緑谷出久のことを少年と呼ぶ個性のお姉さん   作:海野波香

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次で書き溜め最後です。


三回忌 僕の合格をお祝いしてくれるお姉さん

 雄英高校ヒーロー科の入試から8日。

 緩やかに諦めをつけはじめた出久のもとに合格通知が届き、オールマイトの立体映像が緑谷家を狂乱の渦に叩き込んだその翌日のことだ。

 出久は夜の海浜公園に来ていた。オールマイトからの連絡があったからだ。かつて特訓のために自らの手で清掃活動を行ったこの海岸は少しずつデートスポットとしての人気が出はじめていたが、夜はまだ人気が少ない。

 ざく、ざくと二人分の足音が夜のしじまに響いた。波の声もどこか遠い。

 入試当日以来の再会に喜ぶのもつかの間、出久はオールマイトから彼のものだった個性――ワン・フォー・オールについての話を聞かされていた。

 

「僕には……まだ、扱えません」

「まだ、ってところがミソだ。わかってるね、緑谷少年。器を鍛えれば鍛えるほど、力は自在に動かせる!」

 

 鍛えねばならない。

 出久には誰よりも己を鍛える義務があった。それにはオールマイトから力を受け継いだというだけではなく、鍛えなければ自分の命が自分の個性に破壊されかねないという切迫した事情も含まれている。

 特訓を経てなお出久は未熟だ。しかし、いつまでも未熟でいるつもりはない。出久には「まだ」と口にするだけの覚悟があった。

 だからこそ、雄英高校への進学は出久にとって新たな一歩になる。

 

「自分の個性に振り回されてるうちは素人もいいところ、使いこなしてからがスタートだぜ」

「はい、頑張ります! ……自分の個性に、振り回される」

 

 出久の脳裏に浮かんだのは、個性で現世に縛られた彼女の姿だ。

 蓮華は死人だ。彼女は本来、この世に留まっているべき存在ではないのかもしれない。それはある意味、個性に振り回されていると言えるのではないか。つまり、本意でない形で延命させられ続けているのではないか。

 多芸な幽霊である蓮華は幽霊らしいことなら何でもこなす。しかし、成仏するという幽霊にとっての終わりは幽霊らしいことと言えるかどうかいまいち怪しい。

 もちろん、彼女にいなくなってほしいわけではない。しかし、もしもこの世に縛られ続けることが彼女にとって苦痛なら――

 

「――ねん、緑谷少年?」

「……はっ、ごめんなさいオールマイト! 何の話でしたっけ!」

「うん、素直なのはいいことだけど、何の話でもないから大丈夫。悩んでいるようだね?」

「えっと……説明が難しくて」

「さてはアオハル? そういうの、おじさん大好物だよ」

「オールマイトはおじさんじゃありません!」

 

 これからは教員としても長い付き合いになる師と戯れるのもつかの間、出久は終電を逃さず帰るという庶民的なオールマイトに別れを告げ、覚悟を新たに帰路についた。

 しかし、直帰したわけではない。

 夜闇をスマートフォンのライトで切り裂きながら、出久はいつもの神社へと向かった。この1週間、出久は彼女への報告をぐっとこらえていたのだ。

 誰が出久を鍛え上げたかといえば、それはオールマイトだ。

 しかし、誰が出久の背を押し続けたかと問われれば、それは間違いなく彼女の功績だった。

 

「来たね、少年。こんな遅くに出歩いて、悪い子だ」

 

 あずま屋の古びた屋根の下、真っ白な幽霊が微笑んでいる。

 青白い鬼火を頼りに夜闇を漂う蓮華は、人々が怪談でイメージする幽霊そのものだ。知らない人が見れば腰を抜かすこと間違いなし。

 ただの幽霊と違うところを挙げるとすれば、この寒空に合うチョコレート色のムートンコートに青のストールを巻いているおしゃれさんなこと。そして、その着こなしを出久に自慢げな顔で見せつけてくる美人なことくらいだろうか。

 

「冬服、似合ってます」

「ふふん、そうだろ? 少年も少しは見る目が磨かれてきたねえ」

 

 蓮華は相変わらず出久のことを少年と呼んでいる。出久も堂々と名前で呼べる度胸はなく、結局関係は変わっていない。

 会うのは秋に顔を出して以来だった。

 

「お姉さん、僕……合格しました!」

「合格、そっか。おめでとう、頑張ったかいがあったね」

 

 わしゃわしゃと、犬を褒めるように頭を撫で回される。この乱雑で隔たりのない撫で方の心地よさが忘れられず、恥ずかしくなるとわかっていても出久は拒みきれずにいた。

 軽い報告のつもりが、気づけば出久は一部始終を彼女に話していた。

 試験全体のテンポに追いつけず、ただ時間だけを浪費してポイントを取れずにいたこと。

 そんな中で巨大ヴィランに踏み潰されそうになっている受験生を見つけたこと。

 試験前、その子に励ましてもらったおかげで緊張がほぐれたこと。

 考えるよりも先に身体が動いて、個性を使って自爆同然で巨大ヴィランをぶっ飛ばしてしまったこと。

 結局ヴィラン撃退のポイントは0のまま、隠されていた救助ポイントの成績で合格ラインに届いたこと。

 全てを聞いて、蓮華は呆れたようにため息をついた。

 

「考えなしめ」

「うぐ……反省してます」

「まあでも、少年らしいね。お節介焼きのお馬鹿さん。後悔してないんだろ?」

「はい」

 

 嘘だった。

 もちろん、助けたこと自体に後悔はない。しかし、もっと自分を磨いておくべきだったという後悔はある。

 トップヒーローであるオールマイトに師事しているのだから、判断力や情報力の面でも学べることはあったはずだ。その学びを得られなかったのは、他ならない出久の地力不足が原因だった。

 もっと頑張れていれば、救助ポイントだけで合格なんてことにはならなかっただろう。

 それでも、正しいことをしたという自負だけが、出久に「後悔はない」という格好いい嘘をつかせていた。

 

「男の子だなあ、そんなところまで意地張らなくていいんだぞ?」

 

 冷えて赤くなった頬を半透明の指が突く。

 恥ずかしさから声にならない吐息が漏れ、その息の白さが鬼火の光に照らされた。暦の上ではもうすぐ終わるはずの冬はまだまだ寒さでこの神社を包んでいる。

 まだ春の気配すらしない冷たい風がわずかに残って乾ききった落ち葉を攫い、蓮華の身体を落ち葉ごと吹き抜けていった。

 

「おっと、まだ残ってたか。昼間に一応掃いたんだけどな」

 

 こういうとき、出久はどうしようもなく彼女が幽霊であると実感させられる。鬼火を伴っている時よりも、宙を舞っている時よりも、この世のものが彼女に干渉できずに通り抜けてしまう時のほうがよっぽど恐ろしい。

 しばらく蓮華は冷たい指で出久の頬を弄んでいたが、ややあって諦めたように笑った。

 

「ま、しょうがない。今日はおめでとうだけ言っておけばいいよね」

「はい……!」

 

 憧れのナンバーワンヒーローの母校に通うという夢が、ついに叶う。

 通う学校はヒーローになるまでの道筋、過程だ。ヒーロー免許の取得は雄英高校でなければ叶わないわけではない。他にもヒーロー科のある高校は存在するし、一般の普通科高校に進学して大学で専攻するという手もある。

 それでも、出久は夢に進む最も過酷な最短経路を選び、勝ち取った。そのことがたまらなく誇らしい。

 

「今日はもう帰って、お母さんとあったかいものでも食べなよ。たくさんお祝いして、明日からまた頑張るんだぞ? お姉さんとの約束!」

「はい。……その、蓮華さん」

 

 ここに来るまでの数時間、出久はずっと考えていた。

 夢を後押ししてくれた彼女にこの結果を伝えて、なんと言えばいいのだろうか。

 

「ありがとうございました」

 

 深く頭を下げる。

 彼女は死人だ。個性で現世に留まっているだけの彼女に、本来なら出久の夢を応援する必要など微塵もありはしない。彼女はただ善意で出久を支えてくれた。

 結果で報いることはできた。それ以上に、出久は自分の言葉で感謝を伝えたかった。

 

「……ん、どういたしまして。ほら、こんなとこ居座ってないでさっさと帰れー、生意気ヒーロー候補生」

 

 日が暮れ、いよいよ暗くなりはじめた境内。あずま屋の下で、蓮華は笑っていた。出久の見間違いでなければ、少し照れくさそうに。

 

「死なないギリギリまで頑張れ少年、お姉さんは応援してるぞー」

「はい、ギリギリまで頑張ります!」

 

 差し伸べられた手。

 暗闇の中、浮かび上がるように真っ白な彼女の手を出久は感謝を込めて掴み――

 

「……お姉さん?」

 

 美珠蓮華は、消えた。

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