記憶喪失になったプリンス・ベレットが暖かな家庭を築き、幸せに暮らす話 作:メス堕ち大明神
ここは偉大なる航路前半の海。漁業で栄えた小さな島、クマノミ島。
四皇モンキー・D・ルフィが海賊王となり、数年もの月日が流れたある日のこと。
その島に、家族と仲良く暮らしている、ある一人の『女性』の姿があった。
彼女の名はベレット。広い平原の中心にある小さな一軒家に住み、島で漁業を営んでいる漁師の夫と、二人の子ども達と一緒に仲良く過ごしている。
彼女はクマノミ島でも有名な美人若妻として顔が知られており、お淑やかで大人しい性格もあって、近隣住民や漁師達からの評判も高かった。
中でも彼女が作る料理はとても評判であり、彼女が夫の職場に差し入れする料理は、それはもう絶品だった。
結婚して子どもが産まれた今になっても、彼女に片想いを続ける男性達は後を立たない。自分にも脈はないかと、今か今かと狙いを定めようとする男達ばかりだ。
そんな男たちの様子に、島の女性達は呆れた顔で彼らを見ていた。
「サムエル〜、ゴドイ〜。もうすぐおやつの時間だよ。早く戻っておいで。」
彼女の子どもの名前は兄がサムエル、弟がゴドイと言った。
兄は7歳、弟は4歳の二人兄弟で二人とも母親のベレットに似て金髪で、鼻筋の通った端整な顔立ちをしている。
サムエルとゴドイの二人は、広い庭の中心で二人でボール遊びをして遊んでいた。
「そろそろパパが戻ってくる頃だから、みんなでアップルパイを食べようね。」
どうやら子ども達のために、ベレットはアップルパイを作ったようだった。
母親の呼びかけを聞き、子ども達は遊びを止め、そそくさと彼女の待つ家へと戻っていく。
彼女は数年前、小舟で難破しているところをこの島の海岸沖に流され、その時偶然海岸沖の様子を見にきた、島の漁師だった現在の夫であるマーカスに救われた。その時の遭難の際のショックでベレットは、自分の名前を除いた昔の記憶を失っていた。
その漁師の男性に命を救われたベレットは、命の恩人である彼に報いるため懸命に尽くした。
やがて二人は結ばれ、二人の間には二人の子どもが生まれた。その日の天候は、嵐が起こる一歩手前の風が吹き荒れる天候だった。もし発見が遅れていれば、彼女は死んでいただろう。
なんてことのない平和な毎日。夫は家族を養うために漁師として働きに出て、妻であるベレットは専業主婦として家事や洗濯を行い子供達の世話をする。
ベレットの家族は、どこにでもいるような『平凡』な一般家庭だった。
しかしベレットには、夫にも子ども達にも隠している『ある秘密』があった。
その秘密は、バレてしまっては今まで築いてきた全てが壊れてしまいかねない秘密だった。
ベレットは、左肩にある大きな古傷の痕を指で撫でた。
左肩から乳房の付け根のあたりにまで伸びるその傷は、お淑やかな彼女の雰囲気と相反し、とても痛々しく見えた。
家族や周りの住人らには「小さい時木に登って遊んでいた時に遊んでいた傷」と説明しているが、実際は違う。
この傷は彼女が、『今の姿』になる前からあった傷だ。
決して、子供時代に出来た傷などではない。
この古傷を見られたくないからか、彼女は肩が隠れるような服装を好んで着ていた。
左肩の傷を撫でながら、憂鬱な気分になっていた。
その時のことだった。
「みんなー!ただいま!パパが帰ってきたぞう!」
玄関の方から、男性の大きな声が聞こえてくる。
声のする方向を向くと、そこにはベレットの夫が満面の笑みを浮かべて立っていた。
彼女の夫の名前は、マーカスと言った。
漁師を営んでおり、ベレットらの家族を支える大黒柱と言ってもいい存在だ。黒髪で短髪の髪型をしており、細身ではあるが、漁師らしく筋肉はありがっしりとした体型をしている。
「まあパパ、おかえりなさい。」
「ただいま、ママ。」
すると夫は、ベレットの唇に軽く口づけを交わした。
そして、彼女の腰に手を回した。その時だった。
「もう、子ども達も見てるんだから、やめてください。続きは夜にしましょう?…ね?」
子ども達の教育に悪いと言い、夫を諌めるベレット。
「ああそうだな…悪い、子ども達も見てるもんな。」
「今日はアップルパイを焼いたのよ。子ども達もパパのことを待ってたの。みんなで一緒に食べましょう?」
ベレットは今朝の朝刊で入っていた新聞を夫に渡すと、新聞と一緒に挟まれていた海賊の手配書が目に入った。
麦わらのルフィが海賊王になった後でも海賊は未だに減少する様子は見せておらず、こうして世界経済新聞と海軍が連携し、新聞に手配書を挟んで市民に呼びかけているのが現状だ。
「物騒だよなあ…。おれも漁の時は海賊船に遭わないように細心の注意を払ってるし…。ママも、サムエルもゴドイも気を付けてくれよ?もし何かあったらパパがみんなを守ってあげるからな。」
ベレットが中に入っている手配書をペラペラとめくって読んでいると、その中にある一人の『男』の手配書が目に入った。
その男は筋肉隆々で口には髭を蓄えており、左肩には剣で斬られたような大きな古傷があった。上半身は裸であり、大きな大砲を持って戦うのが彼の戦闘スタイルのようだ。懸賞金は5700万ベリー。なんでも、あのインペルダウンに麦わらのルフィと同じタイミングで侵入したこともあり、この金額になったらしい。
その海賊の名はプリンス・ベレット。
今から10年前、インペルダウンに潜入したのち、そのまま消息を経ってしまった海賊である。
その手配書を見たベレットは思わず反射的にその手配書を折りたたみ、スカートのポケットにしまい込もうとした。しかしその様子を、夫のマーカスはばっちりと見ていたようだ。
「…なあママ?あまり気にしちゃダメだぞ?名前が同じとか、同じところに傷があるとか。そんなのたまたまだからな。」
妻を気遣ってか、夫のマーカスはベレットに声をかけた。
妻がプリンス・ベレットの手配書を見て、気を病んでいないかを気にしているようだった。
普通、余程のことがない限りはこの世界にいる人間の大半は海賊のことが大嫌いだ。もしも自分と同じ名前を持ち、身体的特徴が部分的に一致している海賊がいたとして、不快にならない人はいないだろう。
そして、その海賊は偶然にも彼女と部分的に一致する要素があった。しかし彼女は『女性』である。ましてや筋肉隆々でもなければ、海賊ですらない。
その容姿は、彼女と彼を結びつけるにはあまりにもかけ離れていた。
しかし夫の心配とは裏腹に、ベレットはとても複雑そうな表情を浮かべていた。
名前や古傷のある場所が同じというだけで、ここまでの表情をすることがあるのだろうか。
それもそのはずである。
なぜなら彼女…いや『彼』はこの手配書に写っている『プリンス・ベレット』その人なのだから。
ベレットが夫や家族達に隠している秘密。
それは彼女…彼が10年以上前、海賊だったことである。
隠している秘密はそれだけではない。ベレットは10年以上前、『生物学上』では男性だったのだ。
ベレットは今から10年前、『ある人物』の仕業により、強制的に『女性の姿』に変えられてしまったのだ。
もちろん、外科的な性転換手術などではない。外科的な整形手術の場合、あくまで見た目を寄せるだけであり、本当に女性の肉体になるわけではない。
ベレットの肉体は正真正銘、生物学的に見ても違わない本物の女性の肉体に変えられてしまったのだ。
(…私は夫に、子ども達に隠し事をしている。私…いや、『おれ』が海賊の『プリンス・ベレット』と同一人物だと言うことを…。)
(けれど…もしバレてしまったらと思うと…怖い。今まで積み重ねてきたものが、全て壊れてしまいそうで。)
(もし本当のことを伝えたとしても、夫は、子ども達はそれでもおれと…『私』を『母親』として…、『妻』として見てくれるのだろうか…?)
夫や家族に自分の正体を隠していることについて、ベレットは後ろめたさを覚えていた。
もし彼らに正体がバレてしまったら、今までの関係が壊れるのではないか。もう二度と元の家族には戻れないのではないか。
それらに対する後ろめたさや恐怖心と、ベレットは日々戦っていた。
では、何故ベレットは女性の姿になってしまったのか。
それは今から、約10年前に遡る。