もしかして小沢優子ヒロインもので長編書けるくらいのポテンシャルを感じているのは私だけなのか……?
女の子の名前は釘崎野薔薇さんというらしい。
名は体を表すというが、釘崎さんって本当にその通りだなと思う。
釘のように最初はちょっと鋭利な印象と同居するように、薔薇のように誰かを引き付ける魅力があって。釘も薔薇も時には誰かを傷つけるものだけど、釘崎さんの場合、それらの要素は誰かを傷つける為のものではなく、彼女自身の強さの証のように感じた。だって、釘崎さんはとっても良い人だから。
……というか恥ずかしい話、いきなり距離を詰めて話しかけてきた見ず知らずの私なんて普通は無視か冷たく接するだけだろうから。
「あの、スミマセン。さっき虎杖君と一緒にいませんでしたか?」
「……へ?」
釘崎さんの面食らった表情は至極まっとうなものだ。私自身衝動に駆られて起こした突発的なもので、私の心の裡をどう伝えるかアワアワするだけの私を、それでも釘崎さんは辛抱強く私の話を聞こうとしてくれた。
一つ言い訳をさせてもらうとありえない巡り合わせに私自身が混乱した結果の勇み足だったということは声を大にして言いたい。
地元に残ったままだった虎杖君と東京に引っ越した私。そこで縁が切れてしまったはずの糸。残ったものはスマートフォンに眠る一枚の写真だけだったはずなのに。
偶々虎杖君が東京に遊びにきていたとしてもそこで偶然出会う可能性なんてどれくらいのものだろうか。
身だしなみに気を遣いながらどこか空虚な感覚に全身を苛まれてゾンビにように生きていた私の網膜が彼の姿を捉えて、私は自身の行動が制御出来なくなった。
その結果が、ともすれば不良が因縁をつけているような意味不明な行動だ。
結果論だけど、釘崎さんがとても良い人だったお陰でなんとか首の皮一枚繋がって、私達は近くのファミレスで話をすることになった。
「―――で、優子。アンタは虎杖と同中ってことね」
「は、はい……」
「はー、地元って仙台よね? また珍しい巡り合わせというか。……それは分かったんだけど、結局私を呼び止めた理由はなんなの? 虎杖に直接話し掛ければよかったんじゃない?」
釘崎さんは未だに困惑した様子だった。でも確かに釘崎さんの立場からすればそうだろう。さっきの二人は丁度別れるように別行動を始めたようで、直接虎杖君にコンタクトを取っても何の問題ない。問題があるとしたら、それは私の内面でしかない。
昔の姿を見られるのはちょっと恥ずかしいけど、ここまで付き合ってくれている釘崎さんへの敬意を込めて、私はスマーフォンを操作して、半年前に撮った写真を釘崎さんに見せる。
「……?」
釘崎さんは写真を見て、次いでに私を見てそれでも分からないように首を傾げた。
「コレ、中学卒業式の時の私です」
釘崎さんは一瞬固まったのち、写真と今の私を何度も見比べた。その表情は分かりやすく驚愕に染まっている。
「えっ? マジィ!? 半年前でしょ!? 何がどーしたの!?」
自分のことだけど、確かに今と半年前では別人のように変わってしまっている。多分、この二つを関連付けられる人なんていないんじゃないかな、と思う。
未だに混乱した様子の釘崎さんにこうなった経緯であったり、私と虎杖君と関係性だったりを語り―――。
「―――つまり、
「はい。
そういうこと。それが指し示すものはただ一つ。今出会ったばかりの釘崎さんとの間にそれ以外の意思確認は必要なかった。
そもそも、もうここまで来たらそれ以外に指し示すものなんて想定出来ないけど。そして釘崎さんと虎杖君が付き合っているかどうかの確認などもしつつ―――異様に乗り気な釘崎さんがより虎杖君に詳しいという友人、伏黒君を呼ぶことになった。
「―――おい、なんなんだよ」
現れたのは同世代の男の子。逆立つような長めの黒髪が特徴的な伏黒君はクールそうな元々のルックスも相まって分かりやすく不機嫌そうだった。
さっきの会話を私も聞いていたけど何の用事かはまったく話していないようだったし、伏黒君が不機嫌なのも納得できる。そして、それでも来てくれるあたり二人の間には確かな信頼があるのだろう、多分。
「オッス伏黒ォ!! 虎杖って彼女いるー!?」
「は? っていうかコイツは……釘崎の知り合いか?」
「いんや? 今日知り合ったばっかりだけどさ。あ、この子は優子ね。小沢優子」
「お、小沢優子です」
「……ああ。伏黒だ。……おい。だからなんなんだよ、いきなり呼びつけて」
「いやさ、実はこの子がかくかくしかじかで―――」
「!」
さっきの釘崎さんと同じように伏黒君も神妙な顔をして、
「―――つまり、
「ええ、
「……」
伏黒君、外見ではあまり感じないけど内面は割りと愉快な人かもしれない。
「それで……どこから話せば良い?」
注文したコーヒーが届いて伏黒君はそう切り出した。
「まずは虎杖に彼女がいるかどうかよ」
「……いや、まず彼女はいないだろう」
「根拠は?」
難題な事件に立ち向かう刑事の会話かな、と思いつつ私は黙って話を聞く。
東京に来る際困った様子がなかったこと、部屋にグラビアアイドルのポスターを貼っていることなど細かなエピソードを上げる伏黒君の姿は本当に刑事か名探偵のようだった。
「後はだな―――」
「いや、それぐらいでいいわ。アンタそこまで虎杖のこと観察してんの? っていうかアンタ女子の前でだけカッコつけてブラックコーヒー飲むタイプ? え、引くわ」
「なんで俺の中傷に話が変わってるんだよ。俺の話が聞きたくて呼んだんだよな? 後ブラックコーヒーはいつも飲んでんだよ」
「あの、伏黒君。その貼ってるポスターってどの人か分かりますか?」
「……いや、俺も詳しくないから名前までは分かんねえ」
「なら虎杖君の好きなタイプとかは?」
「あー……」
伏黒君は思索に拭けるような表情をし、
「なんだったか。ジェニ……なんとかのファンだとか聞いたことあるな。後は背が高い子が好きって言ってたな」
「!!」
「!!」
ファミレス内部の他の客は何も気がつかない。
もちろん伏黒君にも……
しかし私と釘崎さんの間に電流走る――!
虎杖君のスキを見つけた……!
そして自然に酌み交わされるグラスの音。
ズバァン!と自らのスマートフォンを机に叩きつけ、もの凄い勢いで釘崎さんは私の方を向いた。
「勝算アリ!! 虎杖を召喚するわ!! いいわね優子!!」
「はい!」
「……俺、いない方が良くないか? というか俺達」
「バカね伏黒、私達は責任の一端を担った以上、見届ける義務があるわ!」
「ただの野次馬根性じゃねえの?」
「虎杖がノンデリな発言でもするかもしれないでしょうが! ちゃんとアンタもフォロー入れなさいよ!」
「……あの、今更ながら私も恥ずかしくなってきたんですが……」
「女は度胸! 覚悟決めなさい! 虎杖が来るまで猶予はある! 伏黒も聞きなさい! まずは私が―――」
「―――あれ? 伏黒もいんじゃん」
「はやっ!!」
いや、早すぎる。偶々近くにいたとしてもだ。そのせいで私は何の心構えも出来ていない。
「……オイ虎杖、何持ってんだ」
「あ、これ? 換金所探すのもめんどいから景品交換しちゃった」
「お前、パチンコ行ってたのか? 未成年が立ち入るなよ」
「え、でも俺達労働基準法とか都条例とか……」
「すまん、今のは俺が悪かった。この話は無しにするぞ。……いや、待て。そうだとしてもパチンコして良い理由にはならないだろ」
「……いや、トイレ借りただけだから」
「だったら景品交換できるわけねえだろうが」
意図してか不明だけど伏黒君が時間を稼いでくれている。今のうちになんとか気持ちを落ち着かせないと……!
「―――虎杖! この子は―――!」
釘崎さんが何かを言う前にそれまで虎杖君の視線が伏黒君を外れて私を見た。
半年前までずっと追っていたもの、半年間の間見れなかったもの。それがすぐ近くにあった。
何かを言おう。何か言わなくちゃ。もうこんな奇跡みたいな巡り合わせ、やってこないんだから。
「あれ、小沢じゃん。何してんの?」
「―――あ」
それまであった高揚と期待、ふわふわとした温かい気持ちは一瞬のうちに叩き潰された。
胸が詰められるような圧迫感。光に満ちていた視界が暗転しそうになる。
気づいてしまった。気づかされてしまった。気づきたくないことに、気づいてしまった。
「え、と。虎杖君。久しぶり」
「おう、奇遇だなー、まさかこんな風に会うとか、世間って意外と狭いな」
「……うん、そうだね」
「……小沢? 大丈夫か?」
気遣うように私を見つめる虎杖君。ずっと望んでいたものがすぐ近くにあるのに、私の胸はどうしようもなく苦しい。
「……ううん、なんでもない。会えて、嬉しいなって」
告白なんて出来やしない。私に出来たのは半年ぶりに会ったクラスメイトの再会を喜ぶ、それだけだった。
かんかんと駅の階段を降りる。そこで私の意識はようやく明白になった。
虎杖君と出会って別れるまで、記憶はきちんとあるけどどうにも現実感がなくまるで白昼夢を見ていたよう。きっと楽しい時間を送っていたのだろう。
この半年間の話題や中学時代の話に花を咲かせて。けれど、それだけだった。
ぼんやりと、そう思う。
「……」
今日の出来事は本当に現実の話だったのだろうか。階段を下り降りた私は邪魔にならないよう端によってスマートフォンを操作して新しく追加された釘崎さんの画面を見つめる。あれは確かに現実世界のことだったんだな、とどこか他人事。
「……苦しいなぁ」
私の独白は雑踏に紛れて消えていく。私の言葉を聞く人は誰もいない。こんなにも沢山の人がいるというのに、私がどうしようもなく孤独だ。いいや、孤独だったのは今までもそう。けれど、そこには薄っすらだけど微かなヒカリがあったことは間違いない。
「あれ、小沢じゃん。何してんの?」
虎杖君の言葉が脳裏にリフレインして延々と流れていく。
あの時、虎杖君は私に気づいた。私が小沢優子ということにちゃんと気づいた。
半年前の私と今の私の外見はまったく違うというのに。
それは虎杖君の良いところ。私の外見ではなく、内面で見てくれた証拠だから。
でも、私の方はどうだろうと考えると自己嫌悪が止まらなくなる。
今の私であれば虎杖君が振り向いてくれるかもしれない。
今の私であれば虎杖君が好きになってくれるかもしれない。
今の私であれば―――。
それと共に過去に言われた数々の悪口も一緒に脳裏によみがえる。ブスとかデブとか、見えないだけの言葉の刃。私が絶対に相いれないと思った彼らの言葉。
無遠慮な言葉が嫌いだった。不躾な視線が嫌だった。
けど、私は彼らと同じだった。
変わったのは外見だけ、中身は何も変わっていないのに。
私は昔とは違うだなんて、そんな思い違いをしてしまった。
私は結局、嫌いでしょうがなかった男の子達と同じだということ。
私は、私が嫌いな人と同じ尺度で生きている証拠に他ならない。
そんな私はきっと、虎杖君に相応しくない。
零れそうな涙を手で押さえる。
本当に酷い話だ。私の恋は始まる前に終わる、どころかまだ始まってもいないのにこんなに惨めになるなんて。
「本当に、酷い話……」
恋ってとてもキラキラしているものだと思っていた。クラスで付き合っているカップルを見てもとても幸せそうで、そこに何一つ疑問は疑念が挟まれているようには見えなかった。だから私もきっとそういう風になれたらな、と漠然と考えがあった。
ううん、今の私ならきっと、なんてことさえ思っていた。
それこそが私を見つけてくれた虎杖君に対する裏切りだというのに。
そこでスマートフォンのバイブレーションを感じ取った。
ディスプレイに表示されているのは、今日教えてもらったばかりの釘崎さんの名前だった。
「優子、今日はごめん」
通話に出るなり、釘崎さんの申し訳なさそうな声が私の耳朶をとらえた。
「私が変に気を利かせたせいで、なんか拗れちゃったみたいで……」
ああ、釘崎さんは本当に良い人だ。きっと、虎杖君の恋人になるんだったら釘崎さんみたいな人が良いんだろう。嫌味や妬みではなく、本心からそう思った。
「ううん、大丈夫です。こっちこそ変な空気にしちゃって……」
実際、私の中にある釘崎さんに対する感情は申し訳なさだ。釘崎さんも伏黒君も私の個人的な問題に巻き込んでしまった。寧ろ、謝らなければいけないのは私の方だ。
「色々してくれたのに本当にごめんなさい。……これは私の内面の問題だから」
「優子。……内面の問題に自分から踏み込もうとは思わないわ。誰にだって繊細なものはあるものだから。……でも、もしも優子の方から話したいならいくらでも聞く。その時が来たらいつでも連絡しなさい」
「……はい、そういうことなら」
「ええ、そういうことならすぐにね」
その後、少し話をして通話は終わった。
この問題はとても単純で、他の人にとっては下らないものなのかもしれない。
誰かに語ろうものなら潔癖だとか気にしすぎ、なんて言われそう。
誰かにとっては何の価値もないと断じられても、私とっては大きな柱になるもので何よりの宝物。
あの日、虎杖君が私を見つけてくれた、ただそれだけのことが。
『―――またな』
「……うん、またね」
別れる前の最後の会話、笑顔で手を振る虎杖君。ようやく私は返事をした。
―――自己嫌悪に塗れた、私が嫌いな人に私自身がなってしまったけど。
いつか自分を許せる時が来たら、私が虎杖君に相応しい人になれたと思ったら。
虎杖君が誰かと付き合っていなくて。私との出会いをまた喜んでくれたとしたら。
その時、貴方に思いを伝えても良いでしょうか。
この思いの中身を、今の私では声を大にして言うことが出来ません。
今の私にはその資格がなく、また自信がないからです。
それでも敢えて言うとしたら、私は貴方に出会えてとても感謝していて、貴方に対してとても大きい感情を持っています。
だから、