ゼロカラワカツイセカイセイカツ   作:萎える伸える

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第十七話『覚悟』

◆◇◆

 

 

「あんだけ骨折って手に入ったのが『コレ』だけか。割に合わないな」

 

 日常に回帰したソルは、いつものようにお気に入りの椅子にもたれかかり、独り言ちた。

 

 自身の胸に手を翳し、そこに感じる異物感だけが先日の成果だ。

 

「……はぁ」

 

 自分しかいない部屋で目を閉じ思考する。

 

 考えるのは目下問題であるレムのこと。

 

 自分以外の人間が周りにいるというのは今までなかったことだ。

 

 必要だから、使えそうだったから、あいつを拾った。

 

「………」

 

 俺は間違った道を進んでいる。

 

 繰り返しすぎたせいだろうか。

 早くこの地獄を終わらせたいと畜生に堕ちたのだろうか。

 

 端から正しさなんて求めちゃいない。

 そう言い訳して自分を正当化することの愚かさに比べれば、ここで歩みを止めて運命に屈することを選んだ方が余程建設的で理性的だ。

 

 

『──絶対に殺してやる』

 

 

 心の奥底でそいつが囁く。

 

 すると昨日のことのように鮮明に思い出される理不尽に対する『憎悪』。

 

 元凶への『復讐心』。

 

 その眦には殺意が滲み、それを拭い去るように青年は眉間を揉んだ。

 

 

「……もう、これしかないんだ」

 

 

 それが何を意味するのかは、本人にしか分かり得ぬことだ。

 

 

◆◇◆

 

 

『お前さん、本当にそれでよいのか?』

 

『ソルの兄ちゃん、なんだか最近暗いな。なんかあったのか? 話なら聞くぜ?』

 

『お願い……置いてかないで……! レムを、私を、一人にしないで……!』

 

 

 要らない。要らないのだ。

 すべては唯一つの目的の為に、唯一無二の悲願の為に、自分を捧げろ、情を捨てろ、無駄を省け。

 そうでなくては“勤勉”じゃない。そうでなければ報いれない。

 

 

「ああ……これがお前か。──ペテルギウス・ロマネコンティ」

 

 

 心中に沸き立つ平常ならざる思考。

 それは取り込んだ狂人によるものか、あるいは遥か古の魔女の残滓か。

 そのどちらでも構わない。

 

 必要であるならば、利用するだけだ。

 

 隣人の厚意を無碍にし、自らを慕う少女の労りを蔑ろにし、そうして、そのすべてにおいて青年が責任を持たなければならない少女の心を置いていく。

 

 何かが青年に明確な変化を齎した。

 

 それは魔女因子によるものだったのかもしれないし、周りの忠言によるものだったかもしれない。あるいは変わったのではなく、元に戻っただけなのかもしれない。

 

 

 しかし、一つ明確なのは、──彼が覚悟を決めたということだ。

 

 

◆◇◆

 

 

 光の当たらぬ暗がりにある人の住んでない伽藍洞の空き家。

 

 ただ一つ置かれた小テーブルと椅子のセット。

 そこに座る一人の黒尽くめの女がいた。

 

 女は座って肘を立て、足を組み、空いた手でナイフを弄んでいる。

 

 暫くして、トントンと木のドアを叩く音が響いた。 

 

 女はその方を向き、見えざる客は返事を待つことなく扉を開けて入室してきた。

 

 黒く細身の青年。瞳は黒く澱み、ただでさえ陰気な風貌を更に暗く染め上げる。

 

 青年は開幕挨拶も抜きに言った。

 

「この間は助かった。礼を言う」  

 

 言いながら女の対面の席に着く。

 

「礼には及ばないわ。見返りは頂いたもの」

 

 男が礼を告げると、女は艶やかな笑みを浮かべ、一つの小袋を目前にぶら下げた。

 

「抜け目ねぇな」

 

 分かっていたことだが、それはソルが盗みレムに預けていた魔瘴石だった。

 それを手間賃として取っておいたのだろう。

 

「それはそれとして貸し一つよ」

 

「ああ、わかってる」

 

 しかし、それはそれだ。

 そもそも助けずとも石なんて死体から奪えばいいのだから。

 礼は要らずとも借りは残ったままだ。

 

「言えよ、依頼でも何でも手伝ってやる」

 

「あら、いいの? あんな子供を連れていたものだから、てっきり足を洗ったのかと思っていたのだけれど。──貴方らしくもない」

 

「……俺らしいって、なんだ」

 

「ふふ、それは自分が一番よく分かっているのではなくて?」

 

「……あいつは、必要だから拾っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。情なんかじゃねぇよ」

 

「貴方、死ぬことなんてどうとも思ってない、生きてるのに死んでいるかのような乾いた目をしていたのに。今は少しだけ目に生気が見える」

 

「………」

 

「どういう心境の変化なのかしら? ふふふ」

 

 何が面白いのか、女は頬を歪に歪めて微笑む。

 

 ──相変わらず、何を考えてるのかわからない女だ。

 

 ソルは女のにやけ面を忌々し気に睨みつけ、話を変えた。

 

「御託はいい。本題に入れ」

 

「……そう。暗殺の依頼よ。時間は明後日の冥日正子。それに同行すること。それでチャラにしてあげるわ」

 

「暗殺?」

 

 その提案に沸き立つのは疑念。

 それは暗殺如き、目の前の女一人で事足りるはずだからだ。

 そもそも、こいつは戦闘狂であるし獲物を奪われるのは嫌いなはずだ。

 

 ならば、それほど手強い標的なのか、あるいは──。

 

「標的は誰だ」

 

 

「公爵令嬢、クルシュ・カルステン。

 

 ──と言ったら、どうするのかしら?」

 

 挙がった名はよく知るもの。

 つい先日世話になった男の君主。

 

「──。ふざけてんのか」

 

「殺せない? それとも殺せるのかしら」

 

「おい」

 

「少し前の貴方なら迷わなかったわ」

 

「……──馬鹿を言うな。それが依頼なら──誰であろうと殺す」

 

「そ。今回は違うわ。よかったわね」

 

「……そうかよ」

 

 ソルは女の手のひらで転がされていることに不機嫌になりながら、改めて標的を明かすように促した。

 

「標的は王国貴族の重鎮。居場所は『水門都市プリステラ』よ」

 

「プリステラ? なんで王国の重鎮がそんなとこにいんだよ」

 

「さあ、私が知るわけないでしょう? でも……依頼者は彼の居場所とスケジュールも詳しく教えてくれたわ。随分と念入りに身元を隠していたけれど……ふふ、余程殺したかったのでしょうね」

 

「貴族が暗殺者に自国の重鎮の殺害依頼かよ。汚ねぇな」

 

「あら、ならそれを生業にする私たちはなんなのかしら」

 

「人でなし、だろうな」

 

 そう言ってニヒルに笑うソルに、女は相も変わらず笑みを浮かべて言う。

 

「ええ、そうね。『ニヒル』?」

 

「変な名で呼ぶな、『腸狩り』」

 

「そう? とっても似合ってると思うわよ」

 

「余計なお世話だ」

 

 話は終わりだと言わんばかりに、ソルは立ち上がり踵を返した。

 

「………」

 

 その背中を、笑みを消し、じーっと見つめる二つの瞳があった。

 

 

◆◇◆

 




◆◇◆


 ※一方その頃。


「はい?」

「あの、私を、弟子にしてください! お願いします!」

 困惑するように猫耳をぴょこぴょこ動かすフェリスと、土下座する勢いで頼み込むレムがいた。

◆◇◆


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