オールマイトとの特訓、「目指せ合格アメリカンドリームプラン」は過酷を極めた。
彼を彼たらしめる超パワーの源、個性:ワン・フォー・オールを継承するために、出久は徹底的な体作りから始める必要があった。
いくら独学で基礎づくりをしていたとはいっても、所詮は帰宅部の学生ができるレベルのものでしかない。それでも特訓のためのスタートラインには立てていると、オールマイトにはそう励まされた。
血反吐を吐くような、過酷を極めた訓練。
幸いにしてと言うべきか、目下最大の妨げとなりそうな幼馴染はヘドロ事件以来すっかり出久に関わろうとしなくなった。それは確かに幸いなのかもしれないが、寂しさの源でもあった。
「それで? 自主練サボってお姉さんのとこ来ちゃったんだ」
「サボったわけじゃ……メニューはこなしてきましたし」
積もりに積もった秋色の落ち葉を盛大に舞わせて、蓮華が笑った。
名前を知っても、二人の関係は何一つ変わらなかった。蓮華は出久を少年と呼び、出久は彼女をお姉さんと呼んだ。そこには少しだけ照れや恥じらいがあったのかもしれないが、少なくとも表面上の変化はない。
久しぶりの対面だ。
ここしばらく、出久は受験勉強とオールマイトの特訓メニューに加えて、余暇の全てを自主トレに回していた。オーバーワークを咎められるほどに。
理由はもちろん、ヒーローになりたいからだ。受験のためではない、その先の先――オールマイトの継承者にふさわしいヒーローを出久は目指していた。
「無茶するなあ少年は。身体壊したらヒーローにはなれないんだよ? そこんところ、わかってるのかなー?」
「わ、わかってます。オール、じゃない、先生にも厳しく言われたので。それ用にメニューも調整入れてもらいましたし!」
「ならよし。ね、落葉焚きしない?」
蓮華はこの季節になると落葉焚きをやりたがる。
一度気を利かせたつもりで出久が焼き芋用にさつまいもを用意したことがあったが、どのみち出久の胃に収まるだけだった。どうやら蓮華は落ち葉を集めて燃やすという行為そのものを楽しんでいるようだ。
火事で亡くなったのに、と思わないでもない。しかし、それを口にするのは憚られた。
歯の抜けた熊手を建付けの悪い倉庫から取り出し、落ち葉をかき集めていく。布団が作れそうなくらいに山積みだ。
「どんどん集めてくれたまえー」
「お姉さんもちょっとは手伝ってくださいよ」
「ふっふっふ、生きている人をこき使うのは死人の特権なんだぞ?」
おどけた口調でそう口にして、蓮華は出久が集めた落ち葉に飛び込んだ。
幽霊の曖昧な肉体に追いやられた落ち葉が宙に舞い、彼女の身体を通り抜けて降り注ぐ。すり抜けたりすり抜けなかったり、蓮華は本当に器用な幽霊だった。
「火、つけちゃってー」
「どいてくれないと危ないです」
「んー……そっか、そうだよね」
「お姉さん」
「わかってるよー、少年。大丈夫大丈夫」
そう言いながらも、蓮華は落ち葉の山から中々動かない。
時折、出久は心配になる。
彼女の心はもう現世には向いていなくて、個性だけが彼女を無理やり縛り付けているのではないかと。だから、こうして自分を荼毘に付させるようなことをするのではないかと。
蓮華はもう、死を全うしたいのではないかと。
「落ち葉ってあったかいんだよねえ……眠くなる……」
どうやら杞憂のようで、安心するやら呆れるやらだが。
ただ、落ち葉の中を転がっても汚れひとつつかない身体は少しだけ羨ましかった。トレーニングウェアの洗濯頻度が増え、自分で洗剤を買うようになってからますますそう思う。
特訓は苦しい。受験勉強は辛い。
それでも夢を追いたい一心でもがいて、足掻いて。
「少年?」
気づくと、出久も落ち葉に埋もれていた。
確かに温かい。風呂や布団とは違った、枯れているはずなのにまだ息づいているかのようなぬくもりがある。呼吸をすれば、むせかえるような土の香り。
心の奥で強張っていた何かがほぐれていくようだ。
「もー、しょうがないなあ少年は」
「わっ、ちょっ、何するんですか!」
「いいからいいから」
突然冷たい手に絡め取られた出久は緊張で固まったが、それを意にも介さずに蓮華の指が出久の髪を梳いていく。
いつの間にか、蓮華の透き通った身体が出久の下にあった。
これを膝枕と言っていいのだろうか。半分地面に埋もれるようにして腰掛けた蓮華の太ももに頭を乗せられ、背中にはほのかな冷気を通して蓮華の足が伸ばされているのを感じる。
まるで蓮華を敷布団に、落ち葉を掛け布団にしているような姿勢だった。
「少年が頑張ってるとこ、お姉さんはちゃんと見ててあげるからさ。無理じゃないギリギリのとこまで頑張って、でもちゃんと立ち止まるんだぞー」
「……はい」
「いい子いい子。お、つむじもうひとつ見っけ」
体温は冷たいのに、その手は出久にとって驚くほど温かい。
しばらくの間、出久はされるがままになって落ち葉の中で半ば眠るように横たわっていた。こんな贅沢を自分がさせてもらっていいんだろうか、と不思議にすら思いながら。
憧れのトップヒーローから指導を受け、そして憧れのお姉さんからこうして応援してもらっている。これはきっと、とんでもない贅沢だ。罰が当たるかもしれない。
「あ、でも少年がヒーロー科の高校生になったらここには中々来れなくなっちゃうね」
「そう、ですね……」
「困ったなあ、お供物食べる人がいなくなると腐っちゃうんじゃない?」
「そこですか?」
「食べ物を大事にしないとだめだぞ、少年。……まあでも、たまには顔出しなよ。うんとくたびれた時とか、喧嘩しちゃった時とかさ」
何も言わずに頷いて、出久は蓮華の顔を見上げようとした。
しかし、その視線は蓮華が散らした落ち葉に遮られてしまった。照れ隠しだろうか。もし少しでも蓮華が寂しいと感じてくれているのなら、出久は嬉しかった。
まだうまく言語化はできない。
ただ、出久は彼女の未練になりたかった。まだ成仏したくないと思えるような、留まっていることを喜べるようななにかに。その思いは出久が抱く漠然としたヒーロー像にも少しずつ影響を与えつつあった。
「あーあ、生きてるうちに飽きるくらい焼き芋食べときゃよかったなあ」
「どんな食べ物が好きだったんですか?」
「あ、その質問しちゃうんだ。へー、もうなんにも食べれない人に好物の話振っちゃうんだ、ヒーロー候補生くんは」
「わ、ごめんなさい!」
「許すもんか、こいつを食らえー!」
吹き上がる落ち葉の嵐を隔てた向こうで、蓮華はその日も心底無邪気に笑っていた。
それから、出久は生まれ変わったような心地で特訓に打ち込んだ。
特訓は入試当日の朝まで続き、出久の肉体は根本から改造された。本当なら全身が疲労で打ちのめされているはずなのに、細胞の一片、血液の一滴に至るまで力がみなぎっている。
そして。
「食え」
「へぁ!?」
「そう、
恩師の髪を食うという、見方によっては少々猟奇的で変態的な方法によって、出久はついに個性の持ち主となった。
では、出久は余裕で雄英高校ヒーロー科の入試をパスできたか? 血を吐くような努力を重ね、圧倒的に強力な個性を手に入れた彼にとってこの関門はたやすいものだったか?
答えはノーだ。
第一に、人見知りで引っ込み思案な性根が邪魔をした。試験会場では緊張のあまり妨害行為を疑われ、同じ受験生に睨まれたほどだ。
第二に、不慣れな個性が邪魔をした。使おう、使おうと考えすぎるあまり、一手一手が遅れる。ヴィランを模したロボットの撃墜数を競うという早いもの勝ちの試験システムには致命的だった。
最後に、基礎能力の低さが邪魔をした。出久はまだ個性の使い方を知らない。戦闘経験の乏しいただの少年には荷が重い課題だった。
しかし、根本的な人格――緑谷出久のヒーロー性は、確かに発揮された。
「――スマッシュッ!」
試験時間、残り1分5秒。
ただ一人の逃げ遅れた少女を救うため、腕の一本と自分の合格を犠牲にして、出久は初めて使う個性で0Pのお邪魔ヴィランを撃墜した。
会場に広がるどよめきと歓声。気持ちいいものを見たことへの素直な称賛の一方、「どうしてわざわざ0Pなんかを」という困惑の声も交じる。
残酷にも、持ち点0のまま出久の試験は終了を迎えた。
傍目には最後の最後でアピールのために0Pヴィランへ捨て身の攻撃をした可哀想な受験生。出久が何を成したのか、誰を救ったのかに気づいていたのは、ほんの一握りだけだった。