私が「自我」に目覚めた時、そこには味方なんて誰一人いませんでした。
記憶の中にある最も古い記憶。私を置いて出ていった母の実家の屋敷で、ご当主様に煙たがれながら家事を行う日々を送っていました。
使用人と同じ……いやそれ以下の襤褸服に身を包み、血筋を同じくする親戚達には罵詈雑言を浴びせられる毎日。
この家で働くからには年齢なんて関係無いと念を押され、実際に少しでも粗相を働けば齢5にも満たない娘に躾と称した暴力が飛んできます。
母は一体何をしたのか。姉の娘でしかない私に叔母夫婦が執拗に絡んできたり、また当主である祖父母は実害こそ齎さなかったものの、逆に救済も何もなく、基本的に不干渉を貫いていました。
屋敷で当主や家族から見放された私を助けてくれる人など存在せず、むしろ貴族というだけで使用人からは度々嫌がらせを受けてきました。
そんな日々が9歳まで続き、心身ともに疲弊しきっていた頃。
領内を魔神族が侵攻し、一人逃げ延びた先でシスターと出会いました。
この時は逃亡後というのもあって、魔力を始めとした魔人族の特徴が表に出始めます。それを気味悪がった孤児たちが私を避けるようになり、再び孤立する立場にありましたが、あの方と過ごす時だけは私の中の騒めきが抑えられ、閉ざした心の隙間を縫うように彼女の温もりが私の内側を満たしました。
ですが、人の愚かさは何処までも私の幸せを阻みます。
奇跡とも称される私の魔力の噂が当時の国王の耳に届き、私を迎え入れるという名目で拉致したのです。
シスターとも引き離され、一度は平穏に落ち着いた感情が人間への怒りに染まるほど時間が経った後の事でした。
当時まだ
「お前が〝時の魔力〟を持つという人間だな。魔神王の命により、その力は我ら魔神族が貰い受ける」
そう告げられ、この瞬間私は己の中の停止していた時間が漸く廻り始めるのを、確かに予感したのです。
「ぅ、うん…?」
少しの浮遊感の後、夢から現実へと意識が切り替わる。
「目醒めたか。随分遅めの起床だったなノルン」
「ゼルドリスさん? ……あぁそっか私。メリオダスさんが現れて、それから――」
昏睡させられる前の記憶を掘り返し、自分が何故こんな場所で寝ていたかを察する。
「懐かしい夢を見ていました。私がまだ人間として暮らしていた頃。周囲に利用されるだけだった私を、あの人が連れ出してくれたんです」
「…奴は裏切り者だ。恩義を感じているかは知らんが、あまりに私情を持ち込むようなら
「ええ分かっています。ご迷惑をお掛けしました」
深々と頭を下げ、先程の非を詫びる。
それにしても実に皮肉な話だ。人として暮らしていた筈の少女が魔神族に与し、それを引き込んだ魔神の方が人間の味方をするのだから。
「そう言えば皆さんは?」
「それぞれ二人一組でブリタニアを制圧している。一か所に集まっていたのでは回復効率が落ちるからな」
「成る程。ではゼルドリスさん、もう少しだけ私を匿ってください」
そのお願いにゼルドリスと、ついでに近くで横になって聞いていたエスタロッサが僅かながらに反応を示した。
「意外だな。お前ならデリエリとモンスピートの後を追うと思ったんだが」
「私も出来ればそうしたかったんですが、一つ問題が発覚しまして」
「問題?」
「私達を捕らえていたあの封印。どうやら魔力を空にするだけでなく、
「何だと…!?」
思いがけない発言に復活後一番の驚きを滲ませ、同時に自分にも呪いが掛けられていないか全身をチェックする。
「大丈夫、呪いを掛けられたのは私だけみたいです。効果を増幅する代わりに対象の指定制限を設けていたようですね」
「チッ、邪悪な女神族め。何処までも抜け目のない」
聖戦の折に苦汁を飲ませられた事で、ノルンを警戒する動きが女神族に生まれたらしい。それだけ魔神族が戦いを優位に進めていた事の証明でもあるが、だからこそ三千年前に聖戦を終結させられなかった遺恨が残る。
「まぁ良い、どちらにせよやる事は変わらん。奴らが向かって来るというなら聖戦の続きをするまでだ」
「…そうですね」
一瞬だけノルンの表情が曇るが、そこには触れず一番重要な事の確認を急いだ。
「で、耐性を下げられたと言うが実際どの程度だ。まさか神兵長クラスにも遅れを取る…なんてことは無いだろうな」
「それこそまさかです。防御に徹すれば恩寵でもない限り破られることはないでしょう。その恩寵に関しても魔力干渉の類でなければそこまで怖くありません」
「であれば問題は仕掛ける方か。【
「〈
その言葉を訊いて一つ胸を撫で下ろす。恩寵は最高神から直接与えられたモノであるため、普通なら凌ぐことも容易ではない。
それを扱う〈四大天使〉の器に合わせた出力調整が為されているため魔力の性質により種族的優位性を保てているが、その彼らだって女神族側の最高戦力であることに変わりはない。ノルンの弱体具合によっては戦況が厳しいものになっただろう。
「俺に匿ってほしいと言ったが、具体的に
「分かりません。ですが呪いを掛けられたのは肉体ではなく魂の方。肉体と魂で別々に魔法を行使できるようになれば、それこそ以前の状態に戻りながら断魔の羽衣も纏えるようになります」
「そうか。ではそれが出来るまで待てばいいんだな?」
「はい。コツさえつかめば後は一人でも大丈夫ですので」
幸い魔神族は魂の扱いに慣れている。魂を食したことはないが、肉体から魂を分離させる方法は数えきれないぐらい見てきた。なので、初の試みであっても恐らく大丈夫と思う程度には自信がある。
「…分かった。各員にはオレから伝えておく。では早速行動に移るぞ」
「はい! ――て、アレ? 動くんですか? エスタロッサさんを置いて」
「此処にいても魔力が回復せん。兄者は暫くゆっくりするみたいだしな」
えぇ…。十戒としても兄としてもそれはどうなの? ゼルドリスさんの方は使命に対して忠実なのに、エスタロッサさんはそんなの知らないとばかりにマイペースですし。それぞれスタンスが違い過ぎて、本当に兄弟なのかと疑ってしまいます。
いやまあ…でも
「それで何処か目星はあるのですか?」
「南の方に中々大きい集落がある。そこで腹を満たしながら魔力の回復に当てる」
「賛成です。私も雨風凌げるところが良いと思ってました」
「最初にメリオダスの反応があったのも確かそこだな。フラウドリンが云うには確か――」
この時。自分達の破滅が確かな足取りと共に迫っている事など、これから標的となる住民たちは知る由もないだろう。
「新興国キャメロット…だったか」
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