〈七つの大罪〉メリオダスの敗北から一か月。宣言通り魔神族はブリタニア全土に侵攻していき、まるで暗黒の波が押し寄せるが如く勢力図を広げていった。当然魔神族に立ち向かうレジスタンスも多数存在していたが〈十戒〉の前にはなす術なく、人々に暗い影を落としていく。
「いたぞ聖騎士だ! 早くあの方に報告を!」
そんな不安が人々をある行為へと向かわせた。
魔神族は魂を食し、その精鋭たる〈十戒〉はより強い魂を欲する。強い魂とは【魔力】を保有する者――つまりは聖騎士などを優先的に襲うが為にその間は他の人間が狙われることはない。
故にある者は自らと家族を守るために。またある者は今までの横暴な振る舞いから復讐に走らせ、中には〈十戒〉に心酔するものまで現れると、彼等はそれぞれの目的のために生贄たる聖騎士を捧げ始めたのだ。
「よくやったお前達。褒美に生きる猶予をもう3ヶ月延ばしてやる」
逆らう者はいない。誰も彼等には勝てないのだから。だから誇りを捨てて人々を聖騎士狩りへと駆り立てるのだ。
「……」
「む。もう戻るのかノルン」
「嫌なものを見たので。失礼します」
「しまった…あの子の前でこれは悪趣味だったか」
当の〈十戒〉はそんな事気にも留めないが、仲間の機嫌を損ねてしまったことに申し訳なく思うなどの一面はあるようだ。その優しさが人間族に向けられることが無いだけで。
メリオダスが敗れても物語は続いていく。
大喧嘩祭りから逃れた参加者達は各々別の理由でバラバラになった。
記憶を無くしたディアンヌとキングは共に妖精族の森へ。それ以外の〈七つの大罪〉や聖騎士たちは防衛力強化とメリオダスの死を伝えるため一度王国へと戻った。
その中には当然第3王女たるエリザベスも含まれていると思ったが、彼女とホークだけそれに加わらず店主のいなくなった〈豚の帽子亭〉に留まっていた。
「メリオダス様。あなたがいない世界で生きていくのは耐えられないっ…」
慣れない作業に勤しみ、一人で酒場を切り盛りして気丈に振る舞おうと心の穴はぽっかり空いたまま。そんな中で
しかし驚くのはその中身。なんと彼の正体は10年前殺されたリオネスの聖騎士長座ザラトラスその人であった。
メラスキュラの『
それはザラトラスが初めてメリオダス、エリザベスと会った時の光景だった。
国王バルトラの予言でダナフォールが滅ぶことを予知していた彼はザラトラスを引き連れて自らその場に向かったが時既に遅く、国が文字通り蒸発したのを見届けるしかなかった。
「けど何だって俺たちにこんな場面なんか――」
「あっ、あれを! 少年と赤子がいます!」
ザラトラスが見せたかったのはその先。そこに居たのが幼き日のエリザベスと、生前と全く同じ姿をしたメリオダスだったのだ。
そこから場面が飛び、メリオダスが彼を破って聖騎士になるシーンと、当時〈七つの大罪〉の発足をバルトラが予知した場面。そこで〈十戒〉を討つために彼の騎士団が発足したと分かった。
そして映像が移り、酒の席で珍しく吞み過ぎたメリオダスがつい「三千年も待った」と漏らしたことで彼が
「死にたくても死ねなかった。呪いがそれを許さねえんだ」
そして最後にまた場面が変わり、彼が幼い頃の自分と交わした『絶対に生きて戻ってくる』という約束を信じて彼がまた自分の前に現れることを願うのだった。
「煉獄に来た感想はどうだ? 時間は或る故ゆるりと語ろうぞ
「やーなこった」
そして彼女が信じた通り、英雄は死んでいなかった。肉体は心臓を潰され完全に機能を停止しているが、彼の魂は煉獄へと送られ彼の父――魔神王と対峙していたのだった。
「今回は派手に殺られたな。さしもの貴様も【敬神】と【慈愛】の戒禁に掛かっては死を待つほか無かったわけだ…」
彼が連れてこられた煉獄は〈十戒〉すら恐れる混沌の国。
灼熱と極寒が入り混じる大気が猛毒の大地を常に覆い、生ける者の肉体や死した者の魂をも蝕み破壊する。全ての感覚は失われ魂を砕かれた亡者と化け物が獲物を求めて跋扈するような死地で、しかし魔神の王とその息子は平然と会話を続ける。
「けどお陰で戒禁は解けたぜ? お前が生み出した戒禁を解く方法は、戒禁を与えた〈十戒〉を倒すか……死ぬかだ」
「ハ、ハ……強がりは止せ。そうして貴様が死ぬたびに我が貴様の感情を喰らっているのは知ってるだろう」
血は繋がってても親子の親しみはない。あるのは互いを利用せんとする探り合いだけだ。
「さあ、此度も我が飢えと渇きを満たすがいい。貴様の感情を養分に我は失われし力を蓄え、貴様はかつての最凶の魔神に再び近付くことが出来る」
「やれるもんならやってみろ!!」
魔神王を模した黒い大きな靄とメリオダスがぶつかり、無限の地獄を更に塗り替える地獄が煉獄にて繰り広げられる。
その被害は数百キロにも及び、終わりなき闘争に身を投じる住民たちも震源地から離れるようにして逃げていくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昔は自分が王になるなど考えもしなかった。
里子として聖騎士の家に引き取られるより前から騎士になりたいとは思っていたが、まさか国に仕える方じゃなくて仕えられる側に回ろうとは人生何があるか分からない。
マーリンにブリタニアを先導する定めの王と言われるがいまいちピンと来ず、彼女に流されるまま今の地位に就いてる自覚はある。だからと言ってその責務から逃れる気は微塵もないし、私を導いてくれた彼女に早く報いたいとも思っている。
「うおおォォ~!」
“抗ウカ人間…”
だからこそこんな所では終われない。
終わらせてなるものか。
“諦メロ。オ前ラニ残ル選択ハ復讐スルカ死ノミ”
「いいや、選ぶのは3つ目さ。とことん抗ってやる」
臣下の騎士や、大喧嘩祭りの後から行動を共にするナナシ殿の協力もあって残り一体まで追い詰めたところで光線を躱し剣で一閃した。
「や……やった~~!!」
息も絶え絶えだがその一撃で勝利を収めた私は大の字になって寝転び喜びを爆発させた。
「しかし魔神族がこれほど強力とは」
「1、2体倒すだけでこれでは思いやられるのう」
それでも誰かが魔神族を倒さねばならない。今この瞬間も魔神族の脅威に怯えている人はキャメロットのみならず世界中に存在する。そんな人々に諦めなければいつか光射すのだと、そう伝えたいと言ったら皆が納得した。
「アーサー王!」
「ならばその光はアーサー様じゃの」
わ、私!? 確かにそうなれば嬉しいが今の私は未熟もいい所。ナナシ殿の助けが無ければ正直危なかった私が光なんて烏滸がましいと、そう言ったら何だか大事なことを呟いた気がする。声が小さくて聞き取れなかったけど。
「アーサー様、魔神族の増援です!」
「流石に連戦は厳しいから……撤退ー!」
光は光でもお星様になるのだけは勘弁願いたい。雑兵相手にこれでは先が長いな。く~~っ! もっと強くならねば!
「ポクもアーサーが強くなるとうれしい」
「喋った! キャスが喋った!? 一人称ポクなの?」
びっくりした。ドルイドからの付き合いになるけど声を聴いたのはこれが初めてだ。それにしても改めて見ても不思議な生き物だなぁ。
「なあ皆! キャスが喋った…って……へ――?」
喜びを分かち合おうと後ろを振り返った。しかし一緒に走っていた筈の騎士たちは遥か後方にいる。一瞬置き去りにしてしまったかと思ったが何やら様子がおかしい。
後ろから魔神族の増援が迫っているにしては悠長が過ぎるのと、
――まさかッ!
「ここ数日、下位魔神が返り討ちに遭っていると聞きましたがまさか人間の仕業だったとは」
それは初めて聞く声。だけど何処か聞き覚えのある音がそっと耳に響く。
生と死が隣り合う戦地には不釣り合いな――まるで一輪の花にも似た静謐と儚さを連想させる少女の声音は、何も知らなければ騎士の性分の赴くまま彼女の保護に走らせただろう。
だけど私は知っている。少女がただの避難民でないことを。そんな、まさか彼女は…
「! あなたは…」
「君は……」
十戒《不殺》のノルン――私は彼女を知っている。メリオダス殿の最期を映した映像に一瞬だけ後ろ姿が収まっていた。
彼女の魔法が私の憧れを殺したと後にマーリンから聞かされた時、怒りよりも哀しみを抱いた時からずっと彼女の事が頭から離れないでいた。
それがどうしてか分からず悶々とした日々を送っている最中の邂逅。実際目の前にしても復讐心が芽生えてくる事はなく、こんな状況であってもむしろ嬉しいと思う自分がいることに増々困惑した。
「そう。そういう事だったの」
「よりにもよってこいつに出くわすとは
「有ったらいいですねそんな時間」
拙い! 幾らナナシ殿でも彼女相手では全滅は必至。
マーリンの話では《不殺》は時間を操る最強の力だと言っていた。その【魔力】の前では全ての抵抗が意味を為さないとも。
であれば彼女が行動を起こす前に…間に合え!
「待ってくれ! 私達はキミと戦うつもりは無いんだ」
「下位魔神を屠っておいてよくそんな言葉を吐けますね。所詮人間など都合が悪くなったらみっともなく足掻く不出来な存在。生かしておく価値もありません」
駄目だ。会話は出来るけど全く相手にされてない。
「だけど……そうですね。国を堕とされて尚勇敢に戦い続ける者達に敬意を表して一度だけチャンスを上げましょう」
「チャンス?」
それが単純な救済でないことは彼女の眼を見れば分かる。まるで羽虫を見るような冷え切った視線を向け、いつでも命令できるよう大量の下位魔神を後ろに控えさせてある。恐らく脅しだろう。
此方を始末するだけなら彼女が直接手を下した方がずっと早い。それでも使ったという事は自分でも迫力に欠けると自覚してるのだろうか。
「簡単なことです。その剣でそこの男を斬り殺してください。そうすれば
「なんだって!?」
「それが嫌なら自らに剣を突き立て自害するのです。さすればその男も後ろで固まっている騎士も全員助けてさしあげます」
「――ッ、」
「さあどうします騎士王。誇りと身の安全、どっちを捨てます?」
迫力に欠けても彼女は魔神族なのだと痛感させられる。悪辣な提案の裏には私を貶める意図が透けて見えていて、元より無事に帰す気は無いのだと暗に告げていた。
「言い方を変えましょう。己の命か臣民……どちらを生かしたいですか」