IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
「……」
「……ふふふ」
「…………むぅ」
笑みを浮かべる私とは対照的に三乃川君の表情は渋かった。盤面は彼がだいぶ不利で、こちらの振り飛車に対して何も対抗策を打てていないのだ。
「投了」
「……へへ、また、勝っちゃった」
「中々こう、頭を使うなこれは……」
彼がこめかみ辺りを揉んでため息をつく。今までのゲームは多くても8回ぐらいやれば三乃川君が安定して勝てるようになってしまったが、将棋でなら多分数十回までは私が有利を取れるだろう。
「何考えてるか分からないな」
「……そう、かな?」
「そういうこと、殆ど気にしてなかったからな」
彼は駒を回収して並べ直しながらそう呟く。例の運転手さんを経由して他の更識の人に聞いた感じだと、三乃川君は基本的に彼らとは任務前に一言二言会話する程度で、その後は報酬を受け取ってそのまま去ってしまっていたらしい。
「……戦術が知りたいな」
「せん、じゅつ?」
「負けっぱなしは性に合わないし……これはきっと、後々役立つと思う」
「ふーん……そ、それじゃ、かか、買い物とか、行く?」
ここまで言ってふと気づく。これって────実質的にデートのお誘いでは?
「なるほど、それはいい。付き合ってくれるか?」
「ミ゜ッ」
──その後のことはよく覚えていない。気づいたら実家に戻っていて、スマホのカレンダーに『一緒に本屋へ行く』と予定が入っていたので現実だとわかり、私はしばらく転げ回るのだった。
後日、私と三乃川君は電車を利用してレゾナンスまで行き、以前は何も買わなかった本屋を訪れていた。
三乃川君の服装がモスグリーンの短パンに無地の黒Tシャツというラフな物なのに対して、私の方は他の更識の女性たちの助力も得て精一杯のお洒落をしている。
シンプルなジーンズに可愛い感じの淡いピンクのシャツ、その上にオレンジ色のコートを羽織ってついでにこれまたオレンジの帽子。
彼女たちが持ってきた時はあまりの可愛さに却って拒絶してしまったが、いざ着てみたらなんだかすごいしっくりときたのだ。
「えーと、将棋の本は……ここか」
「い、いっぱいある、ね……」
「そうだな」
小難しくて分厚いものから漫画チックで手に取りやすいものまで様々なラインナップがあり、値段も千差万別といった感じだ。その中の特に分厚いやつに三乃川君が目をつける。
台座をもってきてそれに乗り思いっきり腕を伸ばすが、一番高い棚にあるため届かない。つま先立ちした彼を支えてさらに手を伸ばすも、あと数cm足りなかった。ならばここは私の出番だろう。
「はぁ、はぁ、取れない……」
「……うん、しょ、っと!」
今いる学年で一二を争う背丈なのであっさりと本をつかむことができ、それを三乃川君に手渡す。
生身でもとっても強いうえに、ISに乗ればそれこそ一騎当千の大活躍。まさしくヒーローとでも言うべき三乃川くんが私より小さいというのは……なんというか、口にとまずい部類の感情を抱いてしまう。
「ありがと。……見てくれの割に中身はシンプルで分かりやすいな」
「そう、なんだ……」
パラパラ漫画でも読むかのような速度でページを捲る三乃川君。私を助けた時の素早さを考えればあれでもちゃんと内容を把握できているのだろうが、流石に驚かざるを得ない。
「よし、買いだ。あとは……そうだな、他にも買ってくか」
「へ? わ、わかった……」
これだけで買い物が終わると思っていたので、まさかの延長戦でちょっぴりうれしくなる。デートの時間は長いほどいい物だと更識の人たちも言っていたし。
そうして書店の中を二人で歩き回ることにして、最終的に将棋の本以外に文庫本二つと大きめの本を一つを買った。お金は彼自身が払ったものの、安物のジップロックを財布代わりにしているのは頂けない。
「ね、ねぇ……他の、お店、行か、ない?」
「ん……まあ、行きたいなら」
言質を手に入れた私は心の中でガッツポーズをしながら三乃川君の手を取り、彼の苦手な場所を避けながら気持ち遠回りをして財布専門店へとたどり着く。
「いるか?」
「絶対、要る!」
「…………そうか」
訝しむ彼を無理やり納得させて店内に入って商品を見ていく。長財布は論外として、三乃川君が普段過ごしている環境を考えれば出来るだけ頑丈なものが好ましい。
だけどシンプルすぎるデザインも避けたくて色々悩んでいると、ふと一つの商品が目に付いた。
「……犬?」
「そう、だね……」
朱色の下地に凛々しい赤柴がプリントされた二つ折りの財布。手に取ってみるとかなり薄く、それでいて容量は大きいことが商品説明に書いてある。
犬派としては普通にいいデザインをしていると思うし、何より柴犬というのがいい。日本犬の中で一番小柄とされる犬種だけど実は遺伝子が一番狼に近い──なんというか、三乃川君らしい特徴に思えるのだ。
「値段……あ、安い、ね」
「いや普通にさっきの将棋の本ぐらいの値段してるぞ、数千円だぞ」
「……よし!」
「あっちょっま!?」
善は急げとカウンターまで走っていき手入れ道具も一緒に購入する。三乃川君の顔が引くついているが、これだけの商品が1万以下は普通にお得なのではないだろうか。
「えへへ……はい」
「…………まあ、うん。ありがとう。大事に使う」
渋々といった感じで受け取るもその表情はどこかうれし気で、思わず頭を撫でたくなるが人前なので自重する。
こうして買い物を終えた私たちは一緒の電車で帰り、乗ってる間はずっと手をつないでいたのだった。
──余談だが、実家にてまたまた母さんに絞られた際に財布をプレゼントすることの意味を知らされて、顔どころか体中が燃えそうなほどに恥ずかしくなった。
財布をプレゼントする意味は『いつも一緒にいたい』
簪のお洒落着には元ネタがあるので、気づいたら感想をくれると嬉しいです