十三回忌 僕とともに救助訓練に臨むお姉さん
雄英のセキュリティがマスコミに突破されたり、出久がMr.非常口の称号を手にした飯田に委員長の座を譲ったりした翌日のこと。
ヒーロー科1年A組の一同は、人命救助訓練のためにバスで移動していた。
「そういや、緑谷の個性ってどうやってあの超パワー出してんだ? 増強型とは違えんだろ?」
「ケロ、まるでオールマイトみたいなパワーだったわ」
「そそそそそうかな? いやでもその、えー」
――嘘つくの下手だなあ、少年は。
図星を突かれた出久が慌てふためくと、出久の耳元で小さくため息が聞こえた。
そろそろクラスメイトたちも慣れたのか、蓮華が漂わせている甘くも爽やかな蓮の香りを感じ取って視線が出久の側へと向く。
今日は外出仕様、白く大きな帽子を被った蓮華が軽やかに宙から姿を現し、そのまま見えない枝に腰掛けるようにしてバスの天井付近に留まった。
「――命ひとつ分の生命エネルギーを純粋な運動エネルギーに変換してるのさ。原価はざっと21.3グラムってとこかな」
「お、蓮華さん! ちーす!」
「ちーす、上鳴くん。取り憑かせた幽霊のエネルギーを変換して出力する、そういう意味では出久の個性は増強型っていうより広い意味での発動型になるんじゃないかな」
これはオールマイトとも相談の上で決めた設定だ。
特別な力を持たない幽霊の力を借りている以上、超パワーの説明をするのにはもうひと手間加える必要がある。蓮華はここに「魂の重量」という昔からの議題、魂の存在証明を持ち込んだ。
まだ結論の出ていない分野。つまりそれは、いくらでも誤魔化しのきく設定ということだ。そしてある意味では魂そのものとも言える蓮華は当事者として誰よりも説得力のある発言ができる。
何より、「幽霊本人が言うならそうなんだろう」と思ってしまえば疑う余地がないというのが一番いい。蓮華は人差し指を立てて自慢気にそう言った。
この提案を受けた時、オールマイトは「詐欺師みたいに口が回るね、美珠少女は」と冷や汗をかいていた。
「派手でできること多くて、しかも美珠さんのサポートもある! くうーっ、悔しいけど羨ましいぜ!」
「切島くんの個性もすごくかっこいいと思うよ! プロにも十分通用すると思う!」
「プロなー! しかしやっぱヒーローは人気商売みてえなとこあるぜ?」
切島の懸念どおり、プロヒーローはただ強いだけでは食っていけない。市民の人気を獲得し、企業のスポンサーを得て、それでようやく生活が成り立つのだ。
そういう意味では、蓮華はとてもヒーロー向きだ。美人でトーク力があり、個性の特徴もはっきりしていてわかりやすい。おまけに得意分野が明確に存在する。問題は出久が付属品としてついてくることだろうか。
蓮華の鞄持ちとしての認識で終わることのないよう頑張ろうと出久が覚悟を決めている一方で、バスの中では「誰が一番人気が出そうか」という話題が盛り上がっていた。
「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」
「ケッ」
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ! 出すわ!」
興味がないような素振りを見せておきながら、いざ自分が下に見られるといきり立つ。この性分は確かにヒーロー向きではない。
とはいえ、人気の一切を切り捨てて活動しているイレイザーヘッドやファンに媚びない姿勢がかえってコアなファンを生んでいるエンデヴァーなどの例もある。一概にヒーロー適性がないとは言えないだろう。
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格って認識されるのすげえよ、これと幼馴染やってる緑谷は前世なにやらかしたん?」
「てめェのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!」
「うんうん、君はボキャブラリーが豊かとは言えないからね。自分に足りないところをしっかり学んで成長してくれたまえよ、爆豪くん」
「殺しなおすぞ幽霊女ァ……!」
あの暴君がからかいの的になっているという衝撃に思わず出久は吹き出した。
中学のころ、爆豪をからかおうなどという度胸のある者は教師にすらいなかった。どんな不良生徒でも爆豪に言われれば行いを改めたものだ。
そう考えると、ヒーローとしての覇気のようなものは中学のころにはすでにその片鱗を見せていたのかもしれない。もっともそれは彼の激情的で加虐趣味な性格からくるものではあったが。
「わあ怖い。でも、相澤先生もそう思うでしょう?」
「……まあ、美珠の言うとおり直すべき点ではある。口下手じゃファンもマスメディアも相手できないからな。社会人として最低限の振る舞いは身に着けろ」
「チッ……わぁってる」
さすがに教師からのとどめは効いたのか、頬を引きつらせながらも爆豪は窓の外へ視線を逸らした。
それから少しして、盛り上がりすぎたお喋りに相澤からの制止が入ったりした後のこと。
一行を乗せたバスは停車した。目的地――USJに到着したのだ。
USJという色々とギリギリな名前に恥じない、大規模かつ多様な事故・災害が再現された演習場。その名も――
「ウソの災害や事故ルーム! あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です」
「スペースヒーロー『13号』だ!」
宇宙服を思わせる丸いフォルムのコスチュームに、黒く塗られた特殊加工のヘルメット。災害救助で知られる紳士的なヒーローだ。
その活動性質上、多くのニュースで活動の姿が報道される13号にはファンも多い。ちょうど出久の隣にいた麗日は嬉しそうな悲鳴を上げながら「いかに13号が紳士的で素敵か」を蓮華に語っているほどだ。
「ウチ好きなんよー、ニュースで見るたびについテンション上がっちゃって!」
「うんうん、憧れる気持ちはお姉さんもわかるなあ。誰かを救けるために全力出してるのに、救ける相手を安心させるために態度は穏やかなまま。かっこいいよね」
「わっかるー!」
少しだけ、出久の胸がチクリと痛んだ。
分散のコツこそ掴みかけているが、まだワン・フォー・オールを上手く発動できないと自爆してしまう。痛みで笑顔どころではない出久としては、13号の姿勢は見習うべき模範のひとつだった。なんとしてでも個性を制御できるようにならなくては。
13号は相澤と何か小声で会話を交わしていたが、少しして二人が生徒は生徒の集団と向き合った。
「えー、始める前にお小言をひとつ、ふたつ……みっつ……」
立てる指が増えるごとに少しだけ空気が重くなる。憧れのヒーローからのものとはいえ、お小言は避けたいのが高校生というお年頃だ。
「皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は "ブラックホール" 。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね!」
「ええ……しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性の持ち主がいるでしょう」
しん、とあたりが静まり返った。遠くから偽りの火災が立てる火の爆ぜる音が聞こえそうなくらいに。
誰しも心当たりがあるのだろう。自分自身や誰かを傷つけてしまった記憶が。
個性を発現したての子どもが起こす死傷事故は毎年枚挙にいとまがないほどだ。それどころか、ノウハウが蓄積されているにもかかわらず件数が減らないことが問題視されてすらいる。
そして、出久はこのなかの誰よりも「個性を発現したての子ども」に近い。いつ事故を起こすかわからないという恐怖は、いつも出久にストッパーをかけている。
「体力テストで自身が秘めている力を知り、対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では心機一転! 人命のために個性をどう活用するかを学んでいきましょう」
人命のために。
出久はふと、自分が目指すヒーロー像の原点となる自らの言葉を思い出した。どんなに困ってる人でも笑顔で救けちゃう、そんな超かっこいいヒーロー。
オールマイトが悲惨な事故現場から要救助者たちを救出し、笑顔のまま現れたそのシーンは、今でも出久の脳が焦げ付くほど焼き付いている。
ぐっと手を強く握りしめる。これまで出久は降って湧いた力の使い方を考えるのに精一杯だった。しかし、これからはヒーローとして「力を使ってどうやって救けるか」を考えなくてはならない。
「君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰ってくださいな」
ともすればマスコットキャラクター的とすら評価される丸く愛らしい13号が、たまらなくかっこいいプロヒーローなのだと全員が痛感していた。
自然と出久は拍手を送っていた。出久だけではない、1年A組のほぼ全員が。
「以上! ご清聴ありがとうございました!」
「素敵ー!」
「ブラボー!」
完全に場が温まった。
13号のようなヒーローになりたい、そのために訓練を頑張りたいという気持ちが一体となっているのを感じる。
その空気のまま訓練に挑めれば、どれだけよかっただろうか。
「――全員ひとかたまりになって動くな! 13号、生徒を守れ!」
相澤の怒鳴るような指示に困惑しながら、彼が視線を向ける広場のほうへと目をやる。
最初に見えたのは黒いもやだ。ガスよりは濃く、霧よりは重い質感のそれは瞬く間に噴水広場を覆った。まるでそこだけが夜になってしまったかのようだ。
悪寒がする。
その霧からうぞうぞと這い出てくる無数の影に、出久の隣で切島がぼやいた。
「何だありゃ、また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」
違う。
出久の肩に手を添えた蓮華から強い冷気を感じる。これは彼女が感情を荒ぶらせている証拠だ。怒り、悲しみ、あるいは――恐怖。
「お前ら動くな、あれはヴィランだ!」
出久のすぐそばで、蓮華がその集団に鋭い視線を向けている。
何を感じ取ったのだろう。いつもの蓮華を満たしている余裕のようなものがまるで消え去ってしまったようだ。彼女の視線を辿ると、その先では脳をむき出しにしたどす黒い肌の巨漢がゆっくりと歩みを進めていた。
「……少年、動いちゃ駄目だからね」
「お、お姉さん?」
蓮華がふわりと出久の隣を飛び立った。思わず制止しようと伸ばした手が空を切る。
素早く宙を駆けた蓮華が相澤の隣に降り立ち、何事か耳打ちする。その小さな声は完璧には聞き取れない。
「――もう死んで……加減せず……」
真剣な表情の蓮華から何かを伝えられた相澤は小さく息を呑んで、それから頷いた。
嫌な予感に出久の腕が粟立つのを感じる。
声が響いた。その時になって初めて、出久は次々とヴィランを吐き出しているくろいもやに顔があるのに気がついた。
「13号に、イレイザーヘッドですか。そちらの女性は存じ上げませんね……先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが」
「やはり先日のはクソどもの仕業だったか」
相澤が腰を落として姿勢を低くし、首元の捕縛布に手をかけた。
ヴィランの一人、全身に掌をつけた不気味な男がぼそぼそと喋っている。掠れた、ひび割れたような声だ。
「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ……オールマイト、平和の象徴……いないなんて……」
目に見えない、刺すような悪意が出久の心臓に突き刺さった。
「子どもを殺せば来るのかな?」
その言葉と、そして今にも膝を折りたくなるような空気。彼らが本物のヴィランであることを疑う者はもう誰もいない。