犯罪と探偵の町にただの経理が紛れ込んだようです 作:平野析南
運命とは異なって、全く不可解なものでもないし、完全にクリアなものでもない。一定の確度で不確実性が存在していて、意図せずによくない結果を引き寄せることはそう少なくない。
では、彼女に引き寄せられた、最凶の不幸とは?
──江戸川コナンに気に入られることだ。
──どうしてこうなったのだろう。
「
──なぜこんなことをしているのだろう。
「析南さん、この資料、何か気づくことない?」
──どうして……
「析南さん、やっぱり犯人は──」
どうして私は探偵の真似事に付き合わされているのだろう。
どうして私は、この異常な物語にかかわることを選んでしまったのだろう。
◆
「ありがとう、析南さん。
青いジャケットに赤蝶ネクタイ、黒縁の眼鏡の小さな男の子は、若干子供ぶりながらもにやりと口角を上げた。
「別に私は何もしてませんよ。推理をしたのは毛利探偵とあなたで、私は口出ししただけ。私が何も言わなくても、あなたたちならすぐに事件を解決できたでしょう」
『事件』というのは、つい数時間前にさかのぼる。私は久しぶりの有休を休日の頭にとり、温泉旅行で羽を伸ばそうかと東京から群馬まではるばるやってきた。予約していた由緒ある宿にチェックインし、いざ休みを堪能しようかというところだった。
日本の旅館にしては珍しく、手荷物検査を受けるためにしばし入館には手間取った。どうやら、最近は物騒だからと持ち物の規制を強化する動きが宿泊業界にあるらしい。──その物騒さには心当たりがある。
『あれ、析南さん?』
『あ、本当だ。お久しぶりです、析南さん』
従業員が私の荷物をチェックしている中、ばったり、ちょうど今やってきたであろう江戸川コナン少年と毛利小五郎・蘭親子に出会った。
『こんなところで会うとは偶然ですな! 博物館の館長殺し事件以来でしたか』
『……いえ、それはその前です。前回お会いした時は美術館です』
『そうでした、そうでした。いやあ、析南さんとお会いするときは何かと事件に巻き込まれますな。今回はそうならないといいのですが』
ワハハ、と笑う毛利探偵に私はちゃんと笑い返せただろうか。ある一件以来、なぜか彼らと頻繁に遭遇するようになり、またその彼らが事件を引き連れているかの如く殺人事件──よくて殺人未遂事件に遭遇するようになってしまったのだ。どうやら彼らはそういうものに慣れているようだが、私としてはたまったものではない。
彼らに会った時点で嫌な予感がしていたが、私はそれを顔に出さないように努めた。蘭さんのお誘いで街めぐりをしたのち、温泉につかり、何事もなく楽しい思い出ができた。
日本的な団子やまんじゅうを買い食いしたときは来てよかったと思ったし、いくつかの店舗を巡って何をお土産にしようかと一緒に悩む時間は幸せですらあった。
蘭さんと二人きりだった露天風呂で彼女の若々しい話を聞くのは新鮮でもあり懐かしくもあった。私の全く華のない話で恋バナをぶち壊しにしてしまったのは申し訳なかったが、その後の豪華な夕食の時には笑い話に早変わりした。
時に女将さんも交えて、彼女の若かりしころの面白おかしい話や、連日来るはずだった客にキャンセルされてある部屋が空きっぱなしだという愚痴を聞くのはとても高揚感があった。私はすっかり休みを満喫し、今日こそは何事もなく帰れると思っていた。──その日の夜までは。
もはや聞きなれた絶叫。就寝してから1時間ほど経ったくらいだったか、男の恐怖に汚らしく彩られた絶叫によって私たちは跳び起きた。"これは駄目だ"、"おそらく殺されただろう"──そんな風に麻痺した思考がある一方で、ごく一般人に過ぎない心は、その被害者の男と同じくらい悲鳴を上げていた。
『析南さん、現場保存お願い!』
食事処で背中に刃物が突き刺さった男性宿泊客の遺体を見たコナン少年は、さもこれが当然の流れ・踏むべき手続きであるかのように私に言った。やめろ、私はそんなことにかかわりたくはない、と内心叫んだが、後ろを見ると完全におびえ切った宿泊客と女将さん、泣き崩れる被害者の家族、警察に連絡している蘭さんと宿の者全員に招集をかける毛利探偵がいて、どうやら彼らは私がその役目を負って当然だと思っているようだった。コナン少年自身は既に被害者男性の脈がないことをチェックし終えていて、死後硬直と死斑の程度を確認する作業に入っていた。
ため息。震える声帯を締め付ける。
『誰もこの部屋に入らないでください。警察の到着まで私が現場を保存します』
警察の到着と同時に私とコナン少年は強制的に下げられ、毛利探偵と目暮警部、高木刑事という"いつものメンバー"で捜査が開始された。コナン少年は自分を現場から放り出した毛利探偵に一瞬だけ不服そうな視線を向けたのち、被害者男性の家族に不自然にも思える猫なで声で質問──もとい聴取を開始していた。
『なあ、さっさと犯人を見つけてくれよ! 俺らはずっと自分の部屋にいて、こんなことやる暇なんてない! 外から忍び込んだに違いねえ!』
事件の恐怖からか、自分が疑われれることの恐怖からか、多くの者が刑事や毛利探偵に向けて不満の声をあらわにしていた。私はそれをいつものことだと流しつつ、未だ怯えている女将さんに近寄った。
『あの、女将さん』
既に心を決めた私は、全力で彼らに協力する体制を整えようとしていた。
『この旅館の入退室記録を。防犯カメラがあればそれを見せてください。おそらくは……内部犯です』
───
──
─
幾度も殺人事件に遭遇するにつれて、彼ら探偵ファミリーは私を頼るようになった。……否、頼るという言い方は正確ではない。彼らは私の助けなどなくても事件を解決に導けるだろう。しかし──
『析南さんはどんなに些細な記録の違和感も見逃さないから、証拠集めも楽だし犯人の目星が付けやすい』
──などと、喜んでいいのか、そう思われてしまうほどに事件に関与してしまったことに嘆けばいいのか、ともかくコナン少年から高評価をいただいてしまっている。
それから自然と私の役目は、事件現場となった施設や周辺の人間に関する資料に目を通し、数字の整合性に目を光らせることになった。確かに私は人より数字や統計に強く、そこそこ優秀な経理だと自負しているが──そこそこはそこそこだ。出しゃばって警察に口出しする勇気など本当は持ち合わせていない。それでも、なぜかコナン少年には期待されてしまっているし、毛利探偵も『あなたもなかなかやり手ですな』と逃げ道をふさがれてしまった。『ま、私の推理ほどではありませんがな、ワハハ!』という彼のジョーク(もしかしたら本気かもしれない)も、その時の私を笑わせるには十分でなかった。
『ん? これは……』
入退室記録と監視カメラの映像を見比べている最中、私は"それ"を掴んだ。事件当日の監視カメラに映る人の出入りと、入退室記録は一見整合していた。しかし、事件の前日、監視カメラに堂々と写りながら入館しているにもかかわらず、入退室記録には記録されていない人間がいることに気が付いた。しかし、それはおそらく自然なことだ。なぜなら──
『その方たちは清掃会社の方です。お客様としてご来館なされているわけではないので、お客様用の入退室記録には残しておりませんの』
特に疑わしいことはない。事件当日には清掃会社は入っていないことはカメラで確認済みだし、まったくもっておかしいところはない。しかし──
『もしもし、コナン君? そちらの捜査状況を教えてください』
──たかが経理、されど経理。数字は嘘をつかないという信念をもとに、数瞬だけ私は自分を信じた。
───
──
─
『つまり、犯人はあなたです、春辺雄三さん!』
ぐったりとした毛利探偵が真犯人を白日の下にさらした。春辺さんは『証拠がないだろう! 動機は!?』と叫んだが、毛利探偵の背後から出てきたコナン少年により彼は口ごもることとなる。
『この凶器となった包丁はこの旅館では使われてないって女将さんが教えてくれたよ。だからこの刃物は持ち込まれたものってことになるんだけど……それができるのは春辺さんだけなんだ』
毛利探偵の理路整然・自身に満ち溢れた推理にも身を震わせるが、彼──江戸川コナン少年の"猫なで声では隠し切れない切れ者の空気"には寒気さえ感じる。まるで子供の皮をかぶった大人の探偵のような雰囲気だった。
『この旅館には手荷物検査があるから、宿泊客は刃物を持ち込むことなんてできない。だから警察は外部犯として捜査を進めようとしてたみたいだけど……』
コナン少年がこちらに目配せをする。
『析南さんがここ数日の部屋の予約状況と宿の出入りを全部調べてくれたんだ。そしたら──』
コナン少年がスマホの画面を突きつけ、全員が見えるように高く掲げた。そこには──
『これ、春辺さんだよね? 3日前の映像。帽子を深くかぶってるから言われなきゃわからないけど』
──清掃員の姿に扮した春辺さんがいた。
コナン少年は見せる証拠を見せると、再び毛利探偵の背後に入っていった。何をしているのかわからないが、おそらくああやって毛利探偵から証拠を見せたり何らかのアクションを起こすよう指示を受けているのだろう。
『そこからは析南さんに説明していただきましょう。析南さん、お願いできますか』
うつむいたままの毛利探偵から"お願い"が飛んできた。拒否することなどできないし、しない。
『清掃業者は入退室記録には記録されないことになっています。しかし、それだけではありません。清掃業者は"客に向けたものである手荷物検査をスキップできる"のです。あなたがどのようにして清掃業者に扮することができたのかは警察にお任せしますが、とにかくあなたは3日前、凶器をもってこの旅館に侵入した。そして、それを旅館の中に隠し、立ち去った』
春辺さんは冷や汗を垂らし、私を睨みつけた。
『そして今日、何食わぬ顔で客としてここにきて、凶器を実際に使用するに至った。あなたと被害者の関係、どのようにして彼がここに来ることを知ったのかは毛利探偵がもう突き止めていることでしょう」
ひと呼吸おく。歯を食いしばっていた春辺さんは、その間を察知して吠えた。
『凶器はっ! 隠す場所なんてどこにも──』
『201号室ですよ。そこには今日人が泊まるはずでした。でも、今日になってドタキャンされたそうです。そんなことが3日ほど前からあった、と女将さんが昨日愚痴をこぼしていましたよ。……それはあなたで、今日という日まで
そこまで言うと、発言のバトンは再び毛利探偵に移った。一瞬のうちに私は安堵に襲われ、彼の推理がどうでもよく感じられた。
毛利探偵が犯行の手口を説明し終えたところで、春辺は膝をつき、ぽろぽろと動機を話し始めた──
───
──
─
「私は一人で入退室記録を調べていましたし、その結果をあなたたちに伝えたころには、もうすでにあなたたちが春辺に目をつけていた頃でした。私が何もしなくても、あなたたちは自力で犯人にたどり着き、膝をつかせていたことでしょう。私はそんなたいそうな人間ではありません」
事件を振り返り、私はコナン少年に言う。謙遜などではなく、紛れもない本心だ。これ以上事件と関わり合いになりたくない。
「そうかな。凶器の出どころを早い段階で解明できたのは析南さんのおかげだし、析南さんがいなきゃ外部犯の線が濃厚になって犯人を旅館から解放してしまったかもしれない」
それに、と小さな探偵は付け加える。
「数字からすべてを予測することも、女将さんとの何気ない会話を推理に繋げるのも、まるで探偵みたいだったよ」
コナン少年のような、優秀な探偵の優秀な子分に賞賛してもらえるなど、誇っていい事なのだろう。しかしそれを受け取ることはできない。なぜなら──
「私は一般人。警察でも探偵でもなく、企業勤めの経理ですから」
◆
平野析南。大手自動車メーカーに勤める彼女の役目は経理。数字や統計に強く、たびたび事件にかかわることになる。
しかし。
彼女曰く、数字はすべてを語る。彼女はかすれ声よりも小さなその声を鋭敏に知覚してしまうが故に──
──彼女は、事件よりも恐ろしい事実を知っていた。
初投稿です。文量も把握できておらず、いつ更新するかもわかりません。
ただの経理である平野析南が、コナンたち一行に振り回されながら生活を送る様子を書いていきます。
主人公は探偵でもなければ武術を修めているわけでもないので、無双とかそういったものを期待している人には合わないかもしれません。