第二種目は騎馬戦。第一種目の順位に基づいて割り振られた持ち点をハチマキに換え、奪いあうことになる。
そして1位通過の出久に与えられた持ち点は1000万ポイント。
膝が震える。オールマイトのそれとは違う、刹那的な、なんとか勝ち取っただけのトップの座だ。それでもその重みは出久の全身を軋ませる。
彼が背負ってきたものを改めて意識してしまう。
「それじゃこれより15分! チーム決めの交渉タイム、スタートよ!」
ミッドナイトの宣言に従って選手たちは散り散りになった。
誰も出久には声をかけてこない。1000万ポイントは当然狙われる。その重荷を進んで背負う酔狂な者などいはしないだろう。
定跡どおり動くのなら、無難な点数の連携が取りやすいチームを組む。守りに割きつつ機動力を意識した編成にして、終盤に疲労が蓄積した高ポイント保有者を狙いにいく。出久でもそうする。
問題は出久の個性が多くの選手にとって「謎」だということだ。今の出久と組むのは大半の生徒にとってリスクでしかない。
「――デクくん!」
救いの声は背後からかけられた。
「麗日さん!」
「組もっ!」
麗日もリスクを考えていないわけではないだろう。
彼女は実家の苦しい経済状況を改善するためにヒーローを志している。この雄英体育祭はプロヒーローや未来のスポンサーである企業への貴重なアピールチャンスだ。
それでも麗日は出久に声をかけてくれた。その信頼に応えねばならない。
「1000万点、守りきれるかわからないけど」
「デクくんなら大丈夫! それに、仲良い人とやった方が良い!」
麗日のうららかさに思わず出久は目を細めた。
どうにも麗日の直球な善意は出久の心臓に悪い。蓮華のせいで遠回しな善意とからかいには慣れてきたが、それでもまだ出久の女性への免疫は十分とは言えなかった。
「実は僕も組みたいって思ってて。ありがとう、麗日さん。あともう一人、組みたい人がいるんだ。作戦があって……」
出久の作戦、それは飯田と出久のダブルエンジンによる機動戦だ。
麗日の個性によってふたりを軽くし、フィジカルの強い騎手を乗せて逃げ切りを図る。連携が取りやすい安定したスピード役の飯田とフルカウル状態の瞬発力を有する出久なら1000万点の死守も可能になるだろう。
しかし、その作戦は飯田の拒絶によって崩壊した。
「さすがだ、緑谷くん。だがすまない、断る」
飯田は真剣な表情で眼鏡をぐいと押し上げた。
「入試の時から君には負けてばかりだ。素晴らしい友人と思っている。だからこそ、君についていくだけでは未熟者のままだ。……君をライバルとして見るのは爆豪くんや轟くんだけじゃない」
踵を返した飯田が出久たちを背にして加わったのは、轟のチームだった。
攻撃力の上鳴、応用力の八百万。そこに機動力の飯田が加わる。理想的な構成だ。轟の強さは第一種目でも目にしたばかり、これは強敵になるだろう。
「俺は君に、挑戦する!」
「……受けて立つよ、飯田くん」
余裕はない。それでも出久が無理矢理に笑みを浮かべてそう言い放つと、飯田は「それでこそだ」と頷いた。
こうなれば作戦を変更しなくてはならない。
その時、背後からガチャガチャと金属が擦れるような音が歩み寄ってきた。どこか機械油のにおいも漂っている。
「フフフフ……やはりイイですね、目立ちますもん! 私と組みましょ、1位の人!」
発目明と名乗ったサポート科の女子は、出久たちに明確なメリット――サポートアイテムの提供を提案してきた。
雄英高校サポート科は文字通りヒーローの活動をサポートすることを目的としている。その主な活動はサポートアイテムの開発だ。彼女が提示したサンプルは、出久たちに不足した機動力を十分に補えるものだった。
これはありだ。
何より、出久はサポートアイテムとの相性がいい。小さな道具であれば蓮華が幽霊の身体に格納しておくことができる。伏せ札にもなりうるだろう。
――渡りに船だ。有効活用させてもらおう。
蓮華の言葉に頷いて、出久は発目と握手を交わした。
ただ、蓮華の収納も万能ではない。取り出すためには蓮華が出久から出て、なおかつ姿を顕にしている必要がある。この第二種目が蓮華のお披露目となるだろう。
そうなれば、思い切って手数を増やす方に舵を切ってしまったほうがいい。
最後の一人、手数に関して最も期待できる彼に出久は声をかけた。
「常闇くん! 組まない!?」
「フ……お前を待っていたぞ緑谷、死を纏う我が同胞よ。俺と似た力を使うお前なら……いや、多くは語るまい。この命運、お前に託そう」
「ヨロシクナ!」
不敵に笑う常闇が差し出した手を取って、力強い握手を交わす。彼の黒影と蓮華が合わされば、このチームは4人でありながら6人の力を発揮できる。
これでチームが完成した。
『さァ上げてけ鬨の声! 血で血を洗う雄英の合戦が今! 狼煙を上げる!』
出久は額にポイントのハチマキを巻いて、3人の騎馬に跨った。
1000万ポイントだけではない。麗日の135ポイント、常闇の180ポイント、発目の10ポイント。3人から預かったポイントも守りきって、1位になる。
全身に感じる冷気。蓮華も気合が入っているようだ。
『3!』
「麗日さん!」
「っはい!」
「発目さん!」
「フフフ!」
『2!』
「常闇くん!」
「ああ……」
「黒影!」
「オウヨ!」
『1!』
「――お姉さん!」
「ここにいるよ」
出久の背に寄り添うようにして現れた蓮華の姿に、一瞬会場にざわめきが広がる。
熱気で喉仏を汗が伝う。突き刺さる好奇の視線、その一切を無視して、出久は正面だけを睨んだ。
「全員――よろしくっ!」
『STARTォ!』
いくつもの騎馬が押し寄せてくる。狙いは当然、1000万ポイントだ。
「麗日さん、発目さん、顔避けて!」
背負ったサポートアイテム、ジェットパックを起動する。背負えるほどの小型とは思えない勢いのジェット噴射が出久の背中に熱を伝える。
これだけでは飛べない。そこで麗日だ。
麗日の個性が彼女以外の全員を軽くする。そうすれば、後は空への脱出だ。
出久たちは飛んだ。
「よしっ! 常闇くん!」
「ああ! わかっているな、黒影! 常に死角を警戒しろ!」
「マカセトケッテ!」
この編成に不足していた中距離防御は黒影が担う。
個性による攻撃をたやすく跳ね除けて、出久たちは迫りくる騎馬の輪から見事に脱した。残された騎馬たちが選べるのはふたつにひとつ。背中を晒して出久たちを追うか、その場の混戦で点数を稼ぐかだ。
『さあ、まだ2分も経ってねえが早くも混戦混戦! 各所でハチマキ奪いあいだ! 1000万を狙わず2位から4位狙いってのも悪くねえ!』
実況のプレゼント・マイクが言うとおり、混戦に陥った各チームは少しでも順位を伸ばすために手近な敵を狙いはじめている。
初動で1000万点がたやすく奪えないとわかった以上、固執するのはタイムロスにつながる。その合理性によって出久たちへのヘイトは少しずつ分散しつつあった。
しかし、攻勢を弱めないチームもいる。
「――奪い合い? 違うぜ、これは……一方的な略奪よお!」
吶喊してきたのは同じA組の障子だ。複製腕の個性を持つ彼が身を屈め、背負った何かを隠すようにして腕を展開している。
「一旦距離を取れ! 立ち止まっては……!」
常闇の言葉は最後まで続かなかった。騎馬の最後尾、麗日の足が固定されているのに気がついたからだ。
黒くぶにぶにとした球体。
先ほどのハイテンションな叫びと合わせて、出久は誰が障子の背に乗っているかを看破した。おそらくクラスでも随一の妨害役がそこにいる。
「峰田くんか!」
「オイラだけじゃないぜえ! リア充への恨み、晴らさでおくべきか!」
「一緒にしないでほしいわ、峰田ちゃん」
障子の背から鋭く伸ばされた舌を避けながら、出久は麗日に脚部装備の解除を指示した。素足が固定されたならともかく、発目が提供してくれたサポートアイテムが地面にくっついただけだ。
守りは障子の複製腕。殻に閉じこもるようにして隠れた峰田が妨害し、足を止めたところを蛙吹の舌が絡め取る。見事な騎馬だ。
しかし、出久にも策はある。
「お姉さん!」
「はーい、行ってくるよ」
半透明の身体を浮かせた蓮華が障子へと向かう。
その歩みを止めるようにいくつものもぎもぎが投げつけられるが、幽霊の歩みは何者にも妨げられない。
ならばと出久に向けられた蛙吹の舌を、出久は片手で掴み取った。
「ケロッ!?」
「ごめん梅雨ちゃん、後で謝る!」
これで障子の騎馬は逃げられない。いくら速度の出ない蓮華の浮遊でも、足を止めた騎馬の内側に滑り込むことくらいは容易い。
そして、障子の背から閃光が炸裂した。
暗く閉ざされた複製腕の殻、その内側で蓮華が発目から預けられたフラッシュグレネードを炸裂させたのだ。範囲が広すぎて平地では使えない欠陥品とのことだったが、蓮華は見事に有効活用してくれた。
「目がァーっ、目がァーっ!」
「ポイントもついでにいただき。ただいま少年」
「おかえりなさい、ナイスでした!」
これで峰田チームはしばらく再起不能だろう。
ハイタッチを交わす暇もなく、耳慣れた爆発音が空中に響いた。そちらに視線を向けると、凶笑を浮かべた爆豪が宙を舞って出久へと迫っている。
「かっちゃん!?」
「調子乗ってんじゃねえぞ、クソが!」
飛来する爆豪に対し、出久は咄嗟にジェットパックを起動した。
空中戦で爆豪に分があるのは百も承知だ。しかし、騎馬戦というルールの上で戦っている以上、彼の追撃には限界がある。
爆豪が放った強烈な爆破を黒影が防ぎつつ、出久たちは爆豪の猛撃から脱出することに成功した。
『爆豪騎馬から離れて空中機動! アクロバットすぎんだろ! あれってありなのかー!?』
『テクニカルだから、ありよ!』
空中で爆豪が回収されていくのを確認する。瀬呂の個性でどこからでもキャッチできる構成にしていたのだ。
こうなると爆豪は最も警戒すべき対象になる。
機動戦は彼の真骨頂だ。エンジンがかかってくる終盤ではどこからでも彼の奇襲があることを警戒しなくてはならない。それに加えて、彼の機動力には火力が伴う。
逃げ切れば出久たちの勝ち。逃げ切れなければ負け。シンプルなゲームだ。
「でも、そう上手くはいかないか……」
飛び退いた先、待ち構えていたのは轟たちの騎馬だった。
目と目が合う。
轟には入場前に宣戦布告のようなものも受けている。彼は「オールマイトに目をかけられている出久」に勝つと言っていた。実力は自分のほうが上だ、とも。
出久は違う。出久は「轟焦凍という強力なライバルをも含めた全員」に勝つつもりでここに立っている。
「そろそろ、奪るぞ」
残り時間は、半分。