ゼロカラワカツイセカイセイカツ   作:萎える伸える

21 / 37
第二十一話『救済の魔女』

◆◇◆

 

 

「──」

 

 その女が現れた直後、心を侵され凌辱される得も言われぬ不快感を得た。

 

 心の底から女の声に耳を傾け、傾聴し、その意思を拝聴しようとした。

 

 故に、判断は迅速。

 

「「「──ッ‼」」」

 

 三者三様に自傷と痛み、刺激によって最低限の自由意志を確保する。

 

 ソルが舌を噛み、エルザが腕を切り裂き、ジェスターがその剣で頬を抉った。

 

 ──次の瞬間、その場にいた全員に同じ傷が共有された。

 

 精神性を保つために行った自傷が共有され、全員が傷を共有する。

 

 其れを確認してソルはすぐさま理解した。

 

 それが乱入者の『権能』であり、極めて厄介な性質のものであると。

 

 

「──はい!そこまで!」

 

 

 透き通るような邪悪な声は場を支配し、目に見えぬ鎖の如く聴く者をその場に縫い付ける。

 

「静かにしてもらえたようでなによりです。ありがと。私はとても喜ばしいです」 

 

 ぼろぼろの布切れに覆われたミイラのような顔には特徴的な紫紺の瞳が垣間見え、覗く口からは死ぬ直前の蛙の如く耳障りな金切声が発せられている。

 

「そこのあなた方三人、喧嘩はよしてください。そう怒らないで、憤慨しないで。喧嘩するほど仲がいいとはいいますが、今は私の話に耳を傾けてくれませんか。譲り合いが大事ですよね。譲り合い、分かち合い、分かり合う、そうすることが『愛』への一歩。『悲劇』も『憤怒』もない方がいいに決まってます。みんな悲しいのは嫌ですよね。そうですよね。ごめんね。聞いてくれてありがと」

 

 真摯に、悪辣に、身勝手に、女は語り、されど止めること叶わず。

 

 

「えーっと、そう、どなたか。あなたですか? それともあなた? うーん、『愛』が感じられません。どうして拒むのですか。抗うのですか。それは辛くて苦しくて悲しいでしょう? みんなで一つになることこそが『愛』、そうでなくては人は心の罪過を押さえられず、慎めず、溢れ出させ、分かり合えない。そうして『憤怒』に堕ちてしまう。それはいけないダメですあってはならない許しちゃダメ絶対。──だから、一つになりましょう」

 

 

 女を中心に悪の波動が迸り、魂を犯すような負の波動が胸を穿った。

 

 魂が囁く、一つになれと。

 

 魂が悦ぶ、腸を切り開けと。

 

 魂が欺く、ママを愛せと。

 

 魂が嘯く、それが幸せだと。

 

 ──一つに。

 

 

「……これはちょーっと面倒だなぁ、『魔剣』がなきゃ危なかった。不測の事態だ。でも、ボクはむしろ即興劇は得意な方だ」

 

「あら、なんということでしょう。そこまで拒むだなんて強情。愛を受け入れぬ怠惰。自分勝手な傲慢。どうしてわかってもらえないのですか。私の想いが足りてないのでしょうか」

 

「お姉さんの目的は何? どうしてこの場に来たんだい?」

 

「お姉さんだなんて、凄く礼儀のなっている人なんですね。気を使わせてごめんね。ありがと。でもそうして聞く姿勢をとってもらえて嬉しいです。先ほども言った通り、私は夫を探しに来たんです。急に連絡が取れなくなってしまって、彼の住処に言っても彼の代わりの器を壊しても彼を知ってそうな人に尋ねても彼がどこにいるのかわからなくて、あの勤勉で頑張り屋な人が私を無視するはずなんてないのに、そうしたら福音が教えてくれたんです。ここに夫がいるかもしれないって、だから私は来ました。おわかりいただけましたか? そうしたら知っていること洗いざらい吐いてくれると助かるのですが」

 

「──知ってるよぉ、ボクはよくよく知ってる。お姉さんの旦那ならほら、すぐそこにいる──彼だよ」

 

「──あなた、ですか?」

 

 何の躊躇もなく、その怪女はこちらへ踏み込んできた。

 

「──ッ」

 

 眼前、その距離は紙一枚分もなく、その穢れた吐息がソルへとかかる。吐き気を催すような醜悪で醜怪な一つ目、汚れきった包帯、黄ばんだ歯、橋をかける唾液。怖気の走る穢れに、ソルでさえも身震いを禁じ得ない。 

 

 しかし、離れられない。まるで魂が脳の命令を拒絶しているかのように、身体が動かず、縫い留められ、十秒、二十秒、気が遠くなるほどその女と視線を交わす。

 

 その実、経過したのは三秒ほど。

 

 そこでもう一度、舌を噛む。痛いはなくとも確かな刺激が脳に信号として送られる。治癒能力のないソルにとって自ら傷を負うことは何よりも避けたい事態、しかし、それでもなお、この状況が続くことが危険だと本能が判断した。

 

 故に、一時の正気を取り戻し、ソルは『憤怒』を拒絶しようと権能を発動しようとして──。

 

「ペテ──」

 

「……──嗚呼」

 

 それより先に、『憤怒』の手がぬるりとソルの手を包み込んだ。

 

 その瞬間、びくりと肉体が活動を停止する。

 

 物理的に肉体を、精神を、魂を侵食されているかのような寒気が手から腕、胸へと浸透していく。

 

 ──気持ち悪い。

 

 

「そこにいたんですね──ペテルギウス。あ、ああ、あああ! ごめんなさい! 勝手に触れてごめんね、ごめんなさい。ああ、あなた、愛しいペテルギウス。よかった。そうですよね。あなたが私をおいていなくなるはずないですよね。ああ、ほんと、ごめんね。また会えて嬉しいです」

 

 突然、恥じらうように手を離し、その瞬間──魂を犯される不快感から解放された。

 

「──“ペテルギウス”ッ‼」

 

「きゃっ、もう! 本当にあなたったら意地悪な人。そうやってあなたとの出会いを待ち望んでいた私につれない態度を取って、もう、もう、もう……もどかしい!」

 

 気味が悪い。意地汚い。底意地が悪い。相容れない。

 

 何処まで行っても分かり合えはしない狂気、狂信、狂愛。

 

「くひひっ、さっすが王様、モテモテじゃないか。ほぉら、夫婦ならもっと仲良くしないと、奥さんが可哀そうだろ?」

 

「わっ、わっ、すごく物分かりのいい人なんですね。見えますか? そう見えますか? 夫婦みたいに見えますか? ふふふふふふふ、喜ばしい、心嬉しい、ああ、今日はなんていい日なんでしょう。優しい世界。分かり合い、愛し合い、『愛』を交わし合う、うふふふふふ」

 

「ああ、『愛』は大事だろう? でも、あなたの夫は素直じゃない様子。なら、ボクが手を貸そうじゃないか」

 

「えっ、えっ、いいんですか? 本当ですか? そんな、そんなことってあります? ──是非」

 

「りょーかい」

 

 ソルが口を挟む間もなく、まるで慣れたように狂った女の狂った情動に共感し、手を組んだジェスター。

 

 まるで理解できないこの女をここまで上手く扱えるものだろうか。

 

「──ッ」

 

 『憤怒』があちら側に回ったことを理解し、三つ巴でなくなった現状に危機感を抱く。

 

 敵は三体──いいや。

 

 

「──あァ……あァ、腹ペコだ」

 

 

 殺したはずの『暴食』が彼方より飛来する。

 

 

「さっきはよくもやってくれたなァ、お兄さん。あァ腹が空けば空くほど食事は美味しく香ばしく想像力が駆り立てられるッ! いいよ、いいさ、いいとも、いいだろう、いいだろうとも、いいだろうからこそ! 暴飲ッ!暴食ッ! お預けも空腹感も食事を美味しくする絶好のスパイスさァ! それだけの力、それだけの経験、きっと美味に違いないッ! 皿まで根こそぎ喰らってやるさ!」

 

「──ッ」

 

 ──まずい。

 

 後ろには『暴食』、手前には『憤怒』、右には道化、左には腸狂い、完全に囲まれた。

 

 そうして、思考する間もなく、すべてが動き出す。

 

 

「──イタダキマスッ!」

 

「くひひっ!」

 

「『愛』!『愛』! あなたのくれた『憤怒()』が滾る!」

 

 

 ………。

 

 ………。

 

 ………。

 

 延ばされた時の中で、刹那の思考、本能の直感、死を予見した反射。

 

 ソルは、第六感でもってこの場でも正解を掴み取る。

 

 

「───手を貸せ、エルザ」

 

 

 ソルは求めた、裏切り者の手を。

 

 ガギン、と甲高い音を立てて、一つの凶刃を一本のナイフが受け止める。

 

「──おいおい、なんで今更、キミが裏切る」

 

「どうしてでしょうね」

 

「舞台のキャラクターが勝手に役を捨てるなんてご法度、どういうつもりだ。──ママを裏切る気か?」

 

 凶刃を受け止めた女──エルザはその問いに答えず、無言で男を弾き、ソルから離した。

 

 そのまま男をソルに代わって相手する。

 

 

 それと同時、襲いかかった『暴食』と『憤怒』をソルは相手する。

 

「そらそらそらそらァ!」

 

 近づいた『暴食』の引っ搔くような攻撃を往なし、

 

「私とこの人の逢瀬を、邪魔するなッ! 人品卑しいクソ餓鬼が!」

 

 『暴食』とソル、二人とも襲うような鎖を適切に弾く。

 

「知ったことじゃないね! 喰うも喰われるも早いもん勝ちだ! あァ暴飲暴食ッ!」

 

 互いに互いを遠慮することなく本気で攻撃し合う両者。それらがすべてソルを襲う。それを適切に往なし、交わし、弾き、カウンターを入れ、対処する。

 

「──人を挟んでうるせぇんだよ、“ペテルギウス”」

 

「また弾く奴かっ‼ ──でもさァ、それはもう喰い飽きた!」

 

 『暴食』は本能と溜め込んだ経験から、ソルの弾く力が指向性のものであると理解していた。

 すなわち、一つ一つ的を絞る必要があり、周囲すべての存在を弾くことは不可能であると。

 故に、上下左右に素早く動けば、狙いが定まらず弾かれない。

 

「そう言うな。──最後の晩餐だぞ」

 

「──んなッ」

 

 それは正解だった。確かにソルの拒絶は猪突猛進で突っ込んでくる敵には効果的だが、躱すように迫ってくる敵には当てづらい。──だが、それは『拒絶』だったならの話だ。

 

 それは未だ見せていない、『権能』のもう一つの性質。

 

 ──すなわち、『魂の受容』。

 

「ぐぎぎぎッ、なんだッ、吸い寄せられるッ!」

 

 突如発生するソルを中心とした強力な引力場、凄まじい勢いで吸い寄せられていく。

 

 弾く力を想定し踏ん張っていた『暴食』は予期せぬベクトルに足を踏み外し、宙に浮いて引き寄せられる。

 

 そのままソルの元へ、直進し──。

 

「──たんと喰らえ」

 

「──ぶへッ」

 

 再び、ソルの渾身の一撃が顔面に叩きつけられ、そのまま地に叩きつけられた。

 

 大地が陥没し、『暴食』が白目を向き、血反吐を吐く。

 

 そうして、続けざまに拳を振るった。

 

「がはっ、うげッ、ぐひッ、ぶへっ、ごはッ、あ゛ッごえッ、ギッ!」

 

「──」

 

 ソルの拳が血でべっとりと染まり、『暴食』の歯が欠け、鼻が折れ、顎が割れ、頭蓋骨が陥没する。

 

 『暴食』は強烈な連打に意識を失い、それを確認してソルは『暴食』の胸倉を持ち上げた。

 

 そうして、その胸に手を翳して──。

 

「──ソル」

 

 ──気絶していたはずの『暴食』が、まるで本能かの如く。

 

 

「イダダギ、マズ」

 

 

 白目を向いたまま、だらんと力なく舌を垂らして、そこに折れた手のひらを不器用に押し付けた。

 

 この世界で最も邪悪で悪辣な権能が、その発動条件を満たした。

 

 食事が始まる。

 

 

◆◇◆

 

 

「──ゴチソウサマでしたッ」

 

 

 食事を行ったと言えど、ボロボロのままの『暴食』。しかし、失敗することもなく、『暴食』は確かにソルを喰らったのだ。その『名前』と『記憶』を喰らった。これでもうソルは動けない。

 

 ──否、この世に存在しないものになった。

 

 そうして喰らったそれは、今までのすべての味を味覚を触覚を凌駕するものだった。

 

「オイシイ、美味い、美味、甘美、今まで感じたことのない充足感ッ!満腹感ッ! ──想像以上だァッ! 粗悪な残飯とは比較にならないご馳走ッ!饗宴ッ! あァ感謝してもし足りないッ! 喰らっても喰らっても味がする! 感じたことのない美味、美味美味美味! これが──きゅべっ」

 

 忽然と、恍惚と舌鼓に酔いしれていた暴食の杜撰な食レポが妨げられた。

 

 それは──。

 

 

「──よぉ、最後の晩餐は堪能できたか」

 

 

 喰われたはずのソルが、明確な意思を宿した瞳で暴食を見ていた。

 

「へ? なんで、なんでッ、確かに喰らったのにッ! なんでどうともないんだッ! ──へぶッ」

 

「残念だったな、クソ餓鬼。悪いが、俺はもうとっくの昔に世界となんざ繋がっちゃいねぇんだよ」

 

「──がッ、あ゛ッ」

 

「──端から存在しないものを喰らって、その存在が消えるわけはねぇだろ」

 

 ソルはそう理屈付けた。

 

 その真意は『暴食』にすら解することが出来ず、納得も理解もソルにしかわからないことだ。

 

 ──故に、『暴食』は今喰らった『記憶』から読み取ろうとした。

 

 

「なんだこの記憶、なんなんだこの記憶! ──凄いッ、凄いさ、凄いな、凄いや!凄いとも!凄いからこそ! 暴飲ッ暴食ッ! なんだこれ、死の記憶!? やり直し!? 永劫回帰!? なんだこれ、なんなんだよコレェ! 美味!美味美味美味美味! 仲間を想う情熱!死を厭う恐怖心!あの子への罪悪感!それでも為したい復讐心! あの女への憎悪憎悪憎悪! 甘美だァ! あァ! 飢餓が、飢渇がッ満たされるッ!」 

 

 ──結果、『暴食』はこの世のものとは思えぬだらしなく崩れた顔をして、美酒に酔いしれるように呆けた。

 

「──あァ、英雄だ!王だ!俺たちの王!」

 

「テメェにそう呼ばれる筋合いはねぇよ」

 

「待って、待ってよ、待ってってば! まだ食いきれてないんだ!食べ足りない!凄い!これだけの時間!これだけの旅!これだけの執着! 愛!そうだ!愛してるんだ!俺たち兄弟が妹を愛してるのと同じ!俺たちもあの女を愛してる!」

 

「勝手に倒錯すんなよ、気色悪ィ」

 

「あぁぁぁぁあぁぁあああああ!!! まだしねないぃぃぃぃ!!! 俺たちはァ!! 幸せになる為にィィィ!!!」

 

「今まで散々食ってきたんだろう。なら、今度はお前が食われる番だ。──『不信』“ペテルギウス”」

 

 始まる、終焉の祝詞。

 

 ペテルギウスの本質。それは拒絶と受容。

 

 魂の反発も吸い寄せもその余波にすぎない。

 

 『不信』“ペテルギウス”。その本当の能力とは──。

 

 ──『魂の剥奪』。

 

 他者の魂を器から剥ぎ取り、己の糧とする非道の力。

 死すれば世界に還るはずの魂を捉え、酷使する外法の技。

 

 ゆっくりと、肉体から魂が引き剝がされ、ソルへと取り込まれていく。

 

 

「マ、マ……──────」

 

 

 『暴食』ライ・バテンカイトスから文字通り魂が抜ける。

 

「終わりだ」

 

 白目を向き、脱力し、そうして確かにソルの中に新たな『魔女因子』が取り込まれたことを実感して、ソルはその手を離した。

 

 どさっと、人にしては軽い音を立てて、抜け殻が地面へと落ちる。

 

 まだ小さく、幼い身体ゆえに。

 

「──次は、お前だな」

 

「ああ、あなた、私待ってました。私はできる妻ですから。いつも、あなたは応えてくれなくて、それでも一つになる為にいつも待って、待って、待ち続けました。だから、少しぐらい激しく求めても許してくれますよね? 私の『愛』があなたに届くように!」

 

 再び、戦闘を開始しようとする『憤怒』。

 

「………」

 

 それに対し、ソルは一つ深く息を吸い、そうして吐いて、告げた。

 

「──シリウス、って言ったか?」

 

「ええ、そうです。やっと気づいてくれたんですか? 私のあなたへの『愛』に!」

 

 告げながら、ゆっくりと、自然な足取りでシリウスへと近づいていく。

 

「お前の気持ちはよく分かった」

 

「ど、どうしたんですか、あなたから近づいてきてくれるなんて、そんなことこの百年一度も……ほ、本当に、気づいてくれたんですか? やっと私を見てくれたんですか……? あ、ああ……あなた……愛しのペテルギウス……」

 

 近づく、すでに手の届く距離。

 

 それでも、ソルは嫌な顔一つせずに近づいて。

 

 朗らかな笑みを浮かべて。

 

 

「だからほら、──一つになろうぜ」

 

 

 らしくもない、甘ったるい声音で、朗らかな笑みで、いつもの陰気さを消して、柔らかく手を差し伸べて、ソルは怪人の手を躊躇なく取った。

 

「───はい」

 

 それに『憤怒』は、どうしたことか。今までの醜悪な声を潜めて、ただ一人の乙女の如く、瞳を輝かせて、か細く答えた。

 

 

「──『不信』“ペテルギウス”」

 

「あ、あ……やっと、あなた、と、一つ、に──……ジュース」

 

 

 ぐるんと目が回り、『憤怒』の肉体から力が抜け、ソルへともたれ掛かってくる。

 

 同時、ソルの魂へと次なる『因子』が取り込まれる。

 

「──あがッ」

 

 胃もたれするような強大な魂を二つも取り込み、尚且つ魔女因子まで取り込んだのだ。

 

 一つならず二つも一気に取り込んだソルの魂が肉体が器が、拒絶反応を起こした。

 

 ──ドクン、と心臓が強く脈打つ。

 

「くそッ」

 

 凄まじい倦怠感、嫌悪感、胸を満たす憎悪、吐き気、悪感情、飢餓、──激情。

 

 ソルはその場に膝をつき、平静を失う。

 

 

「──終わったようね」

 

 

 そこへ現れたのはエルザだった。

 

 そして、この男も戻ってくる。

 

「──素晴らしい。魔女因子を取り込んだのか。これで三つ。くふっ、くははははっ、キミはどこまでいくつもりなんだ! 嗚呼、ソル! 我らが王! 目的の為にそこまでするか!」

 

 男は笑う。嗤う。哂う。

 

「なら、遠くないうちにキミとボクはまた出会うことになるだろうね。それが運命。それが宿命。それが運命の筋書きなればこそ! 王が闘う舞台はボクが創ろう!」

 

「……てめぇは……」

 

「道化は去るよ。キミは必ずボクのもとへ来る。──キミが欲しているのは、これだろう?」

 

 背後に虚空を開き、傍にいつの間にかいた少女を携えた男は、別れ際にその手に持つ剣を掲げた。

 

「……まさかッ」

 

「──『愛剣』ラヴサイド。ほら、やっぱりそうだ」

 

 ソルが求めていた『愛剣』、それが男の持つ十字架の剣だという。

 

「──またね、ソル」

 

「……待てッ‼」

 

 技を発動しようとするも、それより早く窓は閉じた。

 

 散々好き勝手言って、道化は虚空に消えた。

 

 残ったのはエルザとメィリィ、そしてソルだけだ。

 

「それで? 貴方に手を貸した私に、貴方は何をしてくれるのかしら」

 

「……わかってる。お前の目的にも、手を貸す」

 

「目的、ね。それが何だか、貴方は知っていて?」

 

 エルザの目的、それは──。

 

 

「──お前の『雇い主』を殺すこと、だろ」

 

 

 雇い主とソルは表現したが、厳密には違う。

 

 誰にも従わず自分勝手なエルザという女が、縛られている原因、それが雇い主、エルザが『母』と呼ばされている存在。

 

「今日のこともそいつの差し金だな、違うか?」

 

 今日、何度も『ママ』という言葉を聞いた。

 

 それはまず間違いなくエルザの『雇い主』と同一人物だ。

 

 『暴食』の大罪司教すら手駒にして俺を捕らえるか殺すかしに来た。

 

 『憤怒』だけは誤算だったのだろうが、それ以外がすべてその女の差し金。

 

 

「殺せる自信があって?」

 

「俺にその可能性があるって判断したから、お前も手を貸してくれたんだろ」

 

「──そう。いいわ、それで手を打ってあげる」

 

「そうかよ」

 

 

 そう言って交渉がまとまって、ソルは心の中で思った。

 

 ──ここで殺してしまった方が楽だ。

 

 そう何かが囁く。

 

 ビリっと痛みとも違う違和感が脳裏を走って、ソルは表情を歪めた。

 

 どんどんとそれは脳をじわじわと侵食するようにして広がっていく。

 

「──ッ、これ以上はまずいか」

 

 殺す殺さないなどと言っている場合ではない。

 

 今は一刻も早く、休める場所に行くべきだ。

 

「エルザぁ~!」

 

「妹がお呼びだぞ」

 

「そうね。時間は一週間後、この間と同じ場所で」

 

「ああ、わかった」

 

「それじゃ」

 

 そう言って手短に会う手取りを済ませて女は去った。

 

 

 ソルもまた、一刻も早くここを去ろうと、窓を開き、その奥へと進んだ。

 

 

◆◇◆

 

 

 ………………。

 

 

 招かれざる客が去り、水門都市プリステラにようやく朝日が昇る。

 

「う、うぅ……」

 

 有名な大貴族の豪邸が崩壊していることに一部の人間が気づき、大慌てで人がいないか捜索した。

 

 そこには荒れ地となった場所で蹲る一人の少女がいた。

 

「子供がいたぞー!」

 

 そんな掛け声で人が集まり、子供に怪我がないか確認する。

 

 その子供に命に別状はなかった。

 

 そうして、別の場所でも声が上がった。

 

「ここにも子供が!」

 

 そこには小汚い薄汚れた少年がいて。

 

 その子供の安否も確認すれば、その子供からは心音がしなかった。

 

「酷い、顔も潰れて、身体もぼろぼろだ……ここでいったい何があったというのか」

 

 綺麗な服に泥がつくことも厭わずに小汚い子供を持ち上げた温厚な中年男性は幼気な子供の惨状に眉を顰め、瞳に悲しみと憐れみを堪えた。

 

「とにかく、ここではなくもっと清潔な場所へ……」

 

 そうして持ち上げた途端、──おっさんの首が吹っ飛んだ。

 

 

「──やった! やっと死んだ! 凄い! これが自由!? これが空!? これが世界! 嬉しい! 嬉しいよ、嬉しいね、嬉しいな、嬉しいよね、嬉しいに決まってる! 嬉しいからこそ! 暴飲ッ!暴食ッ! 邪魔な兄様が死んでくれた! こんなに綺麗に身体を残して殺してくれるなんて! あのお兄さんには感謝しなくっちゃ! 感謝して私たちがぺろっと頂いてあげる! ──やり直し? 永劫回帰? なにそれ! なんなのそれ! 今から味を想像して舌が鳴る! 心が躍る! 私たちの幸せがそこにあるって確信できる! ──私たちは魔女教大罪司教! 『暴食』担当、ルイ・アルネブッ! 食って、齧って、食んで、ねぶって、しゃぶって、貪って私たちの人生を手に入れるんだ‼」

 

 

 男の声で、女のように無邪気に歓喜の声を上げる子供。

 

 その様子は無邪気そのもので、しかし言っていることは邪悪そのもの。

 

 そうして、その場にいた他の者たちは子供がおっさんの首を縊り殺したところを見ていた。

 

「な、なんだこのガキ!」

「誰か、取り押さえろッ!」

 

「あはっ、メインディッシュの前の腹ごしらえって感じ! いいね、いいさ、いいよね、いいから、いいってば、いいんだから、いい感じだから! 暴飲!暴食! ──イタダキマス!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すた、っと。

 

 

 それは天空よりひらりとこの場に舞い降りた。

 

 

 その様はまさしく天使の如く。

 

 

 

「───」

 

 

 

 

「ん? あんた、だ──────れ」

 

 

 ──瞬間、優雅に、いと慈悲深き風が舞う。

 

 

 邪悪な悪童を、魂諸共真っ二つに切り裂いた。

 

 舞うは風。荘厳にして恩寵の逆鱗。

 

 その刃に痛みはなく、あるのはただ安息だけだ。

 

 死とは安息、すなわち救済。

 

 

 ──そう、彼女こそは天に使わされし運命の使徒。

 

 

 

 

 

「──私は魔女教大罪司教『傲慢』担当」

 

 

 

 

 

 その身に美しい黒の着物を纏い。

 血のような赤みを帯びた桃色の髪は神聖なものを連想させ。

 こちらを見つめる双眸には深き憐れみと慈愛が込められている。

 

 額には神をも唸らせる白より白き百毫を連想させる一本の角を生やした──。

 

 

「ラム」

 

 

 ──救世の魔女が降臨した。

 

 

 彼女こそは世界の救い手。

 

 

 彼女の手が、ゆったりと振るわれる。

 

 その様は、美しく、神聖で、不可侵とさえ思える芸術的なものだった。

 

 その場にいたすべての人間が魅了され、恐れおののき、魂から屈服して、ひれ伏した。

 

 

 そうして、振るわれたが最後。

 

 

 万物が断絶され、空間が罅割れ、世界が崩壊した。

 

 人の子も、そこに住む動物も、建物も、何もかも切り裂かれる。

 

 水門都市を力の奔流が包み込む。

 

 

 風神の息吹が地を薙いだ。

 

 

 一瞬の出来事だった。

 

 まるで浄化されたかのように穢れのない世界がそこにはあった。

 

 人工物が、不自然が消え、すべてが自然に帰した。

 

 流れる水の音以外、何もない。

 

 壁も、人も、建物も。

 

 

 

 雲一つない青天の霹靂を遮るものは、何一つなかった。

 

 

 

◆◇◆ 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。