救いの蠱毒   作:ヤン・デ・レェ

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レベッカ・リー


レクチャー

また一人、人を殺してしまった。だが今度という今度は僕は悪くない。だって銃を向けられてたんだから。仕方ないよ。仕方ない。

 

ついとっさに僕の手が出て、気が付けば相手の首が蝋を溶かしたみたいにぐんにゃり曲がっていただけなんだから。

 

あぁ、でもどうしよう。

 

「クリスさんっ!大丈夫ですか!ケガしてないッ…すか?」

 

レヴィ、そんなに声を荒げなくとも…。僕は大丈夫だよ。この通り、ぴんぴんしてる。このままころりと逝けたら幸せだろうね。

 

「…そんな、そんなこと、言わないでくださいよ。」

 

…ごめん。

 

「銃声が聞こえないから…無事なのはわかりましたけど…でも…。」

 

…そっか、そうだね、うん。確かに、僕が悪かった。そりゃ、まだ一週間も一緒にいるわけじゃないんだし、声も聞こえなくなったら捨てられたかと思ったよね。

 

「いや、そんな、クリスさんがそんなことするはずないって、わかってたんです。でも…不安で、怖くて…。」

 

そっか、そっか…。いや、ごめんなさい。面目ないね。それで、その手に持ってるのは何だい?

 

「コレ、ですか?見ての通り、銃です。」

 

警官の腰からとったの?

 

「はい。今度は隠れなくても好いようにと、そう思って。」

 

…その昔、将校が小銃の代わりに拳銃を持ってた理由を知ってるかい?

 

「えぇっと…ごめんなさい、あたし、物知りじゃなくて…でも、クリスさんに教えてもらえるならッ…」

 

いや、うん。いいよ、忘れたまえよ。なぁに、つまらない話さ。それに、諸説ありだからね。護身用ってのが一番の理由だろうし。レヴィが自分の身を守る手段を手に入れたと考えれば、それは理にかなった答えさ。

 

「…あの、次、またこういう警官に絡まれたたら、その時は私も一緒に…。」

 

…練習しなきゃ、実践するのは難しいんじゃない?

 

「銃を撃つくらいなら、私でも出来るっ…ます!」

 

あぁ、そうじゃなくて。人を撃つ練習、人に当てる練習だよ。

 

「私なら、できます。」

 

…そう、なら好いよ。撃ってごらん。

 

「…え?」

 

ほら、此処ならいいよ。此処になら撃っても問題ない。ただし、骨には掠らないようにね。僕が痛いから。

 

「えッ…あ、いやぁ…そ、そんなつもりじゃ…。」

 

…僕を撃てれば、他の人を撃つのに躊躇なんてせずに済むでしょ?ほら、手のひらなら大丈夫。冴羽何某みたいにぱぱっと、ね?

 

「……捨てない、ですか?」

 

捨てないです。

 

「怒りません、か?殴りません、か?」

 

褒めてあげます。頭を撫でてあげます。

 

「…やります。」

 

よろしい。さぁ、いつでもどうぞ。

 

 

 

 

生まれて初めて引き金を引いた時のことを、レベッカ・リーは忘れない。忘れられない。

 

乾いた発射音と、弾丸が空を抉りながら突き進む音。肉を裂き、骨を削り、そして愛しい人の体外へと排出される反響音。

 

胃の奥から酸っぱい味がせりあがるとともに、涙が堰を切って溢れだした。失敗した。脂汗を浮かべながらも微笑むあの人の顔を直視できない。震えながら銃を手放した。ごとりと金属の塊がアスファルトを打つ音。

 

あの人はゆっくりと私のもとへ歩いてくる。近づいてくる。最後の審判はすぐそこに来ている。絞首台で自分の番を待つ死刑囚の心地だった。

 

もう、すぐ目の前に立っていた。あの柔和な微笑み。今は汗にまみれていたけど、それでも美しくて…場違いなのは、不謹慎なのは理解できた、でもそんな状況下でも彼女は、『救い』の法悦に浸らざるを得なかった。父親に犯され侵された時とは全然違う。肌に触れてさえいないのに、気持ちいい。温かい。落ち着く。

 

彼の足元に血が滴っていた。あの人の血で、私の銃が濡れていく。銃身が濡れて、冷やされて。シリンダーが濡れて、冷やされて。気が狂いそう。今なら、貴方になら殺されたっていい。それくらいのことをしたから。

 

あぁ、でも願わくばもう少し貴方を見ていたい。貴方に見られていたい。貴方に知ってほしい。気づいてほしい。

 

その願いが届いたのかはわからない。だが、事実彼女は生き残った。男は、クリスはレベッカとの約束通りのことをした。

 

「よくやったな、レヴィ。君は好い子だ。悪い子だけど、とっても好い子だ。僕は好きだよ、君みたいな子の方が。ずっとずっと。」

 

「約束通り、頭も撫でてあげよう。こっち…じゃない方でね。血まみれになっちゃうから。ハハハ…クリス・ジョークッ…。」

 

「…?うん、痛い。すごーく痛い。でも考えてみなよ、銃弾の威力ってもんが、レヴィは学べたんじゃないの?たかが一発、されど一発。君は、この一発で人が死ぬことを学んだのだ。それだけで、ある種、君は常人を逸脱したんだ。本当の意味で、銃の危険と価値を学んだんだから。」

 

「さて、それじゃぁ、これは僕からのご褒美だ。応急処置が終わったらレストランにでも寄ろう。お金は心配いらないよ、そこの親切なお巡りさんがたくさん手持ちを持ってたから。しばらくぐっすりだろうけど。」

 

「…泣かないで、大丈夫。何もしない…わけではないけど、褒めるし、偉いねって、頑張ったねって…いや違う、頑張ってるねだ。それはさておき、捨てないよ。捨てたら撃たれ損じゃんか。」

 

「ほら、お嬢さん。僕と手を繋ごうね。こうしてみると親子は無理だけど、兄弟になら見えるだろうからね。さ、包帯と服を買ってから腹ごしらえと行こう。」

 

レベッカの目に耳に焼き付いて、染み込んで離れないクリスの声、クリスの匂い、クリスの血の匂い、クリスの汗の香り、クリスの眼に溜まる涙の匂い、脂汗を浮かべ上気した容貌、美しい顔、儚く柔和な微笑み、魔性の美貌だった。

 

すべてがレヴィを狂わせた。すべてがレベッカを変えてしまった。変質してしまった。火が付いた瞬間だった。

 

レベッカは彼の手に包帯を巻き、彼に買ってもらった真新しい服…ブランドものの少女趣味なセットアップ…にそでを通した。

 

誰かと一緒に食事をするだけでも、記憶を必死に探って尚出てこない体験だった。彼女の心は熱を持ち、興奮と期待で満ちていた。レベッカは希望に、生まれて初めてつかんだ希望に早くも吞み込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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