野望も抱けずにひたすら生き残ろうとしてる畠山政頼さんの転生物語 作:区星
信奈は安土城に義景と相良、半兵衛、そして信奈を半ばキレさせかけていた義元と一緒に上がると、大手門、御白洲、表御殿、そして天主を順々に案内していった。なぜか俺と具教も強制連行された。どうして。
そして、天主の最上階まで上がった義元が急に変なことを言い出した。
「安土城に勢揃いした四つの御殿。まるで光源氏が建てた六条院ですわね」
「義元ちゃん、なんだいそれ?」
「未来人は風流を知らないんですのね。光源氏には大勢の恋人がいたでしょう? 栄耀栄華を極めた源氏さんは、恋人の一人・六条御息所の屋敷を大々的に改築して、夢の館『六条院』を完成させたのですわ。春・夏・秋・冬の四季を再現するかのような風流な四つの御殿を建てて、それぞれの御殿の間を回廊で結んだのですわよ。そしてそれぞれの御殿に、恋人や家族を住まわせたのですわ」
貴族趣味の今川義元が、扇で天を仰ぎながら「光源氏の六条院」について良晴に語りはじめた。
「未来語でいうところのハーレムってやつか。戦国時代の姫武将ってみんな『源氏物語』が好きだなあ」
「四つの御殿を揃えた安土城は、戦国時代に新しく造られた六条院、それも相良良晴にとっての六条院と言えるかもしれませんわね」
「お、俺?」
ちょっと義元。安土城はこのわたしが建てたのよ。この織田信奈さまが。どうしてサルの持ち城になってるのよ? と信奈が抗議したが、義元は「織田家が抱えてきた『相良良晴の嫁を誰にするか問題』も、安土城を六条院とすることですべて風流に解決いたしますわね。今日のわらわは冴えていますわ。冴え渡っていますわ!」と一人で舞い踊っている。
「あんまり踊ると御白洲に落ちるわよ?」
「ええと。義元さま? どういうことでしょう。くすん」
「源氏物語でしたらこの十兵衛も詳しいですよ。六条院の四大御殿にそれぞれをうまく配備して一触即発だった大勢の恋人を上手に共存共栄させた光源氏に倣って、先輩の奥方と恋人をそれぞれ安土城の四大御殿に分散して住まわせろということですね?」
光秀がうなずき、信奈が「冗談でしょ?」と眉をひそめた。
「ええ、そういうことですわ。このきらびやかな天主は、まるで光源氏に見いだされてたいせつに育てられた運命の女性・紫の上が暮らした春の御殿。紫の上は身分の問題があり源氏の正妻にはなれませんでしたが、源氏はどの女人よりも紫の上を愛しましたわ。紫の上が、源氏に失恋して怨霊となった六条御息所に憑かれて亡くなった時、源氏はこの世に絶望して出家し『雲隠れ』してしまったほどですもの。それを思えば、天主が似合う姫は信奈さんですわね」
「だからあ。もともとこの天主はわたしが暮らす建物なんだってば!」
「器量に優れ、光源氏にも人柄を信用された夏の御殿の主、花散里は義景さんに似ていますわね。花散里は光源氏に多くを望みませんでしたし、そういうところもよく似てらっしゃいますわね、おーほほほ」
「……確かに義景はわたしのことしか見てないから良晴には絶対手を出さないし、そういう意味でも信頼できるわね」
「華々しく絢爛豪華な表御殿は、夏の御殿といったところですわね。安土城の表玄関ですから、信奈さんの信頼されるお方でなければなりませんわ。そういう意味では花散里を夏の御殿に配した光源氏のこころも理解できるような気がしてなりませんわね」
「花散里は光源氏の本命として扱われたことは一度もありませんでしたが、それでも家中の中では二番目の立場であり続けたと聞きます。私も表御殿に住めるならそれはそれで悪くないのかも……と思えます。信奈様とも近くになりますし」
ニコニコとしながら義景が独り言を呟き、信奈が一瞬で吹き上がった。
「ちょっと待ちなさい義景、あんたまさか良晴と自分から別れるつもりは一切ないのね?! 一揆を抑えるためのただのお芝居だって言ってるでしょう! 織田家包囲網を突破して天下を平定したら、ぜんぶなかったことにしてわたしが良晴と祝言をあげるんだからっ!」
「逆に伺いますが、信奈様の側の屋敷に常に居て、階道を通していつでもお会いできる環境がそのまま居れば棚から牡丹餅のように落ちてくる環境で、おいそれと手放すほど私が愚かに見えますか?」
「うーん、十兵衛としたことが、義景さまを見誤ったですぅ。このままお芝居とはいえ義景さまを先輩の妻に付けておくと信奈さま以外に絶対に譲りませんです、いっそここで始末するのも一つの手」
光秀が短筒を抜き掛けたので相良が慌てて止めていた。
「おほほ。情のこわい光秀さんは、まさしく六条御息所ですわね。表御殿の裏側に位置する日当たりの悪い南殿は、さしずめ六条御息所の怨念が籠もった秋の御殿。六条御息所自身は源氏をあきらめて伊勢へ落ちていったのですけれど、自分の代わりに娘を秋の御殿に住まわせたのですわ」
「なんでこの十兵衛が六条なんですかっ。いずれ信奈さまに取り憑いて殺すみたいじゃないですかっ。冗談はやめるです。だいいち十兵衛は先輩をあきらめて伊勢へ落ちたりしないですう。すでに伊勢には滝川一益がいるですう」
「ええ、ええ。もしも信奈さんが光秀さんを伊勢へ左遷したら、光秀さんは謀反を起こすかもしれませんわね。情のこわい女人は鬼よりもおそろしいもの。おーほほほ」
「むきい! 戦に敗れて敵に降伏してお飾り副将軍をやらされているのに毎日楽しそうなお前があんぽんたんなだけですう!」
「あのう。まだ、源氏六条院でいう『冬の御殿』──他の御殿から少し離れて建っている江雲寺御殿で暮らす姫武将が決まっていませんよね。たしか、冬の御殿には播磨から来た明石の上が住まわれたはずです。光源氏の寵愛を巡り、紫の上の好敵手となったことで有名な姫です。明石の上は光源氏が須磨へ流されていた時に知り合い、寵愛を受けてお子を身ごもり……」
半兵衛がおずおずと切りだした。
「播磨出身といえば官兵衛さんですが、たとえ光源氏ごっこのお遊びとはいえ良晴さんの恋人役なんて絶対に嫌だとだだをこねるでしょうから、ここは、わ、わ、わ……うう。すみません。すみません」
「そうですとも半兵衛さん。もちろん! 西国から来る信奈さんの好敵手といえば、毛利家の小早川隆景さんですわ! すでに世間では『今明石』と呼ばれておりますもの! あの者は良晴さんが半年ほど毛利家に仕えていた間に、信奈さんの好敵手に! 江雲寺御殿に住まわせるにふさわしい姫武将ですわ!」
「わらわってば、恋と風流にかけては知謀が湯水のごとく溢れでてきますのよ。信奈さん? 実際に小早川さんを安土城に迎え、相良良晴の恋人という立場を与えて住まわせてしまえばいいのですわ。あの者は相良良晴に心を奪われていますし、いかにも日陰者の愛人という立場を好みそうな女ですわ。これで毛利家と織田家は一心同体。西国からの脅威は消え失せますでしょう。おーほほほ!」
「まあ、板挟みになること確実な相良と信奈の独占欲を考慮しなければいい案だな、播磨と丹波に貼り付けていた兵は全て東に貼り付けられる。少なくとも二方面作戦すら畠山勢を動かして無理をすれば可能。戦略的にはすごく合理的だな」
実際のところ、これが出来るならもう天下は取れたものと認識していいだろう。上杉も武田も背後に蘆名盛氏という一代の傑物がいる状態でおいそれと上洛に全兵力を注げない、一方でこちらは西に貼り付けた兵を根こそぎ動員できる、ここまで有利な状況はなかなかない。
それを聞くなり、冗談じゃないわよ! と信奈がだんっと床を踏んで、空中に突き出している廻縁全体がぐらっと揺れた。
「落ち着け信奈! 廻縁が崩落したら全員、転落死だ!」
「なぁにが源氏物語よ。光源氏なんて、次から次へと女の子をとっかえひっかえしてきた最低男じゃない! 今の世は一夫一妻よ! 南蛮諸国だって一夫一妻なのっ! カトリックでは、離婚すら禁じられているくらいなんだから!」
「……信奈様、風の噂で聞いたのですが、管領様って3人ぐらい恋人が居るらしいですよ…?」
「「ゲホゲホゴホッ」」
こっそりと茶を点てるためのセットを持ち込んでいた具教が点てていた抹茶を2人で座って飲んでいたところ、義景の暴露に重なって気管に入った。
「本当なの? 義景」
「はい、3人の恋人候補と浅井朝倉と酒宴の際に酒の勢いで将来を誓い合ってそのまま致したという噂がまことしやかに……」
誰だよ事実八割、嘘二割の噂を流してくれたやつ……まさか傀儡で情報を掴んだ松永久秀か?
「しかも四国で長宗我部元親も口説き落としたらしいですよ。これもう相良さんよりよっぽど光源氏なのでは」
義景はすーっと深呼吸をするとさらに喋りのペースを一段上げてきた。
「というかそもそも管領様の周りの姫武将の方々もこうしてみるとなかなか光源氏の周りの人に見えるような気がします。具教様は管領様との年齢差とその名門度合いから言って、光源氏の最初の正妻である葵の上に見えますし、信教様はどちらかといえば光源氏の恋人というよりも乳兄弟で忠実な部下である藤原惟光を彷彿とさせます、惟光が男装した女子だったなら光源氏の恋人になっていたのは確実でしょうし……。そう考えると長宗我部元親様も明石の上に近い立ち位置ですね、出自は決して高くないですけど、播磨と阿波という違いはあれど本拠地から離れたところで出会った姫ですし」
そう言われてみるとそんな気も……するようなしないような? というか、信教が惟光かぁ……そんな良いやつかな……役割的にはそう見えてもおかしくないが、あいつは独占欲と嫉妬という感情と引き換えに執着が無茶苦茶強いぞ。
「相良が光源氏なら自分は頭中将とか?と思ったんだが義景はそうは取らないんだな」
「はい、頭中将と光源氏の関係は華やかな女性遍歴も特徴ですが、出世による競い合いや、同じ女性を取り合うところも関係を構成する重要な点で、管領様と相良様の場合、例えるならむしろ同じ源氏物語で演ずる人と脚色の違いによって出る違いのように見えます」
いわば相良との間にそう言った取り合いや競争が発生してない、と言いたいらしい。事実としてそんなに間違ってない。
相良に話が戻ったせいか、思い出したかのように信奈が叫び出す。
「そ、そうよ、良晴に光源氏のように四人も恋人を認めるなんて、じょ、冗談じゃないわよ! わわわたしの幸せも四分の一じゃない!」
「ふん。十兵衛はまあ、四人くらいでしたら堪え忍ぶですが。もっとも、この十兵衛が正妻になれないとなればたちどころに怨霊となって他の女人を呪い殺すくらいのことはやるですよ。いえ怨霊など生ぬるいです、いっそこの短筒で問答無用に恋敵のお命をかたっぱしから頂戴するです」
「信奈も十兵衛ちゃんも、義元ちゃんの恋バナを本気で受け取らなくていいから! 俺は源氏みたいなハーレムの管理人なんてやらねえからだいじょうぶだよ! あっちの妻の機嫌をとり、こっちの恋人の歓心を買い、向こうの彼女の不満度を下げるために贈り物をして──そうやって生涯、不満爆弾の爆発を回避するために奔走するだなんて、冗談じゃねえ!」
良晴の発言を聞いて、具教がふと思い出したように
「……そういえば、あなたはわたしたちの機嫌を贈り物で取ろうとしたことは一度もないですよね、どうしてですか?」
「家臣として考えるなら基本の俸禄も重臣であれば織田家の倍ぐらいの十分な俸禄は支払っているはずだし、功績があればそれに応えているはず……だし、恋人としてなら多分贈り物一つで破綻するような人間関係ではないと思ってるからな……それはそれとして、改めて具教、これからも一生よろしくな、愛してるぞ」
こういう時に言わないで、釣った魚に餌をやらない男と言われるのも癪だしな。
「……わたしはそれが一番嬉しいんです、あなたがわたしを見ていることが伝わってきますから」
腕を動かせないように片腕で巻き込んでしなだれかかってくる具教、あ、デカい胸が当たってる、やわらかい。
「そうよ良晴! あんたはわたし一筋でしょっ? 天岩戸まで開いて愛を誓いあったんじゃなかったのっ? そもそも、あの小早川隆景っていったいなんなのよ? なんで後から出てきてあんたの恋人づらしてるわけっ?」
意識が具教の胸に飛びそうになってたところを憤慨する信奈の声で呼び戻される、
義元は「小早川さんを相良良晴の恋人に認定して、安土城に住まわせる。この策はまことにすばらしいとわらわは本気で思ってるのですけれどもねえ」と小首をかしげている。
「相良良晴は天下一の男ですもの。日ノ本各国を順番に放浪させて各国の姫武将を籠絡させれば、戦わずして強敵全員を安土城に集めて『天下布恋』達成ですわ。恋より戦を選ぶ物好きな大物姫武将なんて、上杉さんと武田さんくらいですわよ。あるいは、あの二人だってもしかしたら。ああ見えて二人とも、源氏物語の愛読者ですもの。相良良晴ほどの男であれば」
信奈達と少し離れた場所で、義景と話し合う。
「どうでしょうね、織田政権は足利将軍を擁立出来ています、上杉謙信は義を重んじる将と聞きますし、あるいは姫巫女様のご綸旨を使えば和睦も可能なのでは?」
「利害が一致する甲相はさておき甲越の方は川中島が蘆名盛氏によって水入りになったことで致命的な遺恨という名の結びつきになってない、切り崩しの余地はある……と思いたいが」
「そうでしょうか、わたしは上杉謙信が甲相越一和を捨てて織田家に擦り寄るような姫武将とは全く思えません。たとえ恋をしたとしても」
実際のところ、この世界で流石に御館の乱という内紛を織田の伸長を前にする余裕もないのでまあ謙信が死んでも越軍の統制に問題はないとは思うのだが……、それはそれとして関ヶ原を越軍と上杉謙信抜きだと現状の戦力差を考慮すると武田が挟撃されて一方的に擦り潰される可能性が出てくる。
なんせこちらには最速の会津黒を中心とした蘆名盛氏の騎馬隊がある、伊達の本体より先に到着して背後を急襲するなど容易い。
「信奈も、おそらく小早川隆景も、決戦で全てを決したいだろうな、ただ……そうすると上杉を引き離すとこちらが勝ちすぎる。長宗我部元親を味方に引き込んだのもそうだが、もし織田信奈が山陰軍の背後を突くとすると、必然的に大友宗麟を引き入れることになる。そうするとだな、限界まで動員したとして武田が三万五千、上杉が二万五千、毛利が三万と宇喜多が一万五千、総勢で十万五千、に対して織田が四万五千、畠山が一万八千、伊達が二万、蘆名盛氏が一万五千、長宗我部が1万五千、でだいたい十一万強、そこにまあ、大友を引き込めれば2万ぐらいはなんとか引っ張ったとして、十三万、個人的には龍造寺を引き込みたいが……、上杉が抜けて龍造寺を引き込むと、おそらく大友を抜きにしても四万近く今の戦力に差が付く、これで苦戦しようものならそれこそ今後の統治に差し支えが出る」
「かと言って上杉も武田もゆっくり正面の織田や徳川をしばけばいいというような状況ではない、決戦をしなければ蘆名盛氏にいつでも背後を襲われる可能性がつきまとう。武田も上杉も決戦が挑めるなら避ける理由はない」
「そう考えると上杉謙信を下手に籠絡するのも考えものだ、確かに勝ちには繋がるが、戦力に苦しんでる状況でないのに無理して引っこ抜いても厳しい」
「管領様、考えすぎでは? 結局勝てば良いのですよ、結果論なんてあとから考えれば良いのです、まずは勝つために最善を尽くす、それが一番です」
うーむ、義景の言うこともごもっとも。
「フハハハハハ、お困りのようだな、政頼。我が魔眼で見たところ、相良と謙信が関わる可能性は今のところかなり低いぞ、貴様が起こした天命を改変した分ぐらいはなんとかしたまえ」
げ、池田勝正、今まで何してたんだよ。
「はっきりいえば源氏物語などという決まりきった過去の話などおもしろくもなんともない、我が見たいのは変化する未来であり……
ああ、そうか、茶屋で相良に関わるのを防いだから、上杉謙信は相良に興味を示さないのか、失敗したなぁ……
「それとだな、貴様ら、信奈たちに置いて行かれてるぞ?」
やっべ、安土城に閉じ込められるのだけは勘弁。