野望も抱けずにひたすら生き残ろうとしてる畠山政頼さんの転生物語 作:区星
聞けば聞くほど武田家の状況は面白い。ある意味では第四次川中島が発生しなかったバタフライエフェクトなのだろうが……
武田義信と飯富虎昌が結婚してるっていうのもそうだし、小山田信茂が家老格まで上がっているのにもびっくり。
次郎信繁や、武田信玄本人のあれこれもあったろうなぁ……。
原作では義信と虎昌は悲恋の果てに亡くなっている。第四次川中島で家中を統制する信繁が戦死したのもあり、誰も彼らの間を取り持つことが出来なくなってしまったのが原因かだろう。
駿河侵攻と引き換えに身分違いの恋愛を認めることで手打ちにする。当事者は納得するだろうが、家臣団はどうだろう。ただそれでも蘆名の脅威だったりを鑑みると従わざるを得なくなったのかな、と思ったり。
「……俺がいなかろうが、仕えなかろうが。武田の命運を変えれる人間は存在する。武田は川中島の経験という大魚を逸したように見えるがそれでも今の方がマシだろう」
「なんというか現実って世知辛いな、俺が何もしなくても武田は回るんだろう」
そう書類の山をこなしつつ愚痴っていると左にいる具教が話しかけてきた。
「そうです、あなたが何もしなくても武田は回りますが、あなたが頑張らなければ畠山家はたち行きません。小田原に行きたいならこの書類を片付けてください」
「具教、俺はやっぱり将の将には向かないわ。他人の仕事こなしてる方が楽だもん」
「もちろんです、あなたがそういうことに向く人ではないのは一緒にいてわかってきました。でも、それでもわたし以上には出来る人でしょう?わかったらさっさと手を動かしてください」
こんちくしょう、お前も小田原に連れて行って婚前旅行みたいにしてやろうか」
「…………」
あっ、具教の顔が一瞬で茹蛸になった。こういうところかわいいんだよな」
「からかわないでください……」
「冗談抜きで連れて行くつもりではあったからな、蘆名盛氏に帰国してもらうか武田信玄に帰国してもらうかどっちにしろ箱根は通るんだ、そうなると風魔が一番怖い」
「蘆名盛氏がいる以上奥州軍が負ける要素があまりにない、武田騎馬隊でも越軍を翻弄した機動力には相当苦しむはずだ」
実際のところ、姫武将であるが故に時代が圧縮されて戦績というか練度が壊れてる感ある。
「奥州の雄、蘆名盛氏……そこまでいうほどの将ですか」
「あの不敗の神将、上杉謙信を川中島の戦いに挑んでいる最中とはいえ戦略的に負けさせた将だ。家臣団の質さえまともならば天下取りの最有力候補になってもおかしくない」
というか、二方面作戦を展開しつつ自身を囮にして時間を稼ぎきるのおかしいんだよな、軍神相手にやれていい時間稼ぎじゃない。
「そうはなってないが伊達と同盟を結んだことである程度その面を解決したと言っても過言じゃない、伊達は将の質は相応の物はあるし」
「だからまあ、奥州軍は交渉でとっとと帰ってもらうしかないんだが…………」
状況鑑みるときびしいな、最上が動けばあるいは。と言ったところか。
「まあ、行ってみてのお楽しみ、ですかね?」
具教、流石に楽観的すぎるぞ。
〜〜〜〜〜〜
一方その頃、小田原城を包囲する蘆名盛氏の陣。
「堅城中の堅城、小田原城はやはりこうでなければな、金上」
「はっ、ですがこの城を落とさなければ北条氏康は倒せませぬ」
「果たしてそうかな、北条の本質的な強みは小田原城だけではない、広大かつ連携の取れた支城網、そして支城網の起点となる玉縄城と玉縄衆。例えるならば小田原城が頭脳ならば玉縄城と玉縄衆は身体だ、先の戦いで痛撃を与えた以上、軍事作戦は相当な遅延を強いられるだろう」
「ただまあこの城を落とすなら下野常陸辺りも領国化し、臨戦態勢を整える必要はあるだろう。いつでも篭れるからと言って、毎回のように合戦を強いらされるのは相当苦しむだろうからな」
「帰ってからのお楽しみ。というところでございますか」
「この城を落とすだけでも天下人でなければ無理だろう。だが領地と支城網を少しずつ削り取っていけば北条は頭を抑えられる」
「現実を見るならそれで十分だ」
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小田原城。
「蘆名盛氏が相手に居るのも厄介ね、あの軍神から領土を奪い取った唯一無二の名将」
「あの女は果断にして神速、風林火山を掲げるあたし達とは全く逆の戦い方をする姫武将だ。迂闊に打って出てはその快速騎馬隊に背後を突かれかねん。だから籠城してやり過ごすのも仕方ないといえば仕方ないが……」
普段なら武田信玄も北条氏康を小心者と煽って出撃を狙うところだが、相手が相手なのでそう迂闊に煽って決戦で壊滅するのも避けたい、そう言った複雑な心理が曖昧な態度を招いている。
「あらあら、武田信玄ともあろう人が臆病風かしら、とはいえあの女がいる限り関東勢の離間は厳しいわ。特に宇都宮氏はその武威を死ぬほど味わっているはずだから」
「言いたい放題言ってくれるが、どうせ打つ手が無くなって籠るしかないのだろう。貴様とは違ってこちらには上洛という大目標がある、玉縄衆に甚大な被害を出している今、あたし抜きで追撃を出来るとは思えないが」
玉縄衆は先手を切った蘆名盛氏の騎馬隊に強襲を仕掛けられ、準備も伴わない状態で潰乱し、玉縄城を奪われ小田原に収容されてる。
「まさか綱成が壊滅的な被害を出して撤退してくるなんて、夢にも思わなかったわ……胃が痛い」
〜〜〜〜〜〜
俺が武田信繁の側に立つ未来は、正しく失われた未来であると言えるだろう。お互いに背負うべき人がいて、お互いに戦うべき相手である。
前世からの推しである一方で、この世界に来てから彼女と俺は近しくも真逆の存在だと思った。
姉を追放した俺と姉を守った信繁、天下人の器がある彼女と将の将には向かない俺。にも関わらず、彼女は姉の影であることを選び、俺は姉の影であることを良しとしなかった。
いずれこの内心にはどこかでケリを付けなければならないだろう。それが関ヶ原ではないことを祈る。
「…………」
それはそれとして、箱根に来てまで具教を抱きしめてるのはどうなんだ。彼女のことを好きか嫌いかでいえばだいぶ好きだが。
あっ、髪サラサラで気持ちいい。
「ん…………」
具教の頭を撫で続けていると、具教がジタバタしながらこう言い出した。
「わたしだけいい思いをしすぎではないでしょうか、もっとこうお互いにいい思いをする方が関係が長続きするのでは、例えば……そうです、接吻とか」
「この場でやるとそのままこう、具教のことを襲ってしまいそうだから困る」
「政頼、ずるいです。そう言われるとわたしも困ります」
具教は甘えるように柔らかく、そしてしなやかな肢体を押し付けてくる。
膝の間に座る彼女をしっかり抱きしめながら、頭を撫でつつ腹筋がうっすらと浮き上がる健康的な腹を撫でる。
…………
……
目が覚めると月明かりしかない夜だった。
「ありゃ、寝ちゃってたのか」
「おはようございます、と言ってもまだ夜はふけてませんが」
すでに起きて剣を振っていた具教と適当な雑談をしていると、ふと具教は真剣な表情に戻り、俺に質問をして来た。
「政頼の中ではわたしはどういう存在なのでしょう、恋人というには触れ合いに遠慮がなさすぎて困りますし、かと言って愛妾にしてはわたしは不適格でしょうし、手を出してくれないのも不思議です」
…………ある意味では当然の疑問というか、なんとも不思議な関係だ。
「最初は俺の利益から、お前を口説き落として無力化することが狙いだった。戦略的な意味ではお前のいない北畠とお前が率いる北畠はまるで別物であることは資料からも容易く読み取れた。そうするためにお前の情報を集めているうちに、お前の夢に触れてしまった。煌めくように美しく、そして‥‥客観的に見ればそこで叶えるのは難しいことがわかる夢を。そんな夢を知って、鳥籠から解き放ってあげたいと思ってしまった」
あの時俺は、彼女の夢を羨んでしまった。始まる前に終わっていた俺の夢とは違って彼女の夢には叶う余地がわずかにあるということに。そして、その余地を自分なら広げてあげられることに気づいてしまった。冷静に考えれば楔を打ち付ける程度でいいはずなのに、どうしようもなく俺は夢に弱いらしい。
「あとはまあ、俺の事情もある、畠山家は管領家の名門中の名門、まあ今はそんなの大して価値はないけど。男大名とはいえ滅多な姫を妻に迎えるわけにもいかない。同盟相手の織田信奈には姫の姉妹はいないし、幼馴染の信教は良くも悪くも俺に近すぎる。そういう意味では露骨な関係性を疑われないお前はある意味で持ってこいだった」
「戦略と羨望、個人としての利害。畠山政頼が北畠具教を見る目は複雑極まりない。それでも、ただ一つだけ言えることは━━」
「俺はこれからも、お前と一緒にいたい」
これは嘘偽りのない本音である、
「……本当に、呆れます。打算まみれで見苦しい、でもそれがあなた」
具教はその美しい柳眉をへにょりと曲げると、俺の耳に手を添えてこう囁いた。
「そんなあなたのことを、どうしょうもなく好きになってしまいました。こうした責任、取ってください」
しばらくの間、執筆出来ないので投稿が遅れるかもしれません。(何事もなく投稿してる可能性もありますが)