野望も抱けずにひたすら生き残ろうとしてる畠山政頼さんの転生物語   作:区星

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35話 茶屋

「あなた、その……あーんです」

 

 あーんを求められたので焼かれた八ツ橋を具教の口の中に放り込んでやる。

 

 何をしているかというと、良晴と義景の護衛と具教と俺のアピールも兼ねて具教にも付き添ってもらってダブルデートになっている。 

 

「この餅みたいなやつ、美味いな」

 

 もちもちでうまい。

 

「生八ツ橋と言うみたいですね、それ。……あなたと過ごせる日常ほど嬉しいものはありませんから、わたしを剣としてだけでなく妻として扱ってくださるのはとても嬉しいです」

 

 すぐ側では良晴が義景に腕を絡ませられて焼き八ツ橋を口の中にポンポン放り込まれている。義景、これ相良で遊んでないか?

 

「ストップストップ、義景ちゃんお茶をくれ!」

 

「はい、飲みかけでよければ」

 

「まてまてまて」

 

 うお大胆、間接キスかな。相良のやつ、完全に義景に遊ばれてる。

 

 良晴と義景は、信奈がつけた旗本衆が遠巻きに見守る中、京の都を練り歩いていた。

 

 今は、三軒目の茶店で八ツ橋をいただいている。

 

「二条城代様が」

 

「なして、相良はんと?」

 

「たまげたでえ」

 

「信奈はん、どういうつもりやろ」

 

「なんでも、相良はんは毛利家で小早川隆景とねんごろな仲になっとったそうで」

 

「ははあ。敵将との浮気に切れて、城代様に払い下げたってことやろか?」

 

「そやけどあれだけお熱かった二人が。意外やなあ」

 

「案外、芝居かもしれんで」

 

「そやな。やまと御所簒奪の噂はまだ完全には消えてへんし」

 

「なにしろ天岩戸の喧伝効果は抜群やった。日ノ本一お美しい織田信奈さまを身分違いの毒牙にかけんとする相良良晴死ね! と怒り狂っている野郎どもが、いまや全国におるさかいなあ」

 

「はたしてどないなるか、見守らせてもらいまひょ」

 

 おお、すごい鋭い。そしてこちらにも。

 

「先輩はまたしても恋敵を増やしやがったですね。もしかして十兵衛に殺されたいですか」

 

 嫉妬のあまり刺すような視線を乱射している護衛を任された明智光秀がいた。

 

「しかし店を貸し切りにするならともかく、普通に客として入るなんて。俺たちがやってきたと知れ渡って、この店も人で溢れるほどじゃねーか。義景さんって意外と剛胆なんだな」

 

「喧伝のためですが、そのために北畠様と管領さまをお呼びして相良さんを守れるようにしているのです、私に万が一より相良さんに万が一の方がおおごとですからね」

 

「ずいぶん俺を大切に扱ってくれるんだな」

 

「(信奈様の大切な人ですから)私にとって祝言相手なのだから大切な人なのは当然でしょう?」

 

「……そうだな!」

 

「さ、相良さん。満足いくぐらい食べたでしょうし、次は私に八ツ橋を食べさせてください」

 

「十兵衛ちゃんの視線が……」

 

「信奈様のためですよ、あーんです」

 

 人でごったがえす茶店の片隅で、良晴は義景に八つ橋を餌付けさせられていた。  

店内には、京の町衆だけでなく、堺から来たとおぼしき南蛮商人や明国人なども大勢訪れていた。  そんな中、一人きりで静かに琵琶を鳴らしている、清楚な姫武将がいた。

 

 ……アレ上杉謙信だよなという目配せを具教にする。

 

 琵琶に魅了されている客の合間をスルスルっと2人で抜けて。

 

「「金翅鳥王剣(一ノ太刀)!」」

 

「問答無用で切り掛かるとは無礼な!?」

 

 瞬間でも反応が遅れれば胴と首が生き別れになるような魔剣をギリギリのところで身を翻し躱した上杉謙信、おかしいなこれを避けれるのか……。髪の毛数本は斬れたがそれだけだ。

 

「悪いな、俺の今日の仕事は相良良晴を守ることだ、予約のないお客様はお断りでね」

 

「わたしは剣豪大名、北畠具教。横にいる畠山政頼の恋人にして剣です。あなたがどのような目的かはわかりませんが……容易く生きて帰れるとは思わないでくださいね」

 

「わたしの目的は相良であって貴様らではない」

 

「じゃあやっぱり通せんわ、あいつはこれ以上重荷を背負うべきではない」

 

 俺が上杉謙信を嫌いなこともそうだが、

 

 ……信奈が走って来たが、俺と具教と謙信の距離では跳弾の関係で種子島は撃てないだろう。

 

「織田信奈、今日は宣戦布告に来た。『甲相越一和』──越後の上杉謙信、甲斐の武田信玄、小田原の北条氏康、ながらく関東を巡って対立してきた三者の軍事同盟が成立した。目的はただひとつ。天下の覇者・織田信奈を討ち果たすこと。仇敵であったわたしと武田信玄は手を組み、これより同時に上洛戦を開始する。その間、関東を狙う蘆名盛氏、伊達政宗は、北条氏康が単独で食い止める」

 

「何ですって、武田信玄と同盟?まさかっ?」

 

「…‥無理だと思うけどな、蘆名盛氏を食い止めるのは」

 

 率直に出て来た感想である、不世出の天才に、伊達の家臣団と政宗の隔絶した戦場勘が加わる、俺が北条氏康なら泣きたくなるような組み合わせである。

 

 蘆名盛氏単体で武田の追撃に回ることも可能だろう、アレはあまりにも速すぎる。武田が整備した道を辿れば爆速での進軍が可能だし、蘆名盛氏は機動戦の申し子だ、止めるには決戦を挑むほかない。ただ……そう言った大規模決戦の経験では北条氏康より摺上原の戦いで勝った伊達政宗の方が上だ。

 

 この同盟自体は意味がある、ただ。蘆名盛氏を止められる理想像は到底描けない。

 

「次は越後兵を率いてくる、戦場で会おう──そして共に、天に帰ろう」

 

「わたしは毘沙門堂で、夢を観た。この国の未来を観た。お前の天下布武はならず、わが覇業もならない。人間十九年、一炊の夢、一期の栄華。毘沙門天と第六天魔王は、ともに、天に還るのだ。それが、われらの宿命」

 

 なわけないんだよな、織田信奈はそういうものに引っ張られる姫武将ではない。

 

「政頼、本当にそうなのですか?」

 

「……単なる夢だろ、毘沙門天が未来が見えるのなら関東でも川中島でもあれほど苦労はしてない。思い込みにすぎないさ」

 

「まあ、それよりもやることが増えた、しばらく休んだ分。こんどの戦場は北陸だ。具教、お前のことも頼りにしているぞ」

 

「はい、わたしはあなたの剣ですので」

 

 …………

 

 ……

 

「どうやって倒すですか、あの神がかりを? まさかほんとうに武田信玄と同盟しやがったですか?」

 

「そのようね、十兵衛。天岩戸を開いたばかりに、竜虎をそろって敵に回したようね。謙信はわたしが神の力を手に入れながらなおも人として生きようとしたことに憤り、そして武田信玄はただ、わたしを最強の敵と認めて──ありえないはずの同盟が、奇跡的に成立したんだわ」

 

「でも、いったい誰が橋渡し役を……上杉と武田は信濃川中島を巡る仇敵。上杉と北条もまた関東の覇権を争う仇敵。この三者による同盟なんて、不可能です!」

 

「信奈様、ですが上杉と北条には共通の敵が居ます、蘆名盛氏と伊達政宗の同盟です、そこを起点に説得すれば、上杉と北条は靡く。あとは腰の重い武田を動かせば成立するはず」

 

 朝倉義景は冷静に分析していた。

 

「義景の言う通りね。きっと、この絵を描いた張本人は、足利義昭だわ。まだ子供だと思っていたけれど、足利将軍家に生まれ育っただけのことはある。血筋と権威を持たないわたしにとって、足利将軍家こそが最強最後の敵かもしれない」

 

「信奈様、私達も足利将軍家、という飛び道具を使えることは自覚しておくべきですよ。少なからず強く使える場面はあるはずです」

 

 義景の言うように足利義栄は天下万民が認める正式正統な将軍というわけではない、一方で姫巫女様によって認められた現状唯一の将軍ではある。

 

「そうね……」

 

 俺が未来から来た人間ならば、上杉謙信はほんとうに天から地へとおりてきた姫神なのかもしれない、と良晴は思った。

 

「……あの子が、越後の竜、上杉謙信……毘沙門天の化身」

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