緑谷出久のことを少年と呼ぶ個性のお姉さん   作:海野波香

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二十一回忌 僕の第二種目で勝利の女神になるお姉さん

 残り時間1分。まだ出久は1000万ポイントを死守していた。

 上鳴の電撃でジェットパックは故障したが、全員健在。黒影の「光で弱体化する」という弱点もまだバレてはいない。

 なにより、轟の凍結は右半身からしか放たれない。彼らの左に陣取れば、轟は騎馬の先頭である飯田を凍らせずに凍結を放つ工夫をする必要がある。

 立ち回り。黒影と蓮華という2枚の見せ札による牽制。轟が生み出した氷のデスマッチフィールドで、出久たちはまだ生存している。

 

「――奪れよ、轟くん!」

 

 しかし、そこで立ち止まらない男がいた。

 

「トルク、オーバー!」

 

 ごう、と風が吹いた。

 一瞬出久は何が起きたのかわからなかった。駆け抜けたそれが飯田であったことに気が付き、ハチマキが奪われたことを理解したころにはもう、立場は逆転していた。

 初めて見る飯田の必殺技。ふくらはぎの排気筒から黒煙が上がっている。

 きっと代償があるのだろう、額に汗を伝わせながらも、飯田は誇らしげに宣言してみせた。

 

「言っただろう、緑谷くん――君に挑戦すると!」

『逆転! 轟が1000万! そして緑谷、急転直下の0ポイントだー!』

 

 0ポイント。

 そのアナウンスが脳に響くにつれて、出久の鼓動は早鐘を打ちはじめた。

 

「突っ込んで!」

「上鳴がいる以上攻めでは不利だ! 他のポイントを狙いにいくほうが堅実では……」

「ダメだ、ポイントの散り方を把握できてない! ここしかない!」

 

 これは出久の意地だ。

 運がよければ、他のチームから細かいポイントを奪って残り時間でギリギリのラインを踏めるかもしれない。そのほうが分のいい賭けではある。

 しかし、完膚なきまでの1位は今、目の前にある。

 騎馬の後ろが力強く押された。振り返ると、麗日が覚悟の決まった表情で出久を見上げている。

 

「よっしゃ! 取り返そう、デクくん! 絶対!」

「麗日さん……!」

 

 出久は彼女がヒーロー活動にかける思いを知っている。両親に楽をさせてやりたいという気持ちは、出久にも共感できるものがある。

 それでも麗日はこの賭けに乗ってくれた。

 麗日だけではない。出久はこのチーム全員の想いを背負っている。託すと言ってくれた常闇、1位の注目度を利用するためにと最大限利用させてくれた発目のためにも、出久は勝たねばならない。

 温存していた切り札を使う時が来た。

 

「……お姉さん、使います!」

 

 進む騎馬の上で、出久は腕を構えた。

 全身を満たす熱が侵食され、冷気に置き換わっていく。まるで身体の内側が蓮華で満たされていくようだ。それでいて、体表を走る稲妻の力強さは変わらない。

 

「全員、衝撃に備えて!」

 

 出久は膝を曲げ、大きく跳んだ。

 ヒントは爆豪からすでに得ていた。騎馬に戻ることさえできれば、離れること自体は問題ない。つまり、狙った場所に着地さえできればいい。

 

「フルカウル……オーバー・ポゼッション!」

 

 出久の体表を覆う稲妻が、蓮の香りとともに白い光へと転じていく。

 向かうは騎馬の上、1000万ポイントのハチマキを首に巻いた轟。いくつかあるハチマキの1本、ただ1本だけでいい。1000万ポイントのそれさえ奪い返せれば、出久たちは1位に返り咲く。

 空中を蹴るようにして放った衝撃波で無理やり軌道を変え、出久はひとつの弾丸になって飛び込んだ。

 出久が伸ばした腕を轟の左手――炎を纏った左手が防ぐ。

 轟が左を使うのは予想外だったが、出久は構わず拳を構えた。これからやることは変わらない。どちらにせよ出久はもう射出されたのだから。

 

「上鳴!」

「常闇くん!」

 

 同時に叫ぶ。

 上鳴が放った電撃を黒影が防ぐ。黒影の鋭い爪に反応して八百万が創造した盾は発目が発射したとりもち弾に絡め取られ、地面に落ちた。

 これで轟を守るものはない。

 

「――SMASH(スマッシュ)!」

 

 出久が振るった拳が冷たい突風を生む。白い光を帯びた風は轟の炎をかき消し、反動で出久は轟の騎馬から離れ、自分の騎馬へと戻る。

 一瞬、轟は困惑と安堵の表情を浮かべた。

 1000万ポイントのハチマキは彼の首にかかったままだ。出久が再度飛び込むのには時間がない。このまま決着すれば、出久たちのチームは0ポイントで終わる。

 しかし、出久はすでに()()()

 

「ッ、なんだ!?」

 

 まるで見えない霊にまとわりつかれているようだった。

 力尽きるまで止まない突風が轟を包んで放さない。その風――蓮華が操作する冷たい運動エネルギーは渦のようにハチマキを巻き込み、そして舞い上がっていく。

 轟は慌てて手を伸ばしたが、もう遅い。

 

――さあ、プレゼントだよ少年。彼と君の間に違いがあるとすれば、それはお姉さんという勝利の女神がいたかどうかさ。

 

 1本のハチマキが、差し出した出久の手に舞い降りてくる。

 刻まれている数字は1000万。

 蓮華によって制御され、確実に1000万ポイントのハチマキだけを狙った突風。蓮華は、出久の狙いを完璧に叶えてくれた。

 

『TIME UP! 早速上位4チーム見てみよか!』

 

 プレゼント・マイクのアナウンスが響き渡る。

 出久は身体を包む冷気に心からの感謝を伝えながら騎馬を降り、震える膝に危うく転びかけた。自分で思っていたよりもずっと緊張していたようだ。

 常闇に肩を支えられながら集計結果のボードを見上げる。

 

『4位、鉄て……アレェ!? 心操チーム! いつの間に逆転してたんだよ、おい!』

 

 宣戦布告に来ていた普通科の男子だ。

 騎馬を務めていたメンバーが怪訝そうにしている。一体彼らに何があったのか。特に尾白は驚いたようにあたりを見回している。

 

『3位! 轟チーム!』

 

 互いの健闘を称えるように頷く飯田とは対照的に、轟の表情は明るくなかった。

 それが最後の1000万ポイントの争奪によるものなのか、それとも他に理由があるのかは出久にはわからない。ただ、出久に言えるのは彼がとんでもない強敵だったという事実だけだ。

 

『2位! 爆豪チーム!』

 

 爆豪が怒りの咆哮を上げている。

 轟が構築した氷のフィールドに彼らが現れたのは、タイムアップのわずか2秒前のこと。氷の壁があと少しでも薄ければ、爆破によって乱入した爆豪チームとの三つ巴になっていただろう。

 ある意味では、出久たちは轟に助けられた。強敵がこれ以上増えるなど想像したくもない。

 

『そして――1位、緑谷チーム!』

 

 チームメンバーと顔を見合わせてから、出久は拳を突き上げ、2本の指を立てた。

 上がる歓声にぐわんと頭が揺らされる。心底愉快そうに笑う麗日とハイタッチして、発目に感謝の言葉を伝えて握手を交わし、出久は改めてボードに刻まれた「1位」を見上げた。

 身体の内側からこみ上げる冷気が、勝利に昂る蓮華の気持ちを伝えてくれる。嬉しいのは出久も同じだ。

 2勝目。あとは最終種目を残すのみ。

 

***

 

 第二種目が終わった後、昼休憩でランチラッシュの出張食堂が賑わっているころのこと。

 

「あの……話って、何?」

 

 出久は競技場の片隅で轟と向かい合っていた。

 つい先ほどまで激戦を繰り広げた相手だ。試合とはいえ、気まずさがないわけではない。それでも出久は彼の呼び出しに応えた。

 

「……気圧された。自分(てめえ)の誓約を破っちまう程によ」

 

 轟がポケットに突っ込んだ左手を軽く揺らした。

 授業でも氷を溶かすときにしか使わない左。ヘルフレイムの個性で知られるNo.2ヒーロー、エンデヴァーの息子である以上、彼が炎の個性を有することは誰もが察していた。

 しかし、その左を轟は使った。騎馬戦の最終盤、出久が放った一撃を防ぐために。

 

「飯田も上鳴も八百万も、常闇も麗日も、知らねえけどサポート科のあいつもたぶん、感じてなかった。最後の場面、あの場で俺だけが気圧された。……お前も見てただろ、USJのオールマイト」

「それって」

 

 轟が言っているのは、オールマイトが脳無を破壊する気で戦ったときのことだろう。

 肉を裂き、骨を穿つ一撃。トップヒーローの禁じられた全力を目の当たりにして、出久は思わず立ち止まった。まだ割り切れたとは言えないくらい、出久にとっては衝撃だった。

 

「あのとき、オールマイトは本気(マジ)だった。……お前に同様の何かを感じたってことだ」

「いやその、確かに全力は出したけど」

「……ああ、そういう意味じゃねえ。負けたことに文句はねえよ。最終種目もあるしな。聞きてえのはそこじゃねえんだ」

 

 一拍置いて、轟は真剣な目で出久を見つめた。

 

「お前、オールマイトの隠し子か何かか?」

 

 出久の内側で蓮華が吹き出すのが聞こえる。

 開場前に轟からかけられた「お前オールマイトに目ぇかけられてるよな?」という言葉の意味がようやくわかった。彼は出久とオールマイトの関係を疑っていたのだ。

 もちろん、出久の父親はオールマイトではない。現在出久の父親は海外に単身赴任中だ。

 

「ち、違うよそれは……って言っても本当に隠し子だったら違うっていうだろうから納得しないと思うけどそんなんじゃなくて」

――あ、お馬鹿。

 

 蓮華の呆れるような呟きが何を意味しているのか理解するよりも早く、轟が息を吐いた。

 

「『そんなんじゃなくて』って言い方は、少なくとも何かしら言えない繋がりがあるってことだな」

「それは、その……」

「お前の個性、霊を憑かせてパワーを出すってのは一見筋が通ってる。だが、あの幽霊の個性制御が尋常じゃないことは見ててわかった。じゃあ、お前の自爆はどこから出てきた?」

 

 核心を突かれて、出久は言葉に詰まった。

 超パワーの源は蓮華ではない。ワン・フォー・オール、オールマイトから継承した個性だ。しかし、それを表に明かすわけにはいかない。

 どう誤魔化すべきか。出久が悩んでいると、するりと抜け出した蓮華が中空に姿を現した。

 

「それが気になるのは、君の父親がエンデヴァーだからかい?」

「いたのか。そりゃそうだよな。……そうだ。俺の親父はエンデヴァー、緑谷も知ってるだろ。万年No.2のヒーローだ」

 

 一瞬目を伏せた轟は、ゆっくりと顔を上げた。

 その眼光はひょっとすると、騎馬戦のときよりもさらに強烈で、そして荒んでいる。ぞっとするような、冷たい威圧感が轟から漂っていた。

 

「お前がNo.1ヒーローの何かを持ってるなら俺は……尚更勝たなきゃいけねえ」

「勝たなきゃいけない、か。彼は君に託したの?」

「託す? そんなぬるいもんじゃねえよ。……個性婚、知ってるよな」

 

 思わず出久は息を呑んだ。

 個性婚、それは個性が発見された超常黎明期から世代が進んだ、俗に第ニ・第三世代と呼ばれる層で生じた社会問題だ。

 遺伝するという性質に目をつけ、次世代の個性をより強力なものにするために配偶者を選ぶ。強い子どもが生まれれば、それで家は安泰だ。前時代的な、倫理観の欠落した発想は、しかし社会問題になる程度に横行した。

 轟が強個性だということは前からクラスでも話題になっていた。半燃半凍、実質ふたつの個性を有するようなものだ。

 それが個性婚によるものだとしたら。

 

「実績と金だけはある男だ……親父は母の親族を丸め込み、母の個性を手に入れた」

「そうか、炎を操るエンデヴァーにとって体温調節は唯一と言っていい弱点……じゃあ、轟くんが氷の個性を持ってるのって」

「そういうことだ。俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで自身の欲求を満たす……鬱陶しい……! そんな屑の道具には、俺はならねえ」

 

 ぎり、と食いしばった轟の奥歯が鳴る。

 蓮華はただ静かに漂って轟を見下ろしていた。彼女が放つ冷気の揺らぎを感じる。怒っているのだろうか。エンデヴァーの非人道的な行いに。

 なんとなく違う気がして、出久は蓮華を見上げた。

 優しい人ではある。他人の苦痛に同情できる人だ。しかし、個性婚の話を聞かされただけでここまで感情を揺らがせるほど、蓮華は轟と親しくしていない。

 

「記憶の中の母はいつも泣いている……『お前の左側が醜い』と母は俺に煮え湯を浴びせた」

 

 轟が左目にそっと手を添えた。

 くっきりと残る火傷痕は、クラスメイトの誰もが暗黙の内に触れずにいた謎だ。彼自身が個人的な話をしようとしないのもあり、今まで明かされずにきた。

 出久は言葉を失った。

 憐れみや同情を向けるには、あまりにも理解し難い経験。肉親から愛されないという残酷さを、出久には理解できなかった。

 

「……君は見返したいんだね。父親の個性を使わずに勝ちたい?」

「そうだ。それで奴を……完全否定する」

「そっか。……お姉さんは部外者だけどさ。ひとつだけ、教えてくれないかな」

 

 ふわりと降り立った蓮華が轟と目線を合わせた。

 浮いていないとわかる、蓮華の小柄さ。本当は出久よりも背の低い彼女が地面に足をつけると、自然と見上げるような姿勢になる。

 出久に背を向けた蓮華の表情は見えない。ただ、その声がいつになく震えていることだけは確かにわかった。

 

「君のお母さんは、今どうしてるの」

「……病院にいる。俺に手をあげたっつって、親父がぶち込んだんだ」

「ッ! ……そっか。ごめんね、嫌なこと聞いちゃって」

「構わねえ、何が変わるわけでもねえし。……緑谷。言えねえなら別にいい。ただ、お前がオールマイトの何であろうと、俺は右だけでお前の上に行く」

 

 背を向けて歩きだした轟に、出久はかける言葉を何も持ち合わせていなかった。

 その凄惨な過去に出久が何を言えるのだろうか。背負っているものがあまりに違う。いつも誰かのおかげで立っている出久と、誰かの手から抜け出すために立ち続ける轟では覚悟が違うのだ。

 それでも、出久は轟に道を譲るモブでいたくはなかった。

 

「時間取らせたな」

「――僕は」

 

 出久の声に、轟は振り返ることなく立ち止まった。

 眩しい陽射しの中、轟の影は一層濃い。その彼にかける言葉を必死で紡ぎながら、気づくと出久も一歩前に出ていた。

 

「僕はずうっと、誰かに助けられてきた。さっきも、今もそうだ。僕は誰かに救けられてここにいる」

 

 母がいて、オールマイトがいて、そして蓮華がいた。

 入試では麗日に助けられたし、入学してからは相澤に導かれ、クラスメイトたちと切磋琢磨している。幼馴染の爆豪すら、勝手にライバル視してきたおかげで出久の糧となった。

 出久が背負う過去は轟と比べれば軽いものかもしれない。それでも、背負った想いで負けるつもりはない。

 

「オールマイトみたいになりたい。1番になる、そう決めて体育祭(ここ)に来た。君に比べたら些細な動機かもしれないけど……宣戦布告、僕からも返すよ」

 

 振り返った轟の目をしっかりと見て、出久は拳を握りながらはっきりと口にした。

 

「僕も君に勝つ!」

 

 轟は何も言わなかった。

 彼は出久を見ているようで見ていない。彼が見ているのは出久の後ろにいるオールマイトだろう。だから「オールマイトと同じ覇気」に疑問を抱いた。

 きっと爆豪なら「気に入らない」と激怒するところだ。轟は戦う相手を見ていないのだから。

 立ち去る轟の背をじっと見る。

 

「少年」

「わかってます、お姉さん。……勝ちましょう」

 

 握りしめた出久の拳に添えられた、柔らかで冷たい掌。

 蓮華は真剣な表情で遠ざかる轟の背を見て、そして頷いた。

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