緑谷出久のことを少年と呼ぶ個性のお姉さん   作:海野波香

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これでストック終わり。続きは不定期です。


四回忌 僕の個性になってしまったお姉さん

 夜中にただ一人で阿鼻叫喚を体現した出久からの電話を受け、オールマイトはタクシーを捕まえて出久のもとへ急行してくれた。すでに日付が変わり、あたりは真っ暗だ。

 半狂乱ゆえに要領を得ない説明。

 泣いているでは済まない鼻声。

 しかし、「人がいなくなった、自分が消してしまったかもしれない」という出久が発したワードには尋常ならざる緊急性があった。

 

「詳しく説明してくれるかな、緑谷少年」

 

 詳しくもなにもあったものではない。

 握手しようと思って手が触れた瞬間、目の前から蓮華が消えた。それが全てだ。

 絶望の中で八つ当たりめいた苛立ちを感じながら、出久はことのあらましを詳らかに説明した。この神社に居座っていた不思議な幽霊と、その個性についても。

 

「自分自身の個性が縛りになって成仏できなかった幽霊……」

 

 トゥルーフォームのオールマイトが痩せた顎を撫でながら唸った。

 出久にとっては彼だけが頼りだ。

 蓮華との約束で、彼女の存在はこれまで誰にも明かしていなかった。成仏できない幽霊というだけで独善的な正義感から除霊されてはかなわない、というのは彼女の言だ。

 その約束を馬鹿正直に守っていたのが災いした。出久には頼るあてがないのだ。

 戸籍もない、それどころか名前が慰霊碑に刻まれている明確な故人について、「幽霊として現世に残っていたが行方をくらました」と言い立てるわけにはいかない。

 縋るような思いで、出久はオールマイトを見上げた。

 

「オールマイトなら、似たような話も聞いたことありますよね?」

「いや、ないね。正直、君が色々と限界来ちゃって幻覚見てたってほうが納得いくかもしれない」

 

 えーっと悲鳴をあげる出久を傍目に、あずま屋の長椅子に腰をおろしたオールマイトは缶のココアを啜って小さく笑った。

 

「ごめん、嘘嘘。一回深呼吸してリラックスしなよ、緑谷少年」

「で、でも」

「幸いというべきか、心当たりはある。……あまり、よくないことかもしれないけどね」

 

 笑いを引っ込めたオールマイトの表情に深刻な色を見て取った出久は、それ以上騒ぐことなく彼の向かいに腰掛けた。

 何か、鳥らしきものの鳴き声がする。この神社で越冬したのだろうか。夜闇の底から響くような鳴き声は、まるで獲物を探す妖怪の笑い声のようだ。

 枝が風に揺られるさざめきも感じる。すっかり葉を落とした木々に囲まれ、この神社は気温以上の寒さに包まれている。それを音にも感じ、心が凍える。

 それら全てがくっきりと浮き立つほどに静かだ。

 いつもは蓮華と過ごしているこの神社で、ここまでの静けさを感じた記憶は出久にはなかった。この神社がこれほど荒れ果てて、寒々しいとは。

 もう一口ココアを飲んで、オールマイトはゆっくりと口を開いた。

 

「ワン・フォー・オールが受け継がれてきた個性だということは話したね」

「はい。僕がオールマイトから受け継いだように」

「この個性はね、聖火なんだ。ただ受け継ぐんじゃない、その火を蓄えて次に繋げる力。……ワン・フォー・オールの超パワーは、ストックされた力なのさ」

「ストックされた、力」

「そして、君の話が本当なら、その幽霊さんは……そうだな、意思を持った個性とでも言おうか。そういうものだったんだと思う。つまり、力の塊というわけだよ」

 

 ぞわり、と出久の腕に鳥肌が立った。

 話の結末が見えてしまった。出久は今日、ワン・フォー・オールを継承してから初めて蓮華に触れたのだ。彼女が個性そのもので、ワン・フォー・オールが力をストックする個性なら、彼女はワン・フォー・オールから見て力そのもの。

 脳裏に浮かぶのは、落ち葉に埋もれる白い肌。

 聖火の燃料として荼毘に付された。そう解釈することもできてしまうのではないか。

 

「……蓮華、さん」

 

 震える手をじっと見つめる。

 考えなかったわけではない。これまでの出久と今の出久で唯一違う点、それは個性を手に入れたことだ。真っ先に頼ったのがオールマイトだったのは、ただ尊敬する師だからというだけではなかった。

 可能性として頭によぎりはした。しかし、出久はどうしてもそう考えたくはなかったのだ。己が継承した個性、ワン・フォー・オールが蓮華消失の原因だ、などとは。

 まめと傷に覆われた、ぼろぼろの手。この手が彼女を殺してしまったのだろうか。

 

「蓮華さん……ッ!」

「――夜中に近所迷惑だよ、少年」

 

 出久の口を、冷たく柔らかな指が塞いだ。

 ふわりと香るのは蓮の花。甘く、品があり、どこか遠くを思うようなその香りを纏って、その人は出久の背を抱いている。

 コートの下、冬の斬りつけるような冷たい風になびく白いスカートが、まるで撫でるように出久のそばで揺れた。

 

「出、出たァーッ!」

 

 びっくりしたオールマイトが盛大に血を吐いた。

 

 結論から言えば、蓮華は消えてなどいなかった。ただ、もう少し厄介なことにはなった。

 オールマイトが示唆した推測のとおり、蓮華はワン・フォー・オールの一部となっていた。ただし、力のストックとしてではなく、個性そのものとして。

 

「びっくりしたよー、ぎゅんって吸い込まれちゃって」

 

 前髪をいじりながらのんきに「あー驚いた」などとぼやく蓮華は、半透明の幽霊であることを除けば健康そのもの。これといって不具合もないそうだ。出久はそれを聞いて安堵のあまり腰を抜かしかけた。

 本人の弁によれば、今の蓮華は出久に宿っているらしい。

 彼女が幽霊であるということも踏まえて言えば、これは取り憑かれているようなものだ。違いは取り憑いている当人が離れようとしても離れられないことだろうか。

 これはオールマイトにとっても想定外の出来事だったそうだ。おそらくはワン・フォー・オールの予期せぬ誤動作。もしくは、何か条件が致命的に噛み合ってしまった結果。そういうことらしかった。

 どういうことかというと、美珠蓮華という女性は今日から出久の個性になる。

 

「改めて、どうもトップヒーローさん。美珠蓮華です。蓮に華でれんかね、れんげって呼んだら怒るのでよろしくー」

「はじめまして、美珠少女。……いやあ緑谷少年、本当に君ってやつは予想を覆す天才だね。色んな意味で」

「えっ、ちょっ、お姉さん、これ本当に、本当にですか?」

「落ち着きなよ、少年」

「そうだぞ、緑谷少年」

「たぶん落ち着いてる場合じゃないと思うんですけど!?」

 

 出久はパニックに陥った。

 小学生のころから自分だけが知っていたお姉さん。雨の日にはあずま屋の下でリルケやワーズワースの詩集を嗜み、夏の朝には蝉しぐれの中当てずっぽうででたらめなラジオ体操をして笑っていたあのお姉さんだ。

 憧れやら親しみやら、わけのわからないものが山積みになりながらもずっと付き合ってきたその人が、今日から自分の個性。

 気軽に受け入れられるものではなかった。

 意外というべきか、流石というべきか。オールマイトはどうやら現状を呑み込んだようで、蓮華の許可を取って手に触れ、幽霊の感触を確かめている。

 

「おお、冷たい。まあ、ワン・フォー・オールってストックすることはできても取り除くことってできないからなあ。入っちゃったものはしょうがないよ、緑谷少年」

「で、できないって言ったって……」

「んー……じゃあ、少年の個性は死霊憑きだ! 超パワーとかいうのもほら、お姉さんを取り憑かせた霊的パワーってことにしちゃえばいい感じに隠れるんじゃない?」

「お姉さんはそれでいいの!?」

 

 出久の個性になる。それはつまり、一生出久と一緒にいるということだ。

 自我を持つ個性自体は珍しいものの、全くいないわけではない。プロヒーローにも自分の個性を戦わせ自分はサポートに徹する、ファンタジーゲームでいうところの召喚師のようなスタイルは存在する。

 実際、蓮華が個性として協力してくれるのであればやれることは一気に増える。自爆覚悟の超パワーだけではなく、彼女の器用な幽霊らしさを活用できるのだから。

 しかし、個性とは身体機能だ。発現した以上、死ぬまで付き合っていかなくてはならない。

 出久が悩んでいるのはまさにそこだ。

 ちびで鈍足で人見知りのあがり症なオタク。そんな男にお姉さんを一生付き合わせてしまってよいのか。そんな罪をどうやって償えばいいのか。

 答えを与えてくれたのは、からかうように笑う蓮華だった。

 

「少年には話してなかったかな。お姉さんがずっとここにいた理由ってやつを」

「理由……」

 

 出久の視線が境内の隅、慰霊碑が鎮座しているであろう暗闇に向かった。

 20年以上前のこと、蓮華はヴィランが起こした火事に追われ、この神社で亡くなった。彼女は家族とともにこの慰霊碑に名を刻まれている。

 いつ来ても蓮華がこの神社にいることを不思議に思わなかったわけではない。ただ、幽霊という未知の塊にひとつひとつ不躾な質問を投げかけて暴いていく気にもなれず、知らないままでいた。

 

「お姉さん、地縛霊みたいでさ。ずっとここから出られなかったんだよね」

「地縛霊ってことは……一生、このまま?」

「そのはずだった。それでいいかなあ、って思ってたしね。案外悪くないもんだったよ、ここでの暮らしもさ」

 

 でも、と言葉を続けながら、蓮華が出久の手を取った。

 

「君が連れ出してくれるなら、いいよ」

 

 その瞳が透き通っているのは、きっと蓮華が幽霊だからではなくて。

 出久の頬が熱くてたまらないのは、彼女の髪から香る蓮の上品な甘さに蕩かされたからではなくて。

 思わず出久はその白い手を強く握り返していた。

 

「僕の……個性になってくれますか」

「もちろん。だから、私の主に相応しい男になってくれたまえよ、少年」

「が、ががが、頑張ります!」

 

 細く白い指に顎を撫でられて、出久は脳天まで真っ赤に染まった。

 ちょろいな、というオールマイトのつぶやきが聞こえたような気がした。出久に反論する余裕があれば反論していただろう。思春期の青年が有する矮小なキャパシティでは、この対応が限界だったのだ。

 

「しかし……緑谷少年、身体はなんともないんだね?」

「え? あ、はい。むしろ元気なくらいで」

「妙だな……ワン・フォー・オールのストックを継承しただけで君の器は限界ギリギリだった。その上美珠少女まで取り込んだとなると、パンクしていてもおかしくないんだが」

「パンク!?」

 

 慌てて立ち上がって自分の身体をあちこち叩いて確認するが、今のところその兆候はない。

 考えてみれば、出久はワン・フォー・オールの器作りのために血を吐くような特訓を重ねたばかりだ。それでもキャパシティがギリギリだというのに、蓮華を受け入れてなんともないほうがどうかしている。

 出久が叩いたところをなぞるようにして優しく触れる冷たい手に脇腹を撫でられて、出久は情けない悲鳴を上げた。

 

「お姉さん、器の中に入っちゃってるわけじゃないからねー。なんていうか、こう……縁に座ってる感じ?」

「縁に座ってる……」

「居候みたいな。居候なりに働いてあげるよー、それなりにね。お姉さんがとっても器用な幽霊だってこと、少年は知ってるでしょ?」

 

 改めてよろしく、と微笑まれてしまえば、もう出久は否定する言葉を吐けない。彼女がそれをよしとするのなら、出久にはそれを拒むことなどできやしないのだ。

 こうして、緑谷出久の個性は死霊憑きということになった。

 受け入れるしかない。ポジティブに考えるのなら、出久は蓮華にもう一度学生生活を体験させられるということにもなるだろう。地縛霊としてこの神社にいつまでも居座っているよりかは幾分マシなはずだ。

 

「あ、少年がお風呂とかトイレとかのときはさすがに離れてたいな。お姉さんにだって恥じらいはあるし、少年だってそうでしょ?」

「しまった、そうか……ッ!」

 

 本当に受け入れるしかないのだろうかという煩悶はしばらくの間出久を苦しめることになりそうだった。

 

「正直、何もかもがイレギュラーだ。緑谷少年、少しでも異変があったらすぐ連絡するように」

「はい、オールマイト。この状況がもう異変ではあるんですけど……」

 

 これから待ち受けているであろう苦難に震えながらも、出久は結局嫌だとは言わない。

 どこか満足気な、そしてどこか期待に満ちた瞳で出久を見つめて微笑む蓮華を前にして、そんなことを言えるわけがなかった。

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