トレーナーとダスカの肉体が入れ替わったまま元に戻れなくなり20年が経った話 作:ダスカ大好き星人
都内にあるとある空港は、昼間になると利用者が多くなる。時刻は昼の13時。この時間帯になると飛行機の乗り換えのための出入りが多くなるため、普段以上に空港のロビーは多くの人で溢れかえっていた。
その雑踏に紛れ込む華やかなウマ娘が一人いた。
そのウマ娘はそわそわした様子で『ある人物』の到着を待っている。
彼女は『ある人物』に会うために、わざわざ約数年ぶりに日本に帰ってきたのだ。
「ふぅ…。なんだか寒いわね…。」
彼女の名はダイワスカーレット。今から20年前、桜花賞や秋華賞、エリザベス女王杯などの数々の重賞に入賞してきた歴戦のウマ娘である。
向かいの自動ドアから空港の利用者が入ってきたことにより、北風が屋内に吹き込んでくる。冬と呼ぶにはまだ温かいこの時期だが、着込んでいるとは言えまだ十分寒い。
スカーレットは思わず、服の袖と袖を引き寄せ暖を取った。
スカーレットはベージュ色のカーディガンに白のニットの服を着ていた。
日本がまだ暖かいことを見越して厚着をしてきたスカーレットだったが、その心配は杞憂だったようだ。もっと暖かい服を着てくるべきだったと、スカーレットは後悔した。
ウマ娘という種族は、年齢の変化が外見から判断しずらい。
40代ほどであっても10代の頃と見た目が変わらないウマ娘なんてざらにいるのだ。しかし、いくらウマ娘と言えどアスリートを辞めたこともあって、スカーレットの体型は全盛期ほどにはないにせよ体型に衰えが見えていた。それを隠すためもあり、体型の変化が分かりにくい服装を選ぶことにしたのだ。
更に言えば、いくら20年ぶりの再会とはいえこれから出会う相手にだらしない姿を見せたくない。『学生時代のような一番の自分でいたい』という思いも、スカーレットにはあった。
「トレーナー、いつ来るのかしら…?」
この20年間、色々なことがあった。積もる話も山ほどある。スカーレットは、トレーナーがやってくるのを今か今かと楽しみにしていた。
しばらく行き交う人々を眺めながら暇を潰すスカーレット。
すると、その人ごみの向こう側に一人の男性の人影が見えた。
「…い。おーい!」
遠くから、男性がスカーレットに向けて大きく手を振っている。
20年ぶりに見たその姿は、その年月に対して比例するように年相応の見た目に変わってしまっていた。20年前と容姿がほとんど変わらない自分と年相応の見た目になったトレーナーを比較、スカーレットは少し寂しい気持ちになった。
しかし20年ぶりとは言え、かつての面影は残っている。
そして何より『自分がよく知る』人物でもあったので、スカーレットは一瞬で彼を見分けることができた。
その男性は、彼女の担当トレーナーの姿だったのだ。
「…、もう、遅い!何分前から待ってると思ってるのよ!」
久しぶりの再会に嬉しくなり、スカーレットは思わず駆け寄った。
実際はスカーレットが空港についてからそれほどの時間は経過していないのだが、トレーナーに久々に会えたのが嬉しくて、スカーレットはつい昔の調子で話しかけてしまう。
「悪い悪い、ちょっと担当してる子の出走登録に時間がかかっちゃってな」
どうやらトレーナーは、今担当しているウマ娘の出走登録に時間がかかり遅れてしまったようだった。
それなら仕方がないと思い、スカーレットは言葉を濁した。
「ここで話すのもなんだから、少し別の場所に寄らないか?」
「どこか行きたい店とかあるか?なるべく空港内だといいんだが…」
「ここで立ち話をするのもなんだろう」と思ったのか。
トレーナーはスカーレットの意思を尊重して、スカーレットにどこか行きたい店はないかを訪ねた。
「だったら、なるべく喫煙所がないところがいいわね。」
ここ最近のスカーレットは、人一倍健康に気を使っている。
喫煙所のある飲食店を利用したがらないのもそのためだ。
スカーレットは、なるべく喫煙所のない飲食店がいいとトレーナーに提案した。
「じゃあこのレストランはどうだ?」
トレーナーが指を指したその場所は、禁煙スペースが完備されていた。個室もあり、ここなら2人きりで話していても不審には思われないだろう。
「ここがよさそうね。ならここにしましょ。」
トレーナーの言葉を耳にすると、スカーレットは肩にかけていたショルダーバックをかけ直し、レストランまで歩き始めた。
今スカーレット達がいる場所からレストランまで、歩いて2分ほどの距離がある。その間に色々と話せることもあるだろう。
スカーレットとトレーナーの二人は、レストランまで向かう道中、この20年間どのようなことがあったのかをお互い話始めた。
◇
レストランに着いた二人は、店員に二人用の席へと案内された。
「すみません、ビール一つください。…スカーレットも何か飲むか?」
「ごめんなさい、お酒は控えてるの。ウーロン茶がいいわね。」
体調に気を使っているためか、スカーレットはここ数ヶ月の間の飲酒は控えていた。
しばらくして、二人の元にウーロン茶とお酒が運ばれてきた。
するとスカーレットが、ある話を切り出した。
その話は、周りの人が聞けば思わず信じてもらえないような内容だった。
「ねえ、『そっちの体』での生活はどう?」
『そっちの体』。普段の日常会話だとまず聞きなれないような単語を、スカーレットが呟いた。
「この体になって、もう20年ね。アタシが『ダイワスカーレット』として生活し始めて、もうそれくらいの年月が経つのよ。」
『ダイワスカーレットとして暮らし初めて、20年になる。』
彼女の口から、そのような言葉が発せられた。
それは、今から20年前の出来事だった。
『ある事件』がきっかけでダイワスカーレットとトレーナーは、お互いの体が入れ替わってしまったのだ。
そして元の姿に戻れないまま20年の時間が経過し、今に至る。
つまり今ここにいるスカーレットは、スカーレットとして生活してきたトレーナーで、今スカーレットと話しているトレーナーはトレーナーとして生活してきたスカーレットなのだ。
「ねえ、せっかく二人きりなんだし、元の口調に戻して話さない?なんだか話しずらくないかしら?」
するとトレーナーが、まるで女性のような口調でスカーレットに話し始めた。
それもそのはずだ。今ここにいるトレーナーは本来ならスカーレットなのだから。
しかしスカーレットは、トレーナーのその提案に対し少し訝しんでいる様子だった。
「ダメよ、誰がどこで聞いてるか分からないんだから。もし聞かれていたとしたら、あなたのキャリアに傷がつくでしょ?」
20年の月日が経ち、トレーナーは『ダイワスカーレット』としての生活を経てスカーレットのフリをして生活することが当たり前となっていた。
20年前、それは当時の彼がトレーナー養成所を経て、新人トレーナーとなりスカーレットの担当になってからすぐになってのことだった。
つまり「彼女」は、人生の半分を『ダイワスカーレット』として過ごしたことになる。
20年もの月日をダイワスカーレットとして生活することによって、彼女の振る舞いや行動はすっかり元の彼女と言っても遜色のないくらい、板の付いたものになっていた。
わざわざ喫煙所のない店を選ぼうとしたのもそうだ。他人からの借り物の体であるのと同時に、この体はもう自分だけの体ではないからだ。
「何から話せばいいかしら。だって色々あったもん。この20年間。」
しかし彼女は、スカーレットの喋り方をやめようとはしなかった。
20年間の月日をお互いの肉体で生活してきたのだ。もう既に、お互いの肉体で生きてきた期間の方が元々の肉体で生活してきた期間よりも長くなってしまっている。彼女にとって『ダイワスカーレット』として振る舞うことは既に人格の一部、ある種のペルソナのようなものになっていた。
「じゃあまず、入れ替わった時の話だな。えっと…、たしかあの日は…」
時は今から約20年前。
それは、ある夏の暑い日の出来事だった。