緑谷出久のことを少年と呼ぶ個性のお姉さん   作:海野波香

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二十四回忌 僕の口でたこ焼きを堪能するお姉さん

 一回戦で轟が瀬呂を瞬殺した後のこと。

 出久はクラスの席を離れ、経営科の屋台までやってきていた。小腹が空いたというのもあるが、それ以上に蓮華が「食べたい」と言ったからだ。

 戦いの中で、出久と蓮華には新たな可能性が示された。

 蓮華による完全憑依。それは肉体の支配権を明け渡すというものだ。

 戦闘面でのメリットは薄いだろう。ワン・フォー・オールは継承者である出久にしか応えないようだし、何より蓮華には戦闘の心得がない。

 しかし――

 

「あふ、あっつ、うまぁ……!」

――どうですか、たこ焼き。

「たまらないね……さいっこう……!」

 

 こうも幸せそうにたこ焼きで舌を火傷させる蓮華を、誰が止められるだろうか。

 蓮華曰く、心操の洗脳がきっかけでパスが開いたらしい。出久の同意があれば、蓮華は出久の身体を使えるようになった。

 とても喜ばしいことだ。こうして蓮華がおいしいものを食べられるようになったのだから。

 力を借りて戦うことをずっと心苦しく思っていた出久にとっても、この新たな可能性は嬉しい誤算だった。身体を貸すだけで恩が返せるのなら、いくらでも貸し出そうとすら思う。

 

「とろっとろでふわっふわ……あげだこじゃなくて、ちゃんと関西風なんだね。お出汁とかあったりします?」

「1位の人、通やねえ! はいどーぞ!」

「ありがとー!」

 

 経営科の売り子から出汁の入った紙コップを受け取り、そこにふわふわのたこ焼きをくぐらせる。ふわりと香る鰹節が鼻腔をくすぐる感触を、蓮華は23年ぶりに味わっている。

 そして、よく出汁を吸ってほとんど液体のようにとろけたたこ焼きを一口で頬張る。

 熱さ。香ばしさ。甘み。柔らかさ。そういった「生の情報」を堪能する蓮華を、出久は内側で見守っていた。

 

「んんー……たまらん!」

「そないに気に入ってくれて嬉しいわ! 実家の親父仕込みやから、大阪に来たときはぜひ寄ったってや!」

 

 おまけのもう半パックに加えてお店の名前が印字された割り箸を渡されて、蓮華は出久の身体で目一杯にお礼を伝えた。

 喜んでくれて何よりだった。

 轟の試合を見た後、蓮華は少しピリついていた。鈍い出久でも流石にわかる。蓮華は轟と――もしくは、その親と何か縁があったのだろう。

 それについて、出久はどうこう言えない。きっとその縁は生前のことで、出久が生まれる前の話だ。どう口を挟めばいいというのか。

 だから、こうして蓮華が無邪気に喜んでいる姿を見ることができて、本当に嬉しかった。蓮華にかかる負担はできるだけ減らしたい。それが出久の思いだ。

 

「じゃあ、交代かな。残りは少年にあげる」

――もういいんですか? イカ焼きとか、冷やしきゅうりとかも売ってますよ?

「試合前にお腹いっぱいにしちゃうのはよくないでしょ。また今度貸してね」

 

 下がっていた出久の体温が戻り、そして出久の意識が表層に引っ張り出された。

 傍からはわからない入れ替わりの唯一と言っていい特徴が体温だ。蓮華の纏う幽霊の冷気は、完全憑依の間まるで血液の代わりとなるように出久の全身を巡っている。

 少し冷めたたこ焼きを片手に、出久はクラスの席へと戻るために歩きはじめた。

 

――ありがとね、少年。

「どうしたんですか、急に」

――たこ焼き、心残りだったからさ。

 

 蓮華は23年前にあの神社で死んでいる。

 小さい頃に出久は地域学習で少しだけ事件のことを教わっていた。ヴィランが起こした大規模火災は、納涼祭の最中だった神社を襲ったのだという。

 紙芝居で見せられた、炎に呑まれる盆踊りの櫓。蓮華もきっとお祭りの中にいたのだろう。

 

――屋台のたこ焼き、まさか23年越しに食べられるとは思わなかったよ。

「……それは、よかったです」

 

 まだ聞かされていない、蓮華の死の全て。

 それに思いを馳せるたびに、出久の胸が小さく痛んだ。いつも側にいてくれる蓮華がたまらなく遠いものに思えてしまって、呼吸が苦しくなる。

 出久には秘密の目標があった。

 この体育祭で一位を獲る。それはもちろん、オールマイトとの約束だ。しかし、それと同じくらいの気持ちで、出久は蓮華に勝利を捧げるつもりでいた。

 ここで成果を上げればきっと、蓮華は出久の個性として周知される。もしかすると彼女の親族が連絡をしてくるかもしれない。生前の友人たちと再会することも叶うかもしれない。

 蓮華が人望ある人物だったことは学生時代のエピソードからも伺える。そんな彼女の現在を、かつて美珠蓮華を喪った人々に伝える好機だと、出久はそう考えていた。

 

――お、上鳴くんの試合始まったね。相手の子、すごく綺麗だなあ。

「わ、ほんとに始まってる……すみません、ノート取りながら歩きます」

――はーいよ、前方注意は任せておいて。

 

 蓮華に安全確認を頼んで、ノートとペンを取り出す。

 出久は本気で勝ちに来た。ただ目立つだけで終わるつもりはない。トップヒーローを目指す者として名乗りを挙げ、蓮華にもオールマイトにも報いるのだ。

 ステージではB組の塩崎が伸ばした茨のツルで上鳴の電撃が完封され、そのまま拘束されたところだ。上鳴の全方位無差別放電は伸びしろの塊のような個性だが、今はまだそれを芽吹かせるときではないようだった。

 

「わ、デクくんが曲芸しとる」

「やっぱり拘束系は強いよなあ、それに塩崎さんは手数がある。避けつつ間合いを詰めるのは無理だから……はっ、麗日さん!?」

 

 いつの間にかクラス席についていたようだ。

 出久の内側で蓮華がからかうようにクスクスと笑った。出久が熱中していたのが悪いのだが、蓮華はたびたびこうして出久をクラスメイトと予期しない形で関わらせる。そのたびに出久は少し恥ずかしい思いをする。

 ヒーローの分析、個性の分析、それらを口に出してしまうこと、ノートに書くこと。出久の奇行を受け入れてくれるクラスメイトたちはいい人ばかりだ。

 

「通行人避けて歩いて、スクリーンで観察して、ノート取って。そんで先見越して対策。なんかもう……その筋の人やね!」

「その筋の人!?」

 

 ぽんぽん、と隣の椅子に座るよう示されて、出久は躊躇いながらも麗日の隣に腰掛けた。

 クラスの女子とは交流がないわけではない。ただ、一番緊張せずに話せるのが誰かと言われれば、きっとそれは麗日だった。入試以来の縁だからだろうか。

 書いたばかりのノートを麗日が覗き込む。

 

「デクくん、絵も上手いんやね。塩崎さんやっぱ絵でも映えるなあ」

「や、えと、ほぼ趣味というか……いや違くて、せっかくクラス外のすごい個性見れる機会だし……! A組の皆のもちょこちょこまとめてるんだ、麗日さんの無重力も!」

 

 ページを捲って彼女のために割いた見開き2ページを見せてから、出久は自分がとんでもなく恥ずかしいことをしていることに気がついた。

 これでは「クラス全員分のストーカーをしています」と宣言したようなものではないか。

 このヒーローノートに身内のことを書くのがあまりよろしくないのは、爆豪にはっきりと「ストーカーみてえでキショいんじゃボケ、プロのことだけ書いとけや」と怒られたことで自覚した。それでもやめられないのだから、良くない趣味だ。

 

「……ウチにもちゃんと興味持ってくれてるんだ」

「え? えっと」

「なんでもない! デクくん、会った時からすごいけど……体育祭で見るとやっぱ、やるなあって感じだ」

 

 麗日が立ち上がって大きく伸びをした。

 ついさっきまで少し強張っていた彼女の横顔、その柔らかな輪郭が陽射しを遮る。影となってなお、その笑みの穏やかさが出久にはよくわかった。

 

「……ね、デクくん。蓮華さんのページもあるん?」

「あ、うん。でも、ノート分けてるんだ。まだわかってないことが多いから、収まりきらなくて」

「別枠かー、だよなー!」

「麗日さん?」

「なんでもなーい! ありがとねデクくん、ウチそろそろ控室行ってくるね!」

 

 手を振って走り去っていく麗日の背に応援の言葉をかけて、出久は釈然としないままたこ焼きのパックを開けた。おすそ分けするタイミングを逃してしまった。

 ステージでは、発目と飯田の試合とは名ばかりのプレゼンテーションが終わったところだった。

 

――ふふ、罪作りだねえ少年は。

「な、何がですか?」

――ヒーローは人気者って話さ。オールマイトって恋人とか結婚とかそういうこと考えないのかな。

「そういう噂がなかったわけじゃないんですけど、全部本人が否定してるんです! 一番有名なのはシルバーエイジ時代の通称夢女子事件で……」

――ああ、違うスイッチ踏んじゃった……。

 

 オールマイトの恋愛事情について熱く語りながら、冷めたたこ焼きを頬張る。

 麗日は数試合後に爆豪と対戦することになる。対戦カードとしてはかなり厳しいものの、出久から見て勝ち筋がないわけではない。

 緊張していた彼女が気にならないと言えば嘘になる。できることなら応援したい。爆豪の個性を一番知る出久なら、麗日に的確なアドバイスを送れるだろう。

 しかし、出久はそうしない。

 

――お茶子ちゃんとも戦えるといいね。

「そうですね。ずっと助けられてきましたけど……ライバルでもあるので」

 

 出久は麗日を信じると決めていた。

 敵は強い。爆豪は出久が知るなかでは誰よりも強いライバルだ。その爆豪を乗り越えなければ、麗日は決勝どころか一回戦で敗退になる。

 だからといって、それは麗日を侮る理由にはならない。勝ち上がってきた彼女と決勝で戦いたい、そう願う出久にできるのは彼女を応援することだけだ。

 

「後で控室まで応援しに行こうと思ってます」

――いいんじゃない? 爆豪某が一回戦落ちするのも面白い展開だし。

「はは……それはちょっと、想像できませんけど」

 

 矛盾していると自分でも思う。

 出久は今から爆豪の対策を考えている。彼はすでに蓮華の力を借りた出久と本気でやり合ったことがある。彼のメタ、その上をいくメタを張らなくてはならない。

 それなのに、心では麗日が勝つことを願っている。嘘偽りなく、出久は彼女を応援している。

 

――ところで、その爪楊枝はお姉さんも使ったやつだけど、間接キスになるのかな?

「うぇあっ!? へ、変なこと言わないでくださいよ!」

 

 落としそうになったたこ焼きをキャッチして、慌てて頬張る。

 少し意地悪な蓮華の笑い声だけは、ずっと変わらない本物だった。

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