君は無邪気な夜の暴虐   作:ミカ推し

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煮豆燃萁

 

 

「…………ちょっと、待ちなよ」

 

ミハはもう一度一礼をして部屋を出て行こうとドアノブに手を触れた瞬間、後ろから声が聞こえた。聞きたくなかった、あるいは聞く気がなかった声。本来なら、会うはずが無い…会う計画がない筈だった声ともミハは思っていた。

 

礼儀として返事をしないのはいただけない。ミハが振り返る声の先には不機嫌そうにミハに似た羽を揺らす、ミハと顔の造形がほぼほぼ変わらない少女が座っていた。

 

「はい」

 

「はいじゃないんだよ。何か言うことないの?」

 

まるで鏡写しのような2人その違いは体格と髪の長さ。そしてミハの目元の古傷ぐらいだろうか。だがそんな外見の差以上に今の2人には険悪な空気が立ち込めていた。

 

「お久しぶりでございます。聖園ミカさま」

 

「…………あくまでその態度を貫くっていうわけね」

 

余計、不機嫌に揺れるミカの羽とまるで何の感情も宿らないかのようにピタリと動かないミハの羽。頭を下げるミハにミカの表情も歪み始める事をナギサが見ていた。

 

「ミカさん…そんなに声を荒らげなくても────」

 

「ナギちゃんは黙ってて。……これは私たち姉妹の話」

 

「……………………………」

 

ついに仲裁に入るナギサさえもバッサリと切り捨てて、ミカは頭を下げ続けるミハの前に立つ。もはや険悪と言えるほど生易しくない。すぐにでも爆発しかねない火薬庫と言えるほど冷え込んだ中、ミカが掠れ声で呟く。

 

「今、まで…どこにいたの」

 

「友人の宅を転々と」

 

「どうして…何の連絡も、入れないの…?」

 

「必要ないかと思いまして」

 

「……なんで勝手に行動するの」

 

「許可が必要でしょうか?」

 

怒りに燃え上がるミカの声とは裏腹に、どこまでも平坦で他人行儀なミハの返し。

今だにカーテシーのまま頭を上げないミハの姿に私たちは姉妹というある意味対等な立場ではなく、一生徒とティーパーティーという地位の差で会話しているという事実をミカはまじまじと見返されたみたいで。

 

そんなミハがミカに対してそっけない態度を取ることも停学中に出来た目元のキズだとか色々ナギサも言いたいことがあるが、それ以上にキレていて今にでも手が出そうなミカを収めようとナギサは口を開き始めた時だった。

 

「……わかった。じゃあ質問を変えるね?……これはティーパーティー。パテル分派リーダーとしての命令だから」

 

「はい」

 

「まずは顔を上げて」

 

「お目汚し、失礼します」

 

ナギサの想像に反しミカがキレる事はなく、逆に冷静にその地位を生かしたやり方でミハとのコミュニケーションを取ろうと模索している事に気がついていた。

そしてそれと同じぐらいナギサはミカを憐んでた。……こんな、そんな会話がしたかったわけじゃなかったのに。

 

その命令でようやく真正面から見る事になるミハの眼差し。

あの時とは違って、鋭くそれでいて私たちを何の温度もないまま見上げるミハの瞳。そしてその私たちと同じ金色の瞳を遮るかのような一本の傷。

 

「その傷、どうしたの?」

 

「ある依頼を受けた時の傷です」

 

痛ましそうにその傷に恐る恐る触れるミカ。もう古傷になって久しいように見えるがそれでもここまでくっきりと残る傷はミカの内心を乱してやまない。

 

ただそれと同じようにナギサは驚愕していた。

ミカとミハの身体の頑丈さは十分知っていた。その上でミハの身体に残るほどの怪我を負わせることが出来る相手となると限られると言う話ではない。キヴォトスでも片手で数えられるほどの数名しか“可能性”はないのだ。

 

「………じゃあそういう依頼をこなして暮らしてたんだね?」

 

「はい」

 

背は既にミカを追い越しているミハ。勿論、それだけではなく体付きもミカとは違い筋肉質にそれでいて大きく育っている。そこまでミハが鍛えなくてはならない事があったと言うのか。

 

「よろしい。……今はそれぐらいで十分かな。」

 

「ですがミカさん!」

 

「ナギちゃん…よく考えて。“時間軸”が合わないんだよ?」

 

難しい顔をして黙ってしまうナギサ。

気になる単語といい、やけに神経質になっているナギサといいミハにとって気になる事はあるがそれをわざわざ聞いたりするほどでもないと考えている。

 

もう一度頭を下げ直したミハの頭を撫でて、ミカはナギサに向かい合う。

ここからはティーパーティーとしてではなく、1人の姉としての意地の張りだ。

 

「それにミハが帰ってきた今、退いてもいいんだよ?」

 

「それは困ります………ええ良いでしょう。もし何かあれば」

 

「分かってる。その時は私が全責任を負うよ」

 

どうであれ。出来が良かろうとも悪かろうとも、お姉ちゃんが妹の見本になる。

それがミカの誇りで芯だ。それがあるから今までミカは頑張ってこれたも同然だ。

勿論、今のミカにパテル分派のリーダーを辞めてティーパーティーを抜けられて困るのはナギサたちだ。ただでさえもう1人のリーダーであるセイアが“とある事件”で空席になっているというのにここでミカが好き勝手出来るようになってしまうとそれこそティーパーティーの権威どころかトリニティ全体の混乱に繋がる。

 

お姉ちゃんモード(ナギサ命名)になったミカに何を言っても覆す事は難しい。

そうなったら劣勢なのはナギサだ。肝心のミハはただ黙ったまま首を下に向けている辺り私たちに心を開いている感じではない。あの停学中に何があったのか。詳しく知らないといけないと冷静に頭の中で算盤を弾いたナギサの決断は……

 

「わかりました……ですが補習授業部に関しては」

 

「ま。確かに教えられるのはあそこしか無い…か」

 

「ええ。……ではすみませんミハさん」

 

「はい」

 

何かを悩むような苦悶のミカ。それでいて目を瞑り一度何かを考えるナギサたちはミハの所属を本当に“補習授業部”にして良いのか。それとも誰か教えられる人にミハの遅れている授業分を任せて良いのか考える。それこそミハと仲の良かったシスターフッドの彼女や図書委員の彼女に任せても良いが、今のゴタゴタ中に下手に借りを作る方が後々に危険か。とナギサだけではなくミカも頭を悩ませる。

 

「もう一度言いますが、貴方はこれから“補習授業部”という部活に所属してもらいます」

 

「はい」

 

「……遅れている授業分を取り戻し、“こちらが指定する”テストを受けて一定の点数を取っていただければ結構です。」

 

「わかりました」

 

心配するナギサの声。その声には言いたい事がもっとあるのだろう。心配とミハが無事に戻ってきてくれた安堵が織り混ざりたいのだろう。だが、それは全てティーパーティー、フィリウス分派リーダーとしての役職が邪魔をする。

もっと、幼馴染として言えるだろうに。それさえも言えない自分にナギサは口を何度も開きごもる事しか出来ない。

 

「………無事で、何よりです。ミハちゃん」

 

「ありがたきお言葉です。ナギサさま」

 

「……………………………」

 

もし今、この場に第三者…それこそ先生でもいたらナギサから何かが破壊されたような音がしたであろう。それは間違いなく脳破壊の音。普段子どもとあまり関われてない父親がどうにか話題を見つけ出し、コミュニケーションを取ろうとした時に子どもから素っ気ない態度を取られたようなそんな無残さがあった。

 

それはミカも笑えない。素っ気なさで言うならばミカの方が上だった。

姉妹だと言うのに初手から他人行儀な上に名前をフルネームで言い、顔も碌に合わせようとしないその姿。ミハから言わせてもらうなら“依頼”のために戻って来ただけであってミカと顔合わせする気は無かった。ミカから言わせてもらうなら前までは何かと言いながら“お姉ちゃん”と寄ってくる様なそれはもう可愛い、可愛い妹だった筈なのに。

 

「話はここまでです。……それでは退席していただいて構いません」

 

「はい。ありがとうございます……失礼しました。」

 

この停学中に何があったのか。最悪の想像ができるとミカとナギサの脳内では嫌な想像が思考を揺るがせる。ナギサだってミカほどではないがミハの姉貴分として親しくしていたし、事実慕われていたとナギサは思っている。友人であるヒフミとよく一緒にいるところも知っていたし見た事がある。今回の復学も、何故私たちではなくヒフミを通してなのかと少し憤慨したところもあるが姉に電話するのが怖いという妹心を想像すれば微笑ましくも思えた。

 

「………はぁ………ねえナギちゃん」

 

「分かってますミカさん……」

 

特に振り返る様な後ろ手を引く様な姿は無く、一度もこちらを見る事なく去っていくミハ。完全に扉が締め切られた後、ナギサとミカは崩れ落ちた。

 

「昔はお姉ちゃん、お姉ちゃんって可愛かったのに……」

 

「昔はナギサお姉ちゃんって……」

 

過去は過去。そして今は今である。悔しいだろうが仕方ないんだ。

とは簡単に割り切れないのが今の2人である。今の2人には悔しいという感情とどうしてという不安。諸々あるが、今の2人の現状を“外”から来たシャーレの先生はこう称すだろう。

 

初めての反抗期に崩れ落ちた両親みたいだ。と

 

「……今、ここでウジウジしていても何も変わりません」

 

「うん……私も使える奴ら使って調べてみるね」

 

いつの間にか掠れ声になったナギサは何かを決意する様に立ち上がる。

かく言うミカもその意図を察したのか動き出そうと立ち上がる。

自慢ではないが2人ともこのトリニティ総合学園の生徒会長の内の2人。その権力も権威も並大抵のものでは無い。したがって彼女たちが動かせる人員も多い。

 

2人はそれを使って、“停学中”のミハを本気で追うというのだ。

それに伴い彼女たちの配下が多大なる苦労を被るかも知れないが知ったことか。今まで散々、わたしたちに擦り寄って来たのだからそれを利用し返す程度だと今の2人にはそれぐらいの軽薄さで動こうとしていた。

 

 

多くの問題を抱えるトリニティ。

そして今、その中で新たなる心労を抱えた生徒会長2人の行く末は果たしてどこに向かうのだろうか?

 

 

 

 






久しぶりにあった親しい人が全然変わっているのを見るとやはり驚くものです。
それが親しければ親しいほど、その衝撃は激しいですね。


次回。【合縁奇縁あいえんきえん


トリニティを裏切る“誰か”……早く見つかってくれると楽なんですが、ね



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