緑谷出久のことを少年と呼ぶ個性のお姉さん   作:海野波香

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そろそろ更新ペース落ちます。気楽にのんびり楽しんでいっていただければ幸いです。
おまけ程度に蓮華のプロフィールをまとめました。まだ明かされてない部分は伏せ字になっています。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=301855&uid=244813


雄英高校入学編
七回忌 僕の入学を見守ってくれるお姉さん


 慌ただしい生活が続き、春。

 出久はあっという間に入学初日を迎えた。

 実技入試の日に何かと縁のあった明るい女の子、麗日お茶子と再会できたことは出久にとっても喜ばしかった。入試会場でも生真面目の極みだった飯田天哉は教室でも堅物を貫いていたし、幼馴染の爆豪も相変わらずの暴君っぷりを発揮していた。

 蓮華が出久の中に隠れているせいで、出久の体温は普段より少しだけ低かった。

 初日から外に出ていては友達も作りづらいだろうという蓮華の配慮はありがたかった。さすがに保護者同伴の高校生活はうまくやっていける自信がない。

 緊張しながらも少しずつコミュニケーションを取っていた出久だったが、そこに割って入った声があった。

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここは……ヒーロー科だぞ」

 

 寝袋にくるまってゼリー飲料を吸いながら喋る無精髭の男。

 教室の空気は完全に一致した。なんかいる。全員がその寝袋男に不審者を見る目を向けていた。面白がっていたのは出久の中にいる蓮華くらいだ。

 その人物――相澤消太が自らを担任だと名乗ったこと、そして体操服に着替えてグラウンドに出ろと指示したことで、教室に広がった混乱はますます深まった。

 

――いやあ、自由な校風だからって先生も自由すぎだねえ。

 

 出久だけに聞こえる蓮華の声に、着替えた出久は早歩きでグラウンドに向かいながら同意を返した。

 広大なグラウンド。名門校らしく綺麗に整備された土の上で新入生たちに命じられたのは、個性を使った体力テスト――個性把握テストだった。

 

「入学式は!? ガイダンスは!?」

「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」

 

 確かにどこででも聞けるようなスピーチに拍手をする時間が有意義だとは言わないが、だからといって自由がすぎるのではないか。

 

「爆豪。中学の時、ソフトボール投げ何mだった」

「67m」

「じゃあ、個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい、早よ」

 

 爆豪が白線で描かれた円の中に立ち、ボールを握って感触を確かめる。

 彼が浮かべた凶暴な笑みに、長い付き合いの出久はこの後彼が発する言葉を察した。

 

「んじゃまあ――死ねえッ!」

 

 汗腺からにじみ出るニトロを発火させ、爆発に至る。

 爆豪の掌から打ち出された ”弾丸” は煙を伴ってはるか空の彼方へ。その威力はボール程度を吹き飛ばすには十分すぎるものだった。

 そして、相澤が手に持つ計測器が距離を示す。

 705.2m。単純計算にして、個性禁止の記録の10倍を超える。

 

「まず、自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 にわかに空気が盛り上がった。面白そう、という声が上がる。

 気持ちはわからないでもない。個性を自由に使えることへの解放感、期待が気分を高めさせているのだろう。

 では、出久の気分はどうだったかというと、全くそんなことはなかった。

 出久はまだワン・フォー・オールをコントロールできていない。0か100か、無個性か自爆かの残酷な選択を強いられている。体力テストの8種目をこなすにあたって、出久は無力に等しい。蓮華の個性も使いようがないだろう。

 そして、もう一人気分の悪い人物がいた。

 

「……面白そう、か。ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

「ッ!?」

「よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

「はあああ!? 除籍って……」

 

 まずいことになった。出久は思わず、己の腕をぐっと掴んだ。

 腕は2本。種目数は8種目。

 

「生徒の如何は先生(おれたち)の自由――ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 眼光鋭く笑う相澤は教師というより、地獄の釜に新入生たちを蹴り落とす獄吏のようだった。彼の威圧感を前に背筋を凍らせたのは、きっと出久だけではない。

 新入生の誰もが息を呑む中、出久は腹の底からこみ上げる震えをぐっとこらえて息を吸った。やるしかないのだ。

 

――除籍処分か……波乱万丈だねえ。内側から応援してるよ、少年。

 

 全身を包む冷気が、今は何よりも心強かった。

 

 しかし、テストは順調には進まなかった。

 第1種目、50m走では個性を活かす場面がなかったどころか、並走する爆豪の爆破に邪魔をされてわずかにタイムを落としてしまう。

 続く第2種目、握力では腕を壊したくないという恐怖が勝り、個性を発動できずに終わる。

 立ち幅跳び、反復横跳びと個性を活かすのが難しい種目が続き、周囲が驚異的な記録を連発する中で出久は第5種目へと挑むこととなった。

 現時点で暫定最下位であることは自覚している。

 

「このままだと……」

 

 除籍。

 ソフトボール投げの円に入りながら、出久は焦燥感に震えていた。個性を使わなければいい結果は出せない。たとえ、腕を壊そうとも。

 よく晴れ、空気は澄んでいる。どこまでも広がる青空の重さに押し潰されそうだ。

 運動靴で地面を蹴って均し、足場を整える。

 脳裏に浮かぶのは、今朝見送ってくれた母の姿、「ヒーローになれる」と言ってくれたオールマイトの姿、そしてずっと傍にいてくれる蓮華の姿。

 出久はここで腕を壊すと決めた。壊してでもボールを飛ばしてみせる。そうしなければ、報いることができないまま終わってしまう。

 そして――

 

「46m」

「な……今、確かに使おうって……」

 

 緩やかな放物線を描いて落ちたソフトボールを絶望の目で見る出久に、残酷な言葉が投げかけられた。

 

「個性を消した。つくづくあの入試は合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」

 

 鋭い眼光、首からかけたゴーグル、そして首に巻き付けた捕縛布。ヒーローオタクの出久にとって、彼の正体を看破するのには十分な情報だった。

 抹消ヒーロー、イレイザーヘッドの個性によって、出久のワン・フォー・オールによる破滅的な超パワーは打ち消された。

 春先のまだ冷たい風が吹き抜けていくなかで、出久はじわじわと絶望が己の輪郭を蝕んでいくのを感じていた。

 

「また行動不能になって誰かに救けてもらうつもりだったか?」

「そっ、そんなつもりじゃ……!」

 

 出久の身体を捕縛布が絡め取る。

 鋭い眼光が間近に迫って、出久は思わず呼吸をつまらせた。

 静かな、淡々とした説教が出久の脳を揺らす。まるで胸ぐらを掴まれて怒鳴られているようだった。

 

「どういうつもりでも、周りはそうせざるをえなくなるって話だ。緑谷出久……お前の力じゃヒーローになれないよ」

 

 昔、同じことを蓮華に言われたのを出久は思い出した。

 自ら二次災害を生みにいく者をヒーローとは呼ばない。今の出久は要救助者を増やすだけの木偶の坊だ。全くもって正論で、だからこそ突き刺さる。

 それでも、出久は考えていた。

 考えること。それはオタク気質の出久が自ら育み、蓮華によって磨かれた出久の技術だ。非力で体格に恵まれなかった出久が持つ、唯一の力だ。

 

「個性は戻した……ボール投げは2回だ。とっとと済ませな」

「……」

 

 行動不能にならない。それでいて、ボールを遠くに飛ばすだけの力を引き出す。

 力の調整はまだできない。ぶっつけ本番で成功に期待するなど愚の骨頂だ。だから、出久はどこかで100%のワン・フォー・オールを発揮しながら立ち続けなくてはならない。

 最大限の力を、最小限の犠牲で。それが出久に求められている課題だ。

 

――()()()()()()()頑張りな、少年。……これはちょっと、お節介だったかな?

 

 内側から聞こえた蓮華の呟きに、出久はぐっとボールを握った。

 振りかぶり、全身のバネを使ってボールを投げる。ワン・フォー・オールを使うのは一瞬、そしてほんのわずかの指先。

 

「ス、マーッシュ!」

 

 ボールが空を割った。

 痛みで涙がにじむ。歯を食いしばらなければ今すぐにも泣いてしまいそうだ。それでも出久はぐっとこらえて、骨折と内出血でズタズタになった指ごと拳を握ってみせた。

 見栄を張って涙をこらえるのは、誰かのおかげで慣れているのだ。

 

「先生……! まだ、動けます!」

 

 記録は705.3m。

 わずかに笑みを浮かべた相澤の手元で、計測器が無機質な電子音を鳴らす。その記録は爆豪のものをわずかに、それこそ指一本の差で超えていた。

 観衆と化していた他の新入生たちが歓声を上げる。その声が聞こえて初めて、出久は注目を浴びていたことに気がついた。

 そして、注目していたのは彼もまた同じだ。

 

「どういうことだこら、ワケを言えデクてめえ!」

 

 右手に爆発の兆候を灯しながら駆け寄ってくる爆豪は、もちろん出久の目覚めを祝福しているわけではない。

 出久が個性を発揮すれば爆豪がいい顔をしないだろうということは、出久ももちろんわかっていた。ずっと無個性の出久を「デク」と呼んで下に見ていた彼がそんなことを認めるはずがない。

 それに加えて、爆豪は馬鹿ではない。個性の発現が見られる上限年齢が4歳であることも、出久が小学校に上がっても無個性だったことも彼は忘れていないだろう。

 そう、爆豪は記憶力がいいのだ。

 

「――流石にそれは見過ごせないかなあ」

「なっ……てめえ、確か、いや……ありえねえ、なんなんだクソが!」

 

 出久の背から姿を現した蓮華に、爆豪は目を見開いて足を止めた。

 ずっと小さい頃のことだ。町内会の会館で催された児童向けの読み聞かせで、爆豪と出久はとある神社にまつわる災害と、怪談の話を聞かされた。

 今思えば「小さい子どもたちに怖い話を聞かせてからかおう」という悪趣味な意図があったようにも思う。その絵本はおどろおどろしい挿絵に彩られていた。

 その後、「幽霊なんていない」と言い張る爆豪の肝試しに付き合わされる形で出久はその神社を訪れた。

 管理者のいない古びた神社だ。いつもの向こう見ずな暴君であれば、せいぜい物置きに落書きをして勝利宣言をし、そのまま帰るくらいのことはしただろう。

 不幸だったのは、神社のあずま屋で幽霊が居眠りしていたことだろうか。

 爆豪は逃げられるだけの気力があった。彼よりも臆病な出久は気絶した。そのおかげで、出久は蓮華と縁を結ぶことができた。

 つまり、爆豪は蓮華を見たことがある。

 小さい頃、寝小便をするほど怯えさせられた幽霊の記憶が残っているはずなのだ。それも蓮華に脅かされたわけではなく、ただ一人で怖がって帰ったという記憶が。

 

「なんなんだ、と問われたからには教えてあげよう。お姉さんはこの健気で一生懸命な少年、緑谷出久の個性だよ」

 

 出久の肩にそっと手が置かれる。

 その冷たい手から労いの気持ちが伝わってきたような気がして、出久は痛みに握りしめた手を少しだけ緩めた。

 同級生たちの口から様々な声が上がる。驚嘆、困惑、なぜか嫉妬混じりの罵声。

 

「ンなワケあるか! テメエはあのとき……」

「おや、覚えていてくれたのかな? 嬉しいね。そう、あれは君と出久が小学2年生のときだった。実はお姉さんもよーく覚えてるんだよ。()()()()()()もね」

「ちょ、お姉さん、挑発しないで!」

「……テメエ、カチ殺す!」

 

 怒りと羞恥のないまぜになった罵声を吐き出しながら、鬼のような形相で爆豪は拳を振り上げた。

 思わず出久は一歩前に出た。後ろに蓮華を感じた瞬間、考えるより先に身体が動いてしまった。すでに死んでいる彼女を守る必要など、本来はないはずなのに。

 衝撃に備えて腕で顔を守る。

 しかし、その爆発は出久に届くよりも早くかき消された。

 

「ふふ、喧嘩を売る相手を間違えたね、爆豪(なにがし)

「……はあ。虎の威を借る狐だぞ」

 

 捕縛布で爆豪を捕らえた相澤がため息をつき、「面倒なやつだ」とぼやいた。勘違いでなければ、それは爆豪ではなく出久に向けられた言葉のようだった。そしておそらくは、その個性である蓮華にも。

 その言葉を気にすることなく、蓮華は声を上げて笑った。何かがツボだったようだ。

 蓮華の澄んだ笑い声と捕縛布に絡め取られてもがく爆豪がなんとも不釣り合いで、次第にグラウンドには弛緩した空気が漂いはじめた。

 

「相澤先生、出久の個性は確認されていますよね?」

「死霊憑き。……なるほど、お前が力の源か」

「美珠蓮華、蓮に華やかと書いてれんかです。れんげと呼んだら怒るので以後よろしく。さて……」

 

 宙を漂いながら出久の隣まで進み出た蓮華が、出久を一瞥して安心させるように微笑んだ。

 事態の推移を見守る同級生たちがざわめく。「え、個性が彼女、てか彼女が個性ってコト?」と誰かが呟き、誰かがそれに激昂した。

 

「先生が打ち消した一回分。個性(わたし)を使って挑ませてもらいたいんですけど、構いませんよね?」

「ッ、お姉さん、それは」

「全力を尽くすってことは、そういうことだよ。わかるだろ、少年?」

 

 微笑みながら、しかし有無を言わせぬ態度で、蓮華は準備体操をするように大きく伸びをした。小さく上がった歓声に、女子の誰かが「最低」と吐き捨てた。

 

「せっかく少年が頑張っていい記録出したんだから、ソフトボール投げじゃないほうがいいかな。うーん……持久走。持久走に出走します。いいですよね、先生?」

「……構わん。緑谷、あとで職員室来い」

「は、はい!」

 

 空気は弛緩したままだ。

 彼らは知らない。蓮華は、つまり幽霊は体力の底など持ち合わせていないのだ。そして走りもしない。ただ浮いて滑る、それだけだ。蓮華が持久走を走るというのは、今の出久ができる最大限のインチキなのだ。

 いくら蓮華が自分の個性だと言われても、出久にはズルをしているようにしか思えなかった。

 

「ご褒美、期待してるぞ?」

 

 蓮華の艷やかな笑顔に黄色い歓声が上がる。同級生たちの順応性はすさまじく高いようだ。

 ただ出久だけが、蓮華に手を出させてしまった無力感に打ちひしがれていた。授かった個性は使いこなせず、地力ですら他の生徒に負け、情けない姿を見せてしまったことに。

 

「かっこよかったぞ、少年」

 

 出久にだけ聞こえるように囁かれたその一言が、どうか気遣いでありませんように。そんなことを願う自分があまりにも女々しい気がして、出久は淀んだ気持ちを吐息に乗せて吐き出した。

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