◆◇◆
人の行き交う街並みは、がやがやとした喧騒に包まれていた。
人、人、人。
どこを見渡しても人がいて、こんなにたくさんの人を見るのは初めてだった。
その圧迫感からか、レムは縋るように青年の服の裾を掴む。
「はぐれないようにしろよ」
「うん」
レムが握る手を、お兄さんが振り払うことはない。
お兄さんは優しい。
──というよりも、無関心と言った方が近いのかもしれない。
服がしわになることを気にするような人ではなく、身だしなみにもあまり気を遣わない。
いつも食べるか、本を読むか。
だいたい、その二つしかしていない。
レムはいつも、お兄さんが買ってきたものを食べている。
果物や野菜、串焼きなど。
そうして、たまに『緑の悪魔』を持ってくるのだ。
『嫌いなものも食べなきゃ大きくなれないぞ』なんて言って、それをレムに押し付けてくる。
お腹が空いて、苦みに涙目になりながらそれを食べるレムを、お兄さんは笑いを噛み殺しながら見ているのだ。
お兄さんは、優しくて、いじわるな人だ。
お兄さんについてしばらく歩いていると、より一層人の多い場所に出た。
建物と建物の間に布がかかっていて、あたりを色とりどりの何かが舞っている。
どこからか陽気な音楽が奏でられ、行き交う人々の顔は笑みに染まっていた。
「わあ……」
「……そうか。今日は『祭り』だったか」
明るく、美しい光景に感動していると、お兄さんはそう呟いた。
祭り。
祭りとは、なんだろうか。
ただ騒がしかった周囲の喧騒が、今はどこか賑やかに聞こえてくる。
「おっと」
「え……?」
突然、大きな何かとぶつかった。
あたりに目を奪われて、目の前の人が見えていなかった。
自分よりも遥かに大きな体に押し出されて、レムは一人、人の森へ流される。
目まぐるしく人と色が移ろうなか、レムは通りの端へ吐き出された。
「お兄さん……?」
気づけば、そこに青年はいない。
レムは、気づかぬうちに手を離してしまっていたらしい。
「これはこれは、可愛らしいお嬢さん。君はどこから来たのかな?」
「え、えっと……わたしは……」
屋台を広げる、優しげな表情のおじさんが話しかけてきた。
──どこから。
そう問われて。
「わた、しは……」
自分が、何か大事なことを忘れているのではないかと、そう思い始めて。
少し、胸が苦しくなった。
「──おい」
「──ひっ」
そこへ、物騒な目をした黒髪の青年が現れた。
「これ、いくらですか?」
「え、え?」
「これ、いくらですか?」
「あ、は、はい! 銀貨二枚です!」
「……これで銀貨二枚? 祭りだからってぼりすぎじゃねえか、おっさん」
「あ、えっと、じゃあ銀貨一枚でダイジョウブデス」
「そうかそうか、そりゃあよかった。ほら、これで」
「ハイ、アリガトウゴザイマス」
持ち前の鋭い目つきで料金をまけさせたソルは、今買ったそれをレムに差し出した。
「ほらよ」
「……お兄さん」
受け取ったそれは赤々と光を反射していて、とても綺麗だと思った。
何かを忘れているような気がしたが、今は目の前の赤いものに目を奪われていた。
「はぐれるなって言ったろ?」
「あ、う……ごめんなさい」
そう見つめられて言われると、怒られるのが怖くて俯いてしまった。
「──仕方ねえな。手、離すなよ」
しかし、その気持ちもすぐさま覆される。
お兄さんが優しい手つきで、レムの手を取った。
今度ははぐれないようにと、手を繋いでくれたのだ。
「──うんっ!」
その手の温もりは、温かくて。
優しくて、どこか懐かしい感じがした。
賑やかな喧騒の祭りの中を、二人。
兄妹のように、二人は歩いて回った。
◆◇◆
タンムズ祭
リゼロ世界にある十二の月の一つ、タンムズの月の中央日を祝う月祝祭。ちょっと不確かではありますが、リゼロ世界の一月は50日らしく、その中央日、25日に祭が行われています。
現実にもタンムズの月はあり、四月にあたります。ユダヤ暦の一つです。
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