IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
例の少女……ええと確か、簪だったか。彼女を救出してからというもの、何故か俺の生活は変化を迎えていた。
更識の奴らは以前よりもこちらを気に掛けるようになり、特に女性陣は何かと「簪様と仲良くね!」といろいろな物品を渡してくるようになった。報酬も2割ぐらい増加して、ある程度の道具の支給を貰うこともある。そして一番の変化は────
「…………えへへ」
「また来たのか」
大体週一、多い時には週三ぐらいで簪がこの家にやってくるようになったことである。最低限の家電以外はほとんどジャンク品とそれを加工するための機材が占めているような場所だが、彼女としては居心地が良いようだ。
「最近は、なにか……あった?」
「つい昨日、亡国の拠点の小さいやつを制圧してきた。ISは無しで、収穫は武器だけだな」
「どんな、の?」
「でっかいチェーンソー的なやつで、ISの装甲も切れる。生身で担ぎながらこっちに突っ込んできたのは流石に正気を疑ったな」
会話の内容としては、どんな任務をやってきたか、その中でどんなアクシデントや発見があったかみたいなのが大半だ。あとは少しだけ技術的な話とか。
「この前の、UI、ど、どうか、な……?」
「かなり見やすい。強いて言えば文字の視認性が少し足りないぐらいか」
「そう、なんだ。ちょっと貸してくれ、る?」
「あいよ」
ISのヘッドギアだけを
「……よし。ちょっと、被って」
「分かった……ん、これは逆に文字がうるさいな。もう少しシンプルに」
「ん……こう、かな」
「あー……うん、いいな。これでいい」
彼女の仕事ぶりに感心しながらヘッドギアを
「なんだ」
「うーん……なんと、なく?」
「……そうか」
理由はいまいち分からないが彼女はこの家にいる時はやたらとスキンシップをとってくる。これ以外だと、頭をなでてきたり、髪に顔をうずめてきたり、後は最初の時みたいに首筋にキスをしてきたり。
「そ、そう、だ。新しいやつ、買ったん、だけど……やる?」
「またか。楽しいからいいが、金は大丈夫なのか?」
「三乃川君が、楽しんで、く、くれる、なら、いいかな、って……」
「……だったら、まあ」
そう言いながら簪が出してきたのは某有名ボードゲームシリーズの新作だった。いつも通り盤面を作ってコマを配置し、ゲームを始める。
「……出目が渋いな」
「あはは……あ、2つとも資源だ」
「ツキがあるとこ申し訳ないが、交渉だ。羊と鉄を交換」
「ん、いいよ……ってああ、盗賊!?」
「バーストか、残念だったな」
そんなこんなで数回やってそろそろ俺の勝率が彼女よりも上回ってきたところで、着信音が鳴り響いた。どうやら簪の携帯のものらしく慌てて取り出して電話に出る。
「あ、どうも、簪で……お、お母さん? その、ごめ……うん、わかっ、た」
「…………なにか問題か」
「
青ざめた顔で死んだ魚の目をさらす彼女は結構不憫で、数秒ほど悩んで俺はばっと抱きしめた。
「……ふぅぇ?」
「すまんな、俺のせいで。もし怒られたら、カバーする」
「…………み゜」
ぼふんと音を立てて倒れた彼女を俺は慌てて受け止め、クッションの上に降ろしてからボードゲームをかたずけるのだった。
夕方、外は土砂降りで激しい雨音がだだっ広い家中に鳴り響いているのだろう。しかし、ガチガチに緊張した私にはそれは聞こえず、世界から音が無くなったかのように静かに思えた。
その理由は、目の前に私の母さんが座っていて、姉さんそっくりの鋭い目でこちらを見つめてくるからだ。
「簪。今月はいくらあのおもちゃに使ったか分かってるかしら?」
「えっと、その……1万、ぐらい──」
「3万よ。いくらなんでもこんなに買うのは見過ごせないわよ」
「──え、あ、その……」
いつの間にという気持ちと、当然のことだという気持ちが同時に湧き上がる。思い返してみればすでに五つぐらいは買ってるし、なんならまた新しいのを買うつもりだった。
「私は忙しいから遊べないけれど、ボードゲームってそんなにすぐ飽きるようなものかしら。もっと長く遊べるんじゃないの?」
「そ、それは、そう、だけど……三乃川君、すぐに上手く、なって……盤面しか見てくれ、なくなっちゃう、から……」
「…………はぁ~。好きになるのはいいけど、お金をかけすぎるのは感心しないわね」
「す、すすす、好きなんかじゃ……!!」
赤くなった顔を慌ててそらすも、暗部特有の身のこなしで母さんは視線の先にすっと移動し説教を続けてくる。
「ちょっと訳ありではあるけれど、あの子はあなたにピッタリよ。個人的にはもっと先に進んでもいいと思うんだけど」
「そ、そそ、そんな、こと、できな……」
「じゃああの
「……うそ、でしょ?」
「残念ながら本当よ。おねしょた? とか騒ぎ立ててる女性も結構いるわね」
熱いを通り越して顔が燃え上がりそうになるほど恥ずかしい。確かに抱きしめたり頬ずりしても無反応だったが、まさかそこまで無知だったなんて。
「お陰で楯無を宥めるのも一苦労よ」
「……お姉ちゃんは、なんて?」
「『簪ちゃんとどこの馬の骨とも知れないやつがくっつくなんて嫌!』……だって。全く、いくら妹が大事だからってあんなに心配しなくってもいいのに。悪い癖ね」
楯無──更識当主が代々受け継ぐそれを名乗っている私の姉は、きっと『更識』から私を遠ざけたいのだろう。私が料理で包丁を握ったり火を使うのすらあんまり好まないぐらいの心配性だから、暗部なんてもってのほかだ。
その上で三乃川君は対亡国機業要員──いわば更識で最も危険な任務に携わるような人だ。そんな彼と私の交友関係を嫌がるのは当然のことではある。
「とりあえず、キスマークは隠すように教えておきなさい。あと、もっとコスパのいいゲームを選べきね」
「う、うん。ゲーム、どうしよっかな……」
「そうねー……なんだったら将棋とかどうかしら? 結構頭を使うし、相手の観察も必要なゲームよ」
「将棋、かぁ……」
「指し方は私が教えてあげるわ。こう見えても、あなたの父親と百局以上は指してたのよ?」
目つきが少し柔らかくなって、笑顔を浮かべながら母さんはそう言った。私が幼い頃に死んでしまった父さんのことを思い出したからだろうか。
それにしても、将棋というのは目から鱗である。三乃川君が興味を示すかどうかは分からないけど、試してみる価値は十分にありそうだ。
「そ、それ、じゃ、今週末にレゾナンスまで……」
「ああ、それには及ばないわ。あの人が持ってた将棋セットがあるの。結構いい物なのよ?」
「あ、そう、なんだ……」
「そうね……ひとまずの目標は、今週末までに駒の動かし方とかの基本的なルールを覚える感じかしら。ちょっと待ってなさい」
……その後、私が母さんにコテンパンにされたのは言うまでもないだろう。
・更識姉妹の母
現