IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
とても静かな暗闇の中で時間の感覚が狂いつつある中、俺はひたすら後悔していた。
千冬姉の晴れ舞台を生で見るためにやってきたのに、日本政府の関係者を名乗る女性に「お姉さんがあなたに会いたいらしい」なんて言われてホイホイついていったらこのざまだ。
(ちくしょう、ちくしょう!)
手足を頑丈なテープで固められたついでに目と口を布で塞がれてここにぶち込まれ、いくらもがいても逃げれる気がしない。
もしかしたら誰も助けにきてくれないのでは──そんな予感が脳裏をよぎって背筋が冷たくなる。俺をさらった奴らが何を目的としているかは分からないが、どちらにせよろくなことは考えてないはずだ。
色々と末路を想像して青ざめていると、少し音が聞こえてきた。最初は風船が破裂するようなもので、その次が風切り音と殴打の音。
しばらくそれが鳴り続けた後、金属が床と触れ合う音が少しずつこちらに近づいてくる。何が何だか分からなくなって芋虫のように暴れているとそれも止まり、安堵した次の瞬間──凄まじい轟音が間近で鳴り響いた。
「~~~~ッ!?」
「────たか、────?」
何かが喋りかけてくるがキーンとした耳鳴りのせいで殆ど聞き取れない。それでも必死に音がする方を向こうとしていると、布が解かれたことで外の景色が見えるようになった。
「──、み──い──?」
「ぅ、あ、助けに……?」
暗闇に慣れた目でどうにか見分けることができるほどの黒、それで塗られた金属の腕が俺に触れている。そのまま視線を上げれば一昔前のロボアニメの主役機のような顔があり、やっとのことでそれがISであると理解した。
「──て、そろそろ──るぞ」
「え、ちょ……!?」
黒いISは俺をゆっくりと抱き上げて歩き出し、そのおかげで今までいた場所が地下であったと気づく。そのまま地上まで上がっていって広がった風景に俺は思わず息を吞んだ。
「ひ、人、こんなに……」
「──をさらった──らだ。気に──な」
人の海とでも表現すべきだろうか。十数人が地面に倒れ込んでいて半数近くが血を流している。また地面の所々にこぶし大の穴が空いていて、近くには親指よりも大きな薬莢が転がっている。
そこをさも平然のように進んでいったISは、工場の入り口で少し立ち止まってこちらを見つめた。
「……災難だったな、あんた」
「────みの、かわ?」
そうぼそりと呟いた瞬間、ピシッという音が聞こえるかのようにロボットの顔が固まった。あり得ないと思いながら口にした言葉で起きた現象で、俺は確信を得る。
「……はは、そうか。だから上手かったんだな」
「…………さあな。戻るぞ」
会話を切り上げたそいつはふわりと浮かび上がり、次の瞬間には自動車ぐらいの速さで飛び始めた。何か特殊な技術でも使っているのか俺に風が当たることはなく、なのに風景が流れるのは早いという不思議な感覚を味わう。
「見えてきたな」
「なんだ……ってあいつら、俺を誘拐したやつと同じ色の!」
「安心しろ、あっちはお前の味方だ。そいつは彼らの真似をしただけ──っ!?」
いきなり声色が変化して「どうした」と聞こうとした瞬間、ISが左に素早く移動した。相変わらず慣性を受けない俺はその状況に困惑するも、次の瞬間そこに人型が刀を構えて降ってきたことで意図を理解した。
「ちっ、避けたか」
「…………最悪だ」
「な、なんで──なんでここに千冬姉がいるんだよ!?」
俺たちに襲い掛かってきたのは、これまで見たことがないような憎悪の色を浮かべた目をした、俺の自慢の姉であったのだ。
亡国機業を蹴散らして織斑一夏を救出し、難なく任務完了……と思っていた矢先にとんでもないのが現れた。
文字通りの『
「俺はそちらの味方だ。そっちの更識に聞けば分かるぞ」
「いや、その必要などない。私が貴様に刃を向ける理由はそうではないからな」
「……何?」
「貴様のその機体────
彼女の問いかけに対し、俺は返す言葉を持っていなかった。
この機体の秘密は誰にも明かしてはならないと更識に口うるさく言われているし、そのことは俺自身が一番よく知っているからだ。
「…………」
「そうか、答えないか。ならばやはり……貴様は敵ということだ!」
「っ!?」
例の一秒殺しよりは遅いがそれでも驚異的な速さで暮桜がこちらに飛んでくる。こちらの意識の隙間を突いたそれをスキンバリアーを犠牲に回避し、更識たちの方へと一夏を投げ渡した。
体勢を立て直しながら槍をコールして構え、一触即発のにらみ合いとなる。
「ほう、今のを最低限の被弾で済ますか」
「……最強に褒められるとはな」
「だが、その軽口もこれで終わりだ」
持ち手の端にケーブルの付いた刀を鞘へと納め、腰を低くする。そして次の瞬間、音を置き去りにしながら光る刃がこちらに斬り掛かり──
「──ふんっ!!」
「──なっ!?」
直前にコールした小型盾で攻撃を受け流し、その勢いを利用して背後へと回る。使い物にならなくなったそれを捨てて槍を両手で構え全力の突きを放つ。
いくら世界最強であろうと避けれないであろう一撃。だがしかし、暮桜は特徴的な大型浮遊ブースターの出力に物を言わせて無理やり回転。がら空きの胴体に鋭い回し蹴りを叩きこまれた。
「はぁーっ!」
「がっ、ぐぁ!?」
更識とは反対方向へと弾き飛ばされて地面を転がり、槍を支えにしてどうにか立ち上がる。残りシールドエネルギーは三割程度で、敢えて威力を抑え絶対防御を発動させないことで
「はぁ、はぁ……」
「…………驚いたな。この居合を避けられたのはお前で二人目だ」
「それは嬉しいな……と、言うとでも?」
「なに?」
「最初もこれも、あんたは手加減している──どうして
言うまでもないだろうが、暮桜は世界で最初に近接ビーム兵器を実用化したISだ。その圧倒的な威力をもって前大会では物理装甲重視のIS相手に無双したわけだが、恐ろしいことにシールドへの対抗策も
ISに操縦者が搭乗し続けることでコアが成長し発現するとされる強力無比な能力である『ワンオフ・アビリティ』──その最初の観測例が『
決勝戦でこれを生み出してブリュンヒルデになったというドラマチックな事実は、俺ですら知ってるほどに有名なものだ。
「零落白夜は一撃必殺……当てれば即勝利の出し得技だ。それをなぜ縛る?」
「……ふむ。この攻防の中でそれだけの思考ができるとは、想像以上の敵だな貴様は」
「だから敵じゃないと言っている。これ以上の勝負に意味はない」
「貴様はそうだろうが……私は違う。貴様は倒すが機体を傷つけるわけにはいかん!」
会話が切り上げられて攻防が再開する。ビーム刃すら展開せずに速度という暴力でこちらを攻める彼女に対してこちらは防戦一方だが、そのおかげで思考する余裕が生まれる。
(暮桜の強さは他の専用機との出自の違い……機体があってパイロットを選ぶのではなく、
「何を考えている! 言ってみろ!!」
「────ブーストした後にブーストすることで爆発的な加速を得る技法!!」
「──なにっ」
織斑千冬の攻撃が止まる。すかさず反撃をしかけるが全て防がれてしまう。俗に剣術三倍段──剣術が槍術と互角に相対するには三倍の技量が必要──と言われることを踏まえれば、彼女が圧倒的な強者であることは確実だ。
「今見抜いたのか!」
「いいや違う! IS/VSって知ってるか!? あれに出てくるあんたのふざけた加速は三フレームで三ステップ──一度目と二度目の加速、その間に挟まる溜めで成立していた!」
「なんだと!?」
「ゲーム的な処理かと少し疑っていたが、その反応からして正解か!」
こちらからの攻撃は相変わらず一切通らないものの、刀の動きに少しずつ迷いが見え始めてきた。勝機を掴むために俺は
「そして今分かった、なんでそんなことが出来るかがな!」
「なにを!」
「
「それがそうだとして何になる! 分かったならこれも分かるだろう、貴様が負けると!」
「そうかもしれないなぁ! だけど──」
槍を大きく上げて振り落とす……と見せかけて後ろに飛ぶ。訝しむ彼女を真正面に捉えながら深呼吸して、昂る心身を落ち着かせる。
「──俺もそう思ったら?」
その一言を残して────俺の
・暮桜
言わずと知れた日本製第一世代IS。大型ブースターによる爆発的な加速と、織斑千冬が使うことを前提として設計された日本刀型実体刃混合型レーザーブレード『
武器をブレード一本に絞った分の拡張領域を機体性能の強化に回しているため、反応速度等は他のISを遥かに上回ったものである。
筆が乗ったので前後編。後編は18:00に投稿します。