ゼロカラワカツイセカイセイカツ   作:萎える伸える

2 / 36
第二話『誰そ彼の記憶』

◆◇◆

 

 

「───」

 

 『その女』は、ただの一言さえ発することなく、斬り刻まれた村々の跡地に佇んでいた。

 その身は怪しげな黒のローブに包まれ、隠された瞳に何が映っているのかはわからない。

 

 ──俺は痛みで地にうずくまり、それを朧げな視界で見ていた。

 額から流れ落ちた血が、右目を赤く染め上げる。

 鮮烈な刺激に、瞼を拭おうと手慰みに腕を動かせば──。

 ……ああ。

 そこにあるはずの右手はなく、肩の途中で断絶された肉片だけが残されていた。

 

「──ぁッ!」

 

 声なき慟哭が、空に響いた。

 だが、その甲斐も虚しく。

 回帰する痛みに、揺らぎはない。

 脳を鈍器で殴られるような痛覚信号に、いつもの冷静さが失われていく。

 

 ──痛い。痛い。痛い。イタイ。

 際限のない激痛の波に、脆弱な精神は耐えられず。

 

 ──楽になりたい。

 自然と、そう思うようになった。

 

 それは矛盾した防衛本能。

 危機から逃れようとするがゆえに、死を望む人間の性。

 両足は潰れ、片腕は斬り刻まれ、片目を失っている。

 これでどうして生きようと思えるのだろうか。

 いいや、思えない。

 

 俺はここで死ぬ。

 その定めを、受け入れた。

 

 

「──そる、お、にい、ちゃ……」

 

「──────あ」

 

 聞こえた。

 聞こえた。聞こえた。

 聞き逃しはしない。確かに聞こえたのだ。

 

 聞こえた。

 聞こえた。

 ──妹の声が。

 

 暗く沈み、閉ざそうとしていた瞼が刮目する。

 顔を上げ、声の主を探す。

 すると、声のした方に『その女』はいた。

 

 直後、──『緑刃』が煌めいた。

 ヒュイン、と。

 そんな風を切る音が、耳を通り抜けて。

 

「───あ、ああ……」

 

 気づけば、視界の先で全身を斬り刻まれる『妹』がいた。

 『妹だったもの』が、あたりに飛び散る凄惨な光景が映し出される。

 そして、彼の真横に。

 目玉だけとなった少女が、飛んできた。

 

「嗚呼……あああァァァァアアアアアアアアアッッ‼‼‼‼」

 

 血を吐くような慟哭。

 目を血走らせ、痛みを忘れ、死の恐怖を遠い彼方へ放り去る。

 残った腕で、不様に、不恰好に地を這った。

 

「■■っ‼ ■■ッ‼」

 

 『妹』の名前を呼ぶその声は、ぼやけてよく聞こえなかった。

 這いつくばり、何かを叫びながら近づいてくる生き物を、背丈の低い『それ』は遥かな高みより見下ろしている。

 その瞳に映るは『憐憫』か。

 それとも『慈悲』か。

 

 ──否。

 そのどちらでもない。

 そこにあるのは、天罰を下す神の如き、残酷な『無関心』だった。

 

「───」

 

 無言のまま、『そいつ』は軽く手を振るう。

 ──次の瞬間、自身の視界が粉微塵に切り裂かれた。

 

 無為に。

 無駄に。

 無感動に。

 少年の命は、理不尽な運命によって奪われる。

 最後に思ったのは、妹のことでも、死への恐怖でもなかった。

 

 

 ────てやる。

 

 

 表情一つ変えずに己を殺す『少女』の瞳は、真っ赤な血の色をしていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……お兄さん?」

 

「……んあ?」

 

 気づけば、そこはいつもの書室だった。

 青年は顔の上に読みかけの本を置き、瞼を下ろしていた。

 本を持ち上げ、その隙間から声の方を覗けば、そこにはこちらを見上げるレムがいる。

 

「……珍しい、ですね。お兄さんがうたた寝しているところ、はじめて見ました」

 

「そうか? ああ、そうかもな」

 

 そう言って、青年の手は()()に少女の頭の上へと置かれていた。

 

「お兄さん……?」

 

「……いや」

 

 その理由を自覚して、『ソル』は自分を戒める。

 

「腹、減ってるか?」

 

「──こくっ」

 

「そうか。じゃ、美味いもんでも食いに行こう。支度しな」

 

「……っわか、りました」

 

 そう言って、レムは焦るように、とことこと書室を出ていく。

 

「ふん」

 

 その様子を見たソルは、一つ鼻を鳴らして。

 

「まだまだガキだな」

 

 そう呟きながら、自分も飯屋へ向かう支度を済ませたのだった。

 

 

◆◇◆

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。