ゼロカラワカツイセカイセイカツ   作:萎える伸える

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第三話『タンムズ祭』

◆◇◆

 

 

 人の行き交う街並みは、がやがやとした喧騒に包まれていた。

 人、人、人。

 どこを見渡しても人がいて、こんなにたくさんの人を見るのは初めてだった。

 その圧迫感からか、レムは縋るように青年の服の裾を掴む。

 

「はぐれないようにしろよ」

 

「うん」

 

 レムが握る手を、お兄さんが振り払うことはない。

 お兄さんは優しい。

 ──というよりも、無関心と言った方が近いのかもしれない。

 服がしわになることを気にするような人ではなく、身だしなみにもあまり気を遣わない。

 

 いつも食べるか、本を読むか。

 だいたい、その二つしかしていない。

 レムはいつも、お兄さんが買ってきたものを食べている。

 果物や野菜、串焼きなど。

 そうして、たまに『緑の悪魔』を持ってくるのだ。

 『嫌いなものも食べなきゃ大きくなれないぞ』なんて言って、それをレムに押し付けてくる。

 お腹が空いて、苦みに涙目になりながらそれを食べるレムを、お兄さんは笑いを噛み殺しながら見ているのだ。

 

 お兄さんは、優しくて、いじわるな人だ。

 

 お兄さんについてしばらく歩いていると、より一層人の多い場所に出た。

 建物と建物の間に布がかかっていて、あたりを色とりどりの何かが舞っている。

 どこからか陽気な音楽が奏でられ、行き交う人々の顔は笑みに染まっていた。

 

「わあ……」

 

「……そうか。今日は『祭り』だったか」

 

 明るく、美しい光景に感動していると、お兄さんはそう呟いた。

 祭り。

 祭りとは、なんだろうか。

 ただ騒がしかった周囲の喧騒が、今はどこか賑やかに聞こえてくる。

 

「おっと」

 

「え……?」

 

 突然、大きな何かとぶつかった。

 あたりに目を奪われて、目の前の人が見えていなかった。

 自分よりも遥かに大きな体に押し出されて、レムは一人、人の森へ流される。

 目まぐるしく人と色が移ろうなか、レムは通りの端へ吐き出された。

 

「お兄さん……?」

 

 気づけば、そこに青年はいない。

 レムは、気づかぬうちに手を離してしまっていたらしい。

 

「これはこれは、可愛らしいお嬢さん。君はどこから来たのかな?」

 

「え、えっと……わたしは……」

 

 屋台を広げる、優しげな表情のおじさんが話しかけてきた。

 ──どこから。

 そう問われて。

 

「わた、しは……」

 

 自分が、何か大事なことを忘れているのではないかと、そう思い始めて。

 少し、胸が苦しくなった。

 

「──おい」

 

「──ひっ」

 

 そこへ、物騒な目をした黒髪の青年が現れた。

 

「これ、いくらですか?」

 

「え、え?」

 

「これ、いくらですか?」

 

「あ、は、はい! 銀貨二枚です!」

 

「……これで銀貨二枚? 祭りだからってぼりすぎじゃねえか、おっさん」

 

「あ、えっと、じゃあ銀貨一枚でダイジョウブデス」

 

「そうかそうか、そりゃあよかった。ほら、これで」

 

「ハイ、アリガトウゴザイマス」

 

 持ち前の鋭い目つきで料金をまけさせたソルは、今買ったそれをレムに差し出した。

 

「ほらよ」

 

「……お兄さん」

 

 受け取ったそれは赤々と光を反射していて、とても綺麗だと思った。

 何かを忘れているような気がしたが、今は目の前の赤いものに目を奪われていた。

 

「はぐれるなって言ったろ?」

 

「あ、う……ごめんなさい」

 

 そう見つめられて言われると、怒られるのが怖くて俯いてしまった。

 

「──仕方ねえな。手、離すなよ」

 

 しかし、その気持ちもすぐさま覆される。

 お兄さんが優しい手つきで、レムの手を取った。

 今度ははぐれないようにと、手を繋いでくれたのだ。

 

「──うんっ!」

 

 その手の温もりは、温かくて。

 優しくて、どこか懐かしい感じがした。

 賑やかな喧騒の祭りの中を、二人。

 兄妹のように、二人は歩いて回った。

 

 

◆◇◆




 タンムズ祭
 リゼロ世界にある十二の月の一つ、タンムズの月の中央日を祝う月祝祭。ちょっと不確かではありますが、リゼロ世界の一月は50日らしく、その中央日、25日に祭が行われています。
 現実にもタンムズの月はあり、四月にあたります。ユダヤ暦の一つです。

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