多分志々雄さんはこんな言い方はしないと思う。
明治一六年
暗い森林の中で二つの人影が月の光で照らされていた。一人は大の字に倒れ、生命活動を停止しているが、もう一つの影は静かにその死体のそばにたたずんでいた。
「人斬りはどこへ行こうとも所詮人斬り、か。満足して息絶えた割には後悔しているような事言うなよ」
死んでいる男は巷で騒がれていた「黒笠」と呼ばれた剣客であった。幕末期には新選組でも有数の剣の腕を持ち、任務にも忠実であった。二階堂兵法という剣術を用いて、相手を切り伏せる。隊の者は彼を恐れとともに畏敬の念を懐いでいた。しかし、ある年彼は脱隊を試みた。多くの隊士たちがその際に切り捨てられ、彼は欲望の赴くままに人斬りを敢行した。
「同じ新選組で、同じ人斬りを生業としていた身だ。あんたの人を斬るっていう快感はよく分かるよ。斬った感触、人の目が光を失っていくあの光景ほど甘美なものはないよな。でもそれに身を落としちゃ終いだよ。」
男はまるで何かを必死に抑え込もうとしているかのように言葉を吐く。それは人を斬る事への渇望、自身の快楽による殺人を良しとしない理性としての抵抗であった。
「あ、どうでした?黒笠はうまく仲間に引き込めそうですか?」
突如、男の後ろに新たな影が現れた。まるで妖怪のように瞬間移動をしたかのように一人の少年が姿を現した。顔に人形と見間違うような笑顔を張り付けて、質問を問いかけてきている。
「どうもこうもないよ、既に死んでいるんだから。」
「そっかぁ、それは残念です。二階堂兵法の技見たかったのになぁ」
「楽しか感情のない君には通じないだろうね、あれは人の恐怖心に働きかけるものだからね。」
「ふーん。それじゃ行きましょうか。あの人もあなたの事を待っていますよ、鍬次郎さん。」
「相分かった。」
男は少年の後に続き、暗い森の中に入る前にもう一度、黒笠を眺め呟いた。
「さて、お前はどこまで抗うことができるのかな、抜刀斎?」
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蝋燭だらけの常世と見間違う部屋の中に男女が二人。男は全身が包帯で巻かれ、女は遊女の雰囲気を醸し出す。
「来たか、宗次郎。朝帰りとはどこぞで女をひっかけていたか?」
「あははは、志々雄さんじゃあるまいし。今の僕にはそんな感情はありませんよ」
「ふん、で見たところ俺の頼んだものは未達成らしいな。」
「そうなんですよ、黒笠が死んでてなんの。これでまた、十本刀集めは振り出しですね。」
「あらあら、黒笠がいたら志々雄様の戦力はぐんと上がるのに、惜しいことをしたわね。」
「だが、敵の戦力も知ることが出来た。」
「ほお、鍬次郎。聞かしてもらおうじゃねえか。新選組の人斬りさんよ。」
笑顔の瀬田宗次郎とともに入室した鍬次郎にとっては、目の前にいる包帯男は因縁浅からぬ間柄。幕末でも何度剣を交えたかも分からない影の人斬り「志々雄真実」その人であった。
「現状で、我々が注視すべきは伝説の人斬りである緋村抜刀斎だ。今じゃ自戒のためかは知らないが逆刃刀なんて代物を扱っているが、その実力は折り紙付きだ」
「は、俺の先輩でもあろう人が情けねぇ。そんなもので弱い奴らの味方気取りか。この世は所詮弱肉強食っていうのによ」
「あんたの思想をとやかく言うつもりは毛頭ないが、報告はした。部屋に戻らせてもらう。」
鍬次郎は足早に志々雄の部屋から退出をしていくと、志々雄の愛人である由美はため息を漏らした。
「あの男、いつか志々雄様の寝首を掻くんじゃあないでしょうね?」
「好きにやらせとけばいいんじゃないですかね、由美さん。弱肉強食なんですし。」
「宗次郎の言うとおりだ、由美。それに奴は俺には勝てねぇよ。」
「ほら、志々雄さんもこう言っているんだし」
「志々雄様…」
「まぁ、抜刀斎が俺の無限刃に葬り去られるのを気長に待つとしよう」
志々雄一派の暗躍はまだ始まったばかり。