最近の呪術廻戦チラー
出たら酷い目に遭いそうだから再登場するな再登場するな……!
―――体重を計る度憂鬱だった。
自宅の、お風呂の前に置いてある体重計を見るのも嫌だというのに、毎年学校では決まったタイミングで健康診断がある。その日が近づくにつれ、私のココロは荒んでいく。
セーラー服を脱いでキャミソールになる。その行為も苦痛だった。
私以上に太っている子は少なくともクラスメイトにはいない。『最近食べ過ぎて太っちゃったんだー』なんて言っている同じクラスの子に嫌な気持ちを抱いたりした。
体重測定を終えるとそそくさとその場を逃げ出すように離れて微かな解放感を味わう。
勿論、後日私の元に届いた結果表なんて見もせずにゴミ箱に投げ捨てる。
見たくもないから、見ない。現実逃避といえばその通り。でも毎日、朝起きて鏡の前に立つと丸々とした自分の顔が映っている。
私、小沢優子がどういう人間かといえばそういう人間だ。
小柄で、そのくせ体重だけは立派な中学生。
口さがない同級生から影でデブと言われる、陰気な女の子。
女の子っていうのは太りやすい。私は初めから太っていたけれど、悩める女の子の気持ちは分かるつもり。
可愛くなりたいから、好きな人に振り向いて欲しいから。
だから綺麗になりたがる。スリムになって綺麗な自分をアピールするんだ。
その気持ちを、理解は出来ても実行しようとは思わないけど。
『デブ』とか『ブタ』言われるのはもう慣れてしまった。
自分でも太っていると思っているし、実際首を傾げてみるとお肉の塊がそこに鎮座している。あの人達が言っていることは間違っていないから、訂正を求めようとも思わない。
けど、心が冷たく沈んでいくような感覚も同時にあって。
それが傷ついていることなんだって、なんとなく認めたくなかった。
一つ確かなことがあるとしたら、私の悪口を言う人たちのことを嫌いだということ。
傷つく、傷つかないなんて結果でしかない。
自分の悪口を言う人達のことなんて、好きになれるはずがない。
『彼らにはそんな悪気はないんだよ』なんて擁護の声が上がるかもしれないけど、もしだとしたらもっと嫌いになる。
だってそれは、ごく自然に誰かを傷つける人間だってことだから。
だから、私はデリカシーのない男の子っていう生き物が大嫌いだ。
―――ううん、嫌い、だった。
『―――じゃあさ、虎杖はクラスの女子で誰が好き?』
『別に誰も』
タイミングが悪いな、と思った。放課後、教室に忘れ物を取りにきた私はそんな男子達の声を聞いた。
別に、遠慮なく入ったって良かった。きっと中学生にとってはありふれた雑談だろうし、
そこで私の名前が挙がるなんてありえない。そもそもあの人達は私のことを同学年の女子だっていう意識があるのかどうかも怪しい。
ちょっと迷ったうえ、気にせず教室に入ろうとして―――。
『強いて!! 強いて!!』
『……強いていうなら小沢』
動きが止まって、ついでに一瞬だけ頭が真っ白になる。
別に私がこれまで虎杖君に淡い恋心を持っていたわけじゃない。
ああ、だけど。
確かに虎杖君から私の悪口を聞いたことはなかった。
『えー……いやいやデブじゃん』
ほんの僅かに高まった心にそんな冷水を浴びせられる。
その人に同調するわけじゃないけど、確かに疑問だ。
虎杖君は私のどこが良いんだろう。クラスメイトだから少しくらいは話したことはあるけど、友達みたいな距離感ではなかったと思う。
『そう? でもさアイツ、食い方とか字とか色々すげー綺麗なんだよ』
虎杖君のその言葉を聞いて、教室に入ることなんて出来るわけない。私は見つからないように階段を降りた。
食べ方や字なんて意識したことなかった。両親はそんなに作法に厳しい方でもないし、自分の字だって綺麗だと思ったことない。
虎杖君が語る小沢っていう人は私のことなのに私のことじゃないみたい。
だって、私は自分のことをそんな風に思ったことなんて一度もないのに。
ああ、でも。だからなのかな。
私が知らない私を虎杖君が見つけてくれたから。
きっと、虎杖君のことを好きになった。
男の子は嫌いだ。
デリカシーのない言葉で私に言葉のナイフを突き立てようとする。
この気持ちは今でも、そしてこれからも変わらないだろうけど。
たった一人、虎杖君のことは好きになった。
虎杖君のことは好きになったけど、自分から告白する勇気がなかった。
虎杖君に限ってありえないだろうけど、酷い言葉を言い放たれて断られたらどうしようって思ってしまった。高校入試を控えた中学三年生で受験勉強が大変だから、なんて言い訳もあったし、何より私は卒業後に東京に引っ越すことが決まっていたから。
『い、虎杖君! ちょっといいかな!』
結局、勇気を出せたのは卒業式当日のことだった。
卒業式は終わって、各々適当なメンバーでどこかに出かけている中、必死に虎杖君を探してようやく見つけた。
『あれ? 小沢、どうかした?』
『えっと、その良かったらなんだけど……!』
『お、おう』
言うんだ。告白は出来なくっても、せめて連絡先は交換しようって。
私は東京に引っ越して虎杖君は地元に残る。そうしたらもう縁は無くなってしまうんだ。
スマートフォンの連絡先だけの繋がりなんて細くて頼りないものなのかもしれないけど。
それでも、何もかも無くなってしまうよりはずっと良い。
『わ、私と……写真を撮ってくれませんか!?』
『写真? あー、卒業記念ってことで?』
『そ、そう!』
本当に、私は自分の弱さが嫌になる。
私は虎杖君のことが好き。でもきっと虎杖君は私のことが好きじゃない。嫌っているわけじゃないけど、きっとそれ止まり。少し優しい言葉をかけられたから両想いなんてこと、ありえない。
きっと虎杖君は自然に誰かの良いところを見つけられる男の子で、私は虎杖君のそんなところを好きになった。
だから、片思いでしかないのに。
『えっと……すいませーん、そこの人! ちょっと写真撮ってもらって良いですか!? あ、どうも。じゃあ小沢、隣り合う感じで良い?』
そうして撮られた一枚の写真。私と虎杖君が校門前、隣り合って写ったそれは私の宝物。
私と虎杖君の縁を示す、たった一つのもの。
そして、ただそれだけのもの。
写真を撮り終えて虎杖君と別れる。ぶんぶんと手を振って、高校でも元気でな! なんて虎杖君は言って、私も小さく手を振り返す。
残されたのは私一人。写真フォルダに記録された一枚を見て充足感を味わいながらも、果てしない喪失感も同時に胸を襲った。
こうして、私の初恋は終わった―――はずだった。
『優子、あなた身長伸びた?』
高校に入ってすぐのこと。朝、登校の準備をして食卓につく私を見てお母さんは唐突にそう言った。
『え、そう? あんまり自覚ないんだけど』
『制服とかきつくなってない?』
『それはちょっとあるけど太ったからだと思って……』
『いや、寧ろ痩せてきたんじゃないの? お父さん、優子痩せたわよね?』
『うん? ……そういえばそうかもな。成長期か?』
経済新聞から目を外してお父さんもそう言った。
『女の子の成長期は中学ぐらいで終わるって聞いたことあるけど……』
『そんなものは個人差もあるだろう』
『まぁ、それもそうね。身体の痛みとかは大丈夫?』
『うん、そういうのは感じないけど』
なんとなく釈然としないものを感じながら、朝食を取り終えた私は鏡がある洗面台の前に立つ。意識してみると前と比べ目線の高さに違和感があるような気がしたし、丸々とした顔が僅かにシュッとしているような気もする。
それにスカートも、いつもに比べほんの少し緩いような感覚。
自分の変化を意識したのはこの日だった。
そこからは劇的だ。日に日に身長は伸びていって、あまりに急激な成長にお母さんは私を病院に連れていこうとしたほどだった。まったく新しい環境に来てストレスもあったと思う。
東京は私がこれまで生まれ育った街とは何もかもが違って新鮮であると同時にそれまでの私の価値観に歪みを生み出していた、というのはなんとなく感じていた。
理由はどうあれ、体形が著しく変わった私はすぐに大量の服を処分するハメになる。
買ったばかりの制服は丈が合わなくなり新調する嵌めになったし、これまで持っていた私服も全然合わなくなってしまった。
変わったものは私だけじゃなくて、クラスメイトの反応もだ。
特に露骨なのは男の子の方で、私のことをちらちら見てくる人もいる。
そして、ある日のこと。
『小沢さん、俺と付き合ってくれませんか?』
放課後、人気のない場所に呼ばれた私は一人の男の子に告白された。短めの髪で日焼けをしている、スポーツをしていそうな印象。名前は分からない。確か隣のクラスの人で、サッカー場で顔を見たことがあるかもしれない。その程度の認識だった。
縁は殆どなかったと思う。合同授業で一緒の班になったことが一度あったかな。
『……なんで告白してきたんですか?』
『え? いや、なんでって……』
『あ、ごめんなさい。別に嫌味とかそういうつもりじゃなくて、純粋に疑問だったから』
好きになって、告白する。そのことは誰にも否定できないし、虎杖君と連絡先も交換できなかった私と比べると、この人は立派だと思う。
でも、この人は私のどこを好きになったんだろう。
『えっと、付き合いたいと思ったから、かな。小沢さん、最近凄い綺麗になったじゃん』
ちょっと照れ臭そうに笑いながら、その人は言う。
その瞬間、私の胸に宿った感情は歓喜だった。
自分の容姿を褒められるのは初めてで、だから嬉しかった―――というわけではまったくない。この人の言葉そのものに私はまったく価値を感じていない。
例えどんなに凄い人が私を褒めたって私は全然嬉しくないと思う。
私の感情を揺り動かすのはたった一人だから。
大事なことは客観的な事実。昔よりも私が綺麗になったということ。
ああ。今ならもしかして――-。
告白は当然断った。言い方は酷くなるけど、付き合いたい人ではなかったから。私が付き合いたい人はこれまでもこれからもきっと一人だけ。
世間からすると、ちょっぴり私はオカシイのかもしれない。
私の周りの女の子達は振られたり告白して玉砕しながらも次の恋に走っていく。
多分、それがフツウのことなんだと思う。
中学の頃、少し嬉しい言葉を投げかけられてその記憶を今でも大事に秘めている私は気持ち悪いとか異常だとか言われるかもしれない。
でも、それでもいい。
世間とか常識とか、そんな言葉に翻弄されてこの気持ちを忘れてしまくらいなら。
私は気持ち悪くても異常でも、良い。
野暮ったく編み込んだ髪を解いて伸ばす。
明るく染めたキューティクル。風にたなびいて揺れるそれはちょっとした私の自慢。
お母さんもお父さんもクラスメイトも良く似合っていると太鼓判を押してくれた洋服に身を包み、期間限定のドリンクを片手にお洒落な街並みを意味もなく練り歩く。
その最中、私は彼に再び出会った。
「虎、杖君……?」
雑踏の奥、歩いている姿。少し遠目だけど私が虎杖君を見間違うわけがない。
人だかりの中、私は懸命に人を縫うようにして前に進む。
出会えたのはきっと奇跡。いじらしい私に神様がくれたプレゼントだって言われても信じてしまいそう。
手を振って、声を張り上げようとした瞬間、ようやく気付く。
虎杖君は一人じゃなかった。同学年くらいの男の子と、ちょっと勝気そうなとても綺麗な女の子。
虎杖君はその女の子と、楽しそうに話をしていた。