ゼロカラワカツイセカイセイカツ   作:萎える伸える

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第二十五.五話『邂逅』

◆◇◆

 

 

「……だめだ、だめだよ、ママ……ソルと戦ったら、ママが死んじゃう……」

 

「喋らないでください。大人しくしていないと、本当に死にますよ」

 

 『色欲』をソルたちが相手取る一方で、レムは死にかけのジェスターに治療を施していた。

 

 腹部を貫かれ、内臓を傷つけられ、全身を鞭打たれてなお息のある男。普通ならば、助ける理由などない。敵であり、誘拐犯であり、エルザを連れ去った張本人であり、ソルたちの前に立ちはだかった障害そのものだ。

 

 それでもレムは、治療の手を止めなかった。

 

「お兄さんに言われたからついてきたけどぉ、本当に治しちゃっていいのぉ? この人も敵なんでしょぉ?」

 

 傍らで魔獣を控えさせたメィリィが、当然の疑問を口にする。

 ソルがメィリィまでこちらへ寄越したのは、ジェスターが治った直後に敵対した場合に備えてのことだろう。治す価値があるからではない。治した後に殺す準備をしておくためだ。

 

 それくらいのことは、メィリィにもわかる。

 

「分かりません。でも……少なくとも、ベラトリクスちゃんにとっては、この人も大切な人なんだと思うんです」

 

「殺しちゃった方が、後々面倒がないと思うんだけどぉ。お兄さんもレムちゃんに毒されて、甘くなってなぁい?」

 

「レムがお兄ちゃんを変えることなんてできませんよ」

 

 レムは静かに首を振る。

 その表情には、迷いがない。

 

「お兄ちゃんが変わったのだとしたら、お兄ちゃん自身が変わろうと思ってくれたんです。大丈夫。レムはお兄ちゃんを信じています。何かあっても、レムがなんとかしてみせます」

 

「……それならいいけどぉ」

 

 絶対に間違っている。

 メィリィはそう思った。

 敵を助けるなんて甘い。甘すぎる。そんな甘さは、いつか自分たちの喉元に牙を立てる。

 それでも、結局最後には受け入れてしまうのはなぜなのか。

 

 メィリィには、まだ分からない。

 

 ただ、それが悪いものではないことだけは、今のメィリィにもなんとなく分かっていた。

 

 

◆◇◆

 

 

『あんたの顔が憎い』

 

 ■マが言う。

 

『あんたを見てるとイライラする』

 

 マ■が言う。

 

『あんたも私を醜いと思ってるんでしょ?』

 

 ……ママが言った。

 

「そんなことないよ。ママはママだ。ずっと綺麗だよ」

 

『そんな――フザケタことを言わないでッ!』

 

 怒声と共に、花瓶が壁に叩きつけられた。

 

 割れた破片が床に散らばり、そのいくつかがぼくの足に当たる。けれど痛くはなかった。痛いと思うよりも先に、ママの顔を見てしまうから。

 

『醜いでしょ!? 顔を溶かされて、髪も剥げて、目も窪んで、鼻もなくなって! それで何が綺麗なのよ! もう私はダメなのよ! あの人に見せられる顔じゃない! あの人に愛してもらえないの! なんで、なんでこんなことに……私は、だって……あの人と一緒に……』

 

 いつもの癇癪だ。

 怒ってくれるうちは、まだいい。

 ベッドに死んだように伏している時の方が怖かった。声をかけても返事をしない。食事を置いても手をつけない。こちらを見てもくれない。

 

 それに比べれば、殴られる方がずっとよかった。

 

 ぼくはママを見捨てない。

 ママがぼくを見捨てないうちは、ぼくはまだママの子供だ。

 ママはまだ、ママなのだ。

 

『あんたのせいよ……あんたが、あんたが有名になったりするから、だからあんたに嫉妬した誰かが私を襲ったのよ……そうよ、そうとしか考えられない。アンタのせいだ。アンタさえいなければ――』

 

 だんだんと言葉の筋が崩れていく。

 見ている世界が狭くなって、考えることがひとつだけになって、その怒りがぼくへ向く。

 ぼくはどうすればいいのかわからなかった。

 

 だから、ひたすらママが喜ぶような物語を考えて、演じた。

 

『それを……その気色悪い演技をやめなさいッ!』

 

 いつも最後までいけなかった。

 ママを笑わせる前に、ママを怒らせてしまう。

 それでも続けた。

 

『やめなさい』

 

 続けた。

 

『やめて』

 

 続、けた。

 

『お願い……もう、勘弁して』

 

 ママは部屋に入れてくれなくなった。

 一日中閉じこもって、暗い部屋で毛布を被るだけ。

 食事もほとんど食べてくれない。

 どうすればママが喜ぶのか考えて。

 

 ――ぼくは、自分の顔をナイフで斬った。

 

 そうして、ママにナイフを渡した。

 

「ぼくの顔が嫌いなら、ママの好きなようにしていいよ」

 

 すると、ママは狂ったように嗤って、ぼくを切ったり、殴ったり、蹴ったりした。

 

『あはっ、くひっ、いひひっ、あははははっ』

 

 久しぶりに笑ってくれた。

 嬉しかった。

 でも、何かが違った。

 これじゃない。

 

 ママの笑顔は、もっと……。

 

 

 もっと、綺麗だったはずなのに。

 

 

◆◇◆

 

 

『気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。テメーらみてーな偽善者の皮を被ったクソ肉どもを見てると、心底反吐が出る』

 

 『色欲』は竜の身体で暴れながら、流暢に罵詈雑言を吐き散らす。

 

「――“バン”」

 

 ソルの一撃は、黒い鱗に弾かれた。

 衝撃は確かに通っている。だが、足りない。竜の肉体は、ただ頑強という言葉だけでは片づけられないほどに強靭だった。

 

『羽虫は羽虫らしく潰れて死にやがれ。中身はドロドロに腐った虫のくせに、一丁前にニンゲンの振りすんな、クソ野郎!』

 

「……そうだな。間違ってねぇよ。俺は自分勝手なクソ野郎だし、人でなしだ」

 

 ソルは短く息を吐く。

 目の前の怪物の言葉を否定しない。

 

「でもな、俺は綺麗事が好きなんだよ。俺は汚ねぇ野郎だからな。綺麗なもんにどうしても憧れちまう」

 

 青い空。

 澄んだ空気。

 邪気のない子供。

 真っ直ぐな願い。

 守りたいと泣ける心。

 

「全部が全部、どうしようもなく憧れちまう。羨ましいとすら思う。俺にはできねぇ。けど、俺にはできねぇことをできる奴らがいる」

 

 ソルの視線が、ほんの一瞬だけレムたちへ向く。

 

「そいつらのことを、俺は何としても守るって決めてんだよ」

 

『長々と語って、結局汚ねぇ自分と他人の内面から目ぇ逸らしてるだけじゃねーか』

 

 『色欲』は嘲る。

 

『他人の綺麗なところだけ見て、醜いところを見ないふりして、嫌われたくねーって震えながら自己満足の言葉吐いてるだけだろーが。好きだの嫌いだの言い換えたって、やってることは変わんねーんですよ』

 

 黒竜の尾が薙ぎ払われる。

 ソルは空間を割ってかわし、エルザがその隙に巨竜の視界を横切った。ベラトリクスが命剣を握り、鱗へ刃を叩きつける。

 

 火花が散った。

 

 鱗に、浅い傷が入る。

 

『綺麗なもんを守ってる自分に酔って縋ってるだけだろーが! 守るだの何だの適当抜かすんじゃねーってんですよ! 守れてねーんですよ! テメーの何処が、そこのクズ肉どもを守れた! どこが! どう! 守れたってんだ! 言ってみろ!』

 

「………」

 

 ソルは言い返さない。

 

 言い返せない。

 

 周囲には、傷ついたベラトリクスがいる。

 注意を引くために『色欲』の眼前を動き回り、何度も叩き潰されたエルザがいる。

 そもそも、エルザを連れ去られたことが発端だ。

 ロム爺も、フェルトも、守れてなんかいない。

 

 今だって、守らなければならないレムの手を借りている。

 

『そうやって都合が悪くなればだんまり。これだから口だけのオス肉クソ肉は信用ならない』

 

 竜の顎が開く。

 

『アタクシは慈悲深く優しい女ですから。そんなクズなテメーだろうと愛してやります。嘘でも欺瞞でも、アタクシを褒め称えて崇めるなら、殺さずに飼ってやる。そんなことすらできねーなら、生きてる価値なし。さっさと自害でもなんでもしてろ。死ね。死ね。死ね』

 

 執拗に男を嫌う言葉。

 その歪みの奥に、何かがあるのだろうとソルは思った。

 

「お前、男にでも騙されたのか?」

 

『はぁ? 話聞いてんですか? とうとう耳まで腐り落ちたってんですか?』

 

 『色欲』が吼える。

 

『どいつもこいつも愛だの想いだの、綺麗事抜かして飾ってんじゃねーよ! 愛なんて所詮、肉と肉の本能だろうが! 何が愛だ、何が想いだ! お綺麗な言葉で飾って誤魔化して、目を逸らして耳を塞いで、分からない振りしてるだけじゃねーか!』

 

「……美しきを愛に譬うのは愛の姿を知らぬ者。醜きを愛に譬うのは愛を知ったと驕る者、だったか」

 

『……何が言いたい』

 

「いや何。お前は後者だと思っただけだ」

 

 ソルは笑わない。

 ただ淡々と、告げる。

 

「知った気で愛を語っちゃいるが、てめぇは愛なんざこれっぽっちも分かってない。それはお前が、誰にも愛されたことがないからだ」

 

『何を言うかと思えば、くだらねー戯言を宣うじゃねーですか』

 

 竜の瞳が見開かれる。

 怒りか。

 憎悪か。

 あるいは、図星を突かれた者の拒絶か。

 

『アタクシが愛されてない? 違う違う違う、全然違う。アタクシは愛されてる。アタクシはこの世のすべてのニンゲンに崇め尊ばれるべき至高の存在だ! アタクシは誰よりも愛されるべき女だ! 誰よりも、どんなクズ肉にも尽くせる女だ! アタクシが愛してやるんだから、アタクシを愛せ! それが正解だろーが! それが当然だろーが!』

 

 黒竜の爪が大地を抉る。

 

『それがわからねークズどもに分からせる為の努力を、アタクシは欠かさない! アタクシ自身の魅力を上に、上に、上に、上に、上に上げて! アタクシ以外のクソ肉の魅力を下に、下に、下に、下に、下に下げて! この世で最も尊く美しいアタクシを、誰もが愛するようにする!』

 

 その咆哮は、宣誓だった。

 

 

『――アタクシこそが、魔女教大罪司教『色欲』担当、カペラ・エメラダ・ルグニカ様だ!』

 

 

 竜の爪が襲い来る。

 

 

◆◇◆

 

 

 しばらく、そうして日々を過ごした。

 

 傷は仮面で隠した。

 髪はウィッグを被って誤魔化した。

 役者の仕事も、続けられる限りは続けた。

 けれど、いつだったか顔の傷がばれてしまった。

 

 ぼくは役者をクビになった。

 

 そして、この傷をつけたのがママだとわかると、衛兵がママを連れて行こうとした。

 

 ――だから、ぼくはママを連れて街を出た。

 それから町を転々としながら、大道芸で日銭を稼いだ。

 道化みたいなメイクをして、笑いを取って、お金をもらった。

 

 町を出ると、ママは無気力になった。

 パパと離れ離れになったからかもしれない。

 

 それでも、たまに外へ出歩くようになった。

 ちゃんと帰ってきてもくれた。

 

 ぼくは少し前の生活に戻ったようで、嬉しかった。

 

 しばらくして、ママは変な宗教に入った。

 

『■■■■、ご本読めるようになったの? ママも本を貰ったんだけど、読めなくて……』

 

 名前を呼んでもらえたのは、本当に久しぶりだった。

 ママは笑ってくれるようになった。

 話しかけてくれるようになった。

 

『■■■■、お金頂戴? いいわよね。お母さん、顔を治せるかもしれないの。ね?』

 

 お金をせびるようになった。

 別に、お金なんていくらでもあげた。

 ぼくが稼げばいいだけだから。

 

 でも。

 

『ねぇ、■■■■。お母さん、綺麗?』

 

 ある日、ママはどこかから帰ってきた。

 

 不治の傷はどこにもなかった。

 

 溶けた顔も、剥げた髪も、窪んだ目も、欠けた鼻も、すべてが消えていた。

 

 昔の姿に戻っていた。

 

 ママは、それをとても嬉しそうに微笑んで。

 

 でも。

 

 でも、違うんだ。

 

 違った。

 

 全然、違う。

 

 こんなんじゃない。

 

 ママは。

 

 ママの顔は。

 

 ママの笑顔は――。

 

「――こんなの、ママじゃない」

 

『えっ……?』

 

 いつだって。

 襲われてからだって。

 やつれていたって、苦しくても、たまに微笑んでくれた儚げな笑みは――この世界の何よりも綺麗だった。

 

 なのに、今は違った。

 その貼りつけた仮面のような変わらぬ笑顔は、決してママのものではなかった。

 そんな偽物の綺麗さはいらない。

 

 また、前みたいに。

 初めて演劇を見たあの時みたいな。

 

 ――世界一綺麗な笑顔を見せてよ。

 

 次の日。

 

 ママは部屋で首を吊って死んでいた。

 

 ぼくの言葉が、ママを殺した。

 

 ママを失って、ぼくは気づいた。

 ぼくは、ママの子供である自分を演じていたのだと。

 そして、ママの子供以外の在り方を、ぼくは知らなかった。

 

 ぼくにはママが必要だった。

 でも、もうママはいない。

 ママはぼくが殺してしまった。

 

 『その人』が来たのは、そんな時だった。

 

 

『――もし、あなたのその素晴らしい才能を、私たちの元で使う気はありませんか?』

 

 

 行き先を失ったぼくの前に現れたその人は、まるで神サマのようだった。

 

 

◆◇◆

 

 

「ッチ」

 

 射撃しても、すべての攻撃が黒い鱗に弾かれる。

 エルザが注意を引き、ベラトリクスが命剣を振るう。だが、深くは通らない。斬れてはいる。届いてはいる。だが、致命には程遠い。

 

 これが竜だというのか。

 圧倒的な生物としての格差。

 

 決め手はある。

 だが、打つ手がない。

 ただの“ビッグバン”では傷一つつかなかった。

 こうなれば、一か八か、再び権能を掛け合わせるしかない。

 

 だが。

 

「ぐッ……強引に混ぜ合わせた反動か」

 

 不安定な状態で混ざり合った権能が、反発し、拒絶し合っている。

 『怠惰』も『暴食』も、発動すら鈍い。

 強引に撃てなくはない。

 だが、それをすれば、最後の決め手がなくなる。

 

 そうなれば終わりだ。

 

「おにーちゃんを、まもらないと……ぼくが……まもらないと……」

 

 ベラトリクスにも限界が来ていた。

 彼女は『怪力』の加護を持ち、大剣だろうと容易く振り回せる。だが、体力は少女のそれに過ぎない。気力で立っているだけだ。

 

「ッ、おい!」

 

 そんな彼女へ、再び『色欲』の尾が迫る。

 

 ――キィン、と甲高い音が響いた。

 

「……あ」

 

「――代役ありがとね、ベラトリクス。後はボクが代わるよ」

 

「あ……でも……」

 

「よく頑張ったね。お下がり」

 

「…………うん」

 

 戻ってきたジェスターに諭され、ベラトリクスが後ろへ下がる。

 傷ついた彼女を、すぐさまレムが癒す。

 ジェスターはベラトリクスの落とした命剣を拾い上げた。

 

 片手には命剣。

 もう片手には、愛剣。

 

 二振りの魔剣を携えた男が、純黒の竜と向き合う。

 

『テメー、生きていやがりましたか』

 

「ああ、母さん。ぜんぶ思い出したんだ」

 

『あぁ? 何を思い出したってんですか』

 

「ボクが、どうしようもない子供だったってことをだよ」

 

『………』

 

 戻ってきたジェスターは、どこか晴れやかな顔をしていた。

 何かを覚悟したような面構えだった。

 

 何より明確に変化したのは――『色欲』を、ママではなく母さんと呼んだこと。

 

「もうやめよう、母さん」

 

『黙れ。テメーにそう呼ばれるだけで虫唾が走る。テメーはもう子供でも何でもねーんだよ。――死ね』

 

 再び、尾が振るわれる。

 ジェスターは避けない。

 真正面からその一撃を受け、後ろへ吹き飛ばされた。

 

 だが、今度は倒れない。

 足を踏ん張り、耐える。

 顔を打たれ、口の端から血が流れた。内臓がやられたのだろう。呼吸の音が濁っている。

 

 そこへ駆け寄ったレムが、背中に手を当てて癒した。

 

「……どういうつもりだい?」

 

「あなたのためじゃありません。あの子のためです」

 

「……そうかい」

 

 ジェスターは目を細めた。

 

「ああ、キミはママに似てるなぁ……」

 

「え?」

 

 その言葉の真意を問う間もなく、ジェスターは『色欲』の前へ戻る。

 

「ボクと母さんの関係を断ち切る。すごく遅くなったけど、母離れの時間だ」

 

『何を……』

 

「母さんはボクの本物のママじゃなかった。でも、あなたはボクのママになってくれた」

 

 ジェスターは笑う。

 それはいつもの芝居がかった笑みではなかった。

 自分を誤魔化す道化の笑みでもなかった。

 

「だから、今度は間違えない」

 

『何を言ってやがるんですか、テメーは』

 

「――一緒に死のう、母さん」

 

 ジェスターは愛剣を振り上げた。

 

 そして、その刃を自分の腹に突き刺した。

 

『――ッギュォオオオオオオオオオオ!!!』

 

「――かはっ」

 

 腹を突き抜けた魔剣は、ジェスターのゲートを貫き、そのオドを切り裂いた。

 直後、『色欲』のゲートから愛剣が生える。

 その刃が、『色欲』の魂を直接貫いた。

 黒竜が苦しげに叫び、乱雑に藻掻く。

 

 防御が崩れた。

 その一連を見て、ソルは決断する。

 ここしかない。

 

 鱗が剥がれていない以上、生半可な攻撃力では足りない。

 だから、今ここで出せるありったけを込める。

 軋む身体も、制御の利かない権能も関係ない。

 無理でも無茶でも押し通す。

 限界など関係ない。

 そんなものは、超えてしまえ。

 

 ソルの持つすべての力を、ここに集約する。

 

 ――『怠惰』。

 

 両手を構え、今まで剥奪し、溜め込んでいたオドを抽出する。

 

 ――『憤怒』。

 

 それを自身のオドで包み込む。

 

 ――『暴食』。

 

 今にも暴発しそうなそこへ、さらに瘴気を喰らわせる。

 

「――ッ」

 

 白いオドと黒い瘴気が、球体の中で拒絶し、反発し、暴れ狂う。

 膨張し、拡大し、今にも破裂しそうな爆弾となったそれを、ソルは無理やり抑え込んだ。

 出来上がったのは混沌の力。

 溶け合うはずのない二つの力が集約され、押し込められ、すべてを破壊する力となる。

 世界の理すら歪めかねないそれが、今、放たれる。

 

 

「――『超越』“アトモスフィア”」

 

 

 解放されたエネルギーは、藻掻く『色欲』へ一直線に進み。

 

 

 ――世界に、終焉が訪れた。

 

 

◆◇◆

 

 

 ジュウジュウと、肉の焼け焦げる音がする。

 凄まじい衝撃波と振動の後、ひしめく砂嵐の中に見えたのは、黒く焦げた巨大な肉塊だった。

 

『■■■■■■■■■――ッ』

 

 言葉にならないナニカを叫んでいる。

 

 そう。

 まだ、それは生きていた。

 すぐにでも殺さなければならない。

 

 そう思って、ソルは一歩踏み出そうとした。

 

「ぐ、が……」

 

 だが、歩くこともままならず、その場に倒れ伏す。

 見れば、あるはずの両腕がなかった。

 先の反動で吹き飛んだのだろう。

 両腕がなくては、立ち上がることも難しい。

 

 そんなソルに代わって、肉塊となったソレへ近づく者がいた。

 ジェスターだ。

 

「……母さん」

 

『■■■■■■■■■■ッ! ■■■■■■■■■■■■■■■■■――ッ!』

 

「今、楽にしてあげるから」

 

『――――――――――ッ!!!!』

 

 再び愛剣を振り上げる。

 ジェスターが振り下ろそうとした、その前に。

 遥か上空より、強大な気配が降りかかった。

 

 

「――伏せろッ!」

 

 

 いち早く気づいたソルが、焦ったように叫ぶ。

 その声を聞き、すぐさまその場にいた全員が気づいた。

 

「あ……」

 

 誰の呟きだったか。

 もはや関係ない。

 

 

 ――天が堕ちてくる。

 

 

 天を埋め尽くすほどの『奇跡』が、世界の終わりを告げるがごとく降り注ぐ。

 

 その刹那、ソルは見た。

 

 遥か上空より、こちらを見下ろす存在。

 幼く、神聖で、残酷なほどに美しい。

 世界を救うような顔で。

 世界を裁くような瞳で。

 『傲慢』たる存在が、そこにいた。

 

 

 

「――“天墜”」

 

 

 

 幼くも神聖な声音が、終わりを告げた。

 

 

◆◇◆

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