緑谷出久のことを少年と呼ぶ個性のお姉さん   作:海野波香

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二十八回忌 僕とともに体育祭を駆け抜けたお姉さん

 立っているのがやっとだったが、出久はなんとか2位の段に立っていた。

 閉会式も司会進行を務めるミッドナイトからは「寝ていてもいい」と言われていた。負ったダメージ量を思えばそうすべきなのかもしれないが、意地が出久を立たせている。

 オールマイトがいるのだ、恥ずかしいところは見せられない。

 

「メダル授与よ! 今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!」

「――私が、メダルを持って」

「我らがヒーロー、オールマイトォ!」

 

 出久の師匠はどうにも間の悪い人だった。

 マッスルフォームで教員席から現れた彼は軽やかな着地を果たし、白い歯を煌めかせていた。

 スタジアム中から歓声が上がる。祭りのあとの疲れを感じさせないほど、観客たちにとってオールマイトは特別だった。

 それは選手にとっても変わらない。あのオールマイトからのメダル授与だ。

 小さい頃の出久に聞かせたらどんな反応をするだろう。「君は将来、雄英体育祭で準優勝になってオールマイトから銀メダルをもらうよ」と教えたら、気絶するのではないか。

 いや、それとも怒るだろうか。小さい頃は爆豪の影響もより強く受けていたから、「どうして優勝じゃないんだ、僕はトップヒーローになるのに」と言うかもしれない。

 どちらにせよ、今日一日の成果が目の前にあった。

 

「緑谷少年、おめでとう」

「ありがとうございます、オールマイト」

 

 首にかけられた銀メダルが、夕陽を反射してキラキラと輝いている。

 嬉しかった。しかし、悔しさもすさまじかった。

 

「一歩……あと一歩及びませんでした」

「そうかもしれない。でも、あと一歩のところまでいけたのは君の努力があったからだ。先達として素直に、君を誇らしく思うよ」

「オールマイト……」

 

 疲労のせいだろうか、一瞬だけ出久の涙腺が緩んでしまった。

 泣き虫は絶対に直すと決めたのだ。泣き顔はヒーローに相応しくないし、何より蓮華に泣いているところを見せたくないから。

 だから、ぐっとこらえて出久は笑みを浮かべた。

 

「君が来た。いや……君たちが来た。そう言うべきかな、美珠少女?」

 

 ふわりと空中に蓮華が現れると、オールマイトは彼女にその大きな手を差し伸べた。

 

「この2位は君たちがふたりで掴んだものだ。君にもおめでとうを言わなきゃいけないな」

「私にも?」

 

 蓮華は戸惑ったように目を丸くした。

 常日頃から口にしているように、蓮華は自分のことを「出久の個性」だとしている。出久に称賛が向けられるような時、彼女は個性に徹して姿を表さない。

 しかし、オールマイトの言うとおり、この結果は蓮華と一緒でなければ掴めなかったものだ。

 この2位で出久が称賛されるのなら、蓮華もまた褒め称えられるべきだろう。

 蓮華は躊躇うように出久とオールマイトの間で視線を迷わせていたが、やがて諦めたように笑ってオールマイトの手を取った。

 

「私は満足してるのに。まったく、ヒーローって本当にお節介なんだから」

「HAHAHA、ならば君も相当にヒーローだよ、美珠少女! おめでとう!」

 

 会場から惜しみなく注がれる拍手と歓声。

 やや照れた様子でそれに応える蓮華は、見た目相応に初々しく、そして可愛らしかった。

 この体育祭では本当に助けられた。蓮華がいなければトップ4に入ることすらできなかったかもしれない。そう思わせるほどライバルたちは強力だった。

 そして、一番強力だったライバルが隣にいる。

 

「さて、爆豪少年。伏線回収、見事だったな」

「……」

 

 いつもの不遜な爆豪らしくない、どこか不満げでいじけたような表情。

 結局出久は彼に勝てなかった。戦いの中で成長した爆豪は、出久の一歩先を行っていた。それがたまらなく悔しい一方で、少しだけ誇らしい。

 対策をした。何度もイメージした。それでも彼はまだ出久に追いつかれていない。それは間違いなく、爆豪が慢心しなかった――出久を相手に本気で戦った証拠だ。

 

「君が一位だ。誰もが認めるだろう。君が今年の頂点に立つ男だ!」

「……まだ足りねえ。俺が獲るのは完膚なきまでの一位だ。だから」

 

 爆豪が顔を上げた。

 隣から見上げるその横顔はまっすぐで、幼馴染の出久でも最後にいつ見たかわからないくらい真剣な表情だった。

 

「来年は、アンタに獲って当たり前だって言わせてみせる」

「うんうん、まだまだ伸びしろがあるのはいいことだ! 一位になってなお高みを目指すその精神こそ、君の強さなのかもな」

 

 オールマイトから授与された金メダルを大人しく受け取って、爆豪は一瞬だけ出久に視線を向けた。

 何も言わない、ただ視線が重なっただけの時間。

 しかし、出久は嬉しかった。その視線が見下すものでも、馬鹿にしたものでもなく、ただまっすぐに出久を見ているものだったから。

 その変化は今日だけかもしれない。たった一度の戦いであり方を変えるほど、爆豪勝己という男は軟弱ではないし、柔軟でもない。

 それでも、彼の内側にまだまっすぐな気持ちが残っているのなら、出久はいつか彼の対等なライバルになれる。

 

「この場の誰にもここに立つ可能性はあった! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている! てな感じで、最後に一言!」

 

 オールマイトの合図に合わせて、誰もが口を揃えてあの言葉を叫ぶ。

 

「皆さんご唱和ください! せーの!」

「プルスウルトラ!」

「プルスウルトラ!」

「プルスウルトラ!」

「お疲れさまでした! ……えっ? ああ、いや……疲れたろうなと思って……」

 

 ブーイングが飛ぶような締まらない終わりだったりしたものの。

 達成感と、そして明日から目指すべき目標を得て、出久たちの雄英体育祭は閉幕を迎えた。

 

***

 

 翌日の朝。

 出久は蓮華と喧嘩をしていた。

 

「いーや、目玉焼きは堅焼きに限るね。よく火の入った黄身がもっちりするあの食感が新鮮なサラダとのコントラストになるんじゃないか!」

「そんなことないです! 半熟とろとろのとこにソース垂らしてご飯に乗っけるのが一番お箸進むんですから!」

 

 呆れたように笑う引子はくだらないことと思っているかもしれない。

 しかし、これは一大事なのだ。今後、蓮華は出久の身体で食事を楽しむことができる。しかし、胃袋はひとつのままだ。プロヒーローを目指す身として摂取カロリーやPFCバランスも油断することなく管理したい。

 そういうわけで、体育祭準優勝者とその個性は「目玉焼きのベストコンディション」という譲れない議題で大いに揉めていた。

 

「そんなにやいのやいの言い合わなくても、ふたつ食べればいいじゃない」

「ダメだよお母さん、卵って意外とカロリーあるんだから! コレステロール値も考えると今日みたいな運動量少ない日は制限しないと!」

「そういうものかしら。じゃあ蓮華さん、私と半分こする?」

「ダメですよお義母さん! おいしそうにご飯をいっぱい食べるお義母さんが私は大好きなんだから! いっぱい運動していっぱい食べてくださいね!」

「息ぴったりねえ」

 

 水の入ったコップを引き寄せながら引子は笑った。

 最後には負けてしまったが、自信を持って勝ち進んだ出久のことを引子はテレビの前で夢中になって応援してくれていた。興奮のあまり何度か気絶してしまうほどに。

 母の気絶が心配によるものでなかったことは、出久にとって一番の成果かもしれない。

 

「どっちでもいいけど、早く食べちゃいなさい。出かけてくるんでしょ?」

 

 頬張ったウインナーを咀嚼しながら出久は頷いた。

 今日は大都会、東京まで遠征だ。クラスメイトである砂藤の祖父、超有名パティシエのスイーツを食べにいく。優勝祝いにはできなかったが、準優勝祝いだ。

 普通なら開店前に並ぶような名店なのだが、砂藤から「生前に一度食べて以来、死んでからも夢に見るほど気に入っていた」という話が伝わり、取り置きを快諾してもらえたのだ。

 スイーツを確実に確保するためとはいえ、蓮華は自分の恥ずかしいところをクラスメイトに晒すはめになったわけだ。出久は散々文句を言われたが、それでも夢にまで見たモンブランには敵わないらしかった。

 

「乗り換え大丈夫? 新幹線、最後に乗ったの小さい頃でしょ」

「指定席ネットで買ったから大丈夫」

「そうだ、少年はできるだけ目立たない格好していきなよ? 全国中継の大会で準優勝した翌日なんだから、目立つとすっごいぞー」

「わ、そうかも……お母さん、パーカーって乾いてる?」

 

 食事を済ませ、思っていたよりも慌ただしく準備をして、予定の時間よりも少し早く家を出る。

 薄手のパーカーを羽織り、キャップを被って目立たない準備は万全だ。

 出久には目立たないようにと言っておきながら、隣を滑るように歩く蓮華は初夏のおしゃれ着を引っ張り出してきた。

 ノースリーブの白いワンピースに淡いターコイズブルーのカーディガンを羽織り、つばの大きなストローハットを合わせている。足で歩くわけではないからと、リゾート地で履くような厚底のサンダルまで。

 

「どうだい、少年」

「似合ってます、最高に早めの夏満喫って感じで」

「ふふん」

 

 自慢げに鼻を鳴らしてくるりと回った蓮華から、ふわりと甘く爽やかな香りが広がった。こんなに楽しげな顔をされてしまうと文句も言えない。

 蓮華の格好が目立つかどうかはさておき、早く出て正解だったのは間違いなかった。近所の人々からの労いの言葉を山ほど受けて歩みを何度も止めているうちに、出久は本当に自分が有名になってしまったのだと理解した。

 キャリーケースの車輪がアスファルトの上でがらがらと鳴く。

 向かうのは駅ではない。

 途中で道を逸れ、郊外のほうへ出て、休耕地の並ぶのどかな道を進み、青々と葉を茂らせる木々の合間に突如現れる石段を昇る。

 

「……ただいま、は違うかな」

 

 神社はいつもと変わらない。

 蓮華が陽除けや雨宿りに使っていたあずま屋も、その近くに置かれた小さな慰霊碑も、裏手にある小さな池も。

 蓮華の隣に立って、出久は慰霊碑に手を合わせた。

 そこに死者が眠っているわけではないことは、蓮華から聞かされて知っている。それでも、蓮華がここにずっといたのだから、もしかしたら魂はここを見ているかもしれない。

 きっと蓮華もそう思っているから、ここに来ることを選んだのだ。そして、もしかすると、彼女がここに縛られていたのもまた同じ理由なのだ。

 その想像を出久は口に出すことなく、ただ黙って手を合わせた。

 

「……父さん、母さん、鞍人(くらと)火炉(ひろ)。私、雄英体育祭で準優勝したよ。びっくりだよね」

 

 初めて聞く、蓮華の家族の名前。

 弟がいることは知っていた。やんちゃで手のかかる弟たちだったと、そう懐かしそうに語っていたのを今も覚えている。

 手を合わせながら、ちらりと隣に目をやる。

 柔らかな笑みの奥に、蓮華は少しだけ寂しさを隠していた。蝉時雨の騒々しさでは隠れない、その声のかすかな震え。

 

「ずっとここにいるつもりでいたんだけどさ。もう、ひとりじゃないみたいだから。……行ってくるね」

 

 そう微笑んだ蓮華の横顔に、思わず出久は見惚れてしまった。

 当たり前のように傍にいてくれるこの人は、こんなに嬉しそうに笑うのだ。そしてそれはきっと、出久がいるからなのだ。そう思うと、出久は嬉しさと恥ずかしさでどうしようもなくなって、逃げるように目を逸らした。

 慰霊碑の向こう、神社の隅に作られた小さな池の上に葉を浮かばせた蓮が、淡い桃色の蕾をいよいよほころばせようとしている。

 甘く爽やかな、夏の香りがやってくる。

 




最終回みたいな雰囲気ですが、全然続きます。でも一区切りつきました。

いつも感想、ここすき、評価ありがとうございます。本当に励みになっています。胡乱な思いつきをきっかけに勢いと癖だけで書きはじめた作品です。この作品と真剣に向き合ってここまで書けたのは応援してくださる読者の皆様のおかげです。

また少し書き溜めを作ってから更新を再開するつもりなので、お待たせしてしまうと思います。何卒ご容赦ください。
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