ゼロカラワカツイセカイセイカツ   作:萎える伸える

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第四話『喉仏』

◆◇◆

 

 

「娘さん、生まれたんだって?」

 

 リンガ飴を舐めながら、レムはいろんなところを歩いて回った。

 串焼きや麺のような食べ物、甘い果実の飲み物。

 レムが気になって目を向ければ、それに気づいた青年が買い与えてくれる。

 初めて食べるものばかりで、どれもおいしかった。

 

 店を回っていると、いろんな人がお兄さんに声をかけてきた。

 おじいさんに、おばさん。

 子供から人相の悪い青年や、胸の大きい女の人まで、本当にいろんな人だ。

 お兄さんたちは一言二言言葉を交わし、その度にレムへ視線が向けられる。

 一瞥するや興味を失ったように無視して去る人もいれば、もっと聞きたそうにしている人たちもいた。

 けれど、その人たちもお兄さんが怖い笑みを浮かべると、そそくさと去っていく。

 

 どうやら、お兄さんは人気者らしい。

 そうこうして辿り着いたのは、祭りの中心地から少し離れた八百屋さんだった。

 

「テメェ、それをどこで聞いた」

 

「いやなに、風の噂でな。あの強面のおっさんが西区の美人を口説き落としたってんで、巷じゃ有名なんだぜ? その美人さんが子を産んだんだ。まず間違いなくアンタの子だろ?」

 

「……娘と嫁さんに手ェ出してみろ。ただじゃおかねぇからな」

 

「おいおい、そう怖い顔すんなよ。子供が見たら泣いちゃうぜ? ほらこれ、ちょっとしたものだ」

 

 そう言って、ソルは袋に入ったものを手渡そうとする。

 けれど、

 

「お前に祝われるなんざ御免だ」

 

 怖い顔をした店主は、受け取ってくれなかった。

 

「ひどいな。俺はこれでも、本気でおめでたいと思ってるんだぜ」

 

「お前みたいな奴の言葉を誰が信じるんだよ」

 

 ソルは苦笑して、手を引っ込める。

 受け取ってくれないなら仕方がない。

 嫁さんにでも直接渡せばいいだろう。

 そう思ったのだが、

 

「し、信じますっ。レムはお兄さんのこと、信じられます!」

 

 高身長の二人が会話する遥か下で、青年の手を握ったままの幼い少女が声を上げた

 店主は驚いた顔をしている。

 陳列棚の陰に隠れて、見えていなかったようだ。

 

「あ? おい、この子は……」

 

「拾ってきた」

 

 聞かれるだろう質問に、青年は手短に応えた。

 先ほどまでの人たちにははぐらかしていたのに、この店主には簡単に打ち明ける。

 

「拾ってきたって、お前なあ!」

 

「アンタの気にすることじゃないだろ」

 

「……ったく。その子に免じて、それは貰っといてやる」

 

「そうか」

 

 引っ込めた手を再び差し出し、ソルは袋の中からそれを取り出して手渡した。

 

「ああ? おい、なんだこれ。宝石、か?」

 

「ああ。アメジストの指輪だ。魔除けの効果があるらしい」

 

「お前、こんな高価なもん、何考えてやがる」

 

「何も考えちゃいないさ。ほんの感謝のしるしだよ、ほんのね」

 

「……ありがとよ。それで、何しに来た」

 

「ああ、少し買いもんをな。そうだなぁ、どうする。ピーマルでも買うか?」

 

「! ──ふるふるふるっ」

 

 緑の悪魔の存在を察知して、すぐさまレムは首を振った。

 ふるふると、柔らかい頬っぺたが揺れている。

 

「そんなに嫌か。じゃあ買うとしよう。いくらだ?」

 

「……お前、鬼畜だな。優しくしてやれよ」

 

「アンタも娘さんが好き嫌いしたら食わせるだろ? ()()()()?」

 

「気色悪ぃ呼び方すんじゃねぇよ。ほらよ、銅貨二枚だ」

 

「ああ」

 

 支払いを済ませ、今日の食卓に緑の悪魔が並ぶことが決まった。

 それを理解して、レムは絶望を顔に浮かべる。

 

「ほら、嬢ちゃん。これやるよ」

 

「え……?」

 

 そんな少女に手渡されたのは、一つのリンガだった。

 

「それと同じリンガだ。食後の口直しにでもしな」

 

「甘やかすなよな、おっさんの癖に」

 

「うるせえ」

 

 顔に似合わぬ優しさを見せるおじさん。

 貰ったリンガは、やっぱり赤くて、丸々としていた。

 

「あ、ありがとう……」

 

 怖い顔だけど、優しい人だと思った。

 お兄さんと同じだと。

 だから、レムは怖いのを隠して、お礼を言った。

 

「おう、どういたしまして」

 

 傍から見ても、ほっこりする空間だった。

 このまま後腐れなく去りたいところだったが、そういうわけにもいかなかった。

 

「──それで? 何か進展はあったか?」

 

 進展、とはなんのことだろう。

 顔色の変わったお兄さんと、店主の表情。

 そして、その場の空気。

 それらに気づいて、思わずレムはお兄さんの手をぎゅっと握った。

 

「……爺さんから一報は預かってる」

 

「ほう。石か? 剣か? それとも、人か?」

 

「知るか。爺さんに直接聞きな」

 

「つれねえな」

 

 それだけ交わして、お兄さんは聞きたいことを聞き終えたように体の向きを変えた。

 お別れのようだ。

 レムは、歩き出すお兄さんについていく。

 ちらりとおじさんの方を振り返ると、おじさんは一瞬こちらを見て、それからお兄さんへ視線を向けた。

 

「……まだ、やめる気はないのか?」

 

「──ねぇな。これっぽっちも」

 

 何事かわからない会話を遂げて。

 

「……そうかい。爺さんによろしくな」

 

「おう。そっちも奥さんによろしくな」

 

 二人は店を後にした。

 

 

◆◇◆

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