ゼロカラワカツイセカイセイカツ   作:萎える伸える

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第十一話『怠惰の真価』

◆◇◆

 

 

 亜空間を出ると、そこは遠く離れた木陰だった。

 着地したソルは、だんだんと不自由になる体を起こすこともできず、そのまま近くの木に身体を預ける。

 

「ぐっ、これはもう、ダメかもな……」

 

 疼く傷に手を添え、服を捲る。

 そこに肉はなく、腹部はかなり酷く抉られていた。

 内臓の一部も、引き千切られていることがわかる。

 

 それでも、痛みは感じない。

 息苦しさはあれど、その傷の深さからすれば些細なものだ。

 命の雫が零れていく。

 その傷は決して塞がることなく、だくだくと血を吐き出し、贖罪のように地を濡らしていた。

 

「……また、失敗した。しかも今度はアイツに挑むまでもなく負けってか。笑えねぇな。──ああ、笑えねぇ」

 

 苦渋を隠すこともなく、苦虫を噛み潰したように表情を歪める。

 そこに、いつもの優しげな死んだ目はない。

 あるのは、狂気と執着を孕んだ異常者の瞳だけだった。

 

「……おにい、さん」

 

 しくじった。

 油断、ではない。

 選択を誤った。

 

 なぜ──守ってしまったのか。

 見捨てればよかった。

 

 ──こいつは次善策であって、最善手じゃない。

 最善手なんかじゃなかったのに。

 

「……おにいさんっ」

 

 ぬかった。

 俺を庇おうとしたのは、こいつの決断だ。

 それを尊重するのが最善だった。

 そうだ。

 そうすれば俺は生き残れた。

 それが正解だ。

 

「……はっ。そんなこと、できるわけがねぇだろうが」

 

 合理を嘯く防衛本能に、嫌気が差す。

 それじゃ意味がねぇ。

 こいつが死んじゃ意味がねぇんだ。

 死なせるわけにはいかねぇ。

 こいつは、可能性だ。

 俺が、悲願を叶える為の、大事な……。

 

「……連れてきたのは、失敗だった」

 

「──っ」

 

 情ではない。

 確固たる目的の為に、まだ彼女を死なせるわけにはいかない。

 死なせるわけにはいかなかった。

 それで自分が死んでは、元の木阿弥だ。

 

 ああ、本当に。

 成長しないな。

 

 ──くそ、身体が、動かねぇ。

 

 普段あれだけ不便な体なんだ。

 こんな時くらい、動けよ。

 祈り願えど、想いは叶わず、体から力が抜けていく。

 意識が遠のき、そのまま――。

 

 

 

 ──連れてきたのは、失敗だった。

 その言葉が耳を通り、脳へと至った瞬間。

 レムの意識は愕然として、思考を停止した。

 

 ──だめ、だった。

 青年を想っての行動は、結果として彼を邪魔し、妨げるだけに終わった。

 

 ──頭が、いたい。

 ずきずき、ずきずきと痛む。

 どくんどくんと、心臓が鳴る。

 がくがくと、手が震える。

 

 ──恐怖。

 失う恐怖。

 嫌われる恐怖。

 捨てられる恐怖。

 

 ──日が沈む恐怖。

 

 終わる。

 このままでは、失ってしまう。

 お兄さんと、いられなくなる。

 その事実を認識して――。

 

 ──だめ。

 だめ、だめだめだめ、だめっ!

 お兄さんの目から、光が消えていく。

 熱が失われていく。

 手が、冷たくなっていく。

 いやだ。

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 

「──……しな、ないで……」

 

 

 お願い。

 死なないで。

 私を一人にしないで、お兄さん……──。

 

 一人を嫌う少女の怠惰が。

 依存的な心が。

 奇跡を生む。

 その怠惰こそは、この世で最も無価値な──『優しさ』である。

 

 ──再び、レムの額から一本の眩い角が生えてくる。

 

 角は白く発光し、周囲からマナを吸い上げる。

 ぎゅんぎゅんと吸い上げられたマナが、少女の手を介してソルの体へと流れていく。

 マナを吸収できないソルのゲートにマナが流され、体中に力が満ちていく。

 

 抉られた腹部が。

 削られた首筋が。

 ──急速に塞がれていく。

 

「──死なないで……!」

 

 レムは祈る。

 少女は祈る。

 故に、怠惰な想いを糧に、純粋なる祈りを成就する。

 

 それは、世界で最も尊ばれるべき人の想いである。

 その祈りを、世界は聞き届けた。

 

 ──これは……。

 

 遠のく意識が回帰する。

 肉体が活性化し、感じたことのある熱を帯びる。

 

 ──これが、鬼の力か。

 

 ソルは一瞬にして理解する。

 忌々しくも強力な、鬼の力。

 その力が今、己の体に流れ込んでいく。

 

 ──否。

 それは鬼の力でも、ましてや忌々しい力でもない。

 それは偏に、一人の少女の優しさによって齎されたものなのだから。

 

 ──あったけぇなぁ……。

 

 それは身に染みる快さで。

 あまりに心地良くて。

 酷く、酷く──心地が悪かった。

 しばらくすると、ソルの重傷は完全に治癒されていた。

 

「ぐすっ、おにい、さん……?」

 

「……ああ」

 

「いき、てる……?」

 

「ああ、生きてるよ。──お前のおかげだ」

 

 その言葉に、少女は泣き笑いの表情を浮かべる。

 

「よかっ、た───……」

 

「………」

 

 その言葉を最後に、レムは力尽きたように意識を失った。

 限界以上にマナを取り込み、自分には一切残さず、余さずすべてを青年へ注いだ結果。

 少女は、マナ枯渇によって気絶したのだった。

 

 

◆◇◆




 レム
 水の系統魔法に適性のある少女。治癒魔法の適性がある。何故か原作のエミリア陣営には治癒魔法を使える者が多くいるが、とても希少な魔法である。特にヴォラキア帝国なんかでは壊滅的である。

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