◆◇◆
「───」
『その女』は、ただの一言さえ発することなく、斬り刻まれた村々の跡地に佇んでいた。
その身は怪しげな黒のローブに包まれ、隠された瞳に何が映っているのかはわからない。
──俺は痛みで地にうずくまり、それを朧げな視界で見ていた。
額から流れ落ちた血が、右目を赤く染め上げる。
鮮烈な刺激に、瞼を拭おうと手慰みに腕を動かせば──。
……ああ。
そこにあるはずの右手はなく、肩の途中で断絶された肉片だけが残されていた。
「──ぁッ!」
声なき慟哭が、空に響いた。
だが、その甲斐も虚しく。
回帰する痛みに、揺らぎはない。
脳を鈍器で殴られるような痛覚信号に、いつもの冷静さが失われていく。
──痛い。痛い。痛い。イタイ。
際限のない激痛の波に、脆弱な精神は耐えられず。
──楽になりたい。
自然と、そう思うようになった。
それは矛盾した防衛本能。
危機から逃れようとするがゆえに、死を望む人間の性。
両足は潰れ、片腕は斬り刻まれ、片目を失っている。
これでどうして生きようと思えるのだろうか。
いいや、思えない。
俺はここで死ぬ。
その定めを、受け入れた。
「──そる、お、にい、ちゃ……」
「──────あ」
聞こえた。
聞こえた。聞こえた。
聞き逃しはしない。確かに聞こえたのだ。
聞こえた。
聞こえた。
──妹の声が。
暗く沈み、閉ざそうとしていた瞼が刮目する。
顔を上げ、声の主を探す。
すると、声のした方に『その女』はいた。
直後、──『緑刃』が煌めいた。
ヒュイン、と。
そんな風を切る音が、耳を通り抜けて。
「───あ、ああ……」
気づけば、視界の先で全身を斬り刻まれる『妹』がいた。
『妹だったもの』が、あたりに飛び散る凄惨な光景が映し出される。
そして、彼の真横に。
目玉だけとなった少女が、飛んできた。
「嗚呼……あああァァァァアアアアアアアアアッッ‼‼‼‼」
血を吐くような慟哭。
目を血走らせ、痛みを忘れ、死の恐怖を遠い彼方へ放り去る。
残った腕で、不様に、不恰好に地を這った。
「■■っ‼ ■■ッ‼」
『妹』の名前を呼ぶその声は、ぼやけてよく聞こえなかった。
這いつくばり、何かを叫びながら近づいてくる生き物を、背丈の低い『それ』は遥かな高みより見下ろしている。
その瞳に映るは『憐憫』か。
それとも『慈悲』か。
──否。
そのどちらでもない。
そこにあるのは、天罰を下す神の如き、残酷な『無関心』だった。
「───」
無言のまま、『そいつ』は軽く手を振るう。
──次の瞬間、自身の視界が粉微塵に切り裂かれた。
無為に。
無駄に。
無感動に。
少年の命は、理不尽な運命によって奪われる。
最後に思ったのは、妹のことでも、死への恐怖でもなかった。
────てやる。
表情一つ変えずに己を殺す『少女』の瞳は、真っ赤な血の色をしていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……お兄さん?」
「……んあ?」
気づけば、そこはいつもの書室だった。
青年は顔の上に読みかけの本を置き、瞼を下ろしていた。
本を持ち上げ、その隙間から声の方を覗けば、そこにはこちらを見上げるレムがいる。
「……珍しい、ですね。お兄さんがうたた寝しているところ、はじめて見ました」
「そうか? ああ、そうかもな」
そう言って、青年の手は
「お兄さん……?」
「……いや」
その理由を自覚して、『ソル』は自分を戒める。
「腹、減ってるか?」
「──こくっ」
「そうか。じゃ、美味いもんでも食いに行こう。支度しな」
「……っわか、りました」
そう言って、レムは焦るように、とことこと書室を出ていく。
「ふん」
その様子を見たソルは、一つ鼻を鳴らして。
「まだまだガキだな」
そう呟きながら、自分も飯屋へ向かう支度を済ませたのだった。
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