野望も抱けずにひたすら生き残ろうとしてる畠山政頼さんの転生物語 作:区星
織田信奈がおそらく箱根に到着した頃、俺は小田原の町に入っていた。
蘆名盛氏の陣に伺うにはまだ早いので、具教と一緒に小田原ういろうを堪能してみることにする。
「具教、あーん」
もぐもぐ、ごくり。ういろうを飲み込んだ具教はどこか不服そうな表情で喋りかけてきた。
「もっちりとして上品な甘さで美味しいです。……わたしばかり食べててもいいのでしょうか」
「遠出した時はその土地の食べ物を食べたりして思い出を作った方が俺はいいと思ってる。特に具教は伊勢から遠出したこともないだろ?だからこそこういう経験は貴重だと思うしなるべく色々と楽しんでほしいなって」
「でしたら……あーん」
具教があーんして来たういろうをいただく。現代では名古屋名物のういろうであるが、本家は小田原という説もある。というかこのういろうを買った店ではういろう発祥の地と宣伝していた。
「美味いな」
「でしたらこの抹茶味もいかがですか?これも美味しいですよ」
もぐもぐ、…………美味い、抹茶のほのかな苦味と控えめな甘さが相性ばっちり。というか逆に餌付けされてないか?
そんなふうに四本ほど食べてると、紫色の上質そうな和服を着た美少女に声を掛けられた。
「私共のういろうをご贔屓にしていただき、誠にありがとうございます」
「ところでお二人方はどこから来られたのですか?ここらではあなた方のような質の良い服を着た方は見たことはございませんが………」
そういえばそうだ。北条家は年貢が安く、武将達も質素な暮らしをしていると聞く。
そんなところに畿内で金の回りのいい俺たちがいると死ぬほど浮く。ここは……。
「俺は畠山政頼、畠山尾州家の当主で河内守護。こっちは剣豪大名で知られてる北畠具教」
「今のわたしはただの北畠具教です、家督も妹に譲りましたし」
俺と具教が名乗ると、少女は居住いを正してこう名乗った。
「私は北条家の御用商人、虎屋当主の宇野藤右衛門家治。北畠様と畠山様はどのようなご用事で小田原を訪れられたのでしょうか」
ここは素直に言った方が得だろう、北条氏康も蘆名盛氏と伊達政宗の連合軍はとっととお帰り願いたいだろうし。
「上杉謙信が上洛を狙っているからそれの対応策を打ちに来た、とりあえずは武田信玄との交渉か……もしくは蘆名盛氏と交渉して上杉領を攻めてもらうか、どちらにせよ小田原から伊達政宗が引いてくれないと厳しいかもしれないが」
「わたしは彼の護衛を兼ねています。ここは風魔の根拠地、並の武将では護衛にすらならないでしょうから」
「ほう……であれば信玄様の元へご案内しましょうか?氏康様に許可をいただければ可能かと」
「よろしく頼む」
…………
……
「ほう、畠山政頼。貴様がわざわざ小田原まで来るとはな、しかも女連れとはよほどいいご身分とみえる」
「そういう信玄公は窮屈そうだな、よほど小田原城が気に入らんようで」
「わかるか、氏康の愚痴と煽りを籠城中は聞きっぱなしなのでな。あたしはとっととこんな城は見捨てて上洛したいのだが、氏康との同盟を二度も破るとなると今後上洛中に背後を突かれうる。流石にそうなるとまずいので渋々、というわけだ」
実際ここから決戦に挑んで武田が勝つ確率はおおよそ五分前後だろう、武田信玄が指揮を取ってこれなので相良が指揮を取ると万が一、ということもある。
「武田の騎馬隊はいまだに無敵とはいえ、蘆名の騎馬は機動力に特化して蘆名盛氏の優れた戦略眼と果断な采配を完全に活かしてる。これに加えて士気の高い伊達勢を破るとなると、正直厳しいところはある」
「貴様もそう思うか、あたしもそう思う。奥州連合軍を追い払うというのは上杉謙信を相手にするよりも苦しい戦いになる。蘆名勢と伊達勢だけで二万五千、他の佐竹や関東諸侯を足せば五万近い大軍だ、いかにあたしでも兵力に劣る戦は難しい」
ちゃんと聞くとかなり多いな、流石に上杉謙信の小田原攻めよりは少ないけど。
「まあ、小田原城から手を引いてもらって上杉謙信を掣肘して貰えると助かるが、上野を蘆名盛氏が抑えている以上なかなか厳しいだろうな。川中島に次出兵したら今度こそお互い致命傷を負いかねない」
史実や原作での甚大な被害が蘆名盛氏によって回避された……のはいいんだがその結果の歪さが色々と響いてる。例えば原作では相良が奥州軍を撤退させた対価に武田信玄は上野に出兵し、上杉謙信を撤退させている。だが、この状況を鑑みると上杉謙信は上野に出兵したところで撤退はしないだろう。そうなると
「小山田が蘆名盛氏を誘導して無傷で川中島を手に入れたのはいいが、蘆名盛氏に上野を抑えられたのは相当あたしにも謙信にも痛い。あたしは結局越後の海を手に入れるためにはもう一度決戦の体制を整え直さないといけなくなった、それならば同じ労力をかけるなら駿河へ攻め込んだ方が相手の質は落ちる。それにあの規模で軍を起こすには相当な労力がかかる。謙信は小田原に進むためには箕輪に籠る金上盛備を抜かねばならなくなり。関東遠征を諦めざるを得なくなった」
「越軍も甲軍も次に当たる時には決戦になるという認識だ、おそらく謙信もそうだろう。岐阜の戦いの時の謙信はその覚悟で兵を川中島へ送り込もうとしていたはずだ」
「だからその要請は断らせてもらう、あたしはこれ以上謙信に関わって兵も将も無駄にしたくない。謙信と決着をつけたい気持ちはあるが、それは最後まで取っておく」
「…………まあそりゃそうだよな、俺も正直上杉謙信相手は厳しい、というか無理。勝負の土台に立つことすら許されないぐらいには差がある」
「仕方ない、もう一人なんとか謙信を相手してくれそうな将に当たるか」
その時、決してドタバタとしてない足音が聞こえると、姫武将らしき凛とした声が響いた。
「まさか、のこのこと小田原城に上がり込んでおいて、出れると思っているのかしら」
……待てや、北条氏康。まさかこのまま相良が着くまで逃がさないつもりか?
「あなた達の会話は全て風魔が聞いていたのよ、相良良晴が来るまで大人しくしてもらうわ」
既に鯉口を切ってしまっている具教を手で制しながら、北条氏康に語りかける。
「いいのか?ここにいる北畠具教は畿内で三本の指に入ってもおかしくない剣豪だぞ?この程度の距離なんか、一瞬で縮められる」
「脅しかしら、私を斬ったところでここから出られるとは思わないことね、ここは小田原城、北条家の本拠地よ?」
「いや?俺より具教が暴発する方がまずいんでな。いつでも出れる保証がないとここで相良を待つ、という選択にはならんし、具教も納得しない」
俺自身は残ってもいいと思ってるけど、それを具教に適応するのは拙い。
「…………まさか、正気なの?」
「わたしをあまり舐めないでください。鎧兜を付けていないとはいえ百二百で止められるほど腕を落としたつもりはありません。それに……政頼が脱出する為ならわたしはここで討ち死にしても構いません、それが主君の剣であるということですから」
いや、重いが。そういうところ大好きだけど。
「俺は残っても構わないが、もし出れないとなったとき具教を止められる人はそうそういないぞ?ここで保証しといた方がいいんじゃないか」
「…………ふぅ。わかったわ、小田原城に残ってもらうのはあくまで私からの要請、いつでも出ていいことにするわ」
まあ、これぐらいは通しておきたかったので許せ、北条氏康。
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