転生したら霧の駆逐艦だったけど何すればいいですか 作:サンドフード
イ401が使っていた、佐世保の35番錨地。
蒼き鋼が去った今、そこは再び静けさを取り戻しているかといえば、実はそうでもない。
なぜなら、空いたそこを、私たちが使っているからである。
人を乗せる以上、人間用の物資はどうしても必要となる。であれば、人間側の母港があるに越したことはない。
佐世保は401のおかげで周辺の人々が霧の艦艇やメンタルモデルに慣れており、広い意味ではマツリの地元でもあるので、いろんな面で都合がよかった。
そんな佐世保の港にある、カフェレストラン『トライデント』、その店内に私はいた。
マツリの父親と二人きりで。
父親。そう、父親である。
母親とは海に出る前に顔を合わせているが、父親とはこれが初対面になる。
たまたま帰航の予定とスケジュールが合い、近くに来るというので久しぶりに家族と会おうというところまでは良かった。
ところが母親は、本人がいたら話しにくいこともあるんじゃない? とか言って、マツリと二人で出かけてしまった。結果、私と父親の二人が残されたのである。
なんだこれ、地獄か?
とにかく気まずい空気の中、沈黙に耐え切れず、何かしゃべらねばと気ばかり焦ってしまう。
ええい、とりあえず自己紹介からだ!
「えー、改めて、初めまして。
駆逐艦 アマツカゼ
端末コード:XXXXXX-XXXXXXX |
そう言いながら私は名刺を差し出した。地味にナノマテリアル製である。
いや会社員か!
ダメだ、思わずセルフ突っ込みしてしまうぐらい何を話せばいいかわからん。こちとら百年物のぼっちだったんやぞ。
「あ、これはご丁寧にどうも。わたくしこういう者です」
そう言って名刺を返されてしまった。いよいよ企業の打ち合わせか何かだよこれ。
如月重工 開発部 特異技術開発室 チーフエンジニア 如月 洋平
端末コード:XXXXXX-XXXXXXX |
ペコペコしながら名刺を受け取る。内容に目を通せば…
「ん、如月重工でこのお名前…もしや経営一族の?」
如月重工といえば大海戦以降、国策で三社だけ残された総合工業企業の一社。母方の祖母も大物だったが、父方もかなり大物だったりするのか?
「いえ、私などは末席も末席でして…家も出ていますし、経営権もありません。現場のいち技術者として働いています。まあそもそも
そう謙遜するが、今の日本の状況を思えば、なかなかの立場だ。
感心していると、彼は周囲を窺うようにして、声を小さくして訊ねてきた。
「ところで妻から聞いたのですが…あなたが例の、救命艇の主というのは間違いないのでしょうか…?」
おっと、思わぬ話題だ。そうですよ、と私は肯定する。
「では、あれに搭載されている…重力子機関も、あなたが?」
ええ、とそれも肯定する。
すると、彼は立ち上がって、両手でがしっとこちらの手を握ってきた。
「す、素晴らしい! まさかあのジェネレーターの作成者の方と直接お会いできるとは…!」
予想外の話の流れだが、この人物、もしや…いけるクチなのか?
実は、あれの調査とメンテンナンスを任されているのはうちの部署なんですよ。
もっとも、メンテンナンスといってもできることはほとんどないので、せいぜい清掃とか、状態の定期的なモニタリングが関の山ですけれどね。
若いころ、四月一日重工と合同で401の解析チームに加わっていたこともあるんです。401の機関もその時、目にしています。結局、原理などはほとんど解析できずじまいでしたが…
ただ、技術者としての勘といいますか、救命艇のジェネレーターのほうが、小規模ながら一段と洗練されている、という印象を受けたんです。
401には四月一日の跡取り娘が乗っているといいますから、今はどうなっているかわかりませんが。
それで、手入れをしながら、少しずつ調査を進めてきました。
401のような艦艇の機関丸ごとになると、補器類らしきものなども大量にあって、どこが何をしているのかもろくにわかりませんでしたが、救命艇の方は極めてコンパクトに最小限の機構がまとまっているので、17年かけてわずかながら解析できた部分も増えてきました。
といっても、全貌からすればまだ全然なんですけれどね。
「いつか、人類の技術であのジェネレーターを再現するのが、私の夢なんです。私が生きているうちにできるかどうかも、怪しいですけれど」
彼はそう、壮大な夢を語った。
そう、それは夢物語と言っていい。私とて、ナノマテリアルなしで重力子機関を製造することはついぞできなかった。
だが、それでも私は、彼の夢に共感を覚えた。
自身の機関というお手本と、コアの高い時間分解能をもってさえ、重力子機関が新規設計できるようになるまで20年はかかった過去の苦労が、そうさせたのだろうか。
だからか、ある提案が思わず口をついて出た。
「霧の用いる重力子機関について、その理論の解析結果をまとめたドキュメントがあるのですが…いりますか?」
その問いかけに、彼は顔を強張らせると、拳を固く握りしめた。
長い沈黙が訪れる。
「……正直、たいへん魅力的なお話です。ですが、やめておきましょう。
何もかも与えられたのでは、我々人類の立つ瀬がない」
それに、と彼は表情を緩める。
「そんなものを持っていたら、私の命が危ないでしょう」
そう言って彼はハハハと笑う。
最後は冗談めかしてはいたが、確かに、彼の言うとおりだ。これは、私の浅慮だった。
了解と謝罪の両方を込めて、ぺこりと頭を下げる。
顔を上げると、顎に手を当てて何か考える表情をしていた。何だろう。
「でも…やっぱり、ちょっとだけなら…」
意思、弱っ!
最終的に、いくつか口頭での質疑応答やアドバイスを行った。
技術的な話のほかに、マツリの普段の様子なども話していると、本人と母親が戻ってきた。
「ただいま。話は弾んだかしら?」
よくも気まずい思いをさせてくれたなとジト目を向けるが、母親はどこ吹く風だ。ダメだ、対人経験値では敵いそうにない。
「お父さんに変なこと話してないでしょうね」
「あんなことやこんなことや、マツリの恥ずかしい話いっぱいしちゃったよ」
ちょっと!? とポカポカ叩いてくるが、クラインフィールドに弾かれて私には届かない。
その日は、それで解散となった。
別れ際に、父親に声をかけられる。
「今日は、ありがとうございました。あなたに会えてよかった」
「いえ、こちらこそ。貴方の夢を、陰ながら応援しています」
船に戻る道、なんだか機嫌がいいね、とマツリに言われた。
そうかもね、と私は返した。
原作では総合工業企業は二社まで減っています(10巻の四月一日いおりの素行調査票より)。
如月重工は四月一日重工への合併が検討されましたが、電力の余裕が差になって本作中では独立を維持した、という設定。
次回、コンゴウ戦へ