緑谷出久のことを少年と呼ぶ個性のお姉さん   作:海野波香

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中編くらいでさくっと完結させるつもりだったのですが、思いの外楽しめる作品に仕上がりそうなのでもう少し長く書いてみることにしました。
ちゃんと考えないと齟齬が出る部分だけでも最低限考えておこうと思います。次回更新まで少し間が空くと思います。


十一回忌 僕の講評でクラスに馴染むお姉さん

 出久は勝った。それはそうだ。

 

「まあつっても、今戦のベストは飯田少年だけどな!」

 

 オールマイトの言葉に飯田が驚愕の表情を浮かべる。

 それもまたそうだ。

 しょげかえる麗日、目を伏せて表情の見えない爆豪でもなく、飯田がMVPだ。それはプランを構築した時点で出久にもわかっていたし、指示に従った麗日に責任はない。

 

「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」

「その前に、君たちの疑問を解消する必要があるね。緑谷少年!」

「は、はい!」

 

 ギリギリ緊急の処置が必要ない状態でこらえた腕を庇いながら、出久はオールマイトの呼びかけに応えた。

 ふわり、と蓮が香る。

 モニタールームの体感温度を0.5度ほど下げながら、白いワンピースの柔らかな裾をたなびかせて、蓮華が全員の前に舞い降りた。

 宙からふわりと現れた蓮華の姿に歓声交じりのざわめきが広がる。どうやら同級生たちからは好意的に見られているようだ。

 

「はい、お姉さんですよー」

「やはり、持久走のときの……では、あなたが緑谷さんの個性なのですね?」

「そういうこと。美珠蓮華、幽霊でーす。蓮に華やかと書いてれんかね。れんげって呼んだら怒るのでよろしく」

「ゆ、幽霊……」

 

 耳たぶがイヤホンジャックになっている女子生徒、耳郎が頬をひきつらせて一歩下がった。

 蓮華の見た目には幽霊らしいおどろおどろしさは一切ない。髪には艶があるし、瞳はいつも好奇心でキラキラしているし、脚もすらりと伸びている。それはそれとして気を抜くと半透明になったり、鬼火を伴っていたりはするのだが。

 

「俺と同じ自我のある個性か」

「あ、えっと……」

「常闇踏陰、常闇で構わん。そしてこいつは黒影(ダークシャドウ)、俺の個性だ」

「ヨロシクナ!」

 

 常闇と黒影それぞれと無事なほうの腕で握手を交わす。

 彼の存在はある意味出久にとって救いだった。自我のある個性だとして蓮華を説明する上でとても手っ取り早いからだ。

 ただ、出久と常闇の間には大きな違いがある。彼の黒影は彼から生み出されているが、出久と蓮華の関係はそうではない。そこをどう説明するかが肝だった。

 

「よろしく。えっと、まず僕の個性は死霊憑きっていって、死者の幽霊に憑依されて力を借りるものなんだ」

「そしてお姉さんの個性は死霊。死ぬまでは無個性と変わらないんだけど、死んだあとに幽霊として蘇ったの。今は出久に取り憑いてるけど、長いこと地縛霊やってました」

「なるほど……俺とは似て非なる存在、さながら太陽の光を受けて輝く月ということか」

「それってなんかずるくねえか? なんつうか、こう……」

 

 眉間に皺を寄せる赤髪の男子生徒、切島の苦言に出久は頷いてみせた。

 

「一人で戦ってないのはちょっとズルかなって自分でも思ってる。でも、蓮華さんの力を借りて初めて僕は誰かを救けられるし、それは……僕にしかできないことだから」

「そのとおりだよ、少年。幽霊の力を借りる個性と幽霊になる個性が出会うなんて運命、見過ごすのはもったいないからね」

「うおお……アツいな、緑谷! 美珠さんも、ナマ言ってすんませんした!」

 

 勢いよく頭を下げる切島に蓮華が無邪気な笑い声を上げる。

 嘘は交じっていたが、少なくとも最後の言葉は出久の本音だった。蓮華を個性として使えるのは出久だけだ。まだ頼るには躊躇いがあるが、それでも出久は爆豪との戦いで一歩前に進んだ。

 

「よいよい、楽にしたまえ。君も中々熱い男って感じだね、これからよろしく。オールマイト先生、他に質問がなければ進めていただいて」

「ああ、自己紹介ありがとう! では、講評だが……誰か飯田くんがベストな理由を答えられる者はいるかな?」

「はい、先生」

 

 手を挙げたのは八百万だ。彼女は持久走でオートバイを創造して蓮華と競りあった。幽霊と競りあう燃費は大したものだと蓮華が笑っていたのを覚えている。

 

「それは飯田さんが一番状況設定に順応していたからです。爆豪さんの行動は私怨丸出しの独断、そして先生も仰っていたとおり屋内での大規模攻撃は愚策でしょう」

 

 出久はちらりと爆豪に目を向けたが、彼はピクリとも反応していなかった。

 自尊心が服を着て歩いているような彼がこき下ろされてこうも沈黙しているというのはあまりにも不気味だ。今にもあの凶笑とともに爆破を始めるのではないかと冷や冷やしていたが、その兆候は見られなかった。

 

「緑谷さんは美珠さんの力を借りて索敵をしていたのでしょう。最後の不発もそうですわね?」

「そう、お姉さんの冷気でちょこっとね。でも、相手が爆豪くんだから通った技だよこれは。だから訓練の趣旨を考えると加点にはならないんじゃないかな」

「本人がそうおっしゃるのならそうなのでしょう。索敵と妨害、司令塔としての役目は果たしていましたが、大規模攻撃という愚策で危険を冒したのは同様です」

「おっしゃるとおりです……」

 

 わかっていたことだが、はっきり言われるとさすがに凹む。

 爆豪への対処に時間を割きすぎた以上、ああする以外に勝ち筋はなかった。しかし、あれを勝ちと認められるのが訓練だけだということも理解できる。

 いい意味でも悪い意味でも、反省点の多い戦いだったと言えるだろう。

 

「そして、麗日さんは中盤の気の緩み。そして最後の攻撃が乱暴すぎたこと。ハリボテを本物の核として扱っていたらあんな危険な行為できませんわ」

「はいぃ……」

「相手への対策をこなし、かつ核の争奪というコンセプトをきちんと想定していたからこそ飯田さんは最後対応に遅れた。ヒーローチームの勝ちは『訓練』だという甘えから生じた反則のようなものですわ」

 

 言い切って「いかがですか」とオールマイトを見上げる八百万に、オールマイトは薄っすらと冷や汗をかきながらも親指を立てた。

 

「ま、まあ飯田少年も硬すぎる節はあったりするわけだが……正解だよ、くう……!」

「常に上意下達! 一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので!」

「おおー、いい意気込みだね」

 

 顔を合わせてまだ日の浅い同級生からの辛辣なコメントに場の空気は萎縮しつつあったが、その嫌な淀みを蓮華の気楽な拍手が弛緩させた。

 昔から出久も薄々感じてはいたが、蓮華は空気を掴むのがうまい。人に不快感を与えず自分のペースに巻き込む。その巧みさは日頃出久をからかうのに散々発揮されている。

 半ば倒壊したビルから場所を移し、訓練は第二戦へと進む。今はヴィラン役の尾白と葉隠が準備をしているところだ。

 モニタールームで勝負を見学する出久の足元に、小さな影が這い寄った。

 

「なあ、緑谷……」

「ん? えっと……」

「オイラのことなんかどうでもいいんだよ……なあ緑谷、お前お姉さんとはいつどこで知り合ってどんな風にどこまでいったんだよ……なあ……!」

 

 大粒のぶどうのように何粒もまとまったお団子髪の少年。自分よりも幾分背が低い彼に、出久は思わず気圧された。

 すごい眼をしている。

 家族を殺した仇敵であるヴィランを睨むかのような、刑事がずっと追い続けてきた犯人を追い詰めたかのような、重みのある鋭い気迫。一体何を喪えばここまで壮絶な顔ができるのだろうか。

 その重圧に思わず出久の喉が鳴った。

 

「年上彼女なのか、年上彼女なんだろ、年上彼女なんだよな? あの豊満なひんやり半透明ボディにおはようからおやすみまで無駄撃ちの命を捧げてるんだろ? オイラはよお……ヴィランとリア充だけは許せねえんだよお……!」

「峰田少年、授業中だぞ!」

「オイラは今命の授業をしてるんすよオールマイト先生……!」

 

 この峰田という生徒、あろうことかオールマイトにすら反論してのける度胸がある。

 一体何者なのか。

 出久の足が半歩、ずりと後ずさった。その分一歩峰田が詰め寄る。その背から立ち昇る威をたとえるのには鬼の一文字では生ぬるい。手負いの猛獣、あるいは地獄の閻魔。

 

「いくら見せつけられようと構わねえ、オイラは憎しみで愛を引き裂く悪にはならねえ、その代わり……なんでもするんでオイラにも童貞卒業させてくださふべっ」

「弁解の余地もなく最低よ、峰田ちゃん」

 

 峰田がふっとばされた。

 壁にへばりついてずりずりと落下する峰田にクラス中の女子全員から軽蔑の視線が突き刺さる。当事者である蓮華は呆れたような笑みを浮かべてそれを見ていた。

 

「はは……ヒーロー科にもいるんだねえ、こういう自分の欲にまっすぐな子。まあ、素直なのはいいことだよ。ちょっとお姉さんのタイプじゃないのでごめんなさいだけど」

「いいこと、かなあ」

「ケロ、なんでも素直ならいいというわけじゃないと思うわ。蛙吹梅雨よ、梅雨ちゃんと呼んで」

「よ、よろしく」

 

 差し出された蛙吹の手と握手を交わしながら、出久の脳はゆっくりと峰田の言葉を咀嚼していた。圧倒されるあまり何を言っているのかほとんどわからなかった。わからないほうがいいのかもしれない。

 年上彼女。

 年上彼女?

 理解が追いついた途端、出久は羞恥と混乱に悶えた。

 確かに蓮華は綺麗な年上のお姉さんだ。今は一緒に暮らしているし、家族を除けば最も多くの時間を共有している。からかいの対象として以上に大切に思われている自覚がないわけではない。

 しかし、蓮華はちびで鈍足で人見知りのあがり症なオタクである出久にはあまりにもったいない、誰よりも身近でありながら高嶺の花よりさらに遠い存在なのだ。

 

「あああ、あの、お姉さんとはそういう関係とかじゃなくって、えっと……!」

「ふうん? 少年はお姉さんとどういう関係なのかなー?」

「ちょ、わ、近い、近いです……!」

 

 顔を覗き込む蓮華から逃れようにも握手している手を振り払うわけにもいかず、出久は必死になってなんとか身を捩った。

 

「仲良しなのね」

「文字通り一心同体だからねー。梅雨ちゃんとも仲良くなれたらお姉さんは嬉しいな」

「もちろんよ。あなたもクラスの一員だもの」

 

 蓮華はあっという間にクラスに受け入れられ、溶け込んでいく。朗らかに笑う様はまるで本当に最初からクラスメイトのひとりだったかのようだ。

 嬉しい一方で、なぜだか少しだけ寂しくもある。

 ずっと小さな寂れた神社をひとり孤独に漂っていた蓮華がこうして多くの人に囲まれて笑っているのは、きっといいことだ。乾きを癒やすように、空白を埋めるように、蓮華はたくさんの小さな楽しみに笑顔する。

 しかし、それはもしかすると蓮華の未練を消し去っていく行為なのではないか。

 

「お、そろそろ第二戦が始まるかな?」

「そうですわね。(わたくし)と同じ推薦入学者の轟さん、そのお手並み拝見といったところですわ」

「第一戦の緑谷たちがアツかった分、気合入っちまうぜ。自分の番が待ちきれねえ!」

 

 蓮華にとって本当の幸いは、まだ現世(ここ)にあるのだろうか。

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