緑谷出久のことを少年と呼ぶ個性のお姉さん   作:海野波香

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二十七回忌 僕の決勝戦で鬼札となるお姉さん

 入試の時、出久はただの「路傍の石」でしかなかった。

 個性は得たばかり、体作りも泥縄式、精神面すら十分に磨かれていたとは言い難い。誰も出久を「強敵」だなどと、「恐るべきライバル」だなどと考えていなかった。

 しかし、今は違う。

 出久は雄英高校体育祭の、決勝戦にまで勝ち上がってきた。頂点を決める戦いに挑む権利を自らの手で掴み取った、その事実を否定する者は誰もいない。

 それを彼に知らしめる時が来た。

 どちらが勝っても終わるこの祭りを限界まで盛り上げて、割れるような大歓声のスタジアム。その中央で、出久は因縁の相手である爆豪と向き合っていた。

 

「……ンだよ、そのウゼえ面は」

「嬉しいんだ、君と戦えて」

「勘違いしてんなよ、デクァ……戦うんじゃねえ。テメエは負けるんだよ。この俺の踏み台として、完膚なきまでに」

 

 ピリついている。

 昼下がりののどかな陽射しすら鬱陶しいと言いたげな爆豪の眼光は、今までどおり出久を見下したそれだ。お前にその場所は相応しくないと、そう怒鳴りつけるような目つき。

 きっと彼の中では、決勝戦のステージで戦う相手が出久である可能性はゼロだった。

 爆豪は言動にこそ難があるが、その振る舞いから考えられるような慢心した暴君ではない。勝ち上がってくる可能性のある相手を観察して勝負に活かしてくる冷静さがある。

 では、爆豪は出久を分析したのか?

 もししたのなら、爆豪はついに認めざるをえない――緑谷出久は、己のライバルであると。

 

『お前ら好きだろこういうの! 幼馴染、持つ者と持たざる者の対決!』

 

 持つ者と持たざる者。

 プレゼント・マイクはきっと意図していないだろうが、その表現は少し前まで驚くほど適切だった。強個性と無個性のふたり。鮮烈な光と、それに焦がされ憧れる影。

 違うのは、もう出久は影に甘んじる気がないということだ。

 

「教えてやるよ、デク――絶対のルール、俺という頂点ってやつを」

「授業の時は勝ちきれなかったけど……今日は、正面から勝つよ」

 

 出久が笑みを浮かべたまま睨み返すと、爆豪は舌打ちしながら指の関節を鳴らした。

 誰よりも勝ちたい、負けたくないとその背を追いかけてきた。

 今日、ここにひとつの決着がつくことになる。そう思うと、出久は運命の奇妙さに震えすらこみあげるようだった。

 

『雄英1年の頂点がここで決まる! 決勝戦、爆豪バーサス緑谷! 今――』

 

 その宣言と同時に。

 

『――START!』

 

 ふたつの影は交錯した。

 出久が仕掛けたのは速攻のインファイトだ。爆豪の火力は発汗が進む長期戦に強い。爆発量に限界のある序盤から攻めなければ、出久は勝ち筋を失う。

 しかし、爆豪はそれを拒絶するように出久の横をすり抜けた。

 彼の爆破が出久の背を襲う。離れた距離から放たれるそれは致命的なダメージにはならないが、爆煙が視界を悪化させ次の一手を鈍らせる。

 

「ッ、ミドルレンジ!」

「馬ァ鹿、テメエの狙いに乗るわけねえだろうが」

 

 爆煙の中、音だけで回避行動を取った出久の肌に細かな瓦礫が突き刺さる。

 砕いたステージを爆破に乗せて射出したのだ。即席の散弾。それは、対爆豪戦で麗日が見せた秘策のアレンジだった。

 出久だけではない。爆豪も成長している。

 腕を振るって発生させた強風で爆煙を晴らしたとき、見えたのは合わせた両手を出久に向ける爆豪の姿だった。

 

「ッ、まずい!」

 

 出久は咄嗟に両腕を交差させて耐える姿勢を取った。

 思い出したのは戦闘訓練で見せた圧倒的火力だ。まだ序盤とはいえ、撃たれれば出久は容易く吹き飛ばされてしまう。

 ワン・フォー・オールのパワーを足腰に回し、超火力の爆破に備える。しかし――

 

()()()()()()、間抜けがよォ!」

 

 閃光が網膜を焼く。

 爆豪が放ったのは、常闇を降参させた技――閃光弾だ。火力ではなく、その眩しさに重きをおいた爆発。それは当然常闇の弱点をつくだけではなく、敵の視野を奪うことにも使える。

 そして、爆発の予兆――本命の攻撃が空気を震わせる。

 

「負けて死ねェ!」

「――今!」

 

 白く染まる視界の中、出久は叫んだ。

 それに応えるのは蓮華だ。

 試合開始からずっと離れて、ステージに潜んでいた蓮華。幽霊の肉体を深く沈めた彼女が、冷たく湿った空気を這い上がらせる。

 

「ッ、なんだァ、クソが……!」

 

 困惑に悪態をつく爆豪は、きっと爆破を失敗したことだろう。

 彼の中では今、疑念が渦巻いているはずだ。一体いつ食らったのか。

 彼は一度同じ経験をしたことがある。乱打戦で出久を通して蓮華の冷気が浸透したことで、「幽霊にかかされた冷や汗」が不純物となって爆破を失敗させた。

 それがわかっているから、爆豪は得意なインファイトではなく敢えてミドルレンジを選んだ。リスクを回避したわけだ。

 では、なぜ爆破が失敗したのか。

 

「――たとえるならばそう、これはあの夏の日のやりなおしだ。肝試しに来た君が逃げ帰ったあの日の、ね」

 

 爆豪はずっと蓮華の冷気に触れていたのだ。

 正確には、()()()()()()()()()()()()()()()に。

 セメントスの個性で作られたステージは当然生き物ではない。その大きさは蓮華の内側に収納できるほどではないが、それでも時間をかければ冷気で支配下に置くことができる。

 速攻戦がうまくいかないとわかっているからこその、長期戦のフィールド作り。

 

「いまやこのステージは呪われた舞台になった。せいぜい抗ってみせてよ、爆豪某」

「ッ、ふざけた真似しやがって……!」

 

 本当はもっと温存するつもりだった。

 完璧にステージ全体を包むほど蓮華の冷気を浸透させられれば、爆豪の個性は完封できたかもしれない。しかし、出久はここでこの鬼札を切らされた。

 幾分火力の弱まった爆発を、視界を取り戻した出久の蹴りが迎え撃つ。

 拮抗した火力は両者を追いやり、奇しくもふたりは試合開始時と同じ位置に立っていた。違うのは、出久のそばに蓮華がいることだけだ。

 

「幽霊女ァ……テメエが出てきてからいっつもこれだ。これは俺とデクの勝負だろうが、邪魔しやがって……殺しなおすぞ」

「お生憎様。お姉さんは少年の個性だ」

 

 爆豪の気持ちは、出久にもわかる。

 ふたりだけで決着を付けたい。自分たちの力だけで。そう思わせるだけの因縁が出久と爆豪にはある。ずっと互いの嫌なところを見てきた幼馴染なのだから。

 それでも出久は蓮華の手を取ることを選んだ。今日、出久は()()()()()のために戦っていないのだから。

 

「始めましょう、お姉さん。僕たちの決勝戦を」

「もちろんだとも、少年」

 

 出久の内側に蓮華がとけていく。

 その冷たさと甘くも爽やかな香りを感じながら、出久は爆豪を見据えた。

 ステージを包む冷気は長くは続かない。所詮は纏わせているだけのそれは、蓮華の制御下を離れた今少しずつ陽射しに追いやられている。

 出久は勢いよく拳を振るい、鋭い衝撃波を放った。

 ここに来て、攻守が逆転した。

 

「く……弱体化いれてようやく五分か!」

「クソッ、クソッ、クソッ……アアアアア!」

 

 焦れてきた。

 薙ぎ払うような左の爆破を掻い潜って、出久は爆豪の懐に潜り込んだ。何度もシミュレートした動きが完璧に再現される。

 出久が放ったアッパーを爆発の推進力で避けた爆豪の表情に、もはや余裕は残されていない。

 確かに、爆豪を相手に持久戦を挑むのは得策とは言えない。しかし、爆豪が無限のエネルギーを有しているかと問われれば、それはNOだ。

 汗腺を通る以上、一度に発汗できる量には限界がある。そしてそれが体液である以上、彼は体外に発散しても死なない量の水分しか爆破に使えない。

 爆豪は持久戦に強いのではない。地力の高いスロースターターで、戦い方が上手いのだ。

 そのことを出久は知っている。ずっと分析してきた。

 

「追いついたぞ……かっちゃん!」

「舐めんな……俺を舐めんな、デクゥアアア!」

 

 試合開始時と遜色ない、しかし時間が経ったにしては軽すぎる爆発がステージを砕いた。

 立ち昇る爆煙が出久の視界を遮る。

 警戒しながら拳を振るって煙を晴らそうとしたとき、視界の端でジャージの影が潜り込むように屈むのが見えた。

 

「ッ、そこ!」

 

 拳を放つ。

 ()()()()()()

 

「なっ……!」

 

 一瞬の出来事だった。

 晴れた爆煙の中にあったのは、脱ぎ捨てられた爆豪のジャージで。

 振るった拳に感じたのは、そのジャージが重いほどにじっとりと湿っていたことで。

 そして空中から爆豪が、()()()()()()()()()爆発を放った。

 

「――偽装爆弾(ブービー・トラップ)!」

 

 壮絶な爆発。

 罠を仕込んでいたのは、出久だけではなかったのだ。爆豪は最初からジャージに汗をストックしていた。出久と同様、彼も切り札を持っていたのだ。

 吹き飛ばされた出久は、それでもなんとか空中で姿勢を立て直そうとした。

 意地と疲労がぶつかっている。

 極限状態の出久の研ぎ澄まされた神経が最後に捉えたのは、()()()()使()()()()()爆豪の悔しそうな、歯を食いしばった表情だった。

 

『――緑谷くん、戦闘不能! 爆豪くんの勝利! 今年度雄英体育祭1年、優勝は――A組、爆豪勝己!』

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