緑谷出久のことを少年と呼ぶ個性のお姉さん   作:海野波香

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十六回忌 僕のいないところで事情聴取を受けるお姉さん

 香りだけでもと出されたお茶の湯気が、蓮華の冷気にあてられて空中で複雑な図形を象る。

 本当なら保健室で治療を受けている出久についていてやりたい。怪我は指一本で済んだが、心の傷は計り知れないほどだろう。それなのに蓮華は雄英高校の応接室にいる。

 

「まず、君には感謝を伝えたい! 君がいてくれたおかげで迅速に処理を進められたからね!」

「その代わり、仕事も増えた。そうでしょう? お手数をおかけして申し訳ないです」

 

 ネズミともイタチともつかない小動物の校長が、困ったように笑った。

 蓮華は本来であれば常闇の個性である黒影のように、「個性に付随する人格」として書類上は片付く予定だった。戸籍もない、死んでからの年月も経っている蓮華を改めて個人として扱うより、そのほうが都合が良かったのだ。

 個人として扱うための用意も大変だし、蓮華を現代に蘇らせるメリットが誰にもない。

 生々しい話、すでに故人として処理されて23年が経っている蓮華の国民年金や税金の処理を考えると、出久の付属品として計算したほうが誰にとっても損しない結果になるのだ。

 しかし、蓮華は個性で唯一無二の成果を上げてしまった。

 オールマイトによって致死レベルのダメージを与えられ、昏倒しながらも再生し続けていた脳無。それが生きた人間ではなく死体を強引に蘇生して作られた改造人間であることは、すでに科学捜査で判明している。

 今のところ、外見以外の要素で脳無と一般のヴィランを見分けられるのは蓮華だけだ。蓮華の戸籍を復活させるべきか否かの議論は再燃しつつある。

 

「お手数なんてそんな、気にしないでも大丈夫! チョチョイのチョイなのさ!」

「ご尽力、痛み入ります。それに、塚内さんも」

「まあ、僕のほうでもやれるだけのことは」

 

 塚内直正が小さく頭を下げた。

 塚内はオールマイトの旧友だという刑事だ。階級は警部。昨今ではヴィラン受け取り係と揶揄されることもあるが、警察の捜査権限はヒーローに優越する。多くの場合、その実力もまた然りだ。

 中でも腕利きらしい塚内は、今回USJを襲撃した悪党の集まり――(ヴィラン)連合を追っているとのことだった。

 その敵連合が死体を道具にしているとわかった以上、塚内は今後の捜査で死体の入手経路や加工手段を特定しようとするだろう。その際、蓮華はとても役に立つ。

 そうであるにも関わらず、塚内は蓮華をあくまで部外者に置いてくれた。理由は出久にある。

 

「いくら捜査の役に立つからといっても、まだ学生の子を連れ回すわけにはいきませんから」

 

 500mが出久と蓮華の離れられる限界距離だ。最初は150mが限界だったのを、生活の中で訓練することで少しずつ伸ばしてきた。

 ワン・フォー・オールの縁に腰掛ける形で出久に取り憑いている蓮華は、出久という依代を失えばどうなるかわからない。神社に戻るのか、それとも消滅するのか。

 そんな不安定な蓮華を捜査に投入するわけにはいかない。

 それが塚内の警部としての判断だった。そこには少なからず彼個人の良心と打算が含まれているのだろうが、ともかく表向き蓮華は警察に使われることはない。

 問題は警察ではない。もうひとつ、蓮華に目をつけた組織がある。

 

「公安はまず緑谷くんにスカウトをかけてくると思います。オールマイトから聞いている彼の性格を考えれば、公安とはそりが合わないでしょうが……」

「言いくるめられてもおかしくないんですよね、出久は」

「真面目なのも時には困りものなのさ……」

 

 ヒーロー公安委員会。そこが、蓮華に興味を持っている。

 公安とは「公共の安全と秩序」を意味する。事実、ヒーロー公安委員会は公共の安全と秩序を守るヒーローの統括団体だ。オールマイトをナンバーワンヒーローとしているのもこの公安委員会が示すビルボードチャートによるもの。

 しかし、同時に公安とは活動内容を秘匿して国家体制を守るための活動を行う組織でもある。彼らは警察にすら自らの正体を明かさず、時には巨悪や難敵を討つために警察や市民の敵に回ることすらあるという。

 その内容には当然、幽霊向きの仕事も含まれている。

 

()()美珠蓮華にそういうちょっかいをかけてくるとは思いたくないですけどね」

「……やめてください、まだちょっと受け入れきれてないんです」

「それについては申し訳なく思っているのさ! 当時は個人情報の扱いも曖昧だったし、何より悲劇の英雄譚としてマスメディアが盛んに報道してしまったからね!」

「ああ、もう……少年になんて言おう」

 

 蓮華は両手で顔を覆ったが、半透明の手では自分の腰掛けるソファが透けて見えるだけだった。

 もう23年前になる、ヴィランによる大規模火災。その死者である蓮華は、あろうことかプロヒーローが受ける講習の教材に一時期使われていたという予想外の形で名前が伝わっていた。

 美珠蓮華の名は語り継がれていたのだ。無個性の無力な民間人の犠牲によって解決につながった事件、その教訓とともに。

 今なら相澤が手際よく資料を集められた理由がわかる。そもそも彼は「美珠蓮華」という名前に聞き覚えがあったのだ。そのせいで蓮華は出久の前で恥をかかされた。とんでもない仕打ちだ。

 既に風化した事件だと思っていた。

 神社の参拝客もほとんどおらず、慰霊碑にお供え物をしてくれるのも近隣に住む老人くらいのもの。実際、蓮華の名前を聞いて表情を変える者など一人もいなかった。

 それが、こんなところで自分の過去を掘り返されるとは。

 

「本当に、大したことはしてないんですよ? というか、どうせ語り継ぐなら事件を解決した()のほうを語り継ぐべきです」

「その()たっての要望だったのさ! 美珠くんを風化させたくなかったのかもしれないね!」

「あいつ、会ったら覚えとけよ……」

 

 ぐっと拳を握りしめる。喧嘩を仲裁するたびに弟たちを悶絶させた一撃をお見舞いする必要があるようだ。

 

「でも、気持ちは僕もわかりますよ。美珠さんの犠牲がなければ勝てなかった戦いだったわけでしょう? ()にとってはある意味、力不足で救えなかったどころか逆に命懸けで救われたということになります」

「当時の私は無個性でしたから。他の人ならもっと上手くやったと思いますよ」

「いいや、そんなことはないのさ! 正直、()()()()()()()を肯定する気はないけれど……それでも、君の選択が多くの命を救ったのは事実なのさ!」

 

 蓮華はヴィランに殺されたわけではない。

 当時の話、とりわけ自らの死因について蓮華が出久にひた隠しにしているのは、彼に悪い影響を与えたくなかったからだ。蓮華はヴィランによる被害を食い留めるため、自ら命を絶っているのだから。

 後悔はない。そうしなければ勝てない相手だった。蓮華は自分の正義を貫いた。

 だからこそ、出久には真似してほしくない。自分を犠牲にするという選択肢を持ってほしくないのだ。知ればきっと、そうしてしまう危うさが出久にはある。

 

「どのみち、()とは体育祭で会うことになるのさ! 彼の息子も出場するわけだしね!」

「いやあ、今年は層が厚いですね。OBとして鼻が高い。さっきオールマイトも言ってましたよ、この代は伸びるって」

「半分保護者みたいな身としては、ヴィランが生む伸びしろなんてないほうが嬉しいんですけど」

「それはごもっともなのさ……セキュリティの改善で今から胃がキリキリするよ」

「小動物でもストレスでキリキリするのは胃なんですね」

「もちろんなのさ。幽霊はどうだい?」

「さあ、今のところなってないので。ストレスフリーなお姉さんなんです、私」

 

 しかし、これからはそうも言っていられないだろう。

 ヴィランはオールマイトを狙っている。オールマイトはこれからも雄英で教鞭を執る。そして出久はオールマイトと浅くない縁を結んでいる。

 出久の性分を考えれば、いつまでも手をこまねいてはいられないだろう。きっといつか飛び出してしまう。そしてその時、ただの幽霊にすぎない蓮華に彼を止める力はない。

 それに、死体を使うようなヴィランが蓮華を狙わないという保証もない。

 

「お願いします、校長先生、塚内さん。いつか羽ばたく雛だとしても、巣立つまでには時間が必要です。私に言われるまでもないかもしれませんが」

「任せてほしい、というには頼りないところを見せちゃったばかりだけど……校長として、最善を尽くすことを約束するのさ!」

「警察も全力を尽くしますよ。今回の件で少しは上層部も重い腰を上げることでしょう。天下の雄英を荒らされて何もわからないんじゃ、沽券に関わりますからね」

 

 深く頭を下げる。

 冷めはじめたお茶からはまだ、上等な茶葉の香りが立ち昇っていた。

 

***

 

 保健室で手当を受けながら、出久はオールマイトの言葉に耳を傾けていた。

 蓮華がいない状態でオールマイトと話すのは久しぶりだ。それゆえに、この奇妙なもどかしさを抱えている自分が申し訳なかった。それがエゴだと、わがままだとわかっているからなおさら。

 たとえ作り物でも、人を殺すオールマイトはあまり見たくなかった。

 

「……正直、やっちゃったなって思ってるよ。あの時私は教師じゃなかった。できるだけ見えないように立ち回ったけど、子どもたちに見せられる戦いじゃなかったね」

「でも、それだけ強敵だったんですよね?」

「それはそれ、だよ。私はトップヒーロー、笑顔をもたらす存在でなくてはならない。……君にも、謝らなくちゃいけないな」

 

 痩せた、枯れ木のような手をぽんと頭に置かれる。

 この手がたくさんの命を救ってきたのだ。そして、そのためにたくさんのヴィランを倒してきたのだ。圧倒的な力を使いこなす彼だからできた手加減で、殺すことなく。

 そう思うと、オールマイトと「死」を切り離して考えていた自分がたまらなく情けなくなる。彼は死と無縁なわけではない。ただ、強いから死なせないことを選べただけだ。

 そして、彼の継承者である出久もいつかはその高みに立たなくてはならない。これは出久に課された義務だ。

 本当ならあの場で出久は立ち止まっていてはいけなかった。

 

「幻滅したかい、緑谷少年。強敵を前に手段を選べないなんて、失態もいいところだ。情けないところを見せてしまった」

「……そんなことはないです。でも、あなたにそんなことを強いる弱い自分が嫌だ」

 

 出久が油断して棒立ち状態で観戦していなければ。

 蛙吹が狙われた時、咄嗟に動くことができていれば。

 脳無に受け止められた攻撃が、ちゃんとダメージを与えられていれば。

 いくらでも湧き出てくる後悔。出久はまだ守ってもらう側の存在でしかなかった。オールマイトにこんな苦しそうな顔をさせてしまった自分が嫌で嫌で仕方がない。それなのに、目指すべき場所が遠すぎる。

 

「……オールマイトは、不安じゃなかったんですか? 本当はただの人間で、殺してしまうかもしれないって」

 

 出久の問いかけに、オールマイトは一瞬だけ見たことのない顔をした。

 遠い昔に思いを馳せるような、それでいて憎い敵を目の前にしたような、風化した悲しみと怒りがごちゃまぜになったようなその顔はすっとかき消え、オールマイトの手が出久の頭を揺らすように撫でた。

 

「私とて、美珠少女の言うことを鵜呑みにしたわけではないよ。生きた人間ならするはずの反応がなかったり、怪しい点はたくさんあった。それに、そうだね……()()()()()使()()()()()()()に心当たりがあったんだ」

「そんなヴィランが?」

「私の活動はすべてが公にされてるわけじゃないからね。人知れず戦うのもヒーローの務め、さ。もう昔の、終わった事件の話だけどね」

 

 そう笑って、オールマイトは咳き込んだ。

 大きな傷こそ負わなかったものの、戦闘でオールマイトは疲弊している。消耗を避けるためにリカバリーガールが段階を分けて治癒しなければならない程度には。

 

「クラスのみんなはどうだったかな」

「ほとんど気づいてないと思います。みんなオールマイトが来て安心してたし、見てた人も脳無の再生能力のほうに意識がいってたから」

「や、負傷者がいないかってことを聞きたかったんだけど……そうか。それは、僥倖かもしれない」

「でも……僕は忘れません。あなたに、そんな顔をさせてしまったこと」

 

 全盛期のオールマイトなら、あの程度のヴィランは難なく倒しただろう。ヒーロー活動に支障が出るほどの深い傷という秘密を知っている出久だけが彼を庇いにいける立場にいた。

 出久は何もできず、それどころか彼に力を無駄遣いさせてしまった。

 

「……ポジティブに考えるとね、緑谷少年。君のおかげで私は余分な消耗をせずにあのヴィランたちを撃退できたとも言える」

「僕のおかげで?」

「美珠少女が教えてくれなければ、私はあのヴィランを殺さないよう気をつけて戦闘していただろう。悔しい話だが……あのパワーに超回復、ショック吸収。早々に引かせられたが、他の二人も強敵だった。きっと私は軽くない手傷を負うはめになっていた」

 

 それは確かに蓮華のおかげかもしれない。

 しかし、それを「自分の個性だから」と胸を張れるほど出久は無神経でもないし、がめつくもなかった。

 そんな出久の脳天を、オールマイトの手ごとリカバリーガールの杖が打ちのめした。

 

「いつまでメソメソしてんだい!」

「いったあ……」

 

 手をさすりながら恨みがましくリカバリーガールを見やるオールマイトに、彼女は鋭く杖をつきつけた。

 

「そういう愁嘆場はよそでやんな! 保健室にカビが生えるさね!」

「す、すみません……」

「まったく……事が事だ、大目に見てやろうと思ったけどね。オールマイト、あんたもう少し教師としてしっかりしないと導けるものも導けないよ!」

「しょ、精進します……」

「師弟揃ってどうしてこう自罰的なんだか……心配だよあたしゃあ」

 

 半ば追い出されるようにして保健室を転げ出た出久は、後ろ髪を引かれながらも教室へ戻った。帰り支度をしなくては。

 廊下を歩いて教室に向かっていると、ドアに背中を預ける影があった。

 爆豪だ。

 

「かっちゃん?」

「……おいデク、幽霊女出せ」

「えっと、今は事情聴取受けてて……もうすぐ戻ると思うけど」

 

 しばらく爆豪は黙って腕を組んだまま立っていたが、舌打ちをしてドアから身を起こした。

 

「じゃあいい」

「あ、待ってよ、帰るなら一緒に」

 

 いつもなら出ない一言が出久の口から転げ出た。

 自分でもどうしてそんな誘いをかけたのかわからない。爆豪と二人並んで帰った記憶など、もうはるか彼方で色褪せつつある。

 爆豪は一瞬目を見開いて、それから眉間に皺を寄せて舌打ちした。

 

「誰が一緒に帰るかボケ」

 

 目的がわからないまま、出久は帰っていく爆豪の背を見送った。

 彼は飛ばされた先で切島とともにヴィランを片っ端から沈め、オールマイトを狙う主犯格を倒すために広場へと戻ってきたのだという。少なくとも、切島からはそう聞いていた。

 もしかすると、爆豪も気づいてしまったのだろうか。

 オールマイトがあの時背負っていた死、その覚悟の重さに。出久たちが背負わせてしまった、とんでもない重荷の正体に。

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