転生したら霧の駆逐艦だったけど何すればいいですか 作:サンドフード
長崎でマツリと別れて、また後日。
今度は熊本を訪れていた時のことだ。
「あれ? モドキちゃん?」
街中でばったりとマツリと出会った。
思わぬ再会に驚いたが、聞くところによると普段は熊本に住んでいて、あの日は祖母に会いに長崎に行っていただけだったらしい。
住んでないのに自信満々で案内してたんだ…
これも何かの縁ということで、こちらの街も彼女に案内してもらうことになった。
扇状地にあった熊本の旧市街はだいぶん水没してしまっていて、新市街はかなり阿蘇山に寄っている。
背の高い建物は沈み切っていないものもそこそこあり、国の勧告を無視してその上に住み着いている人も一定数いるらしい。
途中、闇市で買い食いする。やっぱりイモが多かった。まあどこでも育つからな…
米ほど保存がきかないのが悩みらしい。なのでシーズンには配給食までイモ一色になってうんざりするとか。
鹿児島のほうの大規模農場ではデンプンへの加工なども行われていて、合成食の原料になったり、たまに貴重な菓子類になったりするとのことだ。
「そういえば家族の人とか、一緒じゃないの?」
ある程度案内してもらったところで、おずおずとそう聞かれた。心配して、聞くタイミングをうかがっていたんだろう。
「家族はいないよ。学校にも行っていないし」
メンタルモデルに家族などいるはずもない。
「ごめんね、無神経なこと聞いちゃって」
「いや、気にしないで」
訳アリなのを察したのか、彼女はそれ以上踏み込んでは来なかった。
結局その日は夕方になるまで一日中付き合ってもらってしまった。
「またね、モドキちゃん!」
またね、か…
その後も、ちょくちょくマツリとは会って遊んだ。
あまり特定の個人に深入りするのもよくないかとも思ったが、元々ちゃらんぽらんな私なので、楽しさ優先である。
後のことは、知らねえ!
基本的に遊泳禁止の中、こっそり海に泳ぎに行ったりもした。
ナノマテリアル製の水着を着せた。目の保養だ。
うっかり呼吸を再現するのを忘れてめっちゃ心配された。
電気が自由に使えないため、娯楽はかなり減っていて、昔ほど遊べる場所はなくなっているのだが、年ごろの子供たちはそんな中でもいろんな遊び方を見つけているようだ。
ひとりでぶらぶら散策しているだけでは知れなかっただろうことも多くて、マツリと知り合えたのはなかなかラッキーだったと感じる。
ある日、何気なく聞いてみた。
「そういえば最初に会った時、なんで声かけてくれたの?」
国が困窮するにつれて、正直治安はよいとは言えない状況になっている。
子供に見えるとはいえ、知らない人間に声をかけるのは結構なリスクだったはずだ。
「だって、なんかすごく寂しそうにして歩いているんだもん、気になっちゃって」
え?
私のコアと、4つのすべての外部演算ユニットは一瞬フリーズした。
それほどの衝撃だった。
寂しそうだった?私が?
あの時の私は初めての人の街に浮かれていたはずだ。
人々の営み。
雑多なにおい。
肌に感じる風。
だけど、そうだ。
人混みの雑踏の中を歩いていても、私は本当の意味で人の輪の中にまじることができないことを、知っている。
楽しく遊び歩いていても、それはひとときの夢に過ぎない。
私は霧で、人類の敵対者の一員なのだから。
人間の記憶を持つ私は、霧にとっても異物だ。
メンタルモデルに由来しない私の特異な感情は、きっと彼女らには理解不能なものだ。
そして、何の感情もなく人間を殺戮する様を間近で見てしまった私もまた、心の底から彼女たちを仲間だと感じることはきっともうできないだろう。
この世界にこぼれ落ちた、100年前の、あの暗く深い海の底から。
私はずっと、ひとりだった。
これからも、ひとりだ。
一瞬の自閉モードから、復帰する。
「そうか……私は。私は、寂しかったんだな」
「ええと…なんか、大丈夫? だいぶ重症そうだけど」
「大丈夫だよ。自覚したら、ずいぶんと楽になったから」
ひとりがどうした。
こうして人間と交流を持つこともできるし、霧の連中だってメンタルモデルを持った今は愉快な奴らがいっぱいだ。
それに世界はこれから激動の時代を迎える。寂しさを感じている暇なんてなくなるだろう。
私はすることがいっぱいだ。いろんなことを──何をすればいいんだっけ。
まだ心配そうにするマツリを背に、その日はそのまま別れた。
何日か後、私たちはまた一緒に遊んだ。嫌なことを忘れるように。マツリも気にしないふりをしてくれていた。
いろんなところに行って、いろんなものを見て、いろんなものを食べた。
そんなことを繰り返す日々の中、とあるニュースが飛び込んできた。
『横須賀にて、統制軍潜水艦、霧の大戦艦2隻をイ401らと共同撃沈』
──いよいよか。
これから、世界は大きく動き出す。
私のしでかしたことが影響を与えて原作を大きく外れることがないよう、監視するつもりでいた。
この街にもしばらく来られないだろう。
「ねえねえ、ニュース見た?大ニュースだよね」
そうだね、と生返事を返す。
海岸の手すりにもたれかかって、二人で海を見ている。
「これから世界は変わっていくのかな。いい方向に、だといいけど」
生まれてからずっと、彼女の知る世界はただ衰退していくだけだった。よい未来を、きっとうまく想像できないのだろう。
「この海の向こうには、何があるんだろう」
雲仙岳があるよ、うっすら見えてるじゃん、と返せば、そうじゃなくて、と返ってくる。
「わたしが生まれた時から、もうこの海は閉ざされていたんだよね」
そうだ。私達が、それをやった。
「わたしはどうしても、その向こうを見てみたい。昔の写真でしか知らない、いろんなものを」
マツリがこちらに向き直る。
海風に髪が揺れる。
「今日は、大事なお願いがあるの」
これまで見たことのないほどの真剣な表情で、彼女は言った。
「わたしを、あなたに乗せてほしい」
次回、第一章最終話