ゼロカラワカツイセカイセイカツ   作:萎える伸える

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お久しぶりです。申し訳ないことに、自力での完結は不可能だと判断したのでAIを利用しつつ完結までもっていくことにしました。AIが嫌だという方はここから先、申し訳ありませんがお楽しみいただけないかもしれません。
とはいえ、一応作者として全文査読して、おかしなところは修正しているし、プロットに変更はありません。というか、個人的には作者が描くよりよほど読みやすくなってると思います。ので、よければこれから先も楽しんでください。作者より


第二十七話『月と太陽の物語』第一昇【空無き大地】

◆◇◆

 

『──まずは己の過去と向き合え』

 

◆◇◆

 

 

 ──【救済の魔女】が現れて、三十年が経った。

 

 

 世界は着実に、そして確実に、崩壊の一途を辿っていた。

 

 最初にカララギが沈み、

 次にグステコが堕ち、

 そして最近になって、ヴォラキアが滅びた。

 

 残された国は、親竜王国ルグニカただ一つだった。

 

 滅びた国々から流れ込む難民たちによって、ルグニカの治安は日に日に悪化していった。王族を失った王国は求心力を欠き、この非常事態に際して統率を取れずにいる。

 

 そうして、事態が急変すれば、人は弱いところから壊れていく。

 かつて押し込められていた差別と偏見が、再び火を噴いたのだ。

 

 獣人、蟲人、鬼人、エルフ。そして、それらのハーフ。

 人と違う耳を持つ者。人と違う肌を持つ者。人と違う血を持つ者。

 そうした者たちは、ある日を境に、当たり前のように追い出された。

 

 国を失い、家を失い、名前を失い、居場所を失った者たち。

 そんな行き場のない者たちが最後に辿り着いた場所こそが、【地下】だった。

 広大な大地の下。

 空から見捨てられ、陽の光からも見放された、地の底の街。

 

 そこでは盗みも喧嘩も日常だった。

 酒と薬に酔っている間だけ人は笑い、酔いが醒めれば殴り合う。

 ヤニが切れれば怒鳴り、腹が減れば奪い、寂しくなれば誰かを傷つける。

 

 ――控えめに言って、クソッたれだ。

 

 ここは世界の掃き溜め。

 地上に居場所を失った者たちが、空の名残すら知らずに息をする場所。

 人々はこの場所を、こう呼ぶ。

 

 ──空無き大地(ロストブルー)と。

 

 これは、そんなロストブルーに生まれ、スラム街で育った少年の物語。

 

「どいつもこいつも、目が腐ってやがる。……ま、見てねぇなら見られねぇってことだ。好都合だな。──さて、今日はどいつから頂くか」

 

 ボロ布同然の服を身にまとい、それに不釣り合いな黒いマフラーを首に巻いた少年が、退屈そうに街を見渡す。

 目つきは悪く、口も悪い。

 痩せた体には年相応の幼さが残っているが、その瞳だけは子供のものではなかった。

 諦めと、不信と、どうしようもない退屈。

 

 ──彼の名は、ソル。

 

 それが、この物語の主人公の名である。

 

 

◆◇◆

 

 

 盗みを終えた頃、ソルは一軒のぼろ屋の前に立っていた。

 時間にすれば、陽日の終わる頃。

 地上で言うなら、夕方と呼ばれる時間帯だろう。

 

 だが、ここはロストブルーだ。

 上を見上げても、そこに夕焼けなどありはしない。

 

 あるのは、地下の天井に埋め込まれた巨大な【陽光結晶】だけだった。

 広大な地下空間を照らすその結晶は、朝も夜も変わらず、無機質な光を放ち続けている。

 地下に暮らす人々から少しずつマナを徴収し、その対価として偽物の昼を与える、ロストブルーの命綱。

 

 空のない大地における、まがいものの太陽。

 

「……ただいま」

 

 戸口をくぐり、ソルは短く帰還を告げた。

 

「あらぁ、ソル……おかえりぃ……」

 

 返ってきたのは、まったりとした女の声。

 ソルの母親だ。

 酒と薬でいつも意識の輪郭を溶かしている女。

 けれど、機嫌がいい時だけは、まだ母親らしい声を出す。

 

「──ソル! テメェ、帰ったのか!」

 

 同時に、奥から野太い男の声が響いた。

 ソルの父親だった。

 そう、このぼろ屋こそがソルの家だったのだ。

 

「たらたらしてんじゃねぇ、早く来いよ! こっちで一緒に酒飲もうぜ!」

 

「いや、ガキに酒飲ませようとすんじゃねぇよ」

 

「ああ!? 俺の酒が飲めねぇってのか!?」

 

「もう~、仲良くしなきゃだめよぉ~」

 

 酒は嫌いだ。

 思考が鈍る。舌が回らなくなる。まともな判断ができなくなる。

 要するに、馬鹿になる。

 だが、歯向かったところで意味はない。

 拒めば殴られる。逃げれば捕まる。結局最後には、無理やり飲まされるだけだ。

 ソルは小さく息を吐いた。

 

「……わかった」

 

「おう、そうだよ! 最初っからそうすりゃいいんだよ! ほれ!」

 

 渡された酒瓶をじっと見つめる。

 濁った液体。鼻を刺す臭い。

 それをぐいっと(あお)れば、喉の奥を熱い何かが焼きながら落ちていき、舌には苦みと酸味だけが残った。

 

 ──何回飲んでも慣れねぇな。

 

「不味い」

 

 こんなものをありがたがって飲む奴の気が知れない。

 やはり自分は酒も葉巻もやらない。性に合っていない。

 

「ガキだなぁ、テメェは」

 

「ガキだからな」

 

 ガキ扱いする父親の言葉を、そのまま受け入れて返す。

 父親はそれを笑って流し、空になった酒瓶を机に叩きつけた。

 

「おぉ~し、酒は飲んだな? ひっく。──じゃ、今日スってきた分、全部出せ」

 

「……断──ぐはッ」

 

 言い終える前に、拳が飛んできた。

 視界がぶれ、椅子から転げ落ちる。

 背中を床に強く打ちつけ、頬が熱を持った。

 

「俺の言うことが聞けねぇってのか!? ぶっ殺すぞ!!」

 

 さっきまで笑っていた男が、次の瞬間には獣のような目で腕を振り上げている。

 

「ちょっとあなたぁ~。──お薬が切れちゃったのだけれどぉ~」

 

「知るか! これは俺の金だ!」

 

「…………」

 

 仕方ない。

 ここにいる奴らは、明日なんか求めちゃいないのだから。

 今さえあればいい。

 今だけ見ていればいい。

 今の酒、今の薬、今だけの快楽。

 そうしていれば、過去の絶望も、未来の憂鬱も、直視せずに済むのだから。

 

 ──どいつもこいつも、壊れている。

 

 仕方ない。

 仕方ないのだ。

 俺だってそうだ。

 俺はこうやって生きて、暮らして、死んでいく。

 何物にもならず、何者にもなれず、ただ消耗されるだけの一つの命として。

 この地下で生まれ、この地下で育ち、この地下で腐っていく。

 

 ──空を見ることもなく。

 

 

 そのはず、だった。

 

 

◆◇◆

 

 

 ――生まれた。

 

 

 その日、それは生まれた。

 俺には、似ても似つかない命だった。

 

 白っぽい髪。

 汚れを知らない白い肌。

 家の乏しい光を映した深緑の瞳は、まるでこの世界が、明るく優しいものだと信じているかのようだった。

 

 こんな場所に生まれてきたことさえ、まだ知らない。

 空のない大地に落とされたことも、明日を望むことがどれだけ馬鹿げているのかも、何一つ知らない。

 

 だからこそ、綺麗だった。

 馬鹿みたいに、腹が立つくらいに。

 

 ――ルナ。

 

 それが、俺の妹の名前だった。

 

 

◆◇◆

 

 

 妹が生まれた。

 たったそれだけで、すべてが少しずつ変わっていった。

 

 酒瓶ばかり握っていた父親の手が、不器用に赤子を抱くようになった。

 薬で濁っていた母親の目が、少しだけ澄んで笑うようになった。

 そして、何よりソル自身が変わった。

 

 ――あいつに、未来を与えたい。

 

 馬鹿げている。

 このロストブルーで未来なんて言葉を使うこと自体、笑い話にもならない。

 それでも、そう思ってしまった。

 

 文字も読めないくせに、本を拾い集めた。

 埃まみれの紙束を盗み、破れた書物を漁り、知識というものを欲した。

 

 地上へ出る方法を探し、

 陽光結晶の仕組みを調べ、

 ロストブルーの成り立ちを調べた。

 

 魔法、呪術、歴史、地理、地上の国々、滅びた世界の残滓。

 何も知らなかった少年は、何かを知ろうとし始めていた。

 

 ルナに本を読んでやるようになった。

 自分でも意味のわからない文字を、意味のわかるものへと変えていった。

 

 それだけのことが、それだけの日々が、

 この地獄の底にも、ほんの少しだけ先があるように思わせた。

 

 それは、良い変化だったのだと思う。

 少なくともソルは、そう信じたかった。

 未来への歯車が、ようやく回り出した。

 

 

 ──その頃だった。

 

 

 時の止まったこの地下世界に、理不尽が現れたのは。

 

 

◆◇◆

 

 

 理不尽は只人を待ってはくれない。

 

 ソルは走っていた。

 息が切れている。

 胸が焼ける。

 足がもつれる。

 だが、それでも走った。

 走って、走って、走って、

 いつもの角を曲がる。

 そこには帰る家があるはずだから。

 

 ルナ。

 ルナ。

 ルナ。

 

「……無事でいてくれッ」

 

 そう口に出し、願いながら、家へ向かった。

 辿り着いたぼろ屋は――半分崩れていた。

 中に入る。

 鼻を突いたのは、鉄錆びた血の臭いだ。

 

「……お袋?」

 

 母はいた。

 腹を木柱に貫かれ、壁に縫い留められるようにして、そこにいた。

 

「あ……あぁ……」

 

「ッ!」

 

 ――まだ生きている。

 視線は虚ろで、零れる声にも力はない。

 だが、胸がわずかに上下している。

 なら、まだ助かる。助けられる。助けなければならない。

 

「しっかりしろ。まだ助かる。今、俺が──」

 

「そ、る……?」

 

 薄く開いた目が、ソルを捉える。

 

「そる……ソルが、いる……」

 

「喋るな。今、抜いて──」

 

「ごめんね……」

 

 母は謝った。

 

「だめな、おかあさんで……ごめんなさ──」

 

 最後まで言葉にならなかった。

 力を失った手が、ソルの頬を撫でるように滑り落ちる。

 その手についた血が、べったりと頬に残った。

 

「…………」

 

 息が止まった。

 何かを叫ぼうとした。

 けれど、喉が詰まって声にならない。

 

 血の臭いに満ちたぼろ屋の中で、ソルは母の亡骸から視線を引き剥がす。

 すると、奥の暗がりで、何かが動いた。

 

「…………」

 

 そこにいたのは、父親だった。

 壁にもたれ、腰を抜かしたように座り込んでいる。

 酒と薬で濁っていた目は、今だけは妙に正気じみていて、だからこそ余計に醜かった。

 

「……お袋を、見捨てたのか」

 

「ち、違う……俺は……俺は悪くねぇ……」

 

「見捨てたのかって聞いてんだ」

 

「助けられなかったんだよ! あんなの、どうしろってんだ! 俺だって、俺だって助けてやりたかったさ!」

 

「助けたかった?」

 

 ソルの声が、低く沈む。

 怒鳴り声ではなかった。

 涙声でもなかった。

 ただ、凍りついた刃のように冷たい声だった。

 

「お、俺は悪くねぇ……俺は……あんな奴さえ来なければっ、俺だって……!」

 

「ルナはどこだ」

 

「ッ……!」

 

「どっちだ」

 

「あ、あっちだ……中央区の方に……」

 

 ソルは走り出した。

 

「おい、馬鹿! 行くつもりか!? 死ぬぞ!」

 

 制止の言葉など、聞こえなかった。

 

 中央へ向かう。

 足を止めるな。

 息をするな。

 考えるな。

 ただ、あいつを見つけろ。

 

 

 

『──ミツケタ。』

 

 

 

 その声が聞こえた瞬間、──天井が崩落した。

 

 轟音。

 粉塵。

 悲鳴。

 砕ける石。

 潰れる肉。

 消える命。

 

 ――ロストブルーの天に、穴が開いた。

 

 そこから差し込んだのは、初めて見る本物の光。

 ロストブルーに生きる者たちが、焦がれて、憎んで、諦めて、それでも知らずにいたもの。

 青い空。

 だが、その空は救いではなかった。

 

 美しく、荘厳で、あまりにも眩い。

 地下に生きる者たちが初めて仰いだそれは、空無き大地に終わりを齎す、破滅の光だった。

 

「っ、ぐ……!」

 

 避けようと足掻いたソルの後頭部を、落石が打った。

 鈍い衝撃が頭蓋の奥で弾け、視界が白く潰れる。

 

 次の瞬間、意識は絶たれた。

 

 

◆◇◆

 

 

 次に目を開いた時、世界は半分潰れていた。

 

 いや、潰れていたのは世界ではない。

 自分の体だ。

 

 肩から先がない。

 左足も砕けている。

 片目が開かない。

 耳鳴りが酷い。

 口の中が血でいっぱいだ。

 

 死ぬのか。

 ああ、死ぬのだろう。

 この地獄も、ようやく終わるのか。

 

 そんなことを、ぼんやりと思った。

 

「そる……お兄ちゃん……」

 

 ――聞こえた。

 妹の声が。

 

「──ルナ」

 

 聞き間違えるはずがない。

 どれだけ意識が遠くても、どれだけ体が壊れていても、その声だけはわかる。

 

「る、な゛ッ……!」

 

 潰れた喉から、掠れた声を絞り出す。

 

「おに──」

 

 その先は、言葉にならなかった。

 一閃。

 何かが煌めいた、と思った。

 

 次の瞬間、ルナの小さな体が、──赤い花のように弾けていた。

 

 一瞬、世界から音が消える。

 だがそれは、飛び散った血がソルの頬に触れるまでの、ほんの刹那だった。

 

「あ、あ゛ぁあああああああああああああッ!!」

 

 腕を伸ばす。

 もうない腕で。

 動かない体で。

 潰れた足で。

 這ってでも、近づこうとする。

 

 だが、届かない。

 ルナだったモノの、その向こう。

 

 ――そこに女がいた。

 

 桃色の髪。

 桃色の瞳。

 血に濡れてなお、息を呑むほど整った顔立ち。

 

 見知らぬ女だった。

 なのに、その瞳だけが異様だった。

 

 怒りではない。

 憎しみではない。

 愉悦でも、殺意でもない。

 そこにあったのは、ただ一つ。

 胸が腐るほど甘ったるく、吐き気がするほど重たい――【愛】だった。

 

 

「──愛してる」

 

 

 救済の魔女は、そう言った。

 まるで、最初からソルだけを見つけていたかのように。

 まるで、ようやく会えた誰かへ囁くように。

 

 その桃色の瞳は、血よりもなお深く、狂おしい愛に染まっていた。

 

 ……終わりか。

 終わりなのか。

 これで、終わりなのか。

 

 そんなの、許せるものか。

 赦してなるものか。

 ユルサナイ。

 

 絶対に。

 俺が。

 お前を。

 

 

 ──殺してみせる。

 

 

 次の瞬間、世界が暗転し、

 終焉が、彼の目を覆った。

 

 

◆◇◆

 

 

「………………」

 

 どれくらい、そうしていただろう。

 ソルは何も言わず、ぼんやりと自分の手を見つめていた。

 

 開く。

 閉じる。

 また開く。

 また閉じる。

 

 手がある。

 

 肩もある。

 足もある。

 目も見える。

 息もできる。

 

「何が起きた」

 

 疑問が頭の中を埋め尽くした。

 拾い集めた本の切れ端。

 盗み聞きした知識。

 無理やり頭に詰め込んできた理屈。

 それらが必死に答えを導き出そうとして、脳の中でぐちゃぐちゃに絡まり合う。

 

 自問する。

 答えはない。

 

 夢?

 あれが夢?

 なら、どこからが夢だった。

 

 母が死んだところからか。

 ルナが斬られたところからか。

 それとも、この地下で生まれたことから、すべてが夢だったのか。

 

 今はいつで、

 ここはどこだ。

 

「おぎゃー、おぎゃー」

 

 赤子の泣き声が聞こえた。

 ソルの体が、ぴたりと止まる。

 

「…………ルナ」

 

「あらっ、すごいわぁ」

 

 母の声だった。

 血に濡れて消えかけた声ではない。

 ルナが生まれたばかりの、まだ薬をやめきれていない頃の声。

 どこか間延びしていて、のんびりと甘ったるくて、ひどく頼りない。

 それでも、確かに生きている声だった。

 

「お母さんも同じ名前を考えてたの。やっぱり私の子ね……ふふ、この子の名前はルナで決まりね」

 

 予知夢。

 正夢。

 悪夢。

 

 いいや、違う。

 

「ソル、ほら。抱っこしてみて」

 

 母が、赤子を差し出してくる。

 

 小さな命。

 まだ何も知らない妹。

 ついさっき、ソルの目の前で失われた少女。

 

 ソルは震える手を伸ばした。

 そして、悟る。

 

 ――過去に、戻ってきたのだと。

 

 この日、この瞬間。

 ルナが生まれた日に。

 

 空を知らない地下の少年は、死の果てから帰ってきた。

 

 

 月が生まれた日。

 太陽は、再び昇ることを知った。

 

 




次回、第二十七.一話『月と太陽の物語:第二昇』
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