◆◇◆
「がはっ」
ずしんと、亀裂から飛び出す勢いのまま地面に倒れ伏し、衝撃をその身に受けるソル。
体が思うように動かず、意識が朦朧とし、意味もなく手を握りしめ地面を削る。
ソルは痛みを感じない。
しかし、その背中に強烈な違和感を感じてなんとか身体を横にする。
すると、その背中は肩から脇腹にかけて酷い裂傷が刻まれていて、周囲は鞭で抉られたか火で炙られたかのように肉が爛れていた。
ソルはそれが呪いの類であることを理解した。
「クソっ」
その呪いが、自身のものであることも理解していた。
邪剣ムラサメ。その力の程は知らないが、自分が今手酷いしっぺ返しにあったのだ。
「……帝国最強に、俺の力は効かなかったどころか跳ね返されたってか。笑えねぇな………笑えねぇ」
冗談でも笑う気にはなれない。
「……死ぬのか」
死。その未来を直視する。
体が思うように動かず、呪いも正常に扱えない。
手を動かすもそこには上手く力は集まらず、ばちばちと制御を失った瘴気が放出されるのみだ。
ゲートを開くこともままならない。
「………」
無理だな。冷静な思考がそう答えを導く。
また失敗だ。
あいつに辿り着くまでもなく、帝国最強にすら勝てず敗走した挙句、無様に野垂れ死のうとしている。
心に沸き立つのは無念か、怒りか、復讐心か。
──否、沸き立つは諦念。言い訳。惰性。
ここで死んで終えるのなら、何の為に俺はここに来たのか。
何の為。何の為だ。何の為。
誰の為に、俺はこうしてここにいる。
すべては自分の為だろ。
そうでしかない。それしかない。すべては俺の無念を晴らす為。
『──お兄ちゃん』
朦朧とする意識に、何かが語り掛けてきた。
それは、小さく、弱く、泣いてばかりの子供。
図々しく、煩わしく、──大切なもの。
追憶の欠片。黄昏の記憶。
重い瞼を開いて、そちらを見れば。
「……お兄さん」
そこにはこちらを不安そうに見つめるレムがいた。
どうやら目を覚ましていたらしい。
朧げな視界は不確かで、微睡んだ思考はぼーっと少女を見つめた。
「……けが、してる……」
少女は衰弱したように、その身をふらふらと震わせながらこちらへと近寄ってくる。
「まってて……今、治すから……」
苦し気に、ばさつく瞳を開いて一度深呼吸し。
──三度、その角は光り輝く。
周囲からマナを吸い取る。
それを青年へと流し込む。
「はっ……はっ……」
過呼吸に、苦し気に、それでもふんばってマナを流し続ける。
その度に彼女の心音は縮んでいく。
弱く弱く、弱く。
「……なんで……」
──しかし、ソルの傷が癒える様子はない。
「治ってよぉ………治ってぇ……」
力を注いでも注いでも、意味はなく、ただ命を浪費するのみだ。
願い、祈り、望み、求める。
傲慢だろうと、怠惰だろうと、強欲だろうと、少女は祈る。
ただ一心に、なくてはならぬ人の無事を願って。
「………」
微睡みに浸る青年の頬に、一滴の雫が落ち、また一滴、また一滴と滴っていく。
その温もりに、ハイライトの消えた青年の瞳に、少しの光が戻ってくる。
「──ぐ、がっ」
「お兄さん……っ!」
束の間の帰還に、ソルは限界を無視して身を捩り、虚空に向けて手を伸ばす。
そして。
「───ッ!」
その先に、歪な窓が出現する。
小さく、不安定で、どこに繋がっているかもわからない先の見えないゲート。
「……中、に……───」
そう言い残して、青年は限界を迎え、意識が暗転した。
「………っ!」
気を失った青年を、小さな少女がずるずると運ぶ。
非力な少女は泣きながら、泣き言を言わず、歯を喰いしばって大人の身体を窓へと引っ張る。
その額に輝く角は電池の切れかけの証明のようにチカチカと明暗を繰り返し、限界のその先へ足を突っ込んでいる。
やがて、その片足が窓へと入り、背中、頭、手と窓へと引っ張られるように吸い込まれていく。
その最中も、絶対に手は離さなかった。
どさっ
ゲートを潜り抜けると、固い地面に叩きつけられる衝撃を味わい、へばりついていた意識から手が離れる。
「おにい……ちゃ……」
意識が遠のき、最後まで兄の無事を願う少女は。
「──あら」
最後に、聞いたことのない女性の声を聞いた。
目の前が暗くなる。瞼が上がらず、強い眠気に襲われる。
ソルが倒れ、レムが並ぶように気絶したそこへ、暗闇の中から一人の女が現れた。
その身は闇夜のような黒装束を纏っていて、
その漆のような鮮やかな黒髪は肩から腰にまで美しく靡き、
「貸し一つね。──貴方を殺すのは、私なのだから」
その麗しい紫紺の瞳は、妖艶に青年を見つめていた。
◆◇◆
黒い女
皆さんが思っている通りの人です。