転生したら霧の駆逐艦だったけど何すればいいですか 作:サンドフード
「ちょっと相談しにくい相談なんだけど、いい?」
ある日、改まってそんな風に話しかけられた。いったい何だろうか。
「生理のことなの」
なるほど、それは確かに相談しにくい。
「メンタルモデルなのに生理用品とか用意してくれていたし、そういうのも詳しいのかなって。実はアマツカゼに乗るようになってから、生理がすごく軽いんだよね。なんでかって、分かったりする?」
まあマツリも年頃の女の子だ。そういう悩みもあるだろう。
栄養状態が改善したのと、規則正しい生活を送るようになったのが影響してるんじゃない? と返しておいた。
「うーん、前とそこまで変わったかなあ。まあでも体調がいいのは確かだし…」
完全には納得いっていないようだったが、ひとまずマツリはそれで引き下がった。
もちろん説明は嘘である。
実はマツリの体内にナノマテリアルを忍び込ませて、体調のコントロールを行っているのだ。
ホルモンバランスの調整や、セロトニン等の分泌物を制御して、慣れない環境や揺れによるストレスを緩和。
侵入した細菌やウイルスは破壊しつつも、免疫が機能するよう抗体は作られるようにする。
細胞に刺激を与えて、長年トレーニングを積んだかのような、しなやかな筋肉を作り上げる。ただし筋量は増えすぎないように。
体脂肪も適切な水準をキープ。
やろうと思えば体格の操作なども可能だが、不可逆的な変化は与えないよう慎重にコントロールしていた。
なのでマツリの子供体形は100%天然ものである。
後日。
「アマツカゼ、私の身体に何かしてるでしょ」
バレた。
マツリの勘がめっちゃ鋭いのを甘く見ていた。
正座して謝りながら、海上での体調管理の重要性、トレーニングなしで体づくりができるなどのメリットを滔々と述べた。
それはもう必死であった。
「はあ、わかったよ。私のためっていうのは間違いないと思うし、霧の船に乗るんだもんね。そのぐらいは覚悟しておくべきことだったかも」
ど、どうにかわかってくれたようだ。
「で、なんだけど…」
何だろう。まだ何かあるのだろうか。
「…胸って、大きくできたりする?」
やらないってば。
ある日、マツリが海に落ちた。
デッキで作業中、高波と突風に同時に襲われ、バランスを崩したのだ。
マツリはそのまま海中に…沈むことは無かった。
ふわりと羽のごとく、ゆっくりと落ちると、そのまま二本の足で海面に降り立った。そして、そのまま海面上に立つ。
「……」
すごいジト目でこちらを見上げてくる。
「アマツカゼ、また何かしたでしょ」
そんな目で見るのはやめてくれ。
マツリの着ている衣服は、私がナノマテリアルで生成したものだ。さすがに下着は陸上で購入したものだが…。
ファッション誌のデータなどを大量に読み漁ってデザインも頑張っているが、機能面もすごい。
まず、緊急時や戦闘時にはそのまま耐Gスーツに早変わりする。着替えの必要もないわけだ。
汚れは完全に弾くし、水にぬれてもあっという間に乾く。
それだけではない。私がある程度近くにいるとき限定ではあるが、簡易的なクラインフィールドを形成し、人類の通常兵器程度であれば完全に防ぐのだ。
さらに、力場によってパワーアシストを行うことも可能で、常人の数倍の力を発揮することができる。
いわば、メンタルモデルの服だけバージョンのようなものだ。
なので今のマツリはトラックに轢かれても無傷だし、なんならそのトラックをそのまま持ち上げることもできる。異世界転生はしない。
「うーん、まあ、今回は便利なだけだし、いいのか…助かったのは事実だし。そこはありがとうね」
今回はすんなりと納得してくれたようだ。よかった。
仕組み上、私に位置情報が筒抜けになることとか、音声も同様だとか、そういったことは自明なことなので、わざわざ説明する必要もないだろう。
私は料理には自信がある。
といってもメンタルモデルで調理をするわけではない。
過去の様々な食品工場の研究データや設備設計データ、そういったものを大量に収集して分析し作り上げた万能調理器が艦内に備え付けられているのだ。
実際、私の用意する食事はマツリにも好評である。
海上では食材は貴重なのだが、できれば一緒に食事をしたいというマツリの要望に応えるため、私の分は料理をナノマテリアルで再現し、それを食べてナノマテリアルに戻すという画期的な手法をとっている。
断面が時々銀色に見えるとかは気にしてはいけない。
あれ? そういえば私たちが普通の食事をとった時って、その後どうなっているんだ…?
…考え始めたら怖くなってきたので、これ以上考えるのはよそう。
「また何か変なこと考えてない?」
「そこまででもない」
食事中のマツリに失礼なことを言われる。変なことなど考えたこともないというのに。
「そういえばアマツカゼの料理って割と高級というか、お肉が豊富だよね」
飼料の入手が困難なため、日本での規模の大きい畜産業は壊滅状態にある。
文化・技術の保存目的と富裕層向けに細々と続けられている程度で、庶民の口に入るのは植物性タンパク質を原料とした合成肉がほとんどだ。土地のある北管区はマシなようだが、流通が死んでいるので結局は同じことである。
権力者の身内であっても、そうそう気軽に肉は食べられなかったのだろう。
「まあね、秘密の仕入れ先があるんだよ」
へえ、という返事で、その日のその話題は終わった。
あくる日、マツリは艦内の通路を歩いていた。そしてふと、目にとまるものがある。
「あれ、この扉…少し、空いてる…?」
艦内には、扉が常時ロックされ、一度も入ったことのない部屋がいくつかあった。今わずかに開いているのも、そんな扉の一つ。以前、アマツカゼに聞いてみたこともあったが、はぐらかされるばかりであった。
好奇心に負け、引き寄せられるようにその扉に手をかけてしまう。
「おじゃましまーす…」
室内は、薄暗かった。
わずかな緑色の明かりに照らされて浮かび上がるのは、中に液体を湛えたシリンダー状のガラス水槽。
そして、その中にあるのは──
「何…これ…」
中に浮かぶのは、肉塊だった。
そして、そんなシリンダーは一つだけではない。無数の水槽がずらりと並び、緑色の光に照らされたその一つ一つに肉塊が浮かんでいるのだ。
思わず後ずさりするマツリに、横合いから声がかけられた。
「見てしまったんだね…」
ばっとそちらを向くと、その暗がりには白衣を着たアマツカゼがいた。
その白衣は所々に赤黒い汚れが付着し、そして片手には刃物のようなものが握られている。その刃物も、赤みを帯びた液体で濡れている。
「ア…アマツカゼ…」
「マツリには見せたくなかったんだけどね…」
そう言いながら、アマツカゼはゆっくりと近づいてくる。
いつの間にか扉も閉ざされて、逃げ場もない。
「ようこそ。ここは私の研究室、そして──」
アマツカゼは言う。
「培養肉工場だよ」
「培養肉」
思わずオウム返しにすると、普通の照明が灯った。
「安全性と味はちゃんとチェックしてるけど、見ちゃうとちょっと食欲なくなるかなって」
「ああ、うん。それはちょっと思ったけど…その格好は?」
「ああ、あっちで魚を捌いていたんだよ」
魚?とアマツカゼの示す方向を見ると、色々な魚が部位ごとに切り分けられていた。
「培養肉のタンパク源として魚肉を分解したものをメインで使っているから、この海域の魚の種類ごとや部位ごとの成分分析をしていたんだよね」
ああ、うん、と生返事を返すことしかできない。
「ええと、緑色の照明だったのは…」
「緑色? 光合成細菌が混入して繁殖しないようにだね。クロロフィルは緑色光への感度が低いから」
あとそれから、とアマツカゼは続ける。
「時々、紫外線滅菌してるから、危ないから入っちゃだめだよ。今回は私の不注意だったけど、気をつけてね」
「はい、わかりました…」
わたしはそう返すことしかできなかった。
なんで今回はいちいちもっともなんだ!
解体された魚も、後日美味しくいただかれました。