緑谷出久のことを少年と呼ぶ個性のお姉さん   作:海野波香

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雄英体育祭編
十八回忌 僕と新たな力を生み出してくれるお姉さん


 雄英高校体育祭の話題に世間が沸き立ちはじめたころのこと。

 出久は特訓に力を入れていた。オーバーワークにならないギリギリを攻める感覚は入学前のドリームプランで身体が覚えている。

 

「気合入ってるね、少年」

「だってっ、オールマイトにっ、言っちゃいましたからねっ!」

 

 ベンチプレスの重量も前より増えた。一歩ずつ出久の肉体は改造されている。

 今日の昼にオールマイトと昼食をともにした出久は、彼の前で宣言した。「僕が来たって、世間に知らしめてみせます」と。

 いつまでも平和をオールマイトに任せきりにはできない。出久は次代のヒーローが育っていることを、ヒーローはオールマイトだけではないことを世間に伝えるため、雄英体育祭で活躍を見せることを決意したのだ。

 

「ぐっ……これで、ラストぉ……!」

「ナイス筋肉。それ終わったらお姉さんとの特訓だからね」

「ぐうっ……よし……いきましょう!」

 

 最後の1セットを終えた出久はトレーニング用品を片付けた後、蓮華とともに自宅を後にした。向かうのは思い出の地、あの神社だ。

 春の盛り、木々が生い茂るこの季節に神社は埋もれ、単なる森の一角と化す。音は緑に遮られ、参拝客もおらず、秘密の特訓には最適の場所と言えるだろう。

 境内の中央に立った出久は目を閉じ、体の隅々まで空気を送り込むように大きく息を吸った。

 その身体に蓮華が取り憑く。指の先、髪の一本に至るまで染み込んだ冷気が、出久の鮮明な輪郭を象っていく。

 

「――これが、僕の形。僕の、器」

 

 蓮華によって鮮明になった自分自身、そのすべてに満遍なくワン・フォー・オールの力を分散させていく。

 緑谷出久という存在そのものに力を満たすようなイメージ。

 丹田で練られた熱が稲妻となって広がっていく。胴から肩へ腰へ、そして腕へ足へと隙間なく広がった力は、出久を壊すことなく描いた輪郭の隙間を埋めていく。

 目を開く。

 一歩踏み出すと、境内の石畳に残っていた落ち葉がぶわりと舞い上がった。

 足は、壊れない。

 

「力の分散。これが……ワン・フォー・オールの使い方」

――すごい力強さだ。内側から見てると酔いそうなくらいだよ。

「これなら……!」

 

 膝を曲げ、一気に跳躍する。

 石畳を震わせて射出された出久は、樹冠を貫いて空へと舞い上がった。広く澄んだ春の空が出久を迎え入れる。遠くに見えていたわたぐもが今なら掴めそうなほどに近い。

 空気が気持ちいい。まるで感覚まで力で研ぎ澄まされているようだ。

 

――少年、これ着地はどうするの?

「え、どうするって……うわあああ!」

 

 重力に従って自由落下を始めた肉体が石畳の染みにならないよう、出久は大慌てで薙ぐような蹴りを放って衝撃波を生んだ。

 地面に戻ってくるころには、境内は出久の生み出した暴風でゴミひとつ落ちていない綺麗な有様になっていた。

 ぬるりと出久の身体から抜け出した蓮華が呆れた目を出久に向ける。

 

「調子に乗るな、お馬鹿」

「うっ、ご、ごめんなさい……」

「まったく……でも、やっぱり正解だったね。少年はあの時にコントロールのコツを掴んだ」

 

 頭を下げて詫びながら、それでも出久はこみ上げる達成感を隠せなかった。

 今出久が全身に纏ったのは、いつもの自爆前提な100%ではない。出久が耐えられるギリギリの出力、イメージで言えば6%といったところか。

 USJを襲撃したヴィラン連合、その兵器である脳無に受け止められてしまった出久の攻撃は、フルパワーで放ったつもりだったにも関わらず身体を壊していなかった。

 初めて人に使ったことでセーフティーが働いたのだろうというオールマイトの推察どおり、出久はあの時力を無意識にセーブしていたようだ。

 その結果、出久はついに力をコントロールする第一歩を踏み出した。

 

「この技、名前はあるの?」

「うーん……オールマイトはパワーアップ技を使ってないので、オマージュ元が思いつかなくて……シンプルに『フルカウル』っていうのはどうでしょう」

「全身を覆うイメージか、わかりやすいね」

 

 今はまだ蓮華のガイドがなければ完成させるのは難しい。準備時間が必要なことを除けば優秀なカードになりうるだろう。

 そして、特訓はこれで終わりではない。

 

「それじゃあ、もう一度」

「はい! ……その、無理はしないでくださいね」

「しないとも、するのは無茶だけさ」

 

 くすくすと笑って、蓮華は再び出久の身体に溶け込んだ。

 もう一度力を隅々まで行き渡らせる。一度成功したからか、先ほどよりも熱が染み込んでいくのが早い。

 違うのはここからだ。

 出久の全身を満たした熱い力が、蓮華に侵食されて性質を変えていく。一歩間違えれば炸裂しそうな奔流はそのままに、熱いものから冷たいものへ。

 

「ワン・フォー・オール、フルカウル……()()()()()()()()()()!」

 

 拳を引き絞る。

 オーバー・ポゼッション。蓮華の憑依による存在の重なりを限界まで高め、ワン・フォー・オールのみなぎるパワーを蓮華に託す。23年間も幽霊(個性)として漂っていた蓮華のコントロール力は、出久のそれを優に上回る。

 狙うのは先ほど暴風に舞い上げられたばかりの葉。その小さく不安定な的に向けて、出久は視線を向け、そして――

 

「――SMASH(スマッシュ)!」

 

 放つ。

 突くように押し出された拳から、衝撃波となった冷気が送り出される。その冷たい不可視の塊は風に煽られて揺らぐ葉を追うように空中で軌道を変え、そして見事に貫いてみせた。

 穴の空いた葉が舞い落ちるのを前に、出久は快哉を叫んだ。

 

「やった!」

――ひゃー、なんとか当たった……とんだじゃじゃ馬だ、手綱を放さないので精一杯だよ。

「それでも、成功は成功ですよ!」

 

 蓮華が制御する追尾弾。これが出久と蓮華の得た新しい力だ。

 力はあるが制御できない出久と、コントロールに長けるが無力な蓮華。二人の長所をかけあわせた、自信を持って披露できる必殺技。

 これで体育祭では対空もこなせる。弱点はスタートダッシュの遅さだが、それは反復練習で改善していくしかない。

 全身に力を行き渡らせるフルカウル、そして蓮華の憑依によって力の制御を蓮華に任せるオーバー・ポゼッション。どちらも出久の切り札として、きっとこれからも活躍していくことだろう。

 

「まだやれそうですか、お姉さん」

――ちょっと休憩ほしいかも、幽霊になってから初めて疲れたよ……今のうちに的とか用意しておかない?

「そうですね、ちょっと自販機でも行きましょうか」

 

 声からして明らかに疲れている蓮華を身体に憑依させたまま、出久は全身に行き渡らせていた力を解除した。

 出久の自宅付近は田舎というほどではないが栄えてはおらず、近所の商店街くらいしか遊ぶところがない。雄英の近くならすぐに見つかる自販機も、辿り着くまでに少し歩く必要があった。

 苔に侵食されつつある石段を下り、雑草だらけの空き地に面した通りに出てしばらくのこと。ようやく見つけた自販機に小銭を入れながら、出久はふと蓮華に問いかけた。

 

「缶ジュースのラインナップってやっぱり昔とは全然違いますか?」

――違うねえ、いつも飲んでたミックスオレとか全く見かけないし。あ、上段の右から2番目のは昔も売ってた。

「上段の右から2番目……これですか? 確かにずっとあるなーとは思ってたんですけど、そんな古いんだ……」

 

 出久の指先がボタンを押す。

 受け取り口に転げ落ちてきたドット柄のレモンスカッシュ缶を取り出して、プルタブを引き上げる。あまり飲んだことはなかったが、甘さ控えめでさっぱりする味だ。

 

――いいなあ……くそー、運動後のレスカなんてずるいぞ!

「レスカって言うんですね……お供えしときましょうか」

――お供えしたって少年が飲むだけだろ、意地悪。

 

 拗ねてしまった蓮華に慌てて謝ってから、出久はもう何本か買って自販機を後にした。

 幽霊である蓮華は食事ができない。香りや温度はわかるようだが、無理に食べようとしても味を感じないし、咀嚼も嚥下もできないそうだ。

 そのためか、最近の蓮華は引子とアロマキャンドル作りにハマっている。

 色々なアロマエッセンスの香りに感想を求められて出久は毎日語彙力の限界を感じている。出久に言わせればどんなアロマよりも蓮華の甘く透き通った香りが一番だが、そんな恥ずかしいことはもちろん言えない。

 

「疲労に効く香りとか、ないんですか?」

――んー、難しいね。普通はラベンダーとかサンダルウッドとかが定番なんだけど。幽霊の疲労って精神的なものなのかな。

「肉体、ではないですもんね」

――ないものは疲れないからねえ。あ、少年はちゃんとケアするんだぞ。今日は新しいことふたつも試したんだから。

「わかってます。筋疲労によく効くストレッチ、砂藤くんに教えてもらったんですよ」

 

 クラスメイトの中でも砂藤は出久と近い個性の持ち主だ。摂取した糖分を力に変換する彼も小さい頃に自爆の経験があると言っていた。

 普段の出久は鍛えてこそいるもののまだ小柄な青年の域を出ない。そこで本来ありえない負荷が筋肉にかかると、どうしても通常以上の筋疲労が発生してしまう。砂藤から教わったストレッチはそこによく効いた。

 最初はどうなることかと思ったが、クラスにも馴染めてきた。男子とは気軽に話せる仲になったし、まだ緊張するが女子とも会話が成立する。

 

――砂藤くん、いい子だよね。私、あの子のおじいちゃんのお店行ったことあるよ。

「えっ、そうなんですか!?」

――声が大きいよ。

 

 神社の近くは滅多に人がいない。それでも目立てば気まずいことになる。出久はあたりを見渡して、人気がないことを確認して胸を撫で下ろした。

 砂藤は代々パティシエの家系で、彼の祖父が営む洋菓子店は開店前から長蛇の列ができることで有名だ。プロヒーローの中にもファンが多く、出久も彼らのオフショットをチェックしていて時折見かけることがある。

 

「ごめんなさい……でも、すごい名店なんじゃ?」

――当時はまだ知る人ぞ知るって感じだったかな。大学1年目で前期の成績がすごくよくて、自分へのご褒美にね。おいしかったなあ、モンブラン。

「ああ、夢の中で1ダース注文してた……」

「――こーら、あんまりお姉さんをからかうな」

 

 出久の身体から抜け出した蓮華が、その細くしなやかな指先で出久の広い額を叩いた。

 蓮華はスタイルがいい。いつも着ている白いワンピースがよく似合う、すらりとした美人だ。きっと生前は食事にも気を使っていたのだろう。

 そんな人が1ダースも食べたくなるモンブラン。出久はだんだん興味が湧いてきた。

 

「体育祭が終わったら、僕も食べてみたいです」

「じゃあ、優勝のご褒美ってことにしよう。特訓再開!」

「はい!」

 

 レモンスカッシュを飲み干し、空き缶を並べる。

 優勝したい。少し前の出久なら考えもしなかったようなだいそれた目標に向けて、出久は拳を構えた。

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