野望も抱けずにひたすら生き残ろうとしてる畠山政頼さんの転生物語   作:区星

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33話 第二次木津河口海戦

「長宗我部元親が伊予攻略を完了、来島村上水軍は河野家を見捨てて長宗我部と結んだ……か」

 

 書状を開きながら小早川隆景は頭を抱えていた。

 

「伊予を今失ったのは痛い、織田信奈はこの様な腹芸に長じた姫大名ではないからおそらくは畠山政頼の動きだろう」

 

「お嬢、これは……」

 

「河野家を通して伊予を押さえていたが故に山陽軍の全力を播磨戦線に回せていた、織田信奈と長宗我部元親はいわば味方の味方の関係とはいえ、両者が連携すれば後背を突かれる」

 

 渋い顔で小早川隆景はこぼす。

 

「ここまでやられた以上、この度の海戦で負ければ播磨は諦めざるを得ない」

 

「勝っても厳しいのか、小早川さん」

 

「十中八九長宗我部元親が背後を伺うだろう、そうなれば補給線を寸断される」

 

〜〜〜〜〜〜

 

「正直なところ、大戦は大戦なんだが、俺の介入の余地もあんまりない」

 

「君の言う通りだね、本猫寺の門徒はすでに折れてるし、私達が勝ちさえすれば自ずと降伏するはず」

 

 だよなぁ。実際のところ、最難関は天王寺の戦いで生き延びられるか、と言うところではあった。

 

「腑抜けている暇があるならわたしと手合わせしてください、あの富田長繁という姫武将と手合わせしましたが思ったほど強くないのでしばらくして飽きました」

 

 そりゃそうだろう。北畠具教と手合わせして勝負になる姫武将がこの世に何人いると思ってるんだ。

 

「はいはい、後でな。長宗我部元親を味方に組み込めた以上は毛利の脅威はだいぶマシになったと言ってもいいと思う、吉川元春の山陽軍はアレだがこれはもう光秀に任すしかない」

 

 現状領土拡大の余地もほぼ無くなったし、大人しくしておくしかない。

 

「となると政頼様のやるべきことは天下布武に向けて織田様の届かぬところを手助けするのみでしょうか」

 

 そうだね、実際のところ木津河口の再戦があるなら天王寺砦にもう一度貼り付くことになりそうだ。と言っても次は陸戦にならんだろうけど

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 開戦直前、住吉沖、小舟。

 

「フハハ、犬っころ、貴様の主人(あるじ)がどこにいるか、我には手に取るようにわかるぞ」

 

「不本意、けど仕方ない」

 

 我がここにいるのは何のためか、相良良晴を連れ戻すためである。

 

「日輪の申し子一人で戦をするわけではない、別に敗れそうなら畠山勢も居る。そもそも前回とて陸では大負けしたわけではない」

 

「相良、貴様がどう足掻こうとも貴様の命運はそこではないのだよ、フハハハハハ」

 

〜〜〜〜〜

 

 磁石という奇策によって勝利を半ば手中に収めかけていた村上水軍の船団は、輪形陣によって打ち破られ急旋回して、鉄甲船から逃れようと敗走をはじめていた。

 

 激しい波しぶきがあがり、良晴と隆景の身体を濡らす。

 

 強引な旋回に加えて、次々と海上に大筒の弾が着弾しては大波を起こす。船体が大きく傾く。

 

 良晴と隆景が、甲板から海へ飛ばされないように抱きあって互いの身体を支えていると─

 

「フハハハハハ、相良、そこの小娘と運命を共にするつもりか?」

 

 まるで海戦に似つかない派手な南蛮物の羽織りをきた、一見すると清楚な女の子が小舟をスイスイと操作して飛び移ってきた。

 

「き、きみはっ?」

 

「フハハハ、我が名は池田勝正、演算せし魔眼にて未来を見るもの。そして相良、貴様の初めての接吻の相手だ!」

 

「ええっ、俺、こんな美人とキスしてたのかよ。というかどうやってここを見つけ出したんだ?」

 

「我の魔眼にはお見通しなのだよ、さて、犬っころ。周りの船は任せたぞ」

 

「虎じゃねーか! 虎の着ぐるみに食われてる幼女じゃねーか! 戦場に子供連れてくるなよっ」

 

「……むっ。虎じゃない。前田犬千代。それに、犬千代はもう大人」

 

「フハハ、我では武力にちょっぴり不安があるのでな、槍の達人を呼び寄せたのだよ」

 

「……良晴にすっかり忘れられている。悔しい。あの熱い夜の思い出を反故にされたなんて」

 

「ちょ。虎のお嬢ちゃん? 熱い夜の思い出ってなにっ!?」

 

「……あのねばねばどろどろした白いお薬は、とても熱かった。思いだすだけで身体がほてる」

 

「小早川さんの前でまぎらわしいこと言わないでくれっ!」

 

 犬千代は、「つーん」と不機嫌になって、「潜入を感づかれた。しかし良晴を奪回するまで、海賊どもは誰一人この船に近づけない」と朱槍を担ぎ、隆景の乗る船に横付けしようとして接近中の船へぴょん、と飛び移っていった。

 

「身軽だなあ。でも、なんで『犬』千代なのに虎に食べられてるんだろう?」

 

「金ヶ崎の退き口で、相良、貴様が五体満足大きな怪我もせずに生きて帰れたのは我のお陰なのだぞ?恩に思うなら我と共に織田家に帰るべきだ」

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

「………説得に応じないか、やはりそこの小早川隆景を打ち取るしかあるまい」

 

 勝正は腰の大太刀を抜き放ち、突進。宙に飛び上がり切り掛かろうとしてきた。

 

「やべえ近すぎる、狭い船の上じゃ逃げられねえ! っていうか逃げたら小早川さんが斬られちまう!」

 

 良晴は無意識のうちに隆景を庇い、両腕を広げながら隆景の前へ飛び出していた。

 

「池田さん!小早川さんは見逃してくれ、俺が斬られて責任を取るから!」

 

「フハ、それでこそ相良良晴よ」

 

 勝正は大太刀を投げ捨て、良晴を抱きしめる。

 

「貴様の運命を見れること、それが報酬だ。未払いのまま逃げることは許さないぞ?」

 

 そして、抱きつきながらそう囁かれた良晴の脳天に電流が走った。

 

 金ヶ崎で俺を守るために、俺に先に行かせたこと。

 

 小田原で窮地に陥ると知って追いかけてきたこと、生きていることを信奈や光秀ちゃんに教えて生きて帰るための潜入に切替させたこと。

 

 今だって敵中に居るのを知ってそれでも自分のために潜入してくれていること。

 

「フハハ、相良、思い出したか?貴様が生きてここに居られるのは我のおかげなのだぞ?」

 

「どうして、そこまで………」

 

「貴様の運命を見ること、いや違うな。貴様の運命を見届けること。これが我の本当に望んだ報酬だ。最後の最期までついて行かせてもらうぞ、相良良晴!」

 

「待ってくれ、俺そんなに慕われることしたつもりが……」

 

「貴様はこの魔眼ではたった1人だけ見ようとしなければ見えないのだ!だから最初から最後までキミはワタシの特別なんだ!帰ってこないなら意地でもワタシが連れ戻す!」

 

 金ヶ崎で、チラリと見えた勝正の素の部分がもう一度顔を出していた。

 

「お断りしますと言って帰らなければ?」

 

「ここでワタシと一緒に海の藻屑になるだけ」

 

どうするんだ小僧、俺は大筒から逃げ回るので手いっぱいでてめえを救えねえ、と村上武吉が困惑した声で怒鳴った。

 

「俺ぁこういう男女の泥沼の修羅場ってのはとことん苦手なんだ! お嬢、どうするよ? この小娘に下手に手出しすりゃ、本気で入水するぜ! 目が据わってらあ!」

 

「……良晴は……」

 

 あああ、そうだった。

 小早川さんが、俺のすぐ後ろに立っているんだった!

 

「……良晴は……私を裏切った。織田信奈を恋人にしていただけでなく、よもや池田勝正まで籠絡していたとは……今更、織田家に帰参したいと、顔がそう言っている」

 

 覚悟を決めた良晴に対して、隆景のとった行動は、想定外の行動だった。

 

 船の外へ、とん、と良晴を押して突き落としたのだ。

 

 あまりにも静かな動作だったので、良晴も勝正も、虚を突かれた。

 

「えっ? 小早川さん、どうして……」

 

「チッ」

 

 勝正は舌打ちするとそのまま海に飛び込み、良晴を抱えた。

 

「こ、小早川さん?」

 

「人生は、夢の間なれば……愚か者め。きみは、私の兄者ではなかった」

 

「小早川さん。なにを言って」

 

「私が求めていた者は、兄者だ。きみは兄者とは違う。私の兄でもなければ、毛利家の家臣ですらない。織田家の人間なのだ。そもそも私の兄者には、このようなだらしない浮気癖などなかった。きみには、失望した」

 

波の合間を漂いながら、良晴は、隆景が織田家・毛利家のどちらも選べなくなっている自分を織田家へ帰すために、わざとこんな態度を取っているんだ、と気づいた。

 

(下手な芝居だよ、小早川さん。バレバレだよ。なぜならば……)

 

 こんな形で小早川さんと永遠に別れてしまうなんて、悲しすぎる、と良晴は思った。

 

「小早川さん! いつか必ず会いに行くから!」

 

 返事はなかった。いや、もう隆景が乗った小舟が先へと進んでしまっていて、彼女の声が良晴には聞こえなかった。

 

「俺は、小早川さんを守る! その約束は、ぜったいに忘れない! 織田家での記憶を取り戻しても、織田家に帰参しても、いちど交わした約束を俺は反故にしたりしない! だって俺は……俺は……」

 

「残念だが相良、おそらくもう聞こえんぞ」

 

 海に浮かび、波に揺られ、勝正に背後から抱きしめられながら、良晴は叫び続けた。

 

 どんどん、隆景の姿が、小さくなっていく。

 

 村上水軍の船団が、遠ざかっていく。

 

 良晴は、いつまでも隆景との別れの悲しみに浸っていたい気分だった、が……。

 現実は、過酷である。

 

 良晴と勝正は、波間に放りだされたままなのだ。

 

 村上水軍の船団は全速力でこの海域から離脱し、鉄甲船団は動きが遅いのでずっと彼方をゆっくりと進んでいる。

 

 大筒の的になっていた小早川隆景も村上武吉も、良晴を無事に織田方に帰すための準備をする余裕など、なかったのだ。

 

 つまり。

 

「それよりこのままだと2人で溺れ……あれっ大丈夫だ」

 

「我は摂津の海で育った姫武将ぞ?これぐらいなんともないわ」

 

 やたらと勝正が泳ぎが上手いせいか、残存兵の回収に来た淡路水軍にぷかぷかと2人が浮いているところを発見され、救助された。




金ヶ崎のフラグが足りてないので光秀はここに駆けつけられません。
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