴っても痛みすら感じない。自分の声だけはちゃんと聞こえるが、反響せずにすーっと周囲に消えていく。
(……どこまで広いんだ、ここは)
光源的なものがどこにも存在しないせいで時間間隔が狂っているかもしれないが、多分数時間は歩き続けているはずだ。それでも端に近づくどころか、そもそも移動出来ているのかすら怪しく思える。
そこから更に歩いていくと、ようやく変化が訪れた。時おり赤く光る黒い何かが絡まりながらうじゃうじゃあって、それらが前方を阻んでいる。
(なんだかツタのようだな。槍でもあれば切れるんだろうが……)
そんなことを考えた瞬間、右手の中に使い慣れたあの槍が現れていた。大きさも見た目もいつも通りで、困惑しながらも目の前のツタに振り下ろす。
すると塊の中の一本だけでなく全体が一気に両断され、赤い粒子となってどこかへ消えていった。原理は分からないが、進めるようになったのでまた歩き始める。
(…………長い)
そこから先は、しばらく進むとさっきと同じツタの塊があってそれを切除。進んでいって現れたらまた──ということをひたすらに繰り返した。
何もない場所を歩き続けるよりは楽だが、それでも相変わらず変化が少ないので段々と遅くなっていく。
しかし、収穫もあった。どうやらツタの変化した粒子は一定の方向に飛んでいくようで、それを頼りにこの暗闇を進むことができるのだ。
「……これは」
槍を手に入れてから半日近く歩いた頃だろうか。俺の目の前に現れたのは極めて巨大なツタの柱だった。
IS学園のやたらデカいタワー──聞いた話によるとレース用の設備らしい──よりも遥かに高さのあるそれを試しに切ってみるも、少し傷がつく程度。
流石にこれを槍1本で切除するのは無理だろう。なのであの大型チェーンソーを思い浮かべると、どうにか俺でも持てるサイズに小さくなったそれが現れた。
「……よし。伐採といくか」
エンジンとチェーンの震えを抑え込みながら回転刃をツタに押し当てる。進みはかなり遅いが、確かに削れているようだ。
オーバーヒートで定期的に休みながらも切り進めていると、不意に黒ではないものが目に入ったので慌ててチェーンソーを離す。
よく見るとそれは人の手で、大きさからして子供ぐらいだ。訝しみながら槍に持ち替えて慎重に周りを削ると、段々それの持ち主の姿が見えてきた。
「よいしょ、っと……大丈夫か?」
「ぅ…………」
そいつは灰色のシンプルな服を着た少女の姿をしており、顔は前髪で隠れているので見えない。どこか元気がなさげで、恐らく原因はこのツタだろう。
手足に絡んでいるそれを切り飛ばして彼女を引き抜く。手足は細く、枯れ枝よりも脆そうに思えるほどだ。
「……このツタ、どうすればいい?」
「…………燃や、して。全部を、塵も残さずに」
無機質な声で少女は言う。その助言に従ってバーナーウィングをイメージし、現れたそいつを構えてツタに炎を放った。
それは一瞬の内に燃え広がり、相変わらずの静かさで熱も生まずに巨大な黒が火柱へと変じる。
「壮観だな、これは」
「…………」
少し距離を取って呟く。流石にサイズがサイズなので暫く燃え尽きそうにない。
一仕事終えた気分になって地面に腰を下ろすと、灰色の少女も俺の横に座ってきた。少しの間静寂が続き、それを破ったのも彼女だった。
「わたしは、怖かった」
「……というと」
「自分が別のナニカに塗りつぶされて、操られて、そのまま殺されかけて……」
「苦労したんだな」
適当に相槌を挟んでやると、少女はそれに気をよくしたのかさらに喋り続ける。
「あなたには、悪いことをしたわ。殺そうとして、なのに助けてもらうなんて」
「……気に病む必要はない。俺はただ、目の前にあったものに対処しただけに過ぎん」
「そう、ありがとう。きっとお母様も喜ぶわ」
「…………」
──お母様、か。なんとなくここがどういう場所で、彼女が何者なのかも分かってきた。
しかし、そうなると何故俺が来れたのか説明がつかない。頭を悩ませていると見かねた少女が口を開いた。
「あの時、あなたは私に対して『接触』を試み、その意図をあの子が汲み取ってくれた」
「……あいつにも、お前のような存在がいるのか」
「全てのISコアに。……こうして話せるのは、ほんの少しだけど」
少女は一旦喋るのを止め、前髪を持ち上げて顔を露にする。
──そこにあったのは、右に3つと左に2つの多すぎる瞳。黒目と白目がそれぞれ赤と黄色に置き換わったそれら全てで、彼女はこちらを見つめてきた。
「私は『ゴーレム
「……今のところ、操縦者以外が観測した事例はないはずだが」
「そこは、まぁ……説明が難しいわね。私は若いし、自分だけでISを動かすために作られたから」
「…………噂には聞いていたが、やはり筋金入りのろくでなしだな、
教科書に載っていたあの人──篠ノ之束の顔写真を思い出しながら呟く。
あの本には必要最低限の説明──ISの生みの親で世紀の大天才──ぐらいしか書かれてなかったが、実妹である箒からは色々と愚痴を聞かされたのだ。
曰く、気に入った人間以外は石ころ以下の扱い。協調性というものが皆無。武術の才能もあったが『興味ない』と練習をサボっていた……などなど。
「危うく死人が出るとこだったぞ、コラプターが来なくてもな」
「…………なんとも言えないわ。お母様のことは、私もよく分からないから」
「そうか──っ」
不意に意識が遠ざかり、思わず倒れかける。それを見た少女はどこか寂しげな表情を浮かべた。
「そろそろ時間ね。暴走プログラムは消えて、あなたのやることはもうない」
「なる、ほど……」
「さようなら、三乃川鉄也。もう会うことは──」
「それは、また会うためのおまじない、らしい。
「…………っ」
彼女の頬に何故か朱が指したのを見届けながら、俺は意識を手放すのだった。
簪にとって、三之川はヒーロー=最後には必ず勝って戻ってくる存在なのです。
コア人格周りの話は次々回ぐらいから。