《不殺》は時を廻したい   作:暦月

19 / 24
第十七話 誰が為の騎士、誰が為の王

 

 

 一度目の邂逅は過去の世界でだった。うっかり『逆行する世界(リバースオーダー)』を発動した先で彼と出会い、一国の王とは思えない立ち振る舞いに呆れたものです。しかも彼は王族であると同時に、自らを騎士と名乗った。

 

 〈騎士王〉アーサー・ペンドラゴン

 

 それが彼の名前。騎士も王も大嫌いな私からすれば最も忌むべき存在だった。

 正規の時間軸に戻る都合上、殺しても無駄だったから手を下さなかっただけで本当は何度も殺そうと思った。

 

 

「君もあの人を――メリオダス殿を知っているのかい?」

「城の中も安全とは限らない。早く逃げるんだ」

「このままでは国が危ない。私も出なければ!」

 

 

 だけどそんな思考の間隙を潜り抜けるかのように彼は生き延びた。

 此方を気遣う紳士な姿。民を想う王の側面。最前に立って鼓舞しようとする騎士の誇り。

 

 どれもこれも私が知る彼等(・・)とは似ても似つかない光景(もの)。無意識に向いてしまう視線がそれらを捉えるたびに気勢を削がれていき、彼をどうしたいのか自分でも分からなくなった。

 

 不敬な言動を繰り返してもまるで同年代の友人のように接する様は何処にでもいる普通の少年のソレ。そのある意味で独特な雰囲気に感化されたのか次第に険が取れていく感覚を味あわされた。

 

 

「さようなら」

 

 

 だから強制的に無かった(・・・・)事にした。

 

 あのまま話してたら情が湧いてたかもしれない。

 シスターを失って人間を捨てたのにまだ諦めきれない…そんな未練を断つためにあの出会いを“有り得たかもしれない過去”に留めておいたのです。それなのに――

 

 

「! あなたは…」

「君は……」

 

 

 どうしてこうなるんでしょうか。

 下位魔神を倒せる程度の実力があるのは最初から分かっていましたが、ここは既に私達(十戒)の手に落ちた魔神族の領土も同然。そんな場所で生き延びることは勿論、何故まだここに留まっているのかも問いたくなります。

 

 まさか、自分の国を取り戻そうと足掻いているのですか? こんなにも脆弱で、部下もこれだけしか連れていないのに…?

 

 

(いえ、人間など所詮は浅ましく愚かな種族。どうせこの人も真に命の危機に晒されれば本性を表す)

 

 

 だとしても私には関係ない。反抗する者には〈十戒〉として手を下す。

 例えばそこに個人的感情が入ることはあっても、タダで見逃す理由にはならない。

 

 

「さあどうします騎士王。己か臣民の命……どちらかを選びもう一方は捨てるのです」

 

 

 究極の選択のように見えて助かる道は一つだけ。

 

 自らの命惜しさに他者を害したら不正解(ノットアンサー)。魔神族が支配したブリタニアで魔力持ちが逃げ延びれることは絶対になく、この場を切り抜けられたとしても何時か必ず捕まり魂を貪られるでしょう。

 

 だけど本当に、もし万が一己の心臓に剣を突き立てたなら次の肉体に転生するその時まで私が見届けます。約束通り部下も見逃しますし、騎士王という肩書を捨てて戦いとは無縁の生活だって用意してあげます。

 

 だからほら、早く選んでください。

 

 願わくばそれが両者の最善に成らんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 選択を迫ったきり彼女は何も言わなくなった。黙って此方を探るような視線だけ向け、後ろの魔神族たちも彼女が言うように襲い掛かってくる気配は今のところない。ナナシ殿が動いたりすると牽制の為の威嚇が入るぐらいか。

 

 

「私、わたしは…」

 

 

 だから後は私の選択を待つのみ。恐怖で身体が震えているが、逃走が無理だと分かってしまった時点で私の心は決まっていた。

 剣を逆手に持ち、心臓の上――胸の直上にセットした。

 

 

「アーサー…」

 

「ダメだよアーサー! お願い剣を離して!」

 

 

 ナナシ殿は黙ってそれを見届けてくれて、キャスは……魔神族の反感も恐れずに凄く心配してくれている。

 

 

「ごめんよキャス。ナナシ殿、後はよろしくお願いします」

 

 

 正直言うと凄く怖い。だけどそれも当然か、だって死んだことが無いのだから。

 

 人は未知のモノに恐怖する。赤ん坊から始まった人生は恐怖と克服の連続だとマーリンが言っていた。

 確かにその理屈だと死を何度も体験したバン殿が死を恐れないのにも納得がいく。彼にとって死とは最早地震や災害のような現象の一つという認識なのだろう。

 

 そうか。だから人々はキミを怖がったんだね。

 人間と魔神族、両方の血を宿した特異な存在を。

 

 

(あれ……どうして私がそんな事を知って)

 

 

“私が怖くないんですか? 自分より強く、殺気を向けてきた相手に何故笑えるんです。どうして恐怖や怒りを抱かないのですか”

 

 

(ッ――思い出した、彼女はあの時の…!)

 

 

 こんな大事な記憶をどうして忘れていたのか。いや、それよりも今はノルンだ。

 記憶の中の彼女は此方に敵意を向けつつも、その実泣きたくなるほどの哀しみで溢れていた。という事はつまり――

 

 

「……やっぱり。また君はそうやって苦しんでいるんだね」

 

 

 冷徹な瞳の奥に隠されていた本心を見つけた。それは何処か縋っているようにも見え、選択を強いられる私よりも彼女の方がずっと追い詰められているように感じた。

 

『金髪のシスターと? いえ最近そういった方との面識はありませんが』

 

『そうか…。自分で大丈夫と判断したらで良い、出来ればそいつの事を気にかけてやってくれねえか』

 

 

(そう言えばメリオダス殿が訊いてきたな。私と同じくらいの少女と会った記憶はあるかって)

 

 

 〈十戒〉に敗れる前、大喧嘩祭りで死の迷宮を共に攻略してる際にそれを投げ掛けられた。

 あれはこの少女のことを言ってたんだ。

 彼女は人間に対し複雑な感情を抱いている。大半は人を憎む心で埋まっているが、そんな彼女を救えるのもまた人間なのだと。

 

 

(私は未だなにも為せていない。マーリンへの恩返しやキャメロットを取り戻すこと含めて……彼女を悲しみから解放する事も死んでは何もできないっ!)

 

 

 ザシュッ

 

 

「む…!」

 

「アーサー!」

 

 

 

 

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 持ち剣(セクエンス)を突き立てた私の身体から鮮血が舞う。

 幾度も戦場を共にし、数えきれぬほど窮地を救ってくれた相棒が手に掛けたのは私の命―――ではなく右肩から先を斬り飛ばした私の腕だった。

 

 

「ぐっ、う”ぅ”ぅ”~~!!」

 

「……なにを、しているのですか 」

 

 

 痛い痛いっ、死ぬほど痛い!! でも実際に死んだわけじゃないんだ。顔を上げろアーサーペンドラゴン、ここが正念場だ痛みに屈している暇なんて私にはない!

 

 

「はあ、はぁっ……、君は…騎士や王という存在に憎しみを抱いていた……そうだね? でも君は…私自身の事は嫌っていなかった。少なくとも私はそう感じたんだ」

 

 

 本当の君はもっと年相応で、思ったよりポンコツで表情豊かだった。人々が想像する〈十戒〉とはかけ離れた印象を受けると同時に、そんな自分を押し隠してまで今の姿を演じているのが堪らなく悔しいと思った。

 

 

「選択を迫られている時、私は自分の中の「王」と「騎士」を天秤にかけた。誇りを捨てて逃げたら、ハァッハァ――、騎士としての私は終わる。かと言って私が死ねば矜持は護られるかもしれないが…王を失ったキャメロットはこのまま滅ぶだろう、と」

 

 

 一方を捨て、もう一方を捨てなければいけない。どちらを選んでも今までの私は死ぬ。少なくとも立派な王になって誰も見たことのない素晴らしい世界を作るというマーリンとの約束は守れないし、それが覆ることは無いと思っていた。

 

 

「だけど違った。君が嫌っているのは私の目指すべき王でも……なりたい騎士でもないのだと」

 

 

 だとすれば私は〈騎士王〉の名に恥じないところを君に示さないといけない。

 例え利き腕を失い、戦う手段を永遠に放棄しようと私の中の騎士像が歪むことはない。命あればキャメロットを再興させ、ブリタニアを先導するという(マーリン)の予言を違える事もなくなる。

 

 

「私に騎士王の座を捨てて欲しかったんだろう? だけど決めたよ、どちらも貫き通す。君は望まないだろうが、この道で君の想像を超えてみせる」

 

 

 それは茨の道だ。国を占拠されて王座を取り戻すだけで大変なのに、騎士として前線に立つということはそれだけ狙われる機会も多い。高い魔力を求める魔神族相手なら尚更だ。

 それでも全力で抗うと、ノルンの前で宣言した。

 

 

「名前を…教えてはくれないか」

「ノルン……ただのノルンです」

 

 

 ではノルン。どうか私の願いを聞き届けてはくれないだろうか。

 

 

「この腕ではもう戦場には上がれない、戦士(・・)()して(・・)()()()死んだ(・・・)。これを以て自決としてくれるならば改めて君に示そう」

 

「何を、みせてくれるのですか」

 

「本当の騎士と王を。君を苦しませる偽りの偶像を破壊し、必ず悪夢から救うと誓う」

 

「ッ…!!?」

 

 

 生き延びるため、延いては彼女自身を苦しみから解放するため見逃してくれと懇願した。おまけに誠意を示すため土下座まで行ったが、傍から見れば命乞いと然程変わりない。

 そんな私を生き汚いと罵り騎士王失格の判断を下しても仕方ないほどの無様を晒すが、しかしノルンは立ち尽くしたまま時間だけが過ぎるのだった。

 

 

「……なんで」

 

 

小さく、だがハッキリと聞き取れる声にて静寂が破られた。こっそり顔を上げて見てみれば瞳の中にだけあった激情を表にも出し、悲しみや怒り……その他複雑に感情が織り交ざった顔で睨んでいた。

 

 

「なんでっ、今更そんな事言うんですか」

 

 

 時間が止まっているため涙が溢れることはない。それでなければ今にも泣きだしそうなノルンが感情通りの泣き面を晒していたやもしれない。今まで徹底して付けていた〈十戒〉の面に初めて罅が入る。

 

 

「貴方一国の王でしょう。どうして人を気遣うんですかっ…周囲の事なんかお構いなしに自分の都合だけ押し付けてればいいでしょう! なんで騎士の真似事なんてやってるんですか!?」

 

「それは……」

 

「私を救う? 遅いんですよ……その言葉、三千年前(あの時)にかけてくれたらっ」

 

 

 ノルンとて想像しなかったわけじゃない。家族はおらず親戚や同族にも仲間外れにされる、そんな理不尽な現実から救ってくれる英雄をずっと待っていた。

 魔力を覚醒させてからは害される事もなくなったが、今度はその特異な力に目を付けられ嫉妬と利用される毎日。

 

 ずっとずっと寂しかった。

 力はあっても精神(こころ)は普通の女の子。いつか自分を理解してくれる英雄を夢見て――しかし現実は非情だった。

 人々を脅威から護る騎士は口先だけの卑怯者で、そんな彼らを従える王族も同類だったのです。

 

 

「メリオダスさんから聞きましたか? 私を魔神族に勧誘したのってあの人なんですよ。アハッ、だとしたら笑っちゃいますよね。だってそのせいで私に殺されたんですから!」

 

 

 極悪非道だと教えられていた魔神族の方が居心地良かった。ようやく出来た居場所を守るため頑張ったのに、それをあの人が…よりによって私を導いてくれたメリオダスさんが裏切って台無しにしたんです!

 

 

「ね? だから遅いんです。あの人が死んだ今、魔神族こそが大戦の勝者になる。貴方に救われる余地なんてもう無いんですよ」

 

 

 だけどありがとう、私を心配してくれて。例え人間で、騎士で、王だろうと寄り添ってくれた貴方を私は忘れない。だから私にできる精一杯の手向けを送りましょう。

 

 

「『追い縋れぬ憧憬(アクセラレーション)』」

 

「ま、待ってくれ私はまだ――!」

 

 

 加速した時間の中で、そっと彼の頬に手を添えた。

 

 

 

 





 想定より長くなったのでここで区切ります。

 次が終わったら最大の山場(予定)のリオネス襲撃に移るので、気長にお待ちください。


 よければ感想、または評価お願いします。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。