斎藤と大石が刀を交えた後に訪れる静寂。隣でくノ一少女、葵から驚愕の声が飛び出てきた。
「ね、ねぇ今のって…」
「間違いないでござるよ、葵殿。奴は斎藤の突きを突きではじき返した。寸分の狂いもなく先端同士をぶつけ合い、相殺したのでござるよ」
新月村で出会った少年の栄次の口からも驚きの言葉が飛び出てきた。
「そんなことが可能なのかよ⁉」
「普通は無理でござる。いかに技を模倣しようとも、所詮は相手は自身とは違う他者。力も体格も感覚も違う。拙者でも出来るかどうか…」
(そうだ、いかに同じ技を使おうとも技の冴えや力の配分、術理に関わる要素を相手と同一にすることは難しい。それを奴はいとも簡単にやってのけた。刀を打ち合う上で刃を交差させていくことは可能だ。しかし突きを突きではじき返すなんて芸当をするにはかなりの集中を要する。それをあの男は…。)
「いい加減何か言ったらどうだ?大石」
「……」
沈黙を貫き、知己である斎藤の問いにも答えない。いつもなら戦場であってもニヒルに笑う斎藤から表情が消えていることから察するに奴の強さは計り知れない。
「なぁ、大石って誰だよ」
「わ、私だってわからないわよ」
「なんだ、お前本当に忍者かよ。全然知らねーじゃん」
「なんですってー!!」
「大石鍬次郎。新選組内で最強の剣の使い手とされる沖田総司の組に属し、多くの維新志士を斬った新選組隊士。それが奴でござるよ」
隣の栄次と葵殿の喧騒が大きくなる前に、大石に関する情報を話したが、それでも栄次の顔から疑問の表情は消える事はなかった。
「でも、隊士ってなら、斎藤と斬り合えるのはおかしくない?斎藤は新選組の三番隊組長なんでしょ?」
「奴の本来の役割はそこじゃない」
「どういうこと?」
「奴の本来の任務は隊内にいる隊士の粛清だ」
「「!!」」
斎藤の答えに栄次と葵は息をのむ声が聞こえた。それもそうだろう平穏な明治という時代に生まれ落ちた世代からしてみれば、仲間を殺す行為そのものが忌避するものなのだから。
「じゃ、じゃああいつは自身の仲間を殺しまくったっていう事かよ!?」
「当時、新選組では鬼の副長考案の局中法度が絶対視されていた。奴はそれに倣って、違反した者を粛正する任務を一人で担っていた。敵と内通した者、賄賂を受け取った者、隊を脱走した者、その全てが奴によって粛清されていった。そして奴は実行する時、顔に笑みを浮かべていたそうだ」
「正気じゃねぇ…」
「だが、大石は明治三年に捕縛され、処刑されたはず。なぜ生きている?」
そう肝心の疑問は何故奴が生きているのかという事。政府高官の家に忍び入り、捕縛されたのちに、斬首されたはず。
「ああ、それか。簡単な事ですよ」
「「「「!!」」」」
不意に声が聞こえた。栄次でも葵殿でも、斎藤でもない。勿論拙者でもない。とすると発せられた声の持ち主は…。
「処刑人のすり替えですよ。捕縛された場所にいた人間を大石鍬次郎に仕立て上げた。それだけです。最も処刑当日になっても、そいつは自分を大石鍬次郎ではないと声高に否定していたそうですが」
「ひ、ひどい」
静観を決め込んでいた件の大石だった。邪悪な笑顔を浮かべて、こちらを見つめてきている。
「ひどいなんて、そんな。自分が生きるために周りを利用しただけですよ。至極まっとうな事ではないですか」
「黙れ」
「何を黙るっていうんですか、抜刀斎。あんたもやってきたことではないですか。自身の理想のために多くの藩士を切り捨ててきたあんたらしくもない」
「黙れっ!」
思わず激高した。あの日、誰もが平等で笑い合える理想に殉じていたすべての志士たちをたかが、凶刃の者と同じにされたように錯覚したから。
「もういい、俺が斬る」
拙者との問答をへらへらと受け流す大石にイラついているのか、斎藤の目は怒っているように見えた。
「斬るって、出来るんですか。斎藤さん、あんたに。過去の同志が」
「過去は過去だ。それに同志であっても俺たち新選組の誇りを汚す者は切って捨てる」
「誇り?ああ!悪・即・漸ですね!いやぁなっつかしいなぁ!自分もあの時燃えていたんですよ。京都の秩序を乱し、幕府に仇名す攘夷志士を捕まえる新選組。京都のみんなからはあこがれの的でしたよ。…でもね」
「っ‼」
急激に肉薄する大石に気圧された斎藤は、迫り来る刃を真正面から受け止める事しかできなかった。
「お上が変われば、民衆はそれに倣う。なぁ斎藤さん、悪って何ですか?」
「なに?」
「人道に反する事、確かにそれは悪です。そんな事を仕出かす輩に正義の鉄槌を下すのはさぞかし気分がいいでしょうよ。けどね、そんなもんより大それた悪がこの世にはあるんですよ。敗者は悪っていう大悪がね!!」
「なっ」
唖然とし力が緩んだ斎藤の刀を切り払い、胴を足蹴して蹴とばす事で再度、間を作り出す。
「所詮、俺たち新選組は維新政府からすれば悪でしかない。歴史は常に勝者がつくるもの。負けたら悪だという烙印を押され、勝った側は大きな顔して自分らを正義だと主張する。そして民衆はそれを聞き入れ、昨日まで笑顔を向けていた者に石を投げる。それが今の世の中です。だったら志々雄のいう弱肉強食のほうがこの世の心理だと思いませんか?」
「つまり、お主は今度は勝った側に立ちたいというわけでござるな」
「さっすが、抜刀斎。話が早くて助かります」
「逃がすと思うか、裏切り者を俺が」
「思いますね、何せこの館は先ほど火がつけられましたから」
「「っ‼」」
確かに気配をすませば、硝煙のにおいが漂ってくる。なぜ気が付かなかったのか。
「抜刀斎、確かにあんたは凄腕の剣術使いだ。相手の感情や思考を機敏に把握し、次の一手を打つその様はまさに最強の人斬りと言われるだろう。だが、その相手が無垢の民間人ならばどうだろうか。志々雄に虐げられてきたこの新月村の住民ならどうだ?」
「貴様!そこまで計算していたのか⁉」
考えれば至極当然の事であった。人としての尊厳をなくすかのように暴虐を尽くされてきた新月村の村民から恨みつらみが沸き上がるのは想像に難くない。
「簡単だったよ。心のうちにどす黒いものが煮えたぎっている人間を後押して暴力に染め上げるのは」
「てめぇ‼」
逆上した栄次が、大石に向かってとびかっていくのを制止しようとした拙者の手は空を切り、呼び止める声しか出てこなかった。
「待て!栄次!」
「うおおおおお!死ねぇ!くず野郎!!」
大石の頭部に向かって振り落とされた栄次の刃は、大石に刀傷を負わせることはなく、却って弾き飛ばされ、転がり落ちた。
「あっ」
「栄次!」
獲物をなくした栄次の首には、大石の刀が添えられていた。
「なるほど、身内を志々雄の手によってなくしたばかりか、今度は自身までも同じ村の住民によって殺される構図を作られたことへの怒りの突撃か。悪くはないが、まだまだだな」
「うわっ!」
「栄次!ぐっ!」
栄次が殺される、そう思って駆けだした拙者に向かって、栄次が投げ飛ばれてきた。とっさに受け取るも、勢いを殺せずに大きく後退してしまった。
「憎しみはいい。もっと人を強くするからな。小僧、俺を殺したくば、怒れ!憎め!恨んで俺を殺しに来るがいい!その時を待っているぞ、ではな」
そういって大石は屋敷の奥へと姿を消していった。